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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ツナマヨコーンパン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連になる客もいます。
・朝食から通勤、通学先でのお弁当まで。パンのご用命はベーカリーキムラまで。
まだ日が昇ったばかりの早い時間。
少し寒い朝の裏通りを、将太は『ベーカリーキムラ』と書かれた台車を押してゆっくりと歩いていた。
(うう、さみぃ)
すっかり夏の気配も消えて最近めっきり冷え込んできたせいか、朝の冷気にちょっと身震いしつつ、足取りも軽く、商売物のパンを積んだ台車を押していく。
向かう先は同じ商店街にある何でも屋である『洋食のねこや』
将太の親父が生まれる前からの長い付き合いで、毎日のように店で出している大量のバターロールや持ち帰りのサンドイッチ用の耳なし食パンを仕入れてくれる、一番のお得意様である。
(今日はもういるかな)
ねこやのことを考えると、将太は思わず少し足早になる。
中学に上がった頃から本格的に始まったパン屋としての修業も兼ねた手伝いの一つで、前まで……去年までは面倒でしか無かったねこやへの配達。
だが今は土曜日の配達だけは楽しみにしている、するようになった。
台車を押して歩くこと三分ほどで、目的のねこやのあるビルの裏口にたどり着き、いつものように食品搬送用の大型エレベータの地下一階のボタンを押す。
そわそわとエレベーターが来るのを待ち、来たと同時に飛び込むように台車と共に乗って、地下一階へ。
たどり着くのは見慣れた、ねこやの厨房。
ことこととビーフシチューが煮える音と良い匂いを漂わせた見慣れた場所にはちょうど誰もおらず、将太は少しだけほっとする。
「すいませーん。ベーカリーキムラでーす! パン、お届けに上がりましたー!」
大きく、はっきりとした声で来訪を告げる。ほどなくして朝の掃除をしていたのであろう食堂の方からアレッタが入ってくる。
「おはようございます。ショータさん」
その声と同時に浮かべた笑顔にに思わずびくりと体を震わせ、赤くなった顔を隠すように俯く。
「ち、ちわっす。ベーカリーキムラっす。パン、持ってきたんで受け取ってもらえますか」
「はい。じゃあ、そこに入れてもらえますか」
そういうと運んできてもらったパンを運ぶために将太のすぐ隣に立つ。
隣に立ついつもの黒い髪飾りをつけたアレッタの綺麗な金髪からふわりと石鹸の香りが漂ってきて、将太は思わずごくりと唾を飲む。
去年から、何故か休みのはずの土曜日にだけ見かける、日本語が上手いけど多分名前からして外人であろう金髪のバイト。
彼女が応対するようになってから、ただの中学の頃からの家の手伝いが、土曜日だけは楽しみになっていた。
(っと、いけねえ仕事仕事!)
せっせとアレッタが働いているのをぼうっと眺めたあと我に返り、将太はせかせかとパンを入れるのを手伝う。
パンとライスは食べ放題を売りにしている店だけに、量が多いが、二人がかりで食品棚に入れていけばすぐに片付く。
「すいません。手伝ってもらっちゃって」
「い、いやいや! こんなん大したこっちゃないし!」
少し申し訳なさそうに言うアレッタに、将太は慌てて手を振る。
そして一つ咳払いをして、今日のもう一つの目的を果たすことにする。
「あ、あのさ……これ」
思えば女の子にプレゼントなんて母親を除けば初めてである将太は少し緊張しつつも一緒に台車に積んできた一つだけ紙袋をアレッタに押し付けるように渡す。
「あの、これは……パン、ですか?」
一方で、贈り物などほとんど貰ったことがないアレッタもまた困惑し、将太に問い返す。
ほんのりと温かい手触りと、かすかに漂ってくる香ばしい香りからすると、パンなのだろうか。
「ああ、えっと、ツナマヨコーンパンです」
アレッタの言葉に将太は顔を赤くしながら、その正体を告げる。
「ツナマヨコーンパン?」
「ああ、今朝ようやく父ちゃんが『この出来なら店に置いて金貰ってもいい』っつってくれて……だからその、あげます」
知らなかったのか、不思議そうに問い返すアレッタに、将太は若干胸を張ってこたえる。
近所の会社員や学生相手に売る惣菜パンが主な商品であるベーカリーキムラにおいて、チョココロネやカレーパン、各種サンドイッチと並ぶ定番中の定番であるツナマヨコーンパンは、毎日大量に作るパンである。
それだけにその定番中の定番が満足いく出来になるまでの修業は厳しく、その辺の学生や主婦より確実にパン作りなら上であると言える将太ですら、父親を納得させるまで何度も何度も作り直しを重ねてきた。
そしてようやく、店に置けるだけの味が出せるようになり、このツナマヨコーンパンならば店に置く分を焼いてもいいという許可をもらったのである。
「いいんですか?」
「はい、ってかやっぱ食べてもらうならアレッタさんみたいな……いや、何でもないっす」
アレッタに聞かれ、将太は大きく頷く。そしてついでに余計なことまで言いそうになり、慌ててごまかす。
「んじゃ、俺、まだ家の手伝いあるんで、失礼します!」
そしてそのまま台車を押して、逃げるようにエレベーターに飛び込み、帰っていく。
「えっと、どうしよう?」
そして後には紙袋を抱えて困惑するアレッタが取り残された。

結局アレッタは、店主に相談することにした。
「ほお、木村さんとこの将太君がなあ」
事情を聴き、店主は苦笑する。
ベーカリーキムラとは、長い長い付き合いがある。
元々あそこから店で出すパンを仕入れ出したのは店主が生まれるよりも前の話だし、店主自身、学生時代に昼飯やバイト前の腹ごしらえとしてあそこでパンを買うのはしょっちゅうだった。
そして、そこの跡取りであり、この前高校生になったばかりの将太のことも赤ん坊の頃から知っている。
(子供だ子供だと思っていてもいつの間にか大人になるもんなんだなあ)
何となく気持ちを察した店主は苦笑交じりに言う。
「まあ、何にせよあそこの親父さんが金取ってもいいって言うくらいなんだから、ちゃんとしたもんに仕上がってるだろ」
そして店主は朝のうちに作っておいたコーンポタージュを用意しながら、言う。
「アレッタはせっかくだから冷める前に食ってやってくれよ。冷めてもいけるが、ツナマヨコーンは焼きたてなら特に美味いからな」
若い頃、しょっちゅう食べていた味を思い出しながら。

その日のアレッタの賄いは、生野菜を使ったサラダとコーンポタージュ、それからツナマヨコーンパンとなった。
「それじゃあ、いただきます」
「はい。魔族の神よ。私にささやかな糧をお与えくださって感謝します。戴きます」
向かい合って、感謝の祈りをささげた後に、食事を開始する。
(なんだかちょっと変わったパン……でいいんだよね)
異世界の文字が書かれた紙袋には、パンが二つほど入っていた。
全て同じ種類のパンらしく、香ばしい香りがアレッタの鼻をくすぐる。
(えっと確か、ツナマヨって言うのが魚のマヨネーズ漬けで、コーンっていうのがトウモロコシのことでいいんだっけ?)
取り出したパンをしげしげと眺めながら、ここ一年ほどで身に着けた知識を基に目の前のパンがどういうものかを見定める。
男の拳くらいある、淡い茶色のパンの中には、具材が詰め込まれていた。
中身は見たところ、魚の油漬けをマヨネーズで和えたものと、黄色いトウモロコシの粒が混じり合ったもの。
それらがパンの中で表面に茶色い焦げ目がつくくらい焼かれており、香ばしい香りを放っていた。
その香りに思わず唾を一つ飲み、アレッタはパンを手に取る。
焼いてからそう時間がたっていないせいかほんのりと温かみを残したパン。
それをゆっくりと口元に運び、齧る。
焼きたてのパンが持つカリッとした食感と、小麦の香りをまとった香ばしい風味。
異世界のパンらしくそのパンそのものは上質の白パンで、カリッとした表面の奥は柔らかくて甘みを帯びている。
(あ、これ美味しい……)
だが、このパンの真価はパンの中身である具材と共に食べることにあった。
表面がほのかに焦げたツナマヨは、噛みしめるほどに魚の臭みのない旨みを含んだ出すツナとそのツナを包み込むような柔らかい酸味を帯びたマヨネーズ。
時々歯ごたえと共にほんの少しだけ辛みを帯びた甘みを出しているのは、恐らくは生のまま刻んで混ぜ込んだオラニエ。
そして、その中に混ぜ込まれた、果物のように甘いトウモロコシ。
それらの具材が柔らかなパンとよく合って、アレッタの食欲をそそり、アレッタは瞬く間に一つ平らげる。
「ふぅ……あ」
ツナマヨコーンパンを存分に堪能し、甘いコーンポタージュで一息ついたところで、アレッタは食べる手を止めてアレッタの方を見ている店主に気が付いて、赤面して俯く。
物心ついたときから貧乏で、食べ物で苦労したせいか、食べ物を食べるときにはつい夢中になってしまうのが、アレッタの癖である。
今も雇い主である店主の前でありながら、ついつい初めて食べるパンに夢中になってしまったのである。
「どうだ? 美味いか?」
そんなアレッタを見て、店主は微笑ましく思う。
かれこれ一年以上の付き合いになる、異世界から来たウェイトレス。
最初は大丈夫かとも思ったが、今では土曜日のねこやになくてはならぬ存在で、同時にいつも料理を本当に美味しそうに食べる、客としても快い娘である。
「まあ、木村さんとこのパンは美味いからな……そのうち、他のパンも食わせてやるよ」
アレッタの様子を見て、店主はふとそんな言葉を漏らす。
そんな店主の言葉にアレッタは。
「……はい。楽しみにしていますね」
口元にパンくずをつけた微笑みを浮かべて、頷くのであった。
今日はここまで。
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