第53話 ドランジェ
転移魔法のような魔法を使用された直後、気づけばそこは見たこともない花や木々、異様な大きさの果実などが生え、見たこともない生き物などが飛び交う
原野だった。
尻餅をついたそのままの状態で転移させられた俺はまず状況を把握する為に辺りを見渡した。
視界には未だ幸せそうな表情を浮かべ、俺に抱きついていたティファール、そして場所構わずそこら中に生えていた雑草の上で意識が戻っていないのか今も尚、横たわっていた楓。
最後に殺し合いをしていた魔王が自身の目の前から突如消えた為、手にしていた得物を振りかぶった勢いを機敏に対処出来ず、追従するかのようにそのまま前方の虚空へと得物が空を切ると同時に転がり、その結果ひっくり返っていたイディスが映った。
そんな光景を目にし、誰も今の状況が深刻だと感じているような気配が無かった為か、俺は特に騒ぎ立てる事はせずに少し前から抱いていた疑問をまず解消する事に決めた。
「あのさ……ティファが転移部屋に入って転移させられた。ってさっき言ってたよな? それはまだ理解出来るんだ。けど……何でイディスも居んの?」
転移した、といってもそれで失った魔力や体力が回復する筈もなく未だ疲弊していた俺は尻餅をついたままティファールに声を掛けた。だが転移前に大声で叫んだにも拘わらず特に反応を示さなかった彼女が今更声を掛けただけで此方に反応してくれる訳もなく、俺がティファの肩を何度も揺らす事によって正気に戻って貰った。
そして、眉をひそめる俺にずいっと顔を近づけて
「んー? イディス? ……あぁ、あの変態ね。あの変態は風魔法を使いながら空中飛行して魔王城へ向かってたんだけど、それを私が偶然見つけちゃって魔王城の案内役に丁度良いかなと思ったから撃ち落としたの。で、今に至るわね」
凄まじい出来事を軽い口調で何も無かったかのように彼女は言い放った。
その発言に対し、偶々出会って目的地が同じだったから一緒に魔王城へ向かったのかな? と胸の内で思っていた俺は自分の予想の遥か斜め上を行くティファールの回答に苦笑いを浮かべる以外、何も出来なかった。
裏ギルドにいた時から思ってたけどイディスへの扱い酷すぎない?
「……へ、へーえ……そうだったんだ」
この話を長引かせるべきではない、と瞬時に判断した俺は次に雑草に向かって盛大に転がり、その時に体へついてしまった草を払っていたイディスに向かって声を掛けた。
「おーい、イディス。何か回復系のポーションとか持ってないか?」
魔王城に着くまでに散々嫌がっていたポーションを求める理由は1つ。
未知の地においてはまず、何よりも先に体を落ち着ける場所を確保する必要があるという事を悠遠大陸で身をもって知っていたからだ。勿論、ティファールがポーションを持っているのならば彼女に頼むのだが俺と同様に血しか持ち歩いていなかった。
一瞬、仮にも森人であるイディスならば今、俺達が居るこの原野について森では無いけれど何か知っているかも。といった事を思い浮かべてしまうが、「あれぇ? どこだろ、ここ」と呟きながら頭を右左に振りながらキョロキョロする姿を見て彼女も知らないと判断していた。
そして彼女は「……うん?」と呑気にこちらを振り返り、口を開いた。
「ポーション? あぁ、怪我してるんだったねぇ。仕方ない、お姉さんが一肌脱いであげよう。今はmpが満タン近くあるからね、魔法をかけるから少しの間じっとしておいてよ」
頭に乗っていた雑草をぶるんと頭を振る事で落とした直後、ふぅ、と自身を落ち着かせるかのように溜め息を一度吐いてから俺へ右の掌を向けた。
だが、魔法を掛けようとするイディスにティファールが慌てて目を剥きながらもストップを掛ける。
「ちょっと! 伊織に何しようとしてるの!?」
「ん? 回復魔法だよ。ま、見てなって……『《神々の祝福》!!』」
そうイディスが口にした直後、俺の体は光に包まれ、次第に光が霧散していくがそれと一緒に疲労や痛みのような物も消えていった。
彼女の魔法を目にしたティファールは驚愕に表情を染め、目を見張る。対して俺は感嘆を漏らしながら純粋に驚いていた。すると、イディスは鼻高々といった様子で此方へ歩み寄りながら声を上げた。
「どう? どう? これでも裏ギルドで働く前は『癒せる狂戦士』って呼ばれてたんだよ!!」
得意気な様子で自分の事を狂戦士と口にするイディス。
出来る事なら彼女に『癒せる狂戦士』という言い得て妙な呼び名を付けた人を褒めちぎりたいくらいだ。
そしてそれと同時に、裏ギルドで何で治癒魔法が使えるにも拘わらずポーションを飲んだんだろうか? という疑問も浮かぶが先程口にしていたmpが満タン近く、という言葉を思い出した俺は勝手にあの時はmpが無かったのだろうと結論づけた。
イディスの魔法によって回復した俺は体にどこも異常がないかを確かめようとティファールに抱きつかれたまま立ち上がった。すると双眸に小さな白い点のような物が映り、それが俺には何故か建物のように思えた。
その為、俺は詳しく知ろうと吸血鬼化と身体強化を無詠唱で使用して五感を向上させ、再び前方を目を凝らして確認した。そして小さくだが街のような物が視認でき、同時に見間違いでは無かった事を理解した俺は直ぐ様鑑定を使った。
鑑定を使用した際にステータスを確認する時のように現れるホログラフィーのようなものには街の名前が浮かび上がり、俺は目を見張った。
『竜人街 ドランジェ』
気付けば400万PV突破してました!
読者の皆様、本当に有難うございます(´つω `)
これからも『異世界召喚に巻き込まれた異常者』をどうぞ宜しくお願いします。