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第54話 戦略的スルー

 竜人街を見つけた直後、俺は急いでその事を伝えようと声を上げる。



 時刻は黄昏時。

 傾き始めた太陽の光が散り散りに存在する雲と交差する事で薄黄色と化し、辺りを茜色に染め上げていた。



 魔王城に居た時はまだ昼時だったにも拘わらず急に時間帯が変わっている所から少なくとも魔界領、そしてラギシス王国近辺ではない事が窺えた。

 


 そして楓の状態を考慮した結果、暮れるまでに街に向かう必要があると判断した俺は無意識の内に口早となっていた。



「ティファ、イディス!! 向こうに街があった。廃墟という訳でも無かったし人がいるんだろ。中に入れるかどうかは兎も角、一度向かうぞ」



 未だ抱きついていたティファールの頭を優しく撫で、背中に回されていた腕の力が弛緩した瞬間を狙って彼女から離れ、楓の下へと駆け寄った。



 いつもの澄んだ瞳――では無く、少々濁りを帯びた双眸で楓の下へ向かった俺を射貫くティファールは何とも言えない威圧感を放っていた。



 だが、それに構わずに横たわる楓の下へ駆け寄った俺はまず、雑草が隙間無く生えた地面に垂れた首を左手で持ち上げ、彼女の口元に耳を迫り近づかせて一応、呼吸を確認した。



 気を失っている。と言ったティファールを疑う訳ではないが、気になる事はやはり自分で確認しない事にはどうしても落ち着かない。




 口元へ寄せた耳にはスー、スー、と小さく息を吐き、吸う音が届くと共に首を支えていた左手から感じ取れる温かな体温等によってじんわりと安心感が胸に広がっていく。



 楓の無事を確認した俺は右手を彼女の両膝に潜り込ませ、俗に言う――お姫様だっこをしてイディスの下へ行き、楓にも治癒魔法を掛けて貰おうと考え、実行に移そうとした瞬間、急に悪寒が走った。



 楓の顔へと視線を移していた俺は恐る恐る顔をギギギ、といった音が聞こえそうなくらいぎこちない動きで上げる。すると先程、離れたことで頬を少し膨らまして少々不機嫌といった様子だったティファールが何故かそんな相好を崩し、瞼が半分程下りた瞳でこちらを射殺すかのような眼光を向けていた。



 彼女の全身から立ち昇る悋気のようなものを見て何も思わない人がいるのならばそれは病的な鈍感野郎か馬鹿以外の何者でもない。




 そんな彼女を見た俺はそう言えばと思い出す。



 悠遠大陸に飛ばされ、まだ半年程度しか経っていなかった頃。

 ティファールが魔物との戦闘で足を痛め、思うように動けなかった時があったのだがその時、何も考えずに先程のようなお姫様だっこをしてしまった事があった。



 その時、いつもは俺をからかうような言動や胸を押しつけるなりして俺の反応を1人、面白可笑しく堪能していた彼女だったのだがお姫様だっこをした時は何故か頬を紅潮させて目を盛大に泳がせながらくぐもった声でごにょごにょと何か言っていたな、と過去の出来事が脳裏を過った。 



 それが何か関係あったのかもしれない! と気付き、最悪の事態を避ける事に成功した俺はイディスに此方へと赴いて貰う事にした。



 もし、ティファールの無言の威圧を無視し、そのままお姫様だっこをしていた場合、俺は破滅の道を直行する事となり、グロテスクな光景が周囲一帯に広がっていた事だろう。



「おーい、イディス!! 楓も治療してくれないか?」



「ん? あー、無理無理。治癒するにはもうmpが足りないよ。……あ、良い事思い付いた!! 新人君がその女の子にポーションを飲ませてあげれば良いんだよ!! ほら、ちょっと前に幼馴染みとかって言ってたし結構親密な仲なんでしょ? 笑って許してくれるって!!」



 そう言いながらイディスは懐から毒々しい色をしたポーションを取り出し、斜めに傾けたりしながらちらつかせるかのように見せつけてくる。



 ていうか相変わらずイディスって聴力ヤベェな。魔王と戦闘してた癖に俺とティファの会話を聞き取るとか最早人外だよ、人外。あ、そう言えばイディスって人を飛び越えて変態って枠組みの中に居たんだったわ。



「飲ませる? どうやってだ? 楓は意識が無いしそんな事は無理だろ……」



 イディスは1人勝手に理解していたようだがそれを一切知らない俺は呆れ口調で方法を尋ねた。

 そしてそんな俺を見た彼女は「はっ、察しが悪いねぇ……」と鼻で笑いながら高揚させながら口を開いた。



「その耳の穴を掻っ穿って聞くんだよ!! いいかい……意識の無い相手にポーションを飲ませる方法……それは……口移しだよ!! く、ち、う、つ、し!! あぁ、尻込む必要は無いよ、医療行為だから合法ッ!! 人工呼吸みたいなアレだよ!! だからさ、早く口移ゴホォッ!!」



 

 イディスが1人盛り上がっている最中、俺は楓に口移しをするシーンを思い浮かべてしまい目をしきりに瞬きをさせながら硬直してしまっていた。



 そして捲し立てるようにべらべらとイディスが喋っていると突如、限界まで力強く握られたティファールの右拳が鳩尾へと叩き込まれ――悶絶まであと一歩、の状態にへと早変わりした。



「ねぇ、変態……何、ロクでもないことを吹き込んでるの? 伊織、こんな変態はほっといてさっき言っていた街にまで早く行きましょう?」



 イディスが繰り出された容赦の無い拳によって踞っていたがティファールが醸し出していた威圧的な笑みの前に俺はぎこちなく「……あ、あぁ」と返事をしながら首肯していた。



 ティファールが少々難色を示していたものの、俺は自身の背中に楓がおぶさるように背負い、『竜人街 ドランジェ』へと歩を進めようとするが直後、甲高いソプラノボイスが辺り一帯に響き渡る。






「た、助けてえええええええぇぇ!!! 誰かッ!! 誰かあああぁ!!」



 突如、耳に届いた大声量に眉間にしわを寄せるが、声の主はどこかと首を色々な方向へと振る。

 そして空を見上げるように上へと視線を移すと巨大な怪鳥のような魔物の嘴にくわえられた角が2本生え、くすんだ緑色の肌をした男の子が双眸に映った。




 だが、俺は特に動く事はせず、見送るかのように怪鳥の行く末を数秒程、目で追った後に再び前を向き




「……よし、街へ向かうか」




 先程の出来事を普通にスルーした。

 余計な事には首を突っ込まないスタイル。




 これぞ、長年のボッチ生活で培った処世術。 

 高校生活にて数件の実績を持つ最強無敵のスキルだ。

 だが、決して面倒臭いからスルーした訳じゃないんだ。





 これは……合理的判断ッ!!




 俺が動けば事態はもっと面倒臭い事になる……可能性がある……だから……あえて見なかった事にする。






 ――――戦略的スルーだ。




 そして俺は何事も無かったかのように楓を背負いながら、ティファールは踞るイディスを放置して歩を進め始めた。

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