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Blood Queen
作:新矢 晋



14.宴 ―門番天使×剣―


「…………」

 男はふと目を覚ました。傍らには愛しい女、その体温と寝息を感じながらベッドに沈み込む……なのに、この厭な気配は何だ?
 彼女を起こさないようにそっとベッドから降り、乱れた服を整え、寝室の扉を開いて隣の部屋に足を踏み入れる。矢張り、厭な気配は消えない。
 ――剣呑に瞳を細め、男はひとつ息を吐いた。

「不粋だな、恋人達の蜜月を邪魔するなんて……」

 額にかかった前髪をかきあげ、男は廊下へと続く扉へと向かう。
 その片腕、隙間無く包帯の巻き付けられた右手の指が、ぴくりと動いた。
 ――廊下に出た政臣は、腕の包帯をするすると解き始めた。その下から露になるのは、重度の火傷を負った右腕。……いくつもの水膨れとケロイドが痛々しい。

「……出番だぞ」

 政臣がそう囁き己の右腕に触れると、どくん、と右腕の奥で何かが蠢く。
 その、直後。先刻から政臣が感じていた厭な気配がはっきりとその輪郭を現わし、更にこちらへと近付いてきた。

「使徒、か……」

 ぼそりと政臣が呟き、そして、その気配の主が廊下の向こうから姿を現わした。

「あっれー?
 随分とヤバげな気配がしたから来てみたのに、アンタ、ヴァンプじゃないよねぇ?」

 甲高い、癇に触る男の声。政臣の姿を見てぱちぱちと琥珀色の瞳を瞬かせたその男は、派手な女物のドレスをその身に纏い、身長ほどもあろうかという巨大な血塗れの戦鎚を持っていた。

「……俺をあんなバケモノどもと一緒にするな」

 その奇妙な風体に眉をひそめながら、政臣は苦々しく吐き捨てる。
 男は――使徒ウリエルは首を傾げてその様子を見ていたが、ああ、と何かに思い至ったような声をあげた。

「アンタ、女王の婚約者か。
 ……もっと情けない優男を想像してたんだけど」

 にぃ、と口元を歪めるウリエル。その手に持った戦鎚から、紅色の雫が、ひとつ。

「俺の大好きな目をしてる。
 ……何かに正気をくれてやった目だ」

 舌なめずりでもしそうな調子で、ウリエルは戦鎚を構えた。
 政臣は一歩身を引き、そして、一言。

「……来い、『レーヴァテイン』」

 差し出した右手から、剣が生えた。ずるり、と肉を内側から引き裂いて、文字通り『生えた』のだ。――赤みがかった銀色の刀身を持った両刃剣。

「アンタ『魔剣使い』か……!」

 ウリエルが一足飛びに距離を詰め、政臣に向けて戦鎚を振るう。致命的なまでに重く、疾い一撃。
 だが。
 その攻撃は、政臣の剣が止めていた。そして次の瞬間、その刀身を紅煉の炎が包み込む。

「ハズレくじ引いたかと思ってたんだけど……あッは、潰しがいがありそうだ!」

 戦鎚を大きく振るい、後ろへと一旦下がるウリエル。
 それを見やり、政臣は黙って剣を構えた。剣から燃え上がる炎の舌は腕を舐めて皮膚を焦がし、火の粉は肩まで舞い上がり髪にまで届く。

「ぐ、うっ……」

 苦痛に顔を歪めながら機をうかがう政臣に、

「アンタ、剣と同化しきれてないな……『人工』だなァ?」

 ウリエルはにたりと笑い、戦鎚を担ぎ上げる。
 ――『人工』の『魔剣使い』。本来は適性者のみが先天的に持つ魔剣を、後天的に埋め込んだ存在。

「どうしてそこまで?
 身体を半分バケモノにしてまで、アンタは何を……」

「煩い」

 政臣が言葉を吐き捨てる。

「彼女を守る為なら、正気も……ヒトである事も、要らない」

 ごう、と炎が激しさを増した。周囲に蛋白質の焦げる嫌な匂い。
 ―― 一拍ほど間を空けてから、甲高い笑い声が響く。戦鎚を床に突き立て、頭を仰け反らせて……

「やっぱりアンタ最高だよ!
 たかが一人の女の為に、人間捨てるか?」

 笑いがおさまりきらず、なおも咳き込む、ウリエル。ゆら、と身体が傾いた。

「アンタは特別丁寧に殺してあげるよ。原型留めないぐらいぐっちゃぐちゃのミンチに、ね。
 それから、女王も同じところに送ってあげる」

 ダ、ン!
 ウリエルは床を蹴り、ドレスの裾を翻し、戦鎚を振りかぶって――



 ――ふと目を覚ました女は、隣に居る筈の男が居ないのに気が付いた。

「政、臣……?」

 男の名を呼び、女は――環希は、ベッドから降りた。上着を羽織り、扉に手をかけようとしたその動きが、止まる。
 仄暗い、霧。
 扉や窓の隙間から侵入してきた霧が、環希の周囲に絡み付く。……触れるか触れないか、曖昧な距離感。

 ――お時間です。

 頭に響くのは、低く囁くような声。
 す、と腕を下ろす環希。眉を寄せ、何かに耐えるような表情。
 その背後で霧が凝り固まり、人の姿を形づくる。片腕の無い、男の姿。

「……珍しいな、お前がそこまでてこずるなんて」

 環希の台詞に、カラスは黙り込んだまま。残った右腕には、未だ血に濡れた刀が握られていた。
 ――鍔鳴りの、音。
 環希は、瞳を、閉じた。












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