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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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炊き込みご飯

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・炊き込みご飯は通常メニューにはありませんので、ご注意ください
金曜日の夜。
店主は銀色に輝くそれを前に、一人思案する。
「今年もこの季節が来たか……」
夏が終わると秋が来る。
ねこやにおいて、安くて美味い旬の食材が多く出回る秋は食欲の秋であり、料理の秋である。
この時期、いつもと同じレギュラーメニューこそ変わらないものの日替わりで出すメニューは旬の食材を使い、色々趣向を凝らすことが多い。
安さとバリエーションの豊富さから、日替わりはねこやの看板料理。
それだけに使う食材にも手を抜くわけにもいかず、まずは自分で吟味し、作る料理を決めるというのが、ねこやでの伝統である。
店主の目の前にあるのもまた、そんな食材の一つであった。
「今年最初の秋鮭だしなあ」
そう、店主の前にあるのは出入りの魚屋が持ってきた鮭であった。
今でこそ冷凍ものや輸入品、養殖ものが年中出回っているものの、旬の時期に出回る天然ものは安くて美味い。
特に秋のこの時期は脂がよく乗っているため、色々な食べ方がある。
「さて、どうするのが一番美味いか……」
普通に捌いて刺身にするのもいいし、塩振って焼くだけでも多分十分美味い。
「……そういや新米もあったな」
米と鮭、この二つを活かす料理と考え、店主はそれを作ることにする。
鮭を一口大に切り分け、自宅で使っている、小さめの炊飯器を持ってくる。
それから捌いて切り身にした鮭の一部と、茸と、精米したばかりの米を仕込み……
「これでよし、と」
明日の朝炊き上がるようにタイマーをセットし、準備を終えた店主は軽く首を回す。
「明日の朝が楽しみだな」
炊飯器の中に仕込まれた、秋の味に少しだけ顔をほころばせながら、店主はひとつ伸びをして、三階の自宅に戻るのであった。

朝の冷たい空気を感じながら、アレッタは最近はこの時くらいしか訪れなくなった貧民街を歩いていく。
(最近ちょっと涼しくなってきたかな)
王都にも秋が訪れた。
夏の暑い日差しはおとなしくなり、市場には秋の作物や収穫を終えた新しい麦が並ぶようになった。
朝の澄んだ冷たい空気は少し肌寒いほどで、夏場は暑くて仕方なかった一張羅の冬用の古着の温かさが少しありがたかった。
「やあ、こんにちは。朝から精が出るね」
「はい。こんにちは」
途中、一年ほど前、アレッタがサラの家で住み込みで働くようになってから貧民街に住み着いたのか、よれよれのローブを纏った魔術師とすれ違い、軽く挨拶しつつ、目的地に向かう。
最近がれきが片付けられ、すっきりとした空き地。
その中心に異世界食堂への扉がある。
空き地に踏み入る瞬間、足元にかすかにむずむずするものを感じながら、アレッタは扉に近づいて、開く。
(よし!今日も頑張らないと!)
そこに向かう瞬間、アレッタは今日も頑張ろうと気持ちを新たにしながら異世界への扉を超えるのであった。

チリンチリンと鈴の音を響かせながら出勤してきたアレッタは、厨房に置かれた見慣れぬものに首をかしげた。
「あの、なんですか?これ?」
アレッタの目の前にあるのは、木でも金属でもない、異世界の物質でできた箱であった。
その箱からはしきりに蒸気があがり、何やら魚の良い香りを漂わせている。
「ああ、そいつは炊飯器だ。ほれ、いつもメシ炊くのに使ってるだろ?」
「これがスイハンキ、ですか?」
店主の説明にアレッタは首をかしげる。
米と水を入れておくだけで何故か温かなライスが出来上がるスイハンキという魔道具は分かるが、それは銀色の金属の筒みたいな道具で、目の前の黒い謎の箱とは似ても似つかない。
「ああ、ちょいと店で出すのは難しい料理だから業務用のやつで炊くのはちょっとな……」
美味いのは確かなのだが、如何せん店の『洋食』とはあまり相性が良くないので普段は出さない料理である。
だが、新鮮な鮭ととれたての新米がせっかく手に入ったのだからと、店主は『賄い用』にそれを炊いた。
「よし、炊けたな」
そう言いつつ店主が炊飯器を開ければ漏れ出すのは、秋の香り。
「わあ……いいにおい……」
ショーユと米、そして臭みの無い魚の香りに、アレッタは顔を綻ばせる。
「だろう?ねこや特製、鮭と茸の炊き込みご飯。おかわりも多めに炊いたから、しっかり食ってくれな」
その笑顔に、思わず笑顔を浮かべながら、店主はその料理の名を告げた。


アレッタが席に着き、そわそわと待つことしばし。
「おう。待たせたな」
店主は盆に持った炊き込みご飯のセットをアレッタの前に置く。
大根と油揚げの味噌汁に、だし巻き卵にお新香と熱い番茶。
それに何よりメインの食材である、大きめの茶碗に盛った炊き込みご飯。
ねこやでは珍しい純和風の朝ごはんがそこにあった。
「ほれ」
「はい、ありがとうございます」
店主から炊き込みご飯が盛られた器を受け取る。
所々に紅色の魚の肉が混じったそれは、ショーユにより麦色に染まっている。
「それじゃあ、いただきます」
「はい。魔族の神よ。私に糧をお与えくださってありがとうございます……イタダキマス」
店主に習い、異世界風の感謝の祈りも交えてアレッタは祈り、食べ始める。

まず最初に手を伸ばすのは、目の前の器に盛られた、茶色いコメである。
(なんだかちょっとピラフに似ているけど……ヨウショクじゃないのかな)
この料理に一番近い料理を思い浮かべ、アレッタはそんな感想を持つ。
あの、海の幸や燻製肉入りの、コメ料理に似てはいるが、これからはバターの香りはしない。
また、食べるのに使うのも匙ではなく、ハシと呼ばれる二本の棒だ。
白い野菜の摩り下ろしが添えられ、ケチャップもかけられていない四角いオムレツはねこやでは見かけないものだ。
それゆえに一年以上ここで働いて来たアレッタは、それがなんなのかに気づく。
(もしかしたら、ワショクという料理なのかな……)
ワショク。店主が本当にたまにしか作らない料理だ。
ハシを使って食べる料理で、コメ料理か、コメと共に食べる料理が多く、店で僅かにワショクの風味を持つ料理は大抵西の大陸の人間が好む。
店主曰く『和食ならうちよりいい店が結構あるからな』とのことで、賄いでもあまり出てこない料理だ。
そんなことを考えながら、一口。
(あ、おいしい……これ)
炊き上げたコメの甘さが口に広がる。ほんのりと甘いコメにショーユの塩気がよく合っている。
そして、ふんだんに混ぜ込まれた魚の肉と茸がまた、良い。
火が通った鮮やかな紅色をした魚は、嫌な臭みなどなく、脂をたっぷりと含んでいた。
噛み締めるたびに、旨みがにじみ出る、良い魚の肉。
それは険しい山の隙間にあった故郷にいた頃は魚など口にしたことが無かったアレッタにも心地良いものであった。
ともに加えられた茸もまた、よい。
秋の味覚である茸は、アレッタの故郷でも時折スープの具になって出てきた。
少しの塩とハーブだけのスープであっても茸をいれるだけで美味しさが増し、またスープを吸った茸が美味しかったのを覚えている。
そして、このタキコミゴハンにはその茸が二種類入っていた。
黒い傘と白い柄を持つ『シメジ』と細かく切り分けられた、ビラビラの『マイタケ』という茸。
この二種類の茸が己の持つ美味みを米の中に吐き出し、代わりにショーユとコメ、そしてなにより魚の肉の美味みをたっぷりと吸っていて、それ自体が素晴らしい具となっている。
コメ、魚、そして茸。三つの味を楽しんでいると瞬く間に茶碗が空になる。
「おう、おかわりいるか?」
「はい!」
間髪いれず、自らも空になった器を抱えた店主からの言葉に、頷く。
最初は遠慮もしていたが、どうもこの主人はアレッタが美味そうにメシを食うのを好むことが分かってからは遠慮せず、若さ故の食欲で、満腹で動けなくならないように注意しつつも結構な量を食べるようにしていた。
そして、おかわりを待つ間に、おかずとして用意されたダシマキタマゴに手を伸ばす。
(……うん。やっぱり全然違う)
汁気をたっぷり含んだタマゴは噛み締めると、中に溜め込んだ汁を出す。
ほんの少しの砂糖とショーユの塩気と、それ以外のうまみ。
それは、前に好奇心にかられ、一個で銅貨数枚もする卵を買って茹でたときとは似ても似つかぬ味だ。
無論、本職の料理人(主人のサラに言わせれば王城の料理人にも匹敵する腕前らしい)である店主と、素人に過ぎぬアレッタの腕の差ももちろんあるだろうが、それだけではない。
卵本来の味は、このダシマキタマゴのような味はしない。ボソボソしてたし、美味しいことは美味しいが、全然足りない味しかなかった。
(きっと、マスターしか知らない秘密の味付けがあるんだろうな)
アレッタは絞ったダイコンの摩り下ろしにショーユをかけ、口に運びながらそんなことを考える。
ほんのり苦くて辛いダイコンとはっきりとしたショーユの味が、ダシマキタマゴに加わり、また違う風味を見せる。
「だし巻きは炊き込みご飯にもあうぞ。鮭と卵の相性はいいからな」
「はい……あ、本当ですね」
店主の、おかわりの器とともにきた言葉にアレッタもダシマキタマゴを口にしたあと更に米を食べて、その味に納得する。
確かにこの魚の(シャケというらしい)と卵の風味は素晴らしい組み合わせであった。
そして、二人は黙々と、炊き込みご飯を食べ続けるのであった。

二人が食事を終えたとき、炊飯器いっぱいにあった炊き込みご飯は、空になっていた。
「まさか五合だきが全部なくなるとはな」
朝からがっつりと食べてしまった店主がちょっと驚いた声をあげる。
店主自身、久しぶりの炊き込みご飯にテンションが上がり、少々食いすぎたことは自覚している。
そしてアレッタもまた、よく食べたことも。
「はぁ……美味しかったです」
店主と同じくらいの米を食い、心から満足した顔で、アレッタは熱い茶を飲んでいた。
(……また、そのうち作るかな)
その顔に、店主はちょっと満足しながら、声をかける。
「よし、腹も膨れたところで、今日も一日頑張るか」
「はい!」
店主の言葉にアレッタも笑顔で答える。

そして今日もねこやの忙しい一日が始まった。
今日はここまで
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