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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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スイートポテトタルトふたたび

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・ホールケーキご注文の際には事前予約をお願いします。
 当日の注文は対応できない場合があります。
高くなるにつれ薄くなる空気に、成人して間もない青年神官グスターボは、ハァハァと息を切らしつつ、飛ぶ。
どこまでも続いているかと思えるほどに長い壁と、正面に広がる、白い雲混じりの青い空。
まだ、冬の名残を残した山の空気は吸い込むと凍りつくかと思うほど冷たく、容赦なくグスターボの体力を奪っていく。
(ち、父上は苦しくないのか……)
霞む目で、正面を飛ぶその姿を見る。
己に生やした翼より強靭で大きな翼を生やし飛ぶ、金の神の先輩神官であり己の父親でもある男、アントニオを。
飛ぶために神官衣をはだけさせた、金粉で彫った神官の文様が刻まれた鍛え抜かれた巌のような身体。
それは『偉大なる神々に仕える者たちの中で最も脆弱な種族の一つ』であると言われる人間でありながら、赤の神や緑の神の信徒たちと幾度も戦い、竜へと変じた大神官すら足止めをしたことがあるという偉大な神官であり、同時に幼い頃からの憧れであった男の勇姿であった。

―――ようやく飛べるようになったか。では、良いところに連れて行ってやるのである。

そんな言葉を受けて、グスターボはこの場所へとやってきた。
家から見える、この辺りで最も高い切り立った崖。
グスターボが冬の間修行に励んでついに身につけた『竜の翼』を使い、その頂上まで昇ると言われたときには思わず耳を疑った。
確かに竜の翼を用いれば高く、遠くまで飛ぶことは出来る。
だが、この切り立った崖を昇りきれるかといえば、それには相当な修行を重ねなくてはならないだろう。
(も、もう無理だ……)
上が見えてこない状況と、薄い空気に頭痛を覚えたグスターボは、羽ばたきを緩め、崖の岩棚に足を下ろそうとする。
そのときである。
相応に鍛えられているグスターボの腕を、アントニオが固く大きな手ががっしりと掴む。
「もう少しで頂上だ……次からは自分で昇りきれるよう精進せよ」
そんな言葉と共に、その腕を掴んだまま、アントニオはより力強く羽ばたく。
「うわ、うわあああ!」
肩が外れるかと思うほどの衝撃と共に引きずれられ、グスターボは思わず悲鳴を上げる。
「ついたのである」
一瞬、黒いものが目に入ったかと思った直後、ずっと見えていた壁が消え、全身を青い空が包む。
(の、登りきった……?)
そう思った直後、放り投げるように手が離され、グスターボは切り立った崖、ちょっとした足場に降り立つ。
「なるほど、これはすごい……」
そこから見える景色に、グスターボは息を飲む。
雲すら突き抜けて遮るものがない、ひたすらに続く青い空。翼を得て間もないグスターボにとっては生まれて初めて見る光景であった。
(なるほど。これは……良い)
そう思い、連れてきてくれたアントニオに言葉を掛けようと振り向く。
「ぬ。何をしている。はやく服を整えよ」
だが、アントニオは何故か空の方を見て惚けている息子に対し、これから行く場所に向かう準備のために翼をしまい、着替えるように指示する。
「服? 父上、それは……え?」
その言葉に思わず聞き返そうとしたグスターボは、気づく。
アントニオの背後……切り立った崖の壁面に、場違いな黒い扉があることを。
「父上。その扉は一体……?」
「うむ。言ったであろう。翼を得た祝いに良い所へ連れて行ってやると」
息子の言葉にアントニオはひとつ頷いて答えてやる。
背後にある扉がなんであるのかを。
「ここが良い場所……異界の料理屋への扉である」
にわかには信じがたい、真実を。

チリンチリンと鈴がなり、親子二人が扉をくぐる。
「ここが異界……」
見慣れぬ装飾と客たちに、グスターボは思わず辺りを見回す。
(随分と人間が多いな……白の神の民とも思えないが)
見慣れぬ服を着て、見慣れぬ料理を食う店を訪れた客……それらは大半が人間であった。
無論、よくよく見れば赤の神の民らしきラミアや、緑の神に仕える神官服を纏った獣人、そして金の神に使えることが多い種族であるセイレーンなどの姿も見えるが、全体で見れば人間が多い。

偉大なる六柱の神に仕える眷属は、はっきりと人間に強い加護を与えることで知られる白の神を除けば人間は少ない。
神々を奉じるだけの知恵を持つ種族は多岐に渡るが、一般により神の守護する領域に近いものほどその加護を強く受けるためだ。
例えばグスターボの奉じる金の神は空を司る神とされる。
それ故に金の神の神官にはセイレーンやハーピー、バードマンやテングと言った生まれついて翼を持ち、空を飛ぶことが出来る種族が多い。
むしろ厳しい修行を重ね、翼を得てようやく空を飛ぶことが出来る人間は金の神を奉じる民の中では少数派なのある。

にもかかわらず、この店は人間が多い。それどころか。
「お待たせしました。ご予約の品をお持ちしました」
「うむ、ご苦労。あとは温めた牛の乳を頼むぞ」
父と朗らかに会話している、この店の給仕らしい娘に至っては、頭から生えた角とその身からかすかに立ち上る魔力の質から見るに全ての神共通の敵である混沌を奉じる民である。
「父上、よろしいのですか。放っておいても」
「よい、というよりここで暴れて迷惑を掛けるわけにはいかん。この地は神々も見守っておられるのだ」
給仕が去ったあと、思わず小声で確認してきたまだ若く、その分融通の聞かぬ息子を諭すようにアントニオは言葉を掛ける。
「それにな、今日はお前の祝いのために特別な品を用意させた。今日は争いなどよりそれを楽しもうぞ」
そう言いつつ、七日前に頼んでおいた、大皿に盛られた特別の品を見る。
柔らかなタルト菓子の生地の器を満たす、黄金のクマーラと、その上に飾られたアザルの甘露煮。
器の茶色と、クマーラの黄金色、そして透き通った飴色のアザル。
「これはまた、随分と豪華な菓子ですね。この黄金色のものはもしやクマーラでしょうか」
目の前の大皿に置かれた菓子に、アントニオそっくりの見た目の割に甘いものを好むグスターボは関心して声を上げる。
「うむ、ここの主に相談したところ、この時期であればこの『リンゴとサツマイモのタルト』とやらが良いと聞いてな。作ってもらった」
正直アントニオも食べるのは初めての品だが、この店のクマーラの菓子『スイートポテトのタルト』の美味さは知っているだけに不安は無い。
「さあ、食うとしよう……見ているだけでは酷というものだ」
そして親子二人のささやかな宴が始まった。

大きな皿の上に置かれた菓子を切り分けるべく、アントニオは銀色に輝くナイフを取る。
(うむ、この大きいタルトというものも中々良いものであるな)
三日月の形に切られ、透き通った飴色のアザルが満月を描くように並べられ、その下には黄金色のクマーラの海が広がる。
その海を船でかき分けるように銀色のナイフが滑り、黄金の海が切り分けられていく。
目の前の息子がゴクリと唾を飲む音を聞きながら、切り分けたタルトの中でも僅かに大きい一切れを取り、一緒についてきた小さな皿に乗せてそっとグスターボに渡す。
「今日はお前の祝いである。お前から食うがよい」
「……良いのですか」
そのことに、グスターボは素直に受け取りつつも驚く。
いつもならば家長であり、一族きっての神官であるが故にどんな料理でも最上の部分を真っ先に食うのが目の前の父である。
それが、手ずから切り分けた菓子とはいえ、最も大きい最上の部分を息子に譲ってきたのだ。
「なに、気にするな。今は他の一族の目も無い。ここには我とお主だけなのだからな」
その言葉に、アントニオはいつもの威厳を少しだけ捨てて微笑んでみせる。
アントニオは有力な神官である。それ故に一族を相手にするには厳格さと、威厳が求められる。
だがここには金の神の関係者はほとんどいない。
だからこそ、アントニオは少しだけ、家族を優遇することもできるのだ。
「それより食うがよい。我もこれは初めてではあるが、実に美味そうだぞ」
「はい」
父の言葉に促され、グスターボは皿の上に置かれた菓子を手に取る。
(う~ん、ここまで鮮やかな黄金色のクマーラは見たことないな)
切り分けた断面から覗くクマーラは実に鮮やかな黄金色で、それだけでも食べるのがもったいないと感じさせる。
グスターボですらそうなのだから、少しでも美味いクマーラをと市場で探し求めている母ならばもっと喜んだだろうと思いつつ、かじりつく。
「……こりゃあ、美味い」
それが、最初に漏れた感想であった。
まず歯に当たったのは、アザルと下の部分に敷かれた菓子。
軽く煮られたアザルは柔らかくありながらもほんの少しだけ歯ごたえを残し、砂糖煮故の甘さとアザルそのものが持つほのかな酸味、それから煮込んだあとにふりかけたのであろう茶色い何かの香辛料の風味が混じり合っていて、それだけでも十分に美味いと思わせる味がする。
そして、下の菓子は歯の上で小気味よく崩れ、乳とバターの風味を余韻として残しつつ、果物のそれとは違う甘みを感じさせる。
そして、なにより中心に位置する。黄金色のクマーラが素晴らしかった。
どうやらこの菓子は、火を通したクマーラを念入りに一度潰したものらしい。
徹底的に潰したクマーラはただ焼いただけ、煮ただけのクマーラのボソボソした食感は無く、滑らかに口の中にクマーラの持つ、果物とも砂糖菓子とも違う甘みを広げていく。
また、このクマーラの中には四角く切ったアザルが混ぜ込まれていた。
このアザルは上に飾られているアザルと違い、砂糖煮にされていない。
それだけに酸味が強めで甘みが弱い。
そのことがアザルと菓子、そしてクマーラの三種類の甘みを引き立てていた。
「驚きました。こんな美味い菓子がこの世にあったとは」
「そうであろう。我もここの菓子を初めて食ったときは驚いたものだ」
息子の素直な感想に、アントニオもまた初めて秘密を共有したことに満足しつつ、切り分けたタルトに手を伸ばし、食う。
(……ぬ。これはいかん)
そして、息子と同じくその味に驚いた。
いつも食っている、小さなタルトも美味だがこれはまさに特別に相応しい菓子であった。
丁寧に処理されたクマーラの美味さが、上に乗せられたアザルの酸味を含んだ甘みとこれほどあうとは思わなかった。
これではこの大皿一つ分では、とても足りない。
「……ぬう!?」
そう思い見てみれば、既に息子は三切れ目に入っていた。
どうやら若い食欲が遠慮というものを忘れさせたらしい。
(これはいかん!)
ボヤボヤしていたらひと切れ食っただけで終わってしまう。
そのことを直感したアントニオは慌てて自身もタルトに手を伸ばすのであった。


結局、大皿一つ分のタルトでは足りず、いつものタルトをいつくか注文し、存分に食ったところで、二人は満足して温めた牛の乳を飲む。
甘味の薄い牛の温かな乳が甘くなった舌を洗い、タルトでいっぱいになった腹に落ちていく。
「「ふう」」
思わずついたため息が揃い、少し気恥ずかしげに笑い合う。
「店主、馳走になった」
そんな言葉をかけ、懐から金袋を取り出し、いつもより多めに金を渡す。
「はい。ありがとうございます。今後ともご贔屓に」
「うむ。またしばらく厄介になる。頼むぞ」
父親が人間種の店主とそんな話をしている間、グスターボは密かに給仕を呼び止めて、言う。
「このタルトという菓子、もう少しだけ貰えるか?持ち帰りたいんだ。金はちゃんと払う」
これほどにうまいのだ。きっと気になる神官の娘にでもくれてやれば気も引けよう。
そんな気持ちから、己の持つ神官として稼いだ金からグスターボは土産の打診をする。
「はい。大丈夫ですよ」
給仕は、混沌の民らしいいやらしさは無い、中々に美しい笑顔で答える。
元々ケーキを持ち帰る客は珍しくない。
日持ちこそしないが、それでも一日は持つのだからと、帰ったあと、また胃袋に余裕ができたら食うために頼む客も結構いるのだ。
「じゃあ、そうだな。両の手の指と同じ数だけ包んでくれ」
そうしてグスターボは誰に渡すかを算段しつつ、注文をする。

……後に、一年を通してあの険しい崖を駆け上げる羽目になるきっかけになるとは気づかずに。
今日はここまで
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