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カースのログ 【GUDA】

 
カースのログ(過ちの記録)

 カースの七割は水に溢れ、その大地の多くは緑に覆われていた。ミュノとそれに付き従う人々は一つの大陸に降り立ち、この大陸をアランティア(神の見守る大地)と名付け、かつての平穏を習って生活を始めた。
 ミュノは天空に雲で作った土地を築き、そこに通じる階段を人々の暮らす大陸に築いた。そしてミュノは人々に何か困ったことがあればこの階段を上り、天空の土地にある祭壇から自分に問いかけよと言い残し、大気の外へと飛んでいった。人々は長い航海の中で先人達から語り聞いた知識を参考にして文明を築き、再びの平穏を取り戻した。

 やがて人々が大陸の名の意味を忘れてしまった頃、急速に築かれた文明では思想的文化の成熟を待たずに技術的・学問的文化の発達が先行した。それによって文明の基盤として存在する、人々の社会システムも未熟なものとなってしまった。
 一人で生きているとき、自分の持つ平和という観念に反論する者はいないし、そもそもその考えに反論するということがあることすら思い浮かばない。それは神といえども同じことであった。

 神は良かれと思い、皆が平和という観念を抱いてさえいれば世界は平穏なものになると思い、たくさんの愛すべきそれらは互いに愛し合うと思って奔放的な統制システムを用いた。神と名乗るそれが、多数の愛すべきそれらが争いの無い平穏を保ち続けると、幻想にも似た思想を信仰してしまっていた。
 理論的にはそのことは決して過ちではなかった。あえて罪を問うのならば、精神を与えたこと、突き詰めれば人々を作ろうと思い立ったことが罪である。
 また、カウスの人々に対しての罪を考えるのであれば、ミュノにも罪があるということになる。絶対的な存在としてあることのできうる身でありながら、監視の無い、自由な生活を人々に与えてしまった。これらをおこがましくも客観的にみれば、それらの所業は人々にとっての確かな罪であり、ありがた迷惑なことであった。
 しかし、それを攻め立てることができるものなど、この果てしない世界のどこにも存在しない。なぜならそれらは誰にしても想像することの不可能なことであり、そのことが無ければ世界は停止したまま時を刻むことになっていたはずだからだ。

 なんにせよ、それらの偶然とも必然とも取れる過ちの羅列によって、文明は自殺の時を迎えることになる。


 アランティアでは、思想と経験の未熟さから大陸内での文明の亀裂が生じた。亀裂はしだいに広がり、そして大まかに大陸を二分するまでになった。自分が正しいと信じて疑わず、平和の語彙が違ってしまった相手を憎み、自分の平穏の為に、どうすればよいのかを考えた。そして偏った思考の結果、どちらも考えたことは同じであった。

   消してしまえばいい

 人々はそれを『レヴァイタン(正義の剣)』と呼んだ。自分の観念を信じ、それを作った。互いに剣を振りかぶり、亀裂をはさんでにらみ合う。そのとき誰もが盲目であった。
 それを互いに知覚できたのであれば、結論は簡単に出てきたであろうに。二人のまったく同じ力を持つ男が、自分の身を少しも案じずに、ただ相手の命を絶つことのみを考えて同時に剣を振るえば、結果は一つしかないのに。自分達の結論の過ちに、思想も経験も浅いそれらは気づかなかった。

 ついに片方が剣を振り下ろし、それを見てもう片方も剣を振り下ろした。互いに相手の消滅を確信し、自分たちの望む平和の到来を信じて……剣は、放たれた。
 銀色の剣たちは高化学な地面を蹴り、そして憎む者のいる大地に突き刺さった。閃光が人々の目を眩ましたかと思った刹那、大地にそびえ立つ輝かしい文明の結晶たちが弾け飛んだ。
 まもなくやってくる平穏を信じ、希望に満ちていた人々を轟音の壁がぶち抜き、そして灼熱の炎が大地を駆け巡った。
 文明を耐え難いほどの烈気が焦がし、人々の皮膚は焼き爛れた。身にまとっていたものは焼き切れ、焼け爛れた喉では叫び声も満足にあげることができずに、ただ苦痛に喘ぎ、呻くだけのそれら。
 平和が来ると信じていたのに、幸せな日々が来ると思っていたのに。人々に訪れたのは地獄。灼熱の憎悪が猛り狂い、人々はアランティアというステージの上で悲鳴と喘ぎ声の合唱を響き渡らせる。

 海が大地を飲み込み、海水と熱の衝突から蒸気が沸き立つ。大陸は脆くも砕け始め、文明はあまりにも強大な深い青色に沈んでいった。


 自分たちの住む世界の終わりを逸早く悟った一部の人々は、レヴァイタンの発射直前に急造の船を作り、乗れるだけの人を乗せて航海に出た。人々は恐れていた。

 人々の大部分はまるで島のような大型船、『アラントス(神の加護)』に乗り込んで大海の旅に出発した。アラントスに乗れなかった人々は、ただ絶望しながら大陸の破滅を待つか、もしくは頼りなくも必死に船を作って航海に挑むかのどちらかとなった。
 大海原に不安と恐怖を感じながら、自分たちの住んでいた大陸が嘘のように沈んでいく光景を見て、人々は自分たちの抱いていた平和があまりにも自分本位だったことに気づき、涙した。そして大海を渡る航海の中、過去の自分たちを嘆いて後悔した。

 こうして一つの大きな船と幾つかの小船たちは、新たな大地を目指して散り散りに青を渡っていった。やがて小船の一部は新たな大地に辿り着き、そこで他の文明と出会う。人の乗りすぎたアラントスは、元いた大地と同じ運命を辿ってしまった。
 人々は新たな大陸で自分たちに良く似た生物たちと出会い、そしてその文明に触れた。レヴァイタンの爪あとが癒えないカースの人々は、残りわずかな余生をその人々と過ごした。

 新たな大陸の人々は彼らの住んでいたミュノの大陸、その悲しみの結末を伝えられ、自分たちはその歴史を繰り返さないようにしよう、と決意した。


 しかし、その思いは時代の流れにしだいに薄められ、やがてアランティアの悲しみの記録は夢の溢れる物語と化して錯綜し、軽んじられることとなる………。





関連物語:愚かな竜の物語

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