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Blood Queen
作:新矢 晋



11.宴 ―使者天使×闇―


 鬱蒼と茂る木々、合間を縫うようにして進む青年。多彩なメッシュの入った銀髪を木漏れ日が照らし、青年――従僕ダークは不機嫌そうに眉をひそめた。

「……結局あのボンボンはうちに泊まったらしいし、俺無駄足じゃん」

 綾乃小路家には護衛兵だけ残し、ダークは紅家へ戻るように……そんな指示が下ったのが昨夜。それからダークはとってかえし、現在は紅家本邸近くの森の中に居た。

「あと一走りってトコか……俺も飛べたら楽なんだけどなァ」

 とん、と爪先で地面を蹴り、前屈みになって駆け出そうとしたダークは、前に踏み出そうとした足を突然その場に踏み下ろし、後ろへと飛び退いた。
 その刹那、疾風が空を切り裂いた。
 はら、と銀髪が幾筋か千切れ飛び、ダークの頬に一筋の傷。

「残念、外しちゃった」

 響いたのは、幼い少女の声。
 ダークが睨み付けるその先に立っていたのは、
「愛らしい」
と形容しても差し支えのない少女だった。
 ――年の頃は十四、五。桜色の髪を頭の両横でおさげにし、絹のリボンで飾り付け。ゴシック調の、レースやフリルでたっぷり飾り付けられた洋服のスカートが風で揺れていた。
 ただひとつ、異質なのは……その両手に、それぞれ一振りの短剣が握られている事。

「こんにちは、吸血鬼さん。私は『使徒』ガブリエル。
 ……あなたの、死よ」

 まるで邪気の無い笑みを浮かべ、その少女――ガブリエルは、短剣を構えた。

「『使徒』にはネジの飛んだ奴しか居ないのか?
 まあいい、俺はダーク……大人しくヤられてやるつもりは無、ッ!」

 ダークが構えた直後、ガブリエルが地を蹴った。唸りをあげて空を切り裂く鈍銀色の刄。
 伸び上がったダークの脚が刄と交差し、振り抜かれると同時にガブリエルの身体が吹き飛んだ。
 が、直ぐ様跳ね起きダークを睨み付ける瞳、それはぎらぎらとした感情に満ちた
「女」
の瞳。

「ダーク……あなたが、ミカりんの……何よ、頭の軽そうなチャラ男じゃない……っ!」

 ダークが問い返すより疾く、ガブリエルの姿が掻き消える。
 次の瞬間、ダークに向けて振り下ろされる二本の短剣。
 一本は肩口を浅く切り裂き、一本はそれを握る手首ごとダークに握られ――引き戻した時に、何かが千切れるような音。
 小さな肉の塊を地面に投げ捨て、爪先に残る紅色の欠片を舐めとるダーク。

「手首ごともぎ取ってやろうと思ったのに……ん、美味い」

 手首の肉を抉り取られ、ぼたぼたと地面に紅を滴り落としながら、ガブリエルは悲鳴ひとつ、苦悶の声すら洩らさなかった。
 それどころか、口元を歪めて幼い顔には似合わない凄絶な笑みを浮かべ、血にぬめる指でしっかりと短剣を握り締める。

「いい事思いついちゃった……あなたの頭をミカりんのお土産にするの、きっとミカりん喜んでくれるわ」

 ころころと鈴を転がすように笑う、ガブリエル。

「もしかしたら嬉しすぎて壊れちゃうかもしれないけど……そうしたらミカりんは私だけのものよね」

 そんなガブリエルをダークはどこか痛ましげな目で見やり、頭を振りながら両の手を構えた。
 ――そして、地面を、蹴った。
 ガブリエルの手を、脚を、腰を、首を、ダークの手が。指先が変形し鋭い爪の生えた手が、狙う。
 それはガブリエルの剣に阻まれ、或いは受け流され、フリルを切り裂き薄皮を剥ぎ取るだけ。決定打には至らない。
 硬質なもの同士が触れ合う音。
 腕や脚が軋む音。
 短く吐き出される呼吸音。
 ただ、相手を倒す――殺す為だけに研ぎ澄まされてゆく。
 ――均衡が、崩れた。

「さっさと、その首……よこしなさいよッ!」

 首筋を狙って放たれる一撃を、硬化した手で受け止めて。

「はいそうですか、ってくれてやるわけにはイかないんだよ!」

 刄が手に食い込むのも構わず握り締め、引き寄せ、相手の脇腹に回し蹴りを叩き込む。
 小柄な体が吹き飛ばされるその先に回り込み、鋭い爪を振り下ろし――
 ……肉の千切れる鈍い音。
 ガブリエルの心臓を狙う筈の攻撃が僅かに逸れ、左腕を切り飛ばしていた。
 ――更に攻撃を続けようとしたダークの動きが、止まる。肩越しに背後を振り仰ぎ、瞳を細める。

「……マスター?」

 ダークは呟き、それから地面に転がっているガブリエルを見下ろし……肩を竦めた。

「放っておいても死ぬか。……それより、マスターの方が……」

 とん、と踵で地面を蹴り、次の瞬間、その場に残されたのは抉れた地面と土煙、それからひとりの少女だけ……。



「いたい、……痛いよぉ……」

 顔を歪め、両の瞳からぼろぼろと涙を流しながら、立ち上がろうとするガブリエル。
 左腕、二の腕の中程あたりから先が千切れ、地面に無造作に転がっていた。

「ひ、うっ……やだ、やだよ、死んじゃう……!」

 無事な右腕で左腕を押さえ付け、懸命に立ち上がろうとするも、バランスを崩して再び地面に倒れ込む。
 涙と、血と、泥で汚れ、啜り泣く。

「死にたくないよ……ミカりん……」

 ――じきに、啜り泣く声もしなくなった。












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