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Blood Queen
作:新矢 晋



19.取り戻すべきもの


 ――やっと取り戻したのだ。もう、離さない。

「……来る」

「ええ、どうやら見付かってしまったようです」

 紅家当主の身体を器とする『彼女』が何処か遠くを見やりながら呟くのに、白髪混じりの銀髪の吸血鬼は大して気にとめていない風に応えた。
 ――ちらちらと揺れる行灯の光に照らされる畳敷きの部屋。
 吸血鬼……カラスの膝の上に座っている女は軽く首を傾げてカラスを見、カラスはそれにひどく穏やかな――ように見える――笑みを向ける。そして、女の腰に回した腕に僅かばかり力をこめ、その肩口に頭をもたれかからせて、囁くように呟いた。

「心配は無用です、御館様。……もう二度と、貴女を手放しはしない」

 女とは親子ほども年の離れた外見をした――実年齢でいえば更に離れているだろう――男の、まるで子供のような仕草。女はそっと腕を伸ばし、そんな男の頭を抱えるようにしてから瞳を閉じた。

「……鴉津」

 男の名を紡ぐ女の声は、消えそうな程細い。

「私は、……」

 何処か哀しげにも見える表情を浮かべたその女の言葉は、紡がれる事無く消えた。



 ――それと同刻、海岸線に程近い場所に位置する今は使われていない城に向かう二つの人影があった。……政臣とダーク、紅家当主の婚約者と従僕である。

「この近辺で、カラスについた従僕共が目撃されている。条件も合致した。
 ……恐らく間違い無いだろう」

「……なァ、やっぱりアンタは残って……」

 ダークの台詞に振り向いた政臣は、苛立たしげに自らの髪を片手でかき上げながら口を開いた。

「今更だな。
 ……環希さんの居場所がようやく分かったのに、じっとしていられるか」

 予想通りといえば予想通りの政臣の言葉に、ダークは呆れたように肩をすくめてからちらりと視線を流した。……未だ包帯が指先まで巻き付けられている、政臣の右腕。
 いくら『魔剣使い』と言えども、肉体的には普通の人間とさほど変わらない。皮下組織まで焦がした炎の名残は、未だ政臣の右腕を蝕んでいた。
 ――再び訪れた静寂の中、無言で歩む二人。木々が途切れる手前でその足が止まる。

「……やはり感付かれていたか」

 呟く政臣。その視線の先には古びた城……そして幾つかの人影。一見何らおかしい所など無い人間の姿をしているが、その気配は間違いなく従僕のもの。

「……ちっ、面倒だな」

 舌打ちをしてから自らの右腕に手を伸ばした政臣の肩に、ダークが片手を置いた。怪訝そうに振り向いた政臣に、片目を瞑ってみせる。

「ここは俺が行く、アンタの『剣』は多対一には向かないだろ?」

 政臣が文句を言う前に一歩足を踏み出し、悪戯っぽい笑みを浮かべ――ダークは、

「マスターが待ってるのは、『綾乃小路政臣』って名前の騎士サマなんだ。
 ……そんな騎士サマの行く道を開くのは、介添え人の役目だろ?」

 その両手を、鋭い爪の生えた獣のようなそれに変形させた。

「派手に暴れてやるから、その間にカラスん所に行け」

「おい、」

 瞬間、ダークは地面を蹴って飛び出していた。一瞬きの間に城へと距離を詰め、浮足だつ従僕達に向かってゆく。
 ――その騒ぎに紛れて政臣は城へ。その様子を確認すらせず、ダークは両腕を芝居がかった仕草で広げる。

「主を見失った馬鹿な従僕崩れが、さっさとかかって来いよ。
 劣化コピーが『直系』にかなうわけが無いッて事、体に教えてやる」

 従僕の数は見える範囲で十人強。それがじりじりと包囲網を狭めていく。――ダークの唇が歪み、笑みが浮かんだ。それは妙に穏やかで、

「……『マスター』、娘を助ける為だ。許して、くれるよな」

 何かを決意したような笑み。ダークは、鋭く伸びた爪を自らの鎖骨の辺りに突き立てた。そのままきりきりと肌を裂き、十字を刻む。

「限定、解除」

 ――ぶわ、と。闇の気配が増した。












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