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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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シャーベット

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが余り活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・氷菓子のお持ち帰りについては、溶けないようにご注意ください。
お盆休みの真っ最中。
店主は目の前のものの扱いに悩んでいた。
「西瓜か……」
緑と黒の縞模様。
今が旬だからと、普段から野菜を仕入れを頼んでいる八百屋の親父から貰った、ゴロリと転がるそれはまごうことなく西瓜であった。
大玉の西瓜。それは大食らいであった先代が生きていて、今は店主の兄の家で暮している先代と同じくらい大柄で大食らいだった祖母が一緒に暮らしていた頃であれば簡単に処理できるサイズのものであったが、今の、食べ盛りを過ぎた店主一人の手には少々余る代物であった。
「参ったな。流石に三食西瓜とかは勘弁だしなあ……」
食い物屋なんだから、食い物はできるだけ無駄にしないようにしろというのが先代の教えだった。
店主がまだ子供だった頃は、よく店の余り物であり、客に出せるだけの鮮度は無い食材がじいさんの手で料理され(祖母は掃除や洗濯は得意だったが『料理は昔からあの人が作ったほうが美味しいから』と、殆ど料理をしない人だった)食卓に並んでいたのを覚えている。
思い返してみれば実の両親と暮らした時間より、あの二人と暮らした時間の方が長いせいか、今の店主も食材は出来るだけ無駄にしないようにしている。
まして個人的に貰いものでよく熟した甘い西瓜とくれば、休み明けまで取っておいて平日のスタッフに振る舞うのもなしだ。
「……よし」
しばし考え、店主は今後の方針を決める。
とりあえず四分の一程は自分でそのまま食おう。
「後であいつに聞いてみるか。簡単なやつ」
こういう時持つべきものはプロのパティシエの友人だな。
そんなことを考えながら、店主は後で上の階で休み明けの開店の準備をしている幼馴染に手土産を持って会いに行くことにして、月曜日からの営業再開に向けて準備をするのであった。

そして、土曜日。
「それじゃあ、お疲れ様でした」
遅い夕食のあと、洗いたての金色の髪を熱い風の出る魔道具で乾かし終え、いつもの服に着替えてアレッタはぺこりと頭を下げる。
「おう、ご苦労さん、頼まれてた奴、用意しといたぞ」
店主も慣れたもので店主は取っ手付きの手提げ袋を手渡す。麦わらを編んで作った素朴なデザインのそれは『向こう』では洋食のねこやの持ち帰り用ビニール袋やフライングパピーの持ち帰り用である紙の袋ですら珍しい品だとかで目立つからとアレッタが持参した買い物袋であり、中にはアレッタに頼まれた、持ち帰り用の品々が入っている。
「メンチカツサンドが三人前に、贈答用のクッキーが一缶。これでいいんだよな」
いつもならサラとアレッタの分だけなのだが、今日は雇い主の妹が泊まりに来ているとのことで、二人前頼まれたため、念の為に確認する。
「はい。大丈夫です」
店主の確認に笑顔で頷き、貰ったばかりの給料から代金分として銀貨三枚を取り出して渡す。
「うん。確かに……っと、そうだ。ちょっとだけ待っててくれるか」
代金を受け取り、袋を渡そうとしたところで、一つ思い出した店主は慌てて冷凍室から作っておいたものを取り出す。
「うん、レシピ通りちゃんと出来てる。こいつを……」
冷凍室から取り出した赤いそれを用意しておいた銀色の魔法瓶につめる。出来るだけ溶けないようにしっかりと蓋をしめ、残りをアレッタの元へと持っていく。
「あの、これは?」
「ちょいと貰い物があったんでおすそ分けだ」
そう言いつつ、魔法瓶を渡してやる。
「ほれ、さっき晩飯の時に出したろ。スイカのシャーベット。まだ結構残ってるから、持っててくれ。魔法瓶に入れてるから、しばらくは溶けずに残るはずだが、できれば早めに食ってくれ」
「えっ!? いいんですか!? シャーベットもそうですが、そんな、魔法の瓶まで借りてしまって!?」
「ああ、普通の容器だと溶けちまうからな。まあやるってわけには行かないから、次来るときに洗って持ってきてくれ」
そういえば向こうには多分魔法瓶は無いんだろうななどと考えながら店主は頷く。
渡した魔法瓶は店主が大学生の頃から使っている年代ものだが、保冷性は十分残っている。
「わ、分かりました。大事にお預かりしますね!」
店主の差し出したそれを、アレッタは緊張しつつ、受け取る。
(ま、マジックアイテムまで貸してもらえるなんて)
アレッタはごくりと唾を飲む。
アレッタの世界では、どんなささいなものでも銀貨で何十枚、高いものとなると一個で家が建つほどの値段にもなるという、魔法の品は手にずっしりと重く感じられた。


満月が中天に差し掛かかろうとしている、深夜。
普通ならとっくに寝静まるのが当然のこの時間、サラは普段は探索の際に使っている魔法の灯りを頼りに、未だ起きて仕事をしていた。
(えっとここは……)
分厚い手帳を覗き込みながら、内容を吟味して、上質の羊皮紙に綺麗に清書していく。
死んだと思われていた従兄弟から託された、新大陸の秘密が記された手記。
出処は曖昧だが、その字は間違いなく従兄弟が家に当てて出していた手紙と全く同じで、更に真新しく、間違いなく本物であった。
そして、当初は従兄弟がどうしているのかを知りたいからと伯父夫婦から個人的な依頼を受けていたサラであったが、事情が変わった。
内容が、人間にとっては未知の『南の大陸』に関することばかりで、サラどころかゴールド家の面々にとっても驚きの内容ばかりだったのだ。
これは、下手に外部に漏らすとまずい。下手すると王家に手記を接収される可能性もある。
そう考えたゴールド家は身内であり、この手記を持ち帰ったサラに冒険者として報酬を上乗せする代わりに完全な解読と清書を正式に依頼し、サラもそれを引き受けた。
かくしてここ数カ月の間、サラは王都で翻訳を続けているのである。
「それにしても、その南大陸っていうのは、すごいものなの? 姉さん」
熱心に仕事に励む姉に、両親から頼まれて姉を様子を泊まりがけで見に来て寝巻きに着替えたシアが姉に尋ねる。
根っからの商人の娘であり、『ウィリアムの呪い』には縁が無かったシアはいまいち冒険者のことがよく分からない。
栄達にはそれしかないというのならともかく、それなりに不自由のない暮らしができるのならばわざわざ命を掛けて冒険者にならなくても、と思うのだ。
「すごいわよ。南大陸のことが詳しく書いてあるのもそうだけど、こっちから向こうに行く方法も書いてあるもの」
「……え? 本当に? 確か南の大陸って、龍神海を通らないと行けないんでしょ?」
サラの言葉にシアは驚いて聞き返す。
龍神海のことならば知っている。何でも入るとクラーケンやシーサーペント、果ては海龍の群れなどといった凶悪な魔物に襲われるため、航行不能である魔の海であり、過去何度か試みられた龍神海の渡航は全て失敗に終わったと。
「そうね、一応エルフの魔法装置に向こうに転送するものがまだ生きてるかも、とも書いてあるけど、普通に船で渡る方法も書いてあったわ。
 何でも龍神海で魔物に襲われるのは、例えるならば国内に現れた賊やゴブリンに冒険者や騎士団が差し向けられるようなもの、らしいのよ」
兄が向こうの文化とともに調べ上げ、出した結論がこれであった。
龍神海とは、それ自体が超巨大な国のようなものであるという。
あの海の底には青の神……こちらで言う七色の覇王の一匹である『青き帝王』が居て、海の中にいる魔物たちを支配しているらしい。
その青き帝王は秩序を重んじていて、己の定めた法に従うものには温情を見せるが断りもせずに己の領域に踏み込んでくるものに容赦しない。
……過去、何の断りも入れずに踏み込んだ北の大陸の船団はいわば国の定めを守らぬ無法者として、刺客を差し向けられたのである。
「だから、ちゃんと手順を踏んで通行許可を貰えば龍神海を抜けられるようになるはずだって。ついでにその通行許可を得るためには海の魔物の中では比較的人間に友好的で、話が通じるマーメイドに力を借りると良いらしいわ」
海の底の民が陸の民と交渉するときにはマーメイドを仲介することが多いらしい。そんなことも書いてあった。
無論、それだけで確実に渡れる保証は無いともあった。龍神海は嵐が頻発する時期や場所もあるし、知能が低く、縄張りに入ったものを襲う野良の魔物……いわば龍神海の無法者とでも言うべき魔物もいるので完全に安全とは言い難いが、それでも今よりは確実に簡単に渡れるようになるはずとのことだ。
「なるほどね。そんなことまで書いてあるのね……」
サラの言葉にシアは改めて顔もよく覚えていない従兄弟の手帳はすごいものだと認識する。
そりゃあ外に漏らさないようにするはずだ、と。
「……あれ? それだとアレッタは大丈夫なの?」
そこまで考えて、この家にはもう一人メイドがいたことを思い出す。
サラがこの家にいないときはそのまま家の管理を任されている、シアより少しだけ年上らしい魔族の娘。
姉曰く、七日に一度は別の雇い主のところで働いているとのことで家にいないが、いつもはシアが来ると笑顔で迎え、家事ができないわけではないがずぼらでサボりがちな姉に代わって家事の一切を引き受けている。
クッキーを受け取るためによく顔を合わせる仲だけに、善良で正直者であることは承知しているが、少なくともゴールド家の一族ではない。
シアの実家ではメイドにも秘密にしている内容だけに、彼女にも教えていいものか、判断に悩むことも事実だ。
「大丈夫よ。あの子、文字読めないみたいだし、それに……いい子だもの」
だが、そんなシアの心配をサラは笑って受け流す。
最初は『あの店』の顔見知りだからという理由で雇ったアレッタだが、今はその性格と生真面目さも含めて信用している。それに。
(それにいなくなると困るしね)
アレッタにはもう一つ、大事な仕事がある。
王都からあの廃坑は結構距離がある。
そのため、流石に七日に一度通うのは中々に難しい。
だからこそ。

チリンチリンと、サラの家に誰かが侵入したことを表すアラームの音が響く。
「大丈夫。アレッタよ」
思わずびくりと肩をすくませたシアに苦笑しながら、サラが教える。
『あの店』は誰も寝静まるような真夜中まで開いていることはアレッタから聞いている。
七日に一度……『ドヨウの日』の真夜中に響くアラームはアレッタが『お土産』を持って帰ってきた証なのだ。
程なくして、書斎にアレッタが入ってくる。
「只今戻りました、サラさま。それと、シアさま、いらっしゃいです」
いつもの服に藤製の籠を抱えたアレッタがサラとシアにぎこちない挨拶をする。
「ええ。お帰り、アレッタ、それで……」
「はい。ちゃんと買ってきましたよ。シアさまの分も。今食べますか?」
サラの期待を込めた視線に答え、アレッタが籠を持ち上げて見せる。
「ええ、お願い」
「じゃあ、私も」
その言葉に、姉妹揃って頷く。
今日の夕方に食べたのは家に残っていた堅くなったパンと水、チーズだけでロクなものを食べていなかった。
それからずっと起きて仕事をしていて、腹が減っていたのだ。
「それじゃあ、すぐに用意しますね、マスターからお菓子をもらったので、それも一緒にお出ししますね」
その言葉にアレッタは笑顔を浮かべ、薄暗いカンテラの灯りを頼りに炊事場に行き、準備をする。
それから待つことしばし。
「お待たせしました。器をとってきました」
簡素な木の器を抱えて、アレッタが戻ってきたところで少し遅い食事の時間が始まった。

サラとシア、二人の前にまず並んだのは薄い紙に包まれた丸い何かだった。
「うん、やっぱドヨウの日にはメンチカツサンドよね」
「えっと、なにこれ?」
その包み紙を見た二人の反応は正反対で、見たこともない食べ物に首をかしげるシアに対し、食べ慣れているサラは嬉々として包み紙を外しにかかる。
包み紙を剥いだ瞬間、漂ってくるのは独特のソースの香りを吸い込み、かぶりつく。
かぶりつくと広がるのは、濃い目に味付けされた、酸味と辛みが混じったソースの味。
その衣からは揚げたてのメンチカツが持つ、さくりとした食感と口の中を火傷しそうな熱さは無い。
だが、その代わりに衣が真っ黒になるほど染み込んでいるソースがじゅわりと溢れ出し、継いで香辛料で味付けされた上質のひき肉の脂混じりの肉汁と混ざり合う。
その風味に軽やかな食感と野菜の味を与えるのが、ともに挟まれているキャベツというらしい葉野菜。
これらが渾然一体となり、上質な白パンの風味とともに口の中で溶けていく。
「うわ……これ、美味しいわね」
そうしてサラが食べているのを真似して食べ始めたシアが口元を手でおさえ、その味に目を丸くする。
シアにとっては未知の料理だが、香辛料と上質な肉とパンを組み合わせたその料理は確かに美味であった。
(……もしかして、これもあのクッキーと出どころ一緒なのかしら?)
その味にふと、そんな疑問を覚える。
この肉を挟んだパンとクッキーはまったく共通点はないが、ただ一つ『非常に洗練された味である』という一点では共通する。
アレッタのもう一つの奉公先。それがシアの大好物であるクッキーの出どころでもあるのではないか。
「あ、それとこれ、スイカっていう果物で作ったシャーベットっていう氷のお菓子です」
そんなことを考えつつ、シアがサラと同じくあっという間にメンチカツサンドを食べ終えたのを見計らい、アレッタがシャーベットを用意する。
店主から借りた魔道具である銀色の瓶。その中には薄暗いこの部屋の中では分かりにくいが、赤みが強めのピンク色の氷。
シャリシャリとした食感のそれはいかに涼しい夜といえども真夏であるにも関わらず殆ど溶けていない。
それを台所からもってきた木の器に盛り、匙を添えて出す。
「どうぞ。私も食べてきましたけど、美味しいですよ」
にこりと笑って、二人に勧める。
「シャーベット? 昔食べたことはあるけど……」
「氷のお菓子? 随分と凝ったものまで出すのね?」
その器を受け取りながらも二人は余り驚かない。
真夏に魔法によって氷を作り、それを砕いて砂糖や蜜、果物の汁をかけて食べる菓子というのはそんなに珍しいものではない。
貴族など、ごく一部の裕福な層しか口にできないものではあるが、二人はそのごく一部に含まれるのである。
「……うん、全然違うわね」
「そうね。これ、美味しいわ」
だが、一口口にしてみて、感想を翻す。美味しかったのだ。前に食べたことがあるものよりも。
それは、二人が知らないスイカなる未知の果物を凍らせて作った氷菓子。そこまではいい。
だが、このシャーベットと比べると二人の知る氷菓子は『凍らせて冷たいだけの果物の汁』に過ぎなかった。
薄く、細かく削られ、羽毛のように軽いシャーベットの氷が、口の中ですうっと溶けて消える。
口の中に残るのは、強烈な冷たい甘み。
その甘みを残したまま汁が喉を通って行って潤して、未だ暑さの残る夜の熱気を和らげる。
「あの、どうですか……?」
当初の二人の反応に、ちょっと口に合わなかったかと心配になったアレッタが二人に尋ねる。
その答えは、帰ってこない。
ただシャクシャクと、二人が器に持ったシャーベットを食べる音が響く。
「あ、そんなに急ぐと!」
その様子に、自分が先ほどやらかした失敗に気づいたアレッタが止めるが、遅い。
「「いった~!」」
突如頭を突き抜ける、刺すような痛み。
その痛みに思わず二人揃って頭を抱える。
「大丈夫ですか? その、一気に食べるとそうなるみたいです」
オロオロしながら言うアレッタに、二人は顔を見合わせ。
「「その、おかわりもらえる……?」」
姉妹らしく声をハモらせて、もう一杯要求するのであった。
今日はここまで
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