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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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エビドリア

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますがあまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・接待等のお客様も歓迎いたします。
アルフェイド商会は、元は東大陸一の大国である王国で生まれた商会である。
一応歴史自体は数百年ほどあるが、ほんの数十年前までは王国の片隅で細々と各領地から上がってくる小麦の売買を行っていた商会であったが、先代のアルフェイド商会当主、トマス=アルフェイドは天才であった。数十年で瞬く間に王国屈指の大商会に育て上げた彼は、自らの引退を決意したとき、兄弟姉妹での争いが怒らぬよう一計を案じた。
己の長男に王国のアルフェイド商会を譲ると同時に、商会内で長男に匹敵するほどの辣腕を見せ……互いに己こそが次の当主たらんと争いを繰り広げていた次男と長女に、多額の金を使って作り上げた帝国の都と公国の都の支店を任せることにして、本家である王国のアルフェイド商会から出したのだ。
かくして元は王都に一つだけだったアルフェイド商会は、長い歴史と伝統を持つ公国の支店と、凄まじい勢いで躍進を続ける帝国の支店の三つに分かれることになり、相続争いそのものが消えたアルフェイド商会は安定を得た。
……『己の治めるアルフェイド商会こそが真のアルフェイド商会である』という強烈なライバル意識と引き換えに。
そして今、アルフェイド商会帝国支店は、一つの転機を迎えようとしていた。

国の規模の割に貴族というものが極端に少ない帝国にあって、他国の貴族たちが集まる場所である貴族街の屋敷の一つ。
そこはかとなく高価な香辛料の香りが広がる場所で他国の大使から聞いた話に、母より命じられ一人この屋敷へとやってきたアルフェイド商会帝国支店次期当主、リンダ=アルフェイドは思わず聞き返した。
「こ、米を使った料理、でございますか?」
リンダの確認に他国の大使……遥か西の大陸にある砂漠の国からやってきたという、茶色い肌の大使は頷く。
「さよう。これは我が国の重大な秘事ではあるのだがな……もうすぐ、この都に我が国の王太子であるシャリーフ殿下が訪れることになっている」
その表情と声は未来のことを思って堅く引き締まっている。
その言葉にリンダも思わず身を固め、詳しく聞く体制となり、詳しい話を聞くことになる。

なんでも今、砂の国と帝国では、非常に重大な話が進められているという。
それは、砂の国と帝国の、未来を決めるといっても過言ではない話であり、一国の大使には手に余ると判断された。
故に、母国である砂の国から王の代理として王太子が訪れ、帝国の皇帝陛下と砂の国の王太子が直接話し合うこととなったらしい。
「シャリーフ殿下は帝国では原則として皇宮で過ごされることとなり、帝国の料理を食される。だが、帝国料理ばかりでは飽きが来るし、昼間でも砂漠の夜のように寒い帝国は我ら砂の国の民には些か厳しい環境である。そこで……」
「砂の国を思い出されるような料理を作れ、そういうことですね」
リンダとて女だてらに大商会で辣腕を振るっていた大商人を母に持つ、次期当主である。
ここまでの話から、何を求められているかを悟っていた。
「うむ。お前たちは海国の料理をも知ると聞いた。なれば我が国の料理も作れるであろう……あそこの料理人を連れ出せれば早かったのだがな」
ポツリと一言つぶやいた後、気を取り直して大使は手元の鈴を鳴らし、よく通る声を上げる。
「アイーシャ! アイーシャ! 来なさい」
その言葉に応じ、一人の少女がしずしずと入ってくる。
(へえ……これは中々)
年の頃はリンダより二つ三つ年下だろうか。大使の娘であろう若い少女が帝国人であろう執事を伴って入ってくる。
帝国風の防寒を重視した布地の多い、白を基調としたドレスを纏っているが、漆黒の髪と瞳、それから茶色い肌が彼女が砂の国の出であることをよく表れしていた。
「このお客様方をご案内してあげなさい。確か今日だっただろう?」
「はい。確かに今日がドヨウの日ですわ。お父様」
リンダには意味が分からぬ会話を交わした後、アイーシャがこっちに向き直って、言う。
「よろしければこれから、一緒に食事でもどうですか? ……シャリーフ殿下にお出しする料理について、ご説明もしたいと思いますので」
「は、はあ。それでは、よろしくお願いします」
その言葉に、何やら不思議なものを感じながらリンダは頷く。
「よろしい……あそこに行くわよ。アルフレッド」
「はい。お嬢様」
そうして頷いたリンダに満足そうにアイーシャは頷き返し、傍らに控えるアルフレッドに言葉を告げる。
「それでは、ついてきていただけますか? リンダ」
「はい。お供します」
そして、アイーシャに促され、リンダはアイーシャと共に屋敷を出るのであった。

寒空の下、白い息を吐きながらリンダは歩く。
「大丈夫ですか? アイーシャ様。寒くはないですか」
歩く道すがら、リンダは傍らをアルフレッドというらしい執事の少年と共に歩くアイーシャに問いかける。
東大陸でも北の方に位置する帝都はこの季節、特に冷え込む。
こことは逆に一年を通して暑いという砂の国の生まれのものにはいささか厳しいのではと思ったのだ。
「ええ。ここに住んで一年以上になるから、もう慣れたわ」
だが、白い毛皮のコートをしっかりと着込んだアイーシャは肩をすくめてみせる。
アイーシャは慣れていた。一年を通して何度も『あの場所』を訪れるうちに。
「さ、ついたわ。ここよ」
そして、いつものように狭い裏路地にたどり着き、ハーフリングに使われることもなく黒い扉がちゃんとあることに内心少しだけ安堵しながらアイーシャはリンダに向き直る。
「なんであんなところに扉が……?」
裏路地にポツンと扉が立っている不思議さに目を見張るリンダの手を取る。
「さ、行きましょう。まずは貴女にも食べてもらって、どういう料理が良いか伝えるから」
そう言ってアイーシャはリンダの手を取り、アルフレッドが恭しく開いた扉をくぐる。
チリンチリンと、軽やかな鈴の音を聞きながら、二人が扉をくぐり、ついでアルフレッドがするりと扉をくぐった後、パタリと扉が閉じられた。

扉をくぐった瞬間、リンダは周囲の空気が暖かくなったことを感じ取り、ついで魔物や人間がそれぞれに卓を囲んで食事をしていることに目を見張る。
「……あの、アイーシャ様。ここは一体」
「食事処よ。異世界の」
「い、異世界?」
その反応に己の父親を初めてここに連れてきたときのことを思い出して笑いながら、アイーシャは言葉を続ける。
「ええ。私たちが暮らす世界とは違う世界にある料理屋。貴女には、ここの料理を参考に殿下のお料理を作って欲しいの」
そんな会話をしていると、来客に気づいたらしい給仕の少女が三人の近くにやってきて、礼をして出迎える。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ヨーショクのネコヤへ。お席へご案内します。それと、よければお召し物をお預かりしてもいいですか?」
二人が料理を食べるのに向かぬ分厚いコートを着ているのを見たからだろう。
給仕の少女がコートの預かりを申し出る。
「そうね。お願いするわ。リンダも」
「……はい。そうですね」
アイーシャに促され、給仕の少女にコートを渡しながら、リンダはその姿に内心驚いていた。
(……こんな小奇麗な魔族、魔都でもほとんど見たことないわね)
一時期、母の命令で数年かけて東大陸の主要な街を見て回った事からくる経験が、目の前の少女の異常さを悟らせる。
豊かで、手入れが行き届いた金髪の間から黒い角が覗いていることから、目の前の少女が魔族であることは間違いない。
元々遥か昔に魔族と手を結んで今の国を切り開いたと言われている帝国では魔族は珍しい存在ではない。
特に『魔王』の一族が皇帝陛下に代わり街を治める帝国二番目の大都市である魔都など、人間より魔族の方が多いほどだ。
だが、その魔族が王都の貴族の娘のように髪と肌に手入れが行き届いているなど、リンダは初めて見た。
(それにあの衣装……珍妙だけど生地の質が良すぎるわね)
着ている服も不思議なものであった。デザインはリンダの常識からは外れすぎた、アイーシャの言うことを信じるのであれば異世界のそれであるが、服の質がとても高い。
ほぼ新品に近い新しさで、なおかつ上質な綿を紡いで作ったと思われるその布はとてもきめ細かく、縫製も異様なまでに正確無比であった。
そんな、普通に仕立てれば間違いなく庶民の一年分の生活費くらいにはなりそうな服を一介の魔族の給仕に着せている辺り、この店の主は相当に酔狂な感性の持ち主なのだろう。
「さあ、こちらへどうぞ」
そんなことを考えながらアイーシャたちに習ってリンダは席に座る。
となりには、黒い、恐らくは砂の国の民が好んで飲むカッファと呼ばれる茶に白いものを浮かべたものを飲んでいる砂の国の貴族らしき娘が一人だけ座っていて、誰かを待っているように見える。
「それで、メニューをお持ちしましょうか?」
「いいえ。今日はエビドリアを頼もうと思っていたから、いいわ。エビドリアを三人分、お願いね。後で色々頼むかもしれないけど、とりあえずはそれで」
そんな風にリンダが考え込んでいるあいだにアイーシャはさっさと注文を済ませる。
元よりリンダにはこの店の料理、まして向こうで作ってもらいたい異世界の料理などわかるわけがない。
「はい。少々お待ちくださいね」
アイーシャの注文を受けて、給仕の娘が奥にあるらしい厨房に注文を伝えに行く。
「……それで、エビドリアとは米を使った料理なのですか?」
一通り注文を終えた後、リンダはアイーシャに尋ねる。
自分が依頼されたのは米を使った料理であり、そのあとに誘われた食事、それも目の前の少女が正しければ異世界の料理屋で出される料理である。
つなげて考えればその可能性が高いことはすぐに分かった。
「そうよ。それと、帝都ではまず食べられないけど貴女たちならば美味しく作れるんじゃないかなって料理」
一方のアイーシャもまたリンダの問いに頷いて見せるのであった。

それから、当たり障りの無い会話を交わしていると、先程の給仕の少女が料理を運んでくる。
「お待たせしました。エビドリアをお持ちしました」
そう言って慣れた手つきで三人の前にそっと料理をおいていく。
ひと目でオーブンから出したばかりだと思われるそれは、分厚い陶器の皿の上でブツブツとかすかに音を立てていた。
茶色い焦げ目が模様のように広がる下には、僅かに黄色みを帯びた白いものが満たされ、その合間にはピンク色の何かが見え隠れしている。
(あら、これはもしかして……チーズと騎士のソース?)
その、ピンク色のもの以外の正体はすぐに分かった。
騎士のソースはアルフェイド商会においては今の地位を築き上げる切っ掛けとなったというソースであり、帝国で一般に食べられているダンシャクの実との相性も良いことから、帝国支店でも馴染み深いソースである。
(確かにうちの店向きの料理ね)
騎士のソースは帝国でも徐々に広まっているが、その使い方についてはアルフェイド商会は一日の長がある。
だからこそ自分が選ばれたのかと思いながら、一口食べてみて……絶句する。
(嘘!?これって……)
その味は半ば予想どおりであり、同時に大きく予想を裏切る味であった。
溶け焦げたチーズの香ばしさと、ほのかに甘味を含んだ騎士のソース。上には帝国でコロッケを作るときなどに使われれている砕いたパン屑が散らされており、独特の香ばしさを出している。
それから、下の方に敷かれている、細かく、柔らかな粒……これが米だろう。噛み締める事に甘味があって中々美味だ。
ここまではいい。
だが、このエビドリアの根幹を為す部分、それが予想外だった。
(シュライプ!?)
驚きながら思わずアイーシャの方を見ると、アイーシャはすまして応える。
「貴女たちなら、腐らせずに運ぶ技術もあるでしょう?」
その言葉に、リンダは改めて自分に依頼された理由を悟る。
シュライプは極めて腐りやすい海の生き物である。腐ると悪臭を放つ上にほぼ確実に腹を下すことになる代物であるため内陸部にはまず出回らないが、同時にかなりの美味であるため、その腐る心配がない海沿いの街では庶民から貴族まで日常的によく食べる食材でもある。
(……なるほど、私たちにここまでシュライプを運ばせようってことね)
シュライプを内陸のど真ん中にある帝都まで運ぶ手段は無いこともない。保存の魔法が使えるくらいの、腕の良い魔術師を雇わなくてはいけないので非常に高価な食材となってしまうが、元々王都で食材を扱う商会として発展してきたアルフェイド商会のコネを使えば出来なくもないのも確かだ。
(いっそシュライプ抜きに……いや、無理ね。これがなくては少なくとも『エビドリア』は成り立たない)
改めて味わってみて、気づく。
このエビドリアの主役は間違いなく、このシュライプだ。
指先ほどの大きさのピンク色のシュライプは旨みの塊とでも言うべき食材であった。
噛み締め、歯の上でぷっつりと肉が切れるたびに溢れ出す、シュライプの旨みが詰まった汁。
それは騎士のソースのもつ柔らかな甘味と抜群に相性が良く、ソースをたっぷりと絡めた状態で食べるとご馳走と呼ぶに相応しい味となった。
また、それらソースやシュライプの旨みをたっぷりと吸い込んだ米もまた美味で、こちらは噛むとじんわりと中に孕んだ旨みを吐き出す。
それらの米と、シュライプ、そして騎士のソースとチーズ。
これらを同時に口に運べば、エビドリアは完成する。
熱々のエビドリアは舌を楽しませ、身体を温めてくれる。
リンダは料理を味わうその時だけは、仕事を忘れ、否ひたすらに真剣に味わうという仕事を全うした。

「どうだった?」
一通り食べ終えて、満足げに息を吐いたリンダに、アイーシャが問いかける。
「ええ、美味しかったです。とても」
一言端的に告げたあと、リンダは顔を引き締めて要求を伝える。
「今度、うちの料理人をここに連れてきたいと思いますが、よろしいですね?」
アルフェイド商会の集めた情報によれば、辺境の小国の宿屋が似たような料理を出している、と聞いたことがある。
ならばアルフェイド商会の料理人ならば、何とかするだろう。
……ついでにほかの料理にも興味がある。このエビドリアと同じくらい美味な料理があるのならば、見逃すことはできないとも考えながら。
そんなリンダの商人らしい野心をにじませた問いかけに。
「……私とアルフレッドも連れてきてくれるなら」
アイーシャはしれっと、自らの要求を伝えるのであった。
今日はここまで
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