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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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三色丼

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・お持ち帰りもできますので、ご相談ください
くちくなった腹を満足げにさすりながら、闇の女神に仕える高司祭にして侍、オニワカは一人ごちる。
「うん。ここはいい。あんな辺鄙な場所にあるのでなければ足繁く通うのだがな」
目の前には焼いた豚の肉が乗っていた、今は空の白い皿。
犬を連れた、どこぞの猟師らしき少年が食っているのをみて同じものをと頼んだ、生姜をすりおろして混ぜ込んだ汁に漬け込んだ豚の肉を焼いた『ぽぉくじんじゃあ』なる料理や鬼の夫婦が酒のアテに貪りくらっていた『ろぉすとちきん』なる料理の美味を思い出しつつ、果実の汁を混ぜ込んだ氷入りの冷たい水を飲む。
冷たい水がメシを食い、熱くなった身体を冷やすのが心地良い。
この、真夏だというのに秋の涼しさを持つ部屋は、うっそうと茂った山の中の熱さを忘れさせる。
満腹となったのと相まってオニワカにはここは冥府の底のように安らぎを感じさせた。
「まったく、これだから人生は面白い」
そんな安らいだ気分で、オニワカは改めて己の運命の数奇さを思う。
死霊と戦う前準備として付近を探索していた時に見つけた、黒い扉。
ぼうぼうに茂った夏草に隠されているかのように佇む扉を怪しんでくぐった先には、料理屋があった。
不可思議な、異世界にあるというこの料理屋では、この世のものとは思えぬような様々な料理があり、仮にも高司祭であるオニワカですら己は虫けらか何かかと思わせるような、正体不明の存在がひっそりと部屋の隅に陣取っていた。
「……うん。ショウジロウのやつも連れてこられれば良かったのだがな」
そんな面白い場所で、オニワカはふと、そんなことを思う。
俗世を捨て、神の道へと入った自分についてきた、老侍。
今もオニワカの言い出した死霊退治の準備をしているはずだ。
「まあ、せめて土産のひとつも持ち帰ってやろうか……店主! ひとつ頼みがある」
そう思い、店主を呼ぶ。
「はい? なんですか?」
「うむ、実はな……」
そうしてオニワカは店主に一つ相談をするのであった。

山深い街道の脇に踏み固められた夜営地。
そこでショウジロウは準備を整えていた。
彼らの仕える闇の女神の加護を宿した札を普段は己の背に背負っている大槍や矢に貼り、加護を宿す。
闇の女神の加護は死と夜の加護。それ故に既に死に、化物と化した不死者をより強い死の力で押しつぶし、滅ぼす力にもなる。
ショウジロウの護衛の対象であり、若くして高司祭の地位にいるオニワカ手製の札は強力で、元々業物であった刀と、鋭い矢に強力な死の呪いが宿る。
(こんなものでござろうか)
物心ついた頃から振り回していた、重い槍を振り回し、具合を確かめる。
相手はこの世ならざる不死者の中でも特に強いとされる怪物、死霊(れいす)である。
準備の怠りは、死に繋がるだけに、ショウジロウも熱心に手入れを行う。

―――満月の晩、街道筋に現れる死霊を討ち果たしたものにはそれがなにものであれ金貨百枚を褒美として払う。

そんな話が街道筋にある光の神の神殿から広まったのは、ここ半年ほど前のことだ。
とある、非常に運良く生き延びた行商人が伝えた話によればこの街道筋には世にも恐ろしい女の姫の死霊(れいす)が潜み、満月の晩にのみ姿を表す。
古い文献をあたってみたところ、何でもこの辺りを治めているご領主の血に連なる姫君の怨霊だとかで、ともすると魔霊(りっち)にすら匹敵するほどの大悪霊らしい。
一度、不死者(あんでっど)との戦いを特に得手とする地元の光の神殿の銀印持ちの司祭と巫女が何人かで調伏しようと十分な準備を行った上で挑んだ失敗し、危うく憑り殺されそうになりながら逃げ帰ってきたという。
光の神にとって、闇の存在たる不死者は不倶戴天の敵。この世にあることを決して許してはならない。
神殿にただ一人の老いた高司祭はそう判断し、とにかく死霊を倒すべく、布告を出した。
そして、それに応じたのがオニワカとショウジロウなのである。
(しかし、遅いでござるな)
ショウジロウが準備をする間、山で食い物でも探してくると言って付近の散策に出たショウジロウは、未だもどる気配はない。
(いや、若に限ってそう問題が)
そのことに少し心配になるが、思い直す。
ショウジロウはオニワカが帰ってきたときから護衛を努め続けてきたが故にどんな人物かと、その強さは知っている。
闇の女神に仕える高司祭であり、ショウジロウから剣のイロハを学んだオニワカは、剣と闇の神術の両方に通じた有能な戦士であるが、それだけではない。
オニワカは鬼の血を引く『鬼子』なのだ。

世界のあちこちに住まう、知恵ある生き物の中でも野蛮な風習を持つがゆえに人間たちと相いれぬ魔物は亜人種と呼ばれる。
山国にはその亜人の中でも特に(おうが)と呼ばれる、有角の亜人種が多い。
人間の倍近い巨躯を誇り、山の獣を普段糧として暮らす彼ら鬼は人間など鼻で笑える程に力が強く、馬のように脚が早く、全身を鎧で覆っているかと思える程に皮が硬い。
その強靭な肉体を用いて、食物を奪い、人を食らい、田畑を荒らす。
今でこそ鬼の皮を斬り、骨を断つ刀や鬼の岩のように硬い頭をも打ち抜けるほどの剛弓が作られるようになり、それを扱う侍衆の武芸が発達したおかげで鬼にも遅れを取らぬようになったが、ほんの数百年前まで山国の民は山から降りてきて米や家畜、そして若い娘を攫っていく鬼の襲来に怯え、ときに田畑すら捨てて逃げ出して暮らしていたという。

鬼子という存在は、その時代から伝わる存在である。恐るべき忌み子として。
鬼は、人間を攫い食う。だが、若い娘であれば、生かして慰み者にすることがある。
そうして鬼の子種を宿し、その腹から生まれた子は鬼たちからは『角なし』、人間からは『鬼子』と呼ばれる。
彼らは鬼に匹敵する頑健な肉体を持って生まれてくる。
山国では侍衆に助け出された姫が産み落とした鬼子が、侍衆の剣を学んで恐るべき侍となり、鬼を退治したという話は、かつては珍しくはなかったものだ。

オニワカは、かつてショウジロウが仕えていた主の、娘が産み落とした鬼子である。
崖崩れに巻き込まれ、死んだと思われていた姫君は鬼に匿われて生きていた。
三年して、別の侍衆の討伐隊がその鬼を退治したとき、彼女はその手に赤子であったオニワカを抱えた姿で鬼の住まう洞窟から見つかった。
そして、三年ぶりにショウジロウの主の元へ戻ってきた。
だが、長年の山の暮らしで弱っていたのか、はたまたオニワカの父を失い、心が弱ったのか、姫はすぐに病を患い、死した。
そして、姫君の忘れ形見であるオニワカは、姫の護衛を勤めていた侍と共に地元で力が強かった闇の神殿に入ることになり、長年の修行の果てにその才能を認められ、若くして高司祭となったのだ。

今回の、死霊退治もオニワカが言い出したことである。腕を磨き、見聞を広めるための、諸国漫遊の旅の途中立ち寄った町で聞いた噂。
その破格の報奨と内容に『やろう』とオニワカが言い出し、二人はこうして満月の昼に街道筋へとやってきたのである。
(しかし、遅い。戻らぬようであれば探しに行かねばならんでござるな)
そんなことを考えた矢先、オニワカが戻ってくる。
「すまん! 少し面白いものを見つけてな、遅くなった」
幼い頃に侍の家から離れたがために、侍訛りのない言葉で、ショウジロウに告げる。
「へぇ。面白いものにござりまするか? 一体なにがあったのでござるか?」
その言葉と、ショウジロウが小脇に抱えた、何やら良き香りを漂わせている、布でも紙でもない白い袋に目をやりながら、ショウジロウは尋ねる。
「うむ、実はな、驚くことに異界の料理屋だ!」
そのショウジロウの質問に、オニワカは笑顔を浮かべて返した。
「い、異世界の料理屋でござるか?」
「おう!うまいぞ!」
驚きの余り目を見開き聞き返したショウジロウに対しオニワカは白い袋から箱を取り出し、ショウジロウに見せる。
なるほど、その箱には何やら料理が入っているらしくうまそうな匂いが漂ってきて、昼前、街を立つ前に干し肉と幾ばくかの菜物が入った雑炊をすすりこんだだけのショウジロウの空きっ腹を鳴らす。
「実はさっき、その料理屋に通じる扉を見つけ、くぐったのだがなあ、生憎とあの場所は七日に一度しか使えぬというのだ。
 実際、俺が外に出たら扉は消えてしまったしな」
そう言いながら、紙の箱をショウジロウに渡す。
「若。これは?」
「ああ、俺だけ美味いものを食ってはお前に申し訳ないからな。料理を包んでもらった」
ショウジロウの言葉にオニワカは屈託なく言葉を返す。
「少し冷めているが、味は絶品だぞ。冷めても美味いものをと頼んだからな」
その言葉と共に笑うオニワカの顔は、鬼子の天才司祭ではなく、まだ成人したての若者の顔。
「……へえ。そういうことならありがたく頂戴いたしまする」
その顔に思わず侍にはあるまじき涙が零れそうになるのを拭いながら、ショウジロウは戦の前の腹ごしらえをすることにした。
箱の上に貼り付けられた小さな袋から、竹を削って作った箸を取り出し、まだほんのりと温かい箱を開ける。
そうすれば漏れ出すのは、ほのかな飯と肉の香り。
「おお、これはまた鮮やかな……」
そして、箱を開ければそこには薄く切った肉の茶と炒った卵の黄、そしてさやごと茹でられたと思しき豆の緑の鮮やかな三つの色が広がっていた。
「若、これはなんという料理でござりまするか?」
そこから漂う香りと鮮やかな色合いに胃袋を掴まれながら、ショウジロウはオニワカに尋ねる。
「おう、名づけて『三色丼』だそうだ」
その問いかけに、オニワカは店主から聞いた、そのままの名を伝えるのであった。

これはもう我慢できそうにない。
ショウジロウは飯が詰まってずっしり重い箱を持ち上げて、三色に染まった大地に箸を突き立てる。
「ほほう、これはまた、上等な飯でござるな」
大食漢のショウジロウに合わせたのか、三色に染め上げる具の下には純白の飯が詰まっている。
それは念入りに糠を落とし、磨き上げるように洗い、しっかりと炊き上げた、最近都の貴族の間で流行っているという白米という飯だろう。
「だろう? 異世界ではこれが普通だということだ」
オニワカのどこか得意げな言葉を聞きながら、箸でちぎりとるように米を持ち上げて、肉の乗せて一口。
「……おお」
思わず感嘆の声を漏らす。
その肉は、よく脂ののった鳥の肉で砂糖と魚醤で味付けをされていた。
(なんとも豪奢な味付けにござるな)
その味にショウジロウは侍衆時代の宴でも出なかった味だと顔を綻ばせる。
砂糖は山国では取れない。あのいけ好かないとなりの国や、南にあるという砂ばかりの国からの土色の肌の商人が持ち込むものが都や大きな街で出回るだけであり、高価なもの。山国では甘いものといえば季節の果物や甘い露を含むつる草から絞った汁くらいである。
だが、この肉ははっきりとした甘みを持っている。しかもそれがただ甘いのではなく肉の旨味や皮から出た脂の風味、ほのかに甘味を持つメシ、それから塩辛い魚醤の味を引き立てており、美味であった。
その味にショウジロウは思わず居住いをただし、少しずつ食べることにする。
これをさっさと腹に詰め込んでしまっては勿体無い。
そう、感じたのだ。
(次は……うむ、この炒り卵も工夫されているでござるな)
黄色い炒り卵もまた、職人の腕を感じさせる逸品であった。
元より卵とはうまいものだ。
茹でるなり焼くなりして塩の一つもぱらりと散らせば、庶民にとっては十分なご馳走と考えられている品だ。
だがこれは、それだけではない工夫を感じさせる。
(うむ、これは……魚の煮汁を入れたのでござるか? にしては泥臭さがないが)
炒り卵には塩と、また砂糖が混ぜ込まれていた。当然、甘みと塩気をおびている。
だが、それだけではない旨みも感じる。
その風味は、炙った魚を酒に漬け込んだときの味に少し似ているが魚臭さはない。
ただただ旨みのみを凝り固めたとでも言うように、旨みだけをおびている。
そしてそれがまた、白い米のメシに合う。
先ほどの肉の部分と比べれば淡い味付けだが、それがまた甘みと脂っ気に慣れた舌には新鮮で、うまい。
(ふむ、こっちは完全に塩気のみでござるな)
そして最後に緑の豆の部分に箸を伸ばす。
それは、小さな豆をさやに入ったまま茹でただけのもの。
ほんのり塩気をおびているが、他は豆の味しかしない。
(だが、この歯ごたえは良いでござるな)
代わりにしゃくしゃくと豆が口の中で立てる音を楽しむ。
しゃっきりと茹でられれた緑の豆は噛み締めると独特の食感がある。
それは先ほどの柔らかく焼かれた肉や炒り卵には無い感触だ。
そして、噛み締めるたびに、茹でられた豆から豆の風味を帯びた汁がほんのりとした塩気と共に溢れる。
それがまた、良い。

いつしかショウジロウは無言となり、一口一口噛み締めて三色の色を持つ丼を味わう。
急いで食べては勿体無いが、さりとて食わずにはおれぬ。
そんな気持ちを反映してか、ショウジロウの箸は少しずつ、早さをます。
「……おい、俺にも少しよこせ」
そして、実に美味そうに食うショウジロウに我慢がならなくなったのだろう。
オニワカが子供のように口を尖らせ、催促する。
「……では、少しだけ」
そう答えるショウジロウの返答は、少しだけ遅かった。

ゆっくりと日が落ちていくのを見ながら、戦の準備を整えたオニワカとショウジロウはゆったりと話をする。
「どうだ。準備の方は良いか」
「無論にございまする」
腹ごしらえはあの見事なまでに美味いメシで終え、気力は十分。
あとは死霊を討ち果たし、報奨を得るだけだ。
「……次にあそこに行く時はお前も共に連れて行ってやるぞ」
「それはありがたい。是非お願いいたしまする」
ごく何気ない会話をしながらも緊張を高めていく。
そう、今度は二人で行くのだ……この、親父殿と。
オニワカがそう固く決意し、ついに山向こうに日が完全に沈んだ瞬間。

ひゅうと、死臭混じりの冷たい風が、二人の間を通り抜け、二人ははじかれたように刀を抜き放つのであった。
今日はここまで
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