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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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カナッペ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・未調理の食材等の販売はお断りしています。ご了承ください。
一年前に街を訪れたときに見つけた石造りの山小屋。
ふもとの街の住人であるドワーフに合わせているのか、ヨハンの胸元までしかない高さの扉をかかんでくぐってその小屋に入り、前来た時には無かったそれに気づいたとき、ヨハンは苦笑した。
(なるほど、勝手に『使う』不届きもの対策というわけですか)
ヨハンの目の前にあるのは、オウガが渾身の力で殴っても壊れなさそうなほど分厚い、鋼の扉。
卓や寝台はあるものの所詮はただの山小屋でしかないその小屋には似つかわしくないそれ。
ここを訪れ、利用したたいていの者が首を傾げるそれが『何故』あるのかを知るヨハンは懐かしげに眼を細める。
(いやはや、あの時は生きた心地がしなかった)
そんなことを考え、流れの商人であるヨハンは一年前に味わった素晴らしい酒のことに思いをはせる。

きっかけは、一つの噂であった。
何でも歩いていけば数か月はかかる遠い街に住まうドワーフが、新たなる火酒とやらを開発したという。
それはドワーフの火酒に相応しい酒精の濃さと、ただただ酒精の喉を焼くだけの火酒とは一線を画す複雑な味わいを持つ酒で、ドワーフはもちろん、酒好きの人間の貴族ですら賞賛し、欲しがるほどの品だという。
ただ問題は、その酒はドワーフがほとんど飲みつくしてしまうので常に品薄で、とても商人が商売として成り立つほどには仕入れることができない。
それ故に、その酒は壺一つ、土瓶一本がドワーフの街から一歩出れば相応の高値で取引されている、と。
その噂にヨハンは儲けの匂いを感じた。
金持ちというものは、珍しいものに目がない。
特に西の大陸のドワーフが作っていると言う『ウメシュ』なる酒など、東大陸では大陸一の王国の王族が飲む酒の一つになるほど珍重されているほどだ。
更に言えば、ヨハン自身、訪れた街に名物の酒があると聞けば必ず飲むほどの酒好きでもある。
未だほとんど出回らぬ新しい酒と聞き、居ても経ってもいられずドワーフの街を訪れることにし、旅すること一か月。
ヨハンはようやく、ふもとの街が見える山の上までやってきていた。
「ふぅ……ようやくここまで来たか」
ふもとに立ち並ぶ石造りの小屋と、その小屋の煙突から上がる煙を見て、ヨハンはようやく目的地が近いことを悟る。
一般に何かしらの職人であるドワーフは、鉱物が取れる山の中に街を作ることが多い。
そのため、人間が訪れようと思うと、こうして苦労することも多い。
「さて、少し休んで行きたいが……おお」
長旅で疲れた身体で山を下るのは中々に重労働だと思い、辺りを見回したところで、それに気づく。
ヨハンの目の前には、石造りの小さな山小屋があった。
「……うん、どうやら鍵は掛かっていないか」
恐らくはドワーフが、山の上まで来たときの休憩所として作ったものだろうと当たりをつけたヨハンは、かがんでドワーフの身長に合わせたらしく低いところに取り付けられた扉の取っ手に手をかけてみる。
幸い鍵は掛かっておらず、少し休むのに使う分には問題なさそうだ。
「よし、ありがたく使わせてもらうとしよう」
連れてきた荷物を積み込んだ荷馬を適当な岩場につなぎ、ヨハンは小屋の中に入り、小屋の中を見る。
ドワーフの身の丈に合わせた低い卓が一つと小さ目の寝床が何故か二つ並ぶ、小さな小屋だが、作りはしっかりとしていた。
「うん、この奥はどうなっているんだ?」
ひとしきり見回した後、奥の部屋につながると思わしい、大きな扉に手をかけ、覗きこもうと扉を開ける。
そして、小屋の中にチリンチリンと来客を告げる音が鳴り響いた。
「……なんでドワーフの小屋の奥がこんなことになっているんだ?」
扉を開いて中を覗き込んだヨハンは、茫然とつぶやいた。
ドワーフの小さな小屋の奥の部屋。
それは山小屋そのものより大きく、明るい部屋であった。
夕暮れ時にも関わらず、まるで昼間のように明るい部屋の中には、何人もの客がいて……飯を食っていた。
(おいおい、セイレーンにオウガに、ありゃあ……まさか、ラミアか?)
部屋の中を見て、慣れ親しんだ人間やエルフなどの種族に混じって明らかにモンスターである種族までいることに気づき、ヨハンは思わず立ちすくんだ。
彼らは幸いにもヨハンの方には視線すら向けず、見たことも無い料理を食べていた。
「ここは一体……」
「あの、いらっしゃいませ。初めての方ですよね? ようこそヨーショクのネコヤへ」
今一どんな場所かつかめずにいると、奥から出てきて他の客の元へ料理を置き終えた、魔族らしき娘がヨハンに話しかける。
「ヨーショク? ネコヤ? ってかここはなんなんだ?」
声のした方に向きなおり、魔族の娘に尋ねる。
「はい。ここはですね、私たちの住んでる世界とは違う世界にある、お料理のお店です!」
その、初めて来た客であるヨハンに、魔族の娘は愛着と誇りをもって力強くそこがどこであるかを告げた。

そして、それから少しして。
(異世界、異世界か……)
つい先ほど言われたことが未だに信じられないと思いつつ、料理の献立が書かれた『メニュー』の書を眺める。
ここは、ヨハンたちの暮らす世界とは異なる世界にある料理屋で、七日に一度だけヨハンたちの世界に出入り口である扉が現れる、らしい。
(なるほど、異世界か)
メニューの書に書かれた料理はコロッケやフライドポテトなどの例外を除けば、聞きなれぬ名前の料理ばかりが並んでいた。
料理名の下には一応東大陸語で丁寧にどんな料理なのかが書いてあるのだが、それを見てもいまいちどんな料理なのかわからないものもある。
(ほう、酒も扱っているのか……火酒、か)
パラパラとめくっていくうちに、酒の項目を発見する。
エールや蜂蜜酒、葡萄酒といったヨハンのよく知る酒に混じり、ウィスキーなる酒を見つける。
―――火酒に似た酒。ただし味わい深し。非常に濃いので大きな氷を入れた杯で飲む『ロック』と水で割る『水割り』が一般的。
そんな説明が添えられた酒にヨハンはこれを頼もうと決意する。
(それと何か軽い食べ物も……)
そう思いつつ、酒の一覧が並ぶ項の隣に書いてある料理に目をつける。
「お嬢さん、悪いが注文をしてもいいかね?」
「はい。ご注文をどうぞ」
魔族の娘の言葉に一つ頷き、注文を出す。
「このウィスキーという酒を氷入りのロックで。それと……この、カナッペというものの盛り合わせを一つ」
ウィスキーという異世界の火酒とウィスキーという酒とよく合う、軽い食べ物だというそれを。

それから、一緒に出された湯を含ませた布で汗をぬぐい、無料で出された水で喉を潤して待つことしばし。
「お待たせしました。ウィスキーのロックと、カナッペの盛り合わせです」
ことりと、皿に並べられた料理と、ガラスの杯が置かれる。
「ほう、これは中々、美しいな……」
最初にその料理を見たときに、ヨハンが抱いた感想がそれであった。
純白の皿の上には、様々な色が乱舞していた。鮮やかな緑と淡い黄色、肉の桃色、そして鮮やかな橙色の魚の切り身に、黒い干葡萄が混ざったバターの乳色……それらが小麦色に焼かれた固いパンの上に並べられている。
その隣には澄んだ茶色の酒が半分ほどまで注がれ、子供のこぶしほどの大きさの氷が浮かべられた、透明な硝子の杯。
それらが店の天井から降り注ぐ魔法の光に照らされて輝いて見えた。
(まずは、酒だな)
ごくりと唾を飲み、硝子杯を手に取る。
大きな氷で冷やされたそれが、山登りで熱くなった手のひらを心地よく冷やす。
(では……)
強い酒にむせ返る羽目にならぬようそっと杯を傾けて、口の中に流し込む。
(おお……!これは強い酒だ)
とたんに舌と喉が焼けるように熱くなる。
なるほど、これは火酒だ。人間が一気に飲むとぶっ倒れる羽目になる、強い酒だ。
(そして、美味い酒だ)
更に少しだけ口の中に流し込み、今度は舌の上で転がしてみる。
ウィスキーなる異世界の酒は、強いだけではなかった。
独特の香りと、複雑な味わいを併せ持っていた。
それはただただ喉を焼く強さで構成されたドワーフの火酒とは一線を画する味であった。
(これは……一度に飲んでしまうのはもったいないな)
そんな思いと共に一旦杯を置く。
無論、次のお代りを頼めば済む話だが、これだけ強い酒だ。杯を重ねれば酔いが回って味を感じ取れなくなってしまうだろう。
それは避けたい。
(では、このカナッペというのを食ってみるか)
酒を置いた後、ヨハンは皿の上に並べられたカナッペを見る。
どうやらこれは小麦色の堅パンの上に色々な食材を並べた料理らしい。
色とりどりの具がヨハンの目を楽しませる。
どれから食べようか。
少し迷った後、そのうちの一つを手に取る。
上に並べられた具は、鮮やかな緑のキューレ。
それが淡い黄色の何かに刺されたものだ。
ヨハンはそれを片手で摘み上げ、かじりつく。
(ほう、これは、卵か!)
そうして食べてみて、その正体に気づく。
しゃくりと口の中で砕ける新鮮そのもののキューレと共に感じるのは、ほんのりと酸味を帯びた卵の味。
どうやらこれは卵を細かく刻んでソースと和えたもののようだ。
(この卵、これは美味いな。キューレにも合う)
このカナッペのキューレの下に敷かれた卵の味が絶品であった。
淡い酸味と、卵の豊かな味わい、それらが混じり合った柔らかな味。
恐らくはこれだけでも十分美味いそれが、小麦の味が強いパンと瑞々しいキューレと組み合わさると、更に素晴らしい味となる。
(惜しむらくは、小さすぎることだ)
そう、元々は酒を味わうための共である悲しさか、カナッペという料理は小さかった。
たったの二口で、素晴らしい卵のカナッペは胃袋の中に消え去ってしまったのである。
(だが、逆に言えば、色々と味わえるということか)
卵の味を充分とは言えないものの堪能したヨハンは、他のカナッペに目を向ける。
並べられたカナッペには、同じ味のものは二つずつしかない。当然残りの、全く違う具が乗せられたカナッペは、すべて違う味わいがあるだろう。
それがどれくらい美味かはわからないが、最初の一つが美味だったことで不安はない。
むしろ期待と共にヨハンは次々と手を伸ばす。
次に手を伸ばしたのは橙色の魚の切り身らしきものが乗せられたものであった。
(これは、火が通っていないようだな……大丈夫なのか)
持ち上げてみて、その魚には火が通っていないことを見て、少し不安に感じるが、思い直す。
この店は少なくとも良心的な店だ。腐りかけや、明らかに不味いものを出すような店ではなさそうだ。
そう考え、今度は魚のカナッペを口に運ぶ。
(うん……やはりか)
その味は期待通りの美味であった。
脂のよく乗ったその魚は柔らかく口の中でほぐれていき、塩気と脂が口を楽しませる。
魚にはほんのりと木の香が混じっていた。どうやらこれは魚の燻製であったようだ。
(なるほど、燻製ならば火を通さずとも食えるというわけか)
この魚には十分な水気があるため、決して日持ちするものではなさそうだが、それでもより美味にするということには成功していた。
更にこの魚の下には白い、酸味を帯びた柔らかなチーズが敷かれていて、それがまた魚の切り身の味わいと混ざると絶品であった。
(次はこの燻製……ほう、これは下のチーズも燻製にしてるのか!)
その肉をかじりついた瞬間、その風味に気づく。
今までの二つと違い、火を通された形跡があり、まだ温かい熱を帯びたカナッペからは噛みしめると肉の旨みとチーズの風味が溢れだした。
よく脂の乗った燻製肉からは美味な肉汁と脂が、チーズの風味と絡み合い、今までの二つにはない、肉の満足感を生み出している。
さらにこの二つから漂うのは、かすかな木の香り。肉を燻製にするのはごく普通だが、チーズまで燻製にして出すのは中々珍しい。
だが、よく合う。燻製肉と燻製チーズは相性がよく、お互いの味と香りを高めていた。
(……さて、酒に戻るか)
カナッペで空腹を癒しているとやがて皿が空になる時が来た。
ヨハンは塩気の強いバターに、甘い干し葡萄を混ぜ込んだものを乗せたカナッペを食べながら、再び酒に手を伸ばす。
腹は満ちた。後は酒を楽しもうと杯をあおり……
「んん!? 先ほどと味が違うぞ!?」
先ほどとは違う味わいに驚く。
酒は、先ほどよりさらに柔らかく、飲みやすくなっていた。
先ほどは喉を焼いたウィスキーが、今度はするすると喉を通っていく。
「そうか! 氷が溶けたのか!」
少し考え、その理由に気づく。
氷が溶けることで、ウィスキーは先ほどより若干酒精を弱めた。
それがこの味の違いになっているのだ。
「だが、わずかな水でこれだけ味が変わるとは……ずいぶんと面白い酒だな」
もう酒が残っていない硝子の杯を眺めながら、水を加えるだけで味わいが相当に変わる酒を見る。
「すまない! このウィスキーをもう一杯、否、もう一瓶もらえないか! 水も一緒に持ってきてくれ! それとカナッペももう一皿!」
これだけ美味い酒ならば味わい尽くさねば損だ。
幸い、扉の向こうは寝る場所もある山小屋。たとえ一晩夜を明かしても問題なかろう。
そう見切ったヨハンは追加の注文をする。

ヨハンは酒好きである。
それ故に、この素晴らしい酒を楽しまぬという選択肢は最初から無かった。

酒が回り、少しだけ怪しい足取りで扉をくぐる。
(ああ、美味かったな。酒が一本しか手に入らなかったのは残念だったが)
充分に酒とあのカナッペとやらを堪能した後、ヨハンは申し出た。
ここにある酒を何本か仕入れたい、と。
だが、その言葉に店主は首を横に振り、こう答えた。
「すいませんが、酒の瓶売りはお一人様一本まででお願いします。うちは料理屋であって酒屋でも問屋でもないので」
聞けば何でも昔、先代の店主がそう決めたらしい。
酒の一本くらいならここに来れない客の『お土産』にするくらいは認めるが、それ以上は売らない。
なんでもこの店の酒や調味料を『仕入れ』ようとして大量に注文した商人が結構な数いたせいで定められた決まりらしい。
(まあ、仕方ないか)
酒が回っても頭の血の巡りまでは衰えていないヨハンは、その言葉に納得し、引き下がった。
ヨハンの見立てでは、売る相手を間違えなければこの酒は『仕入れ』た値段の十倍はつくだろう。
出来ることならば持てるだけ買っていって売りさばきたいと思うのは商人ならば誰しも考えることだ。
だが、それではこの『美味い料理を出す料理屋』としては面白くないという理屈はヨハンにもわかったのである。
(さて、これを持っていくか、それともドワーフの火酒を仕入れていくか……)
そんなことを考えながら、外に出たとき、ヨハンは酔いが一気に冷めたのを覚えている。
「おんどりゃあ何しとるんじゃ!」
「この酒泥棒めが! 覚悟は出来とるんじゃろうな!?」
完全に臨戦態勢を取り、ついでに怒り狂っているドワーフ二人に巨大な斧を向けられたことで。

あの日は本気で死ぬかと思った。
(あの時は結局、持ち帰った酒を譲って何とか許してもらったのだったな)
というかそうしなければ今頃生きてこの世にいなかったかも知れないと、ヨハンは思う。
それから七日間待つ間にふもとの街でドワーフに混じって新しい火酒(これはこれで美味だった)を仕入れ、それからドワーフと連れ立って異世界食堂に趣き、再び酒を大いに飲んだあと酒を仕入れた。
たった一本しかないその酒は立ち寄った町の酒好きの貴族への贈答品として大いに役立ち、ヨハンの商売の手は少しだけ広がった。
今日は、また手に入れてきてほしいという依頼を受けたために来たのだ。
無論、前回の失敗を犯すつもりはヨハンとてない。
ヨハンはしばらくの間小屋に滞在する。そして。
「おう! なんじゃ!? また来たんか!」
「久しいのう! また酒が欲しゅうなったか!」
大声を上げながら入ってくるこの小屋の主二人に。
「ええ。またご一緒してもよろしいですか?」
前に来た時からの友人でもあるヨハンは笑顔で問いかけるのであった。
今日はここまで。
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