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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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フルーツグラタン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・新作メニューは時々追加になります。
まだ秋の遅い日が昇って間もない時間。
いつもより朝食を食べて身支度を整えたヴィクトリアは日が昇ると同時に現れた黒い扉の前に立っていた。
(今日は、依頼があった)
こくりと唾を飲み、この扉の向こうで、七日前に依頼された『仕事』を思い出す。
今度、新しく作り出したという載せる料理を試食し、どんな料理であるかを『メニュー』に名前と値段と共に記載する。
それがヴィクトリアに依頼された仕事である。
かつて己の師匠であるアルトリウスが引き受けていたというこの仕事は、ごく一部……異世界では『デザート』と呼ばれる甘い菓子の料理に限ってヴィクトリアに依頼される。
(一体、どんな菓子を作ったのだろう)
扉に手を掛けつつ、今日出される菓子がどんなものかと考える。
ヴィクトリアは、異世界の菓子が好きである。
八年前、余り甘いものは好きではないという師匠アルトリウスに乞われ、あの扉をくぐって、様々な異世界の菓子を口にしてから、ヴィクトリアはほぼ七日に一度は必ず異世界を訪れ、様々な菓子を口にしてきた。
異世界の菓子は今のところ公国の、否、この世界の菓子より技術的、味わい的に優れたものが揃っている。
どうやらその認識は間違いではなかったようで、ここ何年かは明らかに菓子を目当てに通ってきている客も無視できない数になってきている。
(師匠から聞いた話によれば、八年前、あの店の店主が専門の職人から菓子を仕入れるようになる前は、デザートというのは片手の指で数えられるほどの種類しかなかったという)
一番美味だと思うのはプリンと呼ばれる卵と乳の菓子であるが、他のケーキやアイス、ゼリーと言った菓子も美味だと思っているし、未知の異世界の菓子もまた楽しみにしている。それ故にこうして時折頼まれる依頼は喜んでうけるようにしているのだ。

そして、いつものように扉を開き、チリンチリンと鈴が鳴る。

入ってきたヴィクトリアの目に映るのは、掃除は行き届き、いつでも客を迎え入れる準備が整った店主とアレッタ以外はまだ誰もいない店の中。
「あ、いらっしゃいませ。ヴィクトリアさん」
「ようこそ! ヨーショクのネコヤへ!」
鈴の音と共に入ってきたヴィクトリアを、二人は笑顔で出迎える。
「うん。おはよう」
その二人に薄く笑みを浮かべて挨拶したのち、ヴィクトリアは尋ねる。
「それで、新しく作ったというデザートは?」
「ああ、今日食べてもらおうと思っているのは、フルーツグラタンですよ」
その問いかけに店主がその料理の名を告げた。

すぐに出しますので、と店の奥に引っ込んだ店主を見送りつつ、ヴィクトリアはどんな料理が出るのかと考える。
(果物のグラタン……一体どんな料理なのだろう?)
グラタンという料理はヴィクトリアも知っている。
肉や海のもの、野菜や茸、それから小麦で出来た麺などを騎士のソースと和えて陶製の器に入れ、チーズをかけて窯で焼いた料理だ。
菓子ほどではないが中々に美味な料理で、寒い時期には注文する客が多い料理でもある。
だが、そのグラタンに果物を入れているのは見たことがないし、ヴィクトリアの知るグラタンに異世界の甘い果物を入れても合わない気がする。
(店主のことだから変なものは出さないと思うけど……)
そう思い待つヴィクトリアには、不安はない。
ヴィクトリアとてここに何年も通っているベテランであるだけに知っている。
店主は、少なくとも己が美味いと思わぬ料理は決して出さない。
ならばきっとフルーツグラタンという料理もきっと美味なのだろう、と。
「お待たせしました。フルーツグラタンです」
「うん。ありがとう」
だから、アレッタがその料理を運んできたとき、ヴィクトリアは自然と笑顔で迎えていた。

目の前に置かれたのは、普通のグラタンより心持ち小さ目の器であった。
「熱くなっているので注意してくださいね……それでは、ごゆっくりどうぞ」
そんな言葉と共にぺこりと頭を一つ下げるアレッタに、無言で小さく頷き返し、ヴィクトリアは目の前のグラタンに集中する。
(黄色い。これは、騎士のソースではない?)
それが、ヴィクトリアがフルーツグラタンを見た最初の感想であった。
淡く茶色い焦げ目がついた表面にその中で泳ぐ果物という見た目は、まさにヴィクトリアの知るグラタンであったが、違う点もある。
具材がすべて甘い果物という点もそうだが、最も目立つのは、黄色いこと。
そう、フルーツグラタンは淡い黄色のソースで作られており、チーズは使われていない。
あくまで果物と黄色いソースを焼き上げたもののようだ。
(これは恐らく……)
ヴィクトリアは小さいスプーンを手に取る。
フルーツグラタンの上に張った茶色いパリパリとした皮を破り、中の黄色いソースとフルーツを救い上げる。
それからぺろりと唇をピンク色の舌でなめた後、口の中へと運ぶ。
(……やはりカスタード? いや、少し違う?)
口の中に広がる甘味に、ヴィクトリアは冷静にその菓子の正体を見極めようとする。
まず、果物。
これは恐らく一度砂糖煮にされたものであった。
生の果物の歯ごたえや酸味は弱くなっているものの、当然普通の果物よりもずっと甘くて柔らかく、噛むと果物の甘い汁が溢れだす。
最初に食べたこれは桃と呼ばれる果物だろう。鮮やかな橙色のそれは、ケーキなどでもよく見かけるものだ。
問題は、ソースであった。
淡い黄色のソースで、デザートに使われるもの。
その条件からヴィクトリアはこれをプリンなどに使われている、乳と卵のソース、カスタードソースだとにらんだのだが……
(恐らく、乳が使われていない。代わりに、葡萄酒の香りが少しする)
そのソースは甘く滑らかな食感はカスタードのそれと同じ。だが、カスタードの乳の風味はなかった。代わりに少量葡萄酒が混ぜ込まれているのか、酒精は完全に飛んでいるが、ほのかに葡萄酒の香をまとっていた。
(……なるほど、これはこれで美味)
口の中で転がしてみて、その結論に達する。
グラタンというだけあって、そのソースは温かい。
それが、基本的に冷やして食べる菓子に使われているカスタードではない別のソースを使う理由なのかも知れない。
そう思いつつ、続いてヴィクトリアはこのグラタンの具材……数々の果物に目を向ける。
フルーツグラタンには無数の果物が泳いでいた。恐らくはすべて砂糖煮にされたもの。
それらを一つ一つ、味わっていく。
最初に食べた桃は、歯を立てればそのまま歯が果肉に染み込むほどに柔らかで、甘い香りと汁気が強い。
噛みしめると大量の果汁を溢れさせて潰れ、口の中に温かい汁を残していった。
その次に口にしたのは、同じ橙色でも風味の違うミケーレであった。こちらは甘味の中にも酸味を含んでいて、甘酸っぱい風味がある。
それが甘くてねっとりとした黄色いソースと引き立てあっていて、美味である。また、口の中で房が潰れる感触もよかった。
煮込まれてなお、独特の風味を残していたのはこの時期になると公国でもよく食べられる梨であろう。煮込んでもなお独特の歯ごたえがあった。
どうやらシナモンと呼ばれる菓子によく使われるスパイスで味付けされており、その風味と香りが加わったのがまた美味であった。
そして、最後に味わったのが、異世界でバナナと呼ばれる果物であった。それはねっとりとしていて他の果物にはない甘さを持っている果物で、公国では出回らない類の品だ。文献によれば西大陸の南部では普通に手に入る品らしいのだが、東大陸には交易船により少量運び込まれるくらいでほとんど出回らない品であると聞いたことがある。
異世界の果物はどれもヴィクトリアが知る果物より甘い。それを風味を残しつつも柔らかに甘く煮込んで、ねっとりとした卵のソースと和えて、焼く。
表面の少しだけ焦げた苦みがソースと果物の甘味を引き立て、ヴィクトリアを次の一口へ次の一口へと引き込んでいく。
(やはり、外れでは無かった)
店主が新しくメニューに加えようという菓子は、どれも美味である。
そのことに改めて認識し、ヴィクトリアは最後の一口まで、スプーンを止めることなく動かし続けるのであった。

―――フルーツグラタン。果物の砂糖煮を甘い卵のソースで包み焼いたもの。果物の甘味とソースの甘味が美味。銅貨4枚。

ひとしきり味わった後、手慣れた手つきで店主が持ってきたメニュー表に必要な事項を書き込んでいく。
「出来た。これでいい?」
「ええ。ありがとうございます。毎回ありがとうございます」
ヴィクトリアが書いたメニューを受け取り、一度確認した後店主が頷く。
「よかった。では、いつも通りプリンを……ああ、それとこのフルーツグラタンというのは、持ち帰り用はあるの?」
いつもの『お土産』を注文しつつ、ふと気になったことを尋ねる。
「ああ、あります。美味いですよ。冷めたら冷めたでまた違う味わいがありますから」
その問いかけに、店主は頷いて言葉を返す。
焼きたての温かいものも美味いが、冷めてもまた美味い。
それがフルーツグラタンという料理である。
「じゃあ、それも三つ。弟の子供たちにも食べさせたいから」
最近何故かよく遊びに来る甥っ子と姪っ子にも一つくらいは分けてやってもいいだろう。
今日はここまで。
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