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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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パンプキンフィナンシェ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・フライングパピーのハロウィンフェアは10月31日を含む週の日曜日まで開催中です。
土曜日の朝、いつものように仕事に励んでいたアレッタは厨房の奥にある銀色の扉から現れたものの姿を見て思わず固まった。
(ぞ、ゾンビ!?)
銀色の扉からのっそりと台車を押して現れたのは、首から上が腐り落ちたゾンビであった。
土気色の肌に白目は薄い黄色に染まり、赤いものがこびりついた歯はむき出しになっている。
そのゾンビはゆっくりと厨房へと入って来て……
「ヴァー」
アレッタの方に一つ間延びしたうめき声を浴びせてくる。
(ど、どうして……なんでこんなところにゾンビが!?)
その場にへたりこみ、混乱する頭でアレッタは必死に考える。
ゾンビは、アレッタのような田舎育ちの庶民でも知っているくらいによく知られたモンスターだ。
行き倒れ、正しく葬られなかった人間や魔族が死を司る闇の力により仮初の命を得て動き出す魔物。
一切の例外なく生者を憎み、食い殺そうと襲ってくるそれは戦場となった場所や旅の難所とされる場所では決して珍しい存在ではない。
アレッタ自身、故郷の村から王都にむかう旅の途中ゾンビに追われ、命からがら近くの村に逃げこんだこともある。
そう、それゆえにアレッタが悲鳴を上げたのは仕方がないことであった。
「な、なんだどうした!?」
食堂の方で『昨日』の片づけをしていた店主が悲鳴を聞きつけて厨房へと入ってくる。
そして、真っ青な顔をして床にへたり込んだアレッタと、予想外の反応におろおろするゾンビの姿を見て、大体の事情を把握した。
「……おい。とりあえずそれ脱げ」
「……あ」
店主の言葉にようやくそのことに思い至ったゾンビが健康的な色をした腕を顔にあて、そのままマスクを剥がす。
「……え? 店長、さん?」
その下から現れた、申し訳無さそうな顔をした見慣れた顔にポツリと言葉をつぶやく。
「いやまさかここまで反応が良いとは思わなかったんだよ。うちのやつとかバイトとか『それ見た目キモくてお客さんも引くんでもうちょっと別の仮装にしてください』とか言うしよ」
そんなアレッタに対して申し訳無さそうな顔をしたまま、店長が言い訳をする。
「仮装? えっと……」
「ああ、ハロウィンっつってな、こっちのってのも微妙で、理由は俺もよく知らないんだが、とにかく化け物とか魔女の格好する祭りがあるんだよ。んでうちの商店街も最近はこの時期に催し物としてやってる」
なんでそんなことをやったのか分からないという顔をしているアレッタに店主も自分なりに理解しているこの時期の風習について説明する。
「そ、そうなんですか……それでモンスターの格好を」
アレッタの方も店主の説明を聞いてもなんでそんな祭りがあるかはいまいちよく分からなかったが、とりあえず店長がモンスターの姿をしていた理由は分かった。
「まあ、驚かして悪かったな。アレッタちゃん……っと、そうだ。本題はそこじゃ無かった」
ひとしきり誤ったあと、ようやく立ち上がったアレッタに、台車に積んできたそれを渡す。
「……え? これは?」
「ああ、今うちでやってるハロウィンフェア用のパンプキンフィナンシェ」
渡された、橙色をしたリボンで飾られた、中が透けて見える水のように透明な袋。
その中には、さらに小さな袋に入れられた、異世界の菓子らしきものが見える。
「ほら、アレッタちゃんはいつもクッキー缶買ってくれてるお得意様だからな。お得意様にはたまにはプレゼントの一つも渡すのが、長くご愛顧してもらうコツってやつだ。ってなわけで受け取ってくれ。金はいらないから」
そんな言葉を掛けると、いつものように異世界の菓子を厨房の冷たい棚や普通の棚にしまっていく。
「……はい。ありがとうございます」
その言葉に、アレッタは素直に受け取ることにして、胸元にフィナンシェを抱いたまま、ぺこりと頭を下げるのであった。



そして、翌日の昼。
「それで、この、パンプキンフィナンシェというお菓子を私にも食べて欲しいってこと?」
「はい。クッキーを買えるのも、シア様のおかげですから」
姉が久方ぶりに旅に出てしまい、一人残ったアレッタの元にいつものクッキーを受け取りにきたシアは、そう言って笑顔で不思議な菓子を差し出すアレッタに、ちょっと呆れた顔をした。
(まったく、黙ってりゃ分からないのに)
目の前の頭にバカがつくくらい正直な家政婦の娘に苦笑する。
もっとも、そのバカ正直なところが姉にこの倉庫の管理を任されている理由でもあるのだろうが。
「まあ、そういうことなら頂くわ。あのクッキーを出すお店のお菓子ならきっと美味しいでしょうし」
気を取り直してアレッタにそう告げる。
あの店のクッキーをアレッタを通じて買い始めてもう一年になるが、未だにあの菓子の出来の良さは素晴らしい。
たまに遊びに来る友人の貴族や商人、高名な冒険者の娘などにも出して見たがやはり評判は上々で、出処を聞かれたことも一度や二度ではない。
そして、アレッタから聞いた話によるとその店ではクッキー以外にも色々なお菓子があり、それを食べに色々なお客が来ているらしいとも聞いた。
今回の、このお菓子もそんなお菓子の一つなんだろう。
「分かりました。ちょっと待っててくださいね。シア様に頂いたお茶、入れてきますから。もうお湯は作っておいたんです」
その言葉を受けて、アレッタが立ち上がり、パタパタと奥の台所に行って道具を持ってくる。
西大陸にある海国から輸入した白い陶器のお茶入れから注がれるのは、甘い香りと爽やかな酸味を持つ、花の茶。
香りがよく美味だが庶民には手が届かないくらい値がはる『シア様』からの頂きものであるそれを、アレッタは安い木の杯にマスター仕込みの技でもって美味しく入れる。
「それじゃあ、食べましょうか。アレッタ、貴方も一緒にどう?」
受け取った茶に上質の白砂糖を二杯入れながら、なんでもない様子でシアはアレッタにも勧める。
「はい! いただきますね」
そう言われる事を予期していたのだろう。
杯を二つ用意していたアレッタが、自分の杯にも同じ茶を注ぎ、これまた頂きものである砂糖を一杯だけ入れる。
「それじゃあ、頂くわね」
シアがそう言って袋の中に手を伸ばし、お茶会が始まった。

透明な袋の中に入った菓子は。これまた小さな透明な袋に包まれていた。
(この袋も謎よね。材質もよく分からないし、結び目も縫ったあとも無いのに口がないのだもの)
そのツルツルした材質の袋は、クッキーにはないものだ。
これだけでも不思議なものをこよなく愛する魔術師の類ならば喜んで買取りそうだと思いつつ、袋を破る。
中から出てきたのは、小さめの、箱のような形をした菓子。パンプキンフィナンシェという菓子らしい。
(えっと、焼き菓子……よね?)
指先でつまんだそれはシアの知る菓子やクッキーよりだいぶ柔らかく、困惑する。
シアの知るお菓子とは少し違うそれを手に少しだけ見てみる。
淡い緑の種で飾られたそれは、ちょうど良い焦げ加減の明るい茶色の表面の奥に、淡く赤を帯びた黄色い中身を持っていた。
匂いはあまりせず、シアにかじられるのをじっと待っていた。
(きっと、美味しいのでしょうね)
こくりと唾を飲み、シアはそっとそれを口に運び……予想通り美味であることを確認して顔を綻ばせる。
その菓子は表面は僅かに堅くて歯ごたえがあったが、全体で言えばクッキーよりも柔らかい。
口の中で解けるように崩れていく。
そして、最初に感じるのは強い甘味を含んだ油……バターの味だ。
このフィナンシェという菓子は、どうやらバターを大量に含んでいる菓子のようだ。
甘い砂糖を控えめに使ったフィナンシェからは香ばしく焼けたバターの香りと共にじゅわりと染み出すような甘みを感じる。
(この甘味も、少し不思議だけど……美味しいわね)
恐らくはこの菓子に使われている材料の味なのだろう。
果物の甘さとも、砂糖の甘さとも違う甘味を感じる。
まるで野菜のような風味だが、それはまたいつもと違う甘みを持っていてシアを楽しませる。
そして、食べ進むうちに緑色の種がカリッと弾ける。
その種の香ばしさに仕込まれているのは最後にほんの少しだけちらした塩の風味。
甘さを十分に堪能しているところに紛れ込む塩の風味は、舌を驚かせるが、不快には感じない。
それどころか甘さすら増したように感じられ、幾らでも食べられるようにすら感じた。
「あの……どうでしょうか? シア様」
アレッタに声をかけられ、いつの間にやら黙りこくって味を堪能し、引き込まれていたことに気づき、シアは思わず喉にフィナンシェを詰まらせる。
慌ててお茶を飲み、フィナンシェを流し込むと、笑顔を作ってアレッタに答える。
「もちろん、とても美味しいわ。本当に、この菓子を作った職人は天才ね……アレッタも遠慮せずに食べなさいな」
普段なら意外と食い意地の張っている姉もいない。
うら若く、親の関係から友人も多いシアに取ってお茶会は日常のことだが、たまにはこうして気兼ねない友人と楽しむのも悪くはない。
目の前でおずおずとパンプキンフィナンシェに手を伸ばし、思わず弛緩した笑顔を見せるアレッタを見て満足しながら、シアは二つ目のフィナンシェに手を伸ばすのであった。
今日はここまで。
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