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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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フライドチキン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・フライドチキンは骨付き、骨なしから選べます。
長らく切り結んで来た巨体がどう、と倒れる様をタツゴロウは返り血を浴びぬよう距離を取りながらほう、と息を吐きながら見つめていた。
「やれやれ。ようやく終わったか」
幾多の旅人の血を吸って錆び切った、タツゴロウの背丈ほどもある巨大な包丁を振り回す、獣の素早さと怪力、そして巨大な老婆の姿持つ魔物、ハッグ。
子供さらって喰らう化物をなんとかしてくれと、ふらりと立ち寄った村で幾ばくかの金と引換えに頼まれたタツゴロウは、冒険者ですらたやすく切り刻んで喰らうと言われる化物を無事に倒した。
タツゴロウは節々痛む身体を撫でさすりながら、呟く。
「ふぅ。歳は取りたくないものだな」
その痛みは、怪我によるものではない。例え一度でも当たれば死は免れぬとはいえ、あんな大振りな攻撃が当たるほどには、タツゴロウは耄碌していない。
だが、命懸けの戦いにより酷使される身体は、戦いが終わるとタツゴロウに痛みを訴えて来る。
戦っているときは黙ってタツゴロウに従う身体が、痛みと痺れを訴え、旅の足を止めるのである。
「仕方ない、数日はゆっくりと養生し……いや」
宿に戻り、数日は宿で過ごそうかと考えていたタツゴロウはそのことに気づき笑みを深める。
「明日はちょうどドヨウであったな」
そしてこの辺りの『扉』は確か、ここから半日ほど歩いた町の近くにあったはず。
そのことを思い出した途端、痛みと痺れを訴えていた腕と足が黙り込む。
(やれやれ。我が身体ながら現金なものだ)
そのことに苦笑しつつ、タツゴロウはハッグの首を跳ねて袋に詰め込み、依頼を受けた村へと急ぐ。
(今から出れば日が暮れる前には近くの宿にはたどり着けよう。明日は朝からゆるりと酒を楽しむとしようぞ)
そう思いつつ歩き出すタツゴロウの足取りは軽く、老いを感じさせないものであった。

そして翌日。
あのあと村で開かれた感謝の宴を早めに切り上げて街に向かい、日が暮れる頃にたどり着いたタツゴロウは、日が中天に差し掛かるとほぼ同時にねこやの扉の前を訪れていた。
(考えてみればひと月ぶりか)
ここ最近は、うまく扉のある場所にたどり着けずご無沙汰であったことを思いだし、タツゴロウはごくりと唾を飲む。
昨日、村を立つ前に受けた村人たちの精一杯の祝いの宴も中々に良いものであったが、やはり異世界食堂は別格だ。
タツゴロウは期待と共に見慣れた扉の取っ手に手をかける。
(食うのはいつもの……いや)
いつも通りにテリヤキチキンとセイシュにしようかとも思うが思い直す。
今日は少し趣を変えよう。そう考えながら辺りを見渡す。
季節は夏。故郷の、まとわりつくような暑さとは違うがそれでも暑いこの季節。
こんな時期にこそ、食べたいものがある。
そのことに気づきながら、タツゴロウは扉を開く。

チリンチリンと音がして、暑い夏の暑気を打ち払うひやりとしたエアコンの冷気がタツゴロウのそばを抜ける。
その風を受けながら、タツゴロウは異世界食堂に足を踏み入れた。

いつもならば夕刻に訪れる常連が昼前に来たことに少し驚きながらも、アレッタはタツゴロウを出迎えた。
「いらっしゃい。随分と早いお付きですね」
「なに、少し気がせいてな」
そんなことを言いつつ、どっかりと腰を下ろし、注文をする。
「今日はフライドチキンを頂きたい。骨付きの方だ。キャベツはいらん。それと、あのなんと言ったか……そう、ジントニックとやらを」
いつものテリヤキチキンとセイシュはお休みにする。
いつもならば少々老いた身体には油が強い組み合わせだが、時折無性に食いたくなる。
激しい戦いで血が騒いだあとは、特に。
「は、はい。少々お待ちください」
そんなタツゴロウの気配に当てられたのか、少しだけ怯えながらもアレッタが注文を受けて頷く。
「うむ。早めに頼むぞ」
タツゴロウもはやる気を抑え、軽く急かすような言葉をかけて待つ。
(フライドチキンか、久しぶりに食うな)
待つ間に、久方ぶりに食するフライドチキンに思いを馳せる。
その思いにより、タツゴロウはごくりと唾を飲んだ。

それから待つことしばし。
「お待たせしました。ジントニックとフライドチキンです」
アレッタがそれを運んでくる。
筒のような形の、細長い硝子の杯に満たされた、シュワシュワと泡を出す酒と、ジュウジュウと音を立てる、フライドチキン。
この店の油で揚げた料理としては珍しくソースとの相性がいまいち良くない、すぐそばにはくしの形に切り分けられた、黄色いレモンの果実が置かれているだけの簡素な料理である。
「うむ、うむ」
まだ熱いのであろうフライドチキンから漂う、油で揚げた肉の香ばしい香りを肴に、まずはジントニックを一口。
爽やかな果実の風味を帯びた、冷たい酒が口の中で弾ける。
ジントニックに使われる強い酒の辛さと、中に入っている甘味の無い果物の爽やかで微かな酸味。そして、口の中を差すタンサンの刺激。
「ぬうう」
その風味に思わず声が溢れる。いつも飲んでいるセイシュとは違う、鋭い味。
東大陸で出回っているエールと違い、苦味を含んでいないそれは、舌に鋭く刺さったあとに喉を流れるように越えて、涼しさを残す。
夏の昼間、まだ日が高いうちに飲む酒。
そんなときに飲む酒は、こういう味が良い。
(さて、後は肴に手をつけるとしようか)
杯に満たされたジントニックを半分ほど空にして素早く次を頼みつつ、タツゴロウは箸ではなく、あえてオシボリで綺麗に拭った素手でもってフライドチキンに手を伸ばす。
指先から伝わるのは、火傷しそうなほどに熱い、フライドチキンの熱。
羽のつけねの、脂のたっぷり詰まった部分を油で揚げたその熱が、食べる前からしっかりと火が通っていることをタツゴロウに伝えてくる。
この店にある油で揚げた料理には珍しくソースの類が合わぬフライドチキンの熱を感じながら……かぶりつく。
(おお……おお!)
心地よい歯ごたえを持ち、ショウユと香辛料で味付けされた衣に突き立てた歯がその衣を突き破った瞬間、中から肉汁が漏れ出す。
卵をもう産まなくなった年老いたでは決して出せない柔らかい若い鶏の柔らかな肉。
その肉を包む皮から溢れ出す脂と肉から溢れ出す肉汁が薄くて歯ごたえのある衣と混ざり合い、口の中に強い味を残す。
(たまらんな、これは)
その味を十分に堪能したあと、すかさずジントニックを手にして残りを飲む。
フライドチキンの脂の乗った肉の味が、鋭いタンサンの味に押し流されていく。
それはいつもの、テリヤキとセイシュの味わいとはまた違う格別の味であった。
(さて、次は……)
その味を十分堪能し、一本食べ終えたあとは、味を変える。
フライドチキンにそっと添えられた、黄色いレモンという果実。
それを手にとって、フライドチキンの上で押しつぶす。
押しつぶされたレモンから酸味の強い汁が滴り落ちて、フライドチキンを濡らす。
それがまんべんなく行き渡ったところでタツゴロウは汁気を失ったレモンを皿に戻し、再びフライドチキンを手に取り、食う。
(うむ。やはり二本目以降はレモン付きだな)
先程までのフライドチキンに酸味が加わったことでグッと食べやすくなった。
元々が強いレモンの酸味は負けず劣らず強い肉と衣の味に決して負けず、更に調和すらして味を高める。
最初の一本はレモンなしで肉と衣の味を、二本目以降はレモンをかけて。
時折、だが何度もフライドチキンを食べていくうちにタツゴロウの中で定まった流儀である。
(さて、二皿目に行くか……)
やがて杯を重ねて都合三杯のジントニックとともにフライドチキンを食したあと、タツゴロウは再びアレッタを呼ぶ。
「すまぬがおかわりを頼む。フライドチキンを今度は骨なしで。それとメシをくれ」
そう、このフライドチキンという食べ物は飯ともよく合う。
油っ気の強さが、淡く甘みを持ったコメとともに食うと格別なのだ。
(なあに、まだ日は高い。しばらくはじっくり楽しむとしようか)
酒がまわって上機嫌になりながら、タツゴロウはわくわくと次が来るのを待つ。
店主の方も予想していたのか、すぐに次が来る。
「お待たせしました。フライドチキンとライスです」
骨を取り去り、箸でつまめる大きさに切り分けられたフライドチキン。
若干先ほどのものより色が濃い茶色で、今度は細かく切った葉野菜の山の上に、レモンと共にごろごろと添えられている。
その傍らには純白のライスと、茶色いミソのスープといういつもの組み合わせである。
「うむうむ。やはり酒のあとはこれで無くてはな」
その様に、年に見合わぬ体格と食欲を持つタツゴロウはいそいそと今度は箸を取る。
骨を抜き、小さめに切り分けられたフライドチキンは、ある意味別の料理である。
タツゴロウはとりあえず葉野菜を後回しにしてタツゴロウはまずフライドチキンの小片をつまみ上げる。
一口か、せいぜい二口もあれば食べ終えられる大きさになったフライドチキンをぽいと口に放り込み、咀嚼する。
そこから溢れ出すのは脂混じりの肉汁と、衣の風味。
その味が口に残っているうちに陶器の器に盛られたライスをかきこむ。
(うむ!やはり酒も良いがメシも良いな!)
ライスのほのかな甘みが、フライドチキンの味を吸い、また別の味わいを作る。
先ほど、ジントニックで流し込んだ濃いフライドチキンの味はライスの淡い味と混ざり合って、ちょうど良くなるのだ。
(おお、いかんいかん。これでは食いすぎてしまうな……)
瞬く間にフライドチキン一個で器のメシの半分ほどが消えてしまう。
フライドチキンはテリヤキチキンほどではないが、ライスとよく合う。
フライドチキンの小片だけで器のメシなどあっという間に食い尽くしてしまうのだ。
「すまぬ!メシもお替りをくれい!それと、ジントニックもだ!」
だが、フライドチキンで食い気が膨れ上がったタツゴロウは自重するつもりもない。
酒とメシと、フライドチキン。
テリヤキチキンを除けば最強の味わいであるこの味を、タツゴロウは心ゆくまで堪能するつもりであった。

「ふぅ、すっかり食いすぎたな」
腹を限界まで飯と酒とフライドチキンで膨れさせ、最後に仕上げとばかりにレモンを凍らせて作ったとおもしき、甘くて酸っぱいレモンシャーベットアイスを舐める。
シャリシャリとしていて、頭の芯に響く冷たさと、甘酸っぱい独特の風味にタツゴロウは深い満足を感じていた。
「少し、休ませてもらうとするか」
食事は終えたが腹は痛くなるほど膨れている、しばしの間は動けそうもない。
ここが旅の間であれば危険な状態ではあるが、この異世界食堂であれば問題はない。
「おう!店主!来たぞ!……ん?なんかいい匂いがするじゃねえか」
「なんだいこりゃ?なんだかろぉすとちきんに似ているようだけど」
タツゴロウがくつろいでいると、店を訪れた、見慣れた常連……下手な侍衆より強そうな鬼の夫婦が、人間よりいくばくか鋭い鼻を動かして匂いを嗅ぎ取る。
「ああ、ちょいと今、フライドチキンの注文を受けてお出ししてたところでして」
ちょうど手漉きになったのか、夫婦を出迎える店主が、愛想よくフライドチキンの説明をするのを見ながら、少しウトウトとする。
ほどよく酒が回った昼下がりのまどろみ。それは、年老いたタツゴロウの日々の疲れを忘れさせる、心地よいものであった。
今日はここまで
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