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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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オイルサーディン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・お酒については当ビル2階『レオンハート』のマスターより助言を受けています。
海国に無数に存在する島の一つにドワーフが住まう島がある。
火を吹く火山を中心としたその島は、米が取れない代わりに鉄が取れるがためにドワーフが住み着き、古くから鍛冶品を作っては食料や炭と交換していた。
そして、その島唯一の温泉に浸かったドワーフの老女メイファンは、最近とみに痛むようになった身体中の関節に染みる温泉の熱にため息をついた。
「いやぁ染みるねえ……」
そう呟くメイファンの目に映るのは、ゆっくりと水平線の向こうに沈んでいく、熱した鉄の色をした夕日。
その光は今夜は湯治場の近くに建てられた山小屋で一晩を明かすことを示している。
今日もいつものように温泉から夕日を眺めているのはメイファン一人である。

この温泉が湧き出る湯治場は身体の痛みを癒す力が強いが、麓にあるメイファンたちの村から少し遠い。
そのため大抵は仕事から身を引いて暇になった老人や、病気を患った病人が浸かりに来る時以外は、人気が無い。
だが、結婚し、子を育て上げ、ひ孫までいる歳であるメイファンは身体の節々の痛みを取るためと称してここに頻繁に通っている。
具体的には、七日に一度はここにやってきて、夕方まで温泉に浸かり、翌朝帰ってくるのだ。
「さてと、そろそろ行くかね」
ひとしきり身体を温め、ついでに昼に山小屋にあった鍋で作った粥を食べたあとは何も食べていない空きっ腹を抱えながら、メイファンは風呂から上がる。
シワだらけの身体を布で丁寧に拭い、いつもの服に着替えて……この湯治で一番の楽しみの場所に向かう。

そう、この湯治場には秘密がある。
湯治場から少し離れた、林の中。
獣道しか無いようなその場所に位置する、猫の絵が書かれた黒い扉。
七日に一度、異世界の酒場に繋がるそここそが、メイファンが頻繁にここを訪れる理由であった。

期待を込めて背伸びをして、金色に輝く真鍮の取っ手に手をかけて、扉を開く。
チリンチリンと音を立てて扉が開き、夜とは思えぬほど明るい部屋の中に出る。
「おう、いらっしゃい」
メイファンは入ると同時に、メイファンとそう歳は変わらぬであろう店主が笑顔でメイファンを出迎える。
「とりあえず、ビールでいいかい? 」
「ああ、頼むよ。喉がからっからなんだ」
店主の問いかけに頷きながら、ドワーフには些か高すぎる椅子に飛び乗って腰掛ける。
「ふぅ、ここは涼しいねえ」
湯上りの火照った身体を冷やしていく涼しい風が心地よい。
店内は相変わらず人が少なく、豚の揚げ物を肴にびいるを飲む老人と鳥の焼き物を肴にセイシュを飲む中年の侍がいるくらいで静かなものだ。
(まあ、うちの男どもなんざ連れてきたらひどいことになりそうだねぇ)
ふと、そんな益体もないことが頭に浮かぶ。
ドワーフの男は皆無類の酒好きである。
小さな身体に見合わぬ大声をもって大いに鍛冶仕事で汗を流し、大量にメシを食い、ガツンと強い酒を飲む。
それがメシも酒も文字通りの意味でこの世のものとは思えぬほど美味いこの店に来たら、大いに騒ぎながら押しかけて店の酒樽が空になるまで飲み続けるだろう。
そんな気がするから、メイファンはこの場所のことは自分の心に秘めてとりあえず自分が楽しむだけにしているのだ。
「お待ち。ビールだよ」
そんなことを考えていると、びいるが届く。
完全に透き通った大きな硝子杯の向こう側に見える白と黄金色の対比が美しい酒だ。
「ああ、ありがとさん」
お礼を言い、一気に飲み干す。
洗い流すような刺激と、爽やかな苦味が一気に舌を通り、喉を通り抜け、胃袋に落ちていく。
「おう、相変わらずいい飲みっぷりだね」
瞬く間にびいるが空になっていくのを見て、下戸である店主は毎度ながら感心する。
「まあ、こんくらいならね」
その言葉にメイファンは空になった杯を返しながら上機嫌で答える。
店に来たらまずはびいるを一息に開けて喉を潤してから、メシを食う。
それがメイファンの七日に一度の楽しみなのだ。
「さてと、今日の酒の肴、何かいいのはあるかい? 」
早速とばかりにメイファンは店主に問いかける。
「そうさなあ……」
その問いかけに店主は少し考えて、思いつく。
「そういやちょっと頼まれて、オイルサーディン……鰯って魚の油漬けを仕込んで見たんだが、食うかい? 」
最近新しく入ってきた店子から店の売り物と一緒に出したいから作ってくれないかと頼まれたもので、今がちょうど時期なのもあって仕込んでいたものだ。
昨日、ちょっと味見をしてみたあと、その店子にも食わせて見たが、評判は上々だった。
あれならこの異界の老婆に出してもよかろう。
店主はそう考えて店主は勧めてみる。
「イワシ?まあ、魚なら食い慣れてるし、ここの魚は生きがいいからからね。外れも無いか。いいよ。そいつをおくれ。それと、とりあえずウメシュはあるかい?あるならそいつを瓶でおくれ 」
「ああ、ちょいと待っててくれ」
店主の勧めにメイファンはその油漬けを食うことにし、ついでにこの店でしか飲めない酒を注文する。
店主も心得たものではっきりと頷くとさっさと厨房へ戻り、客に出す準備を始める。
幸い、仕込みさえ済んでいればすぐに出せる料理である。
待つことなく、料理がメイファンの前に置かれる。
「ふぅん。こいつがおいるなんちゃら……魚の油漬けかい? 」
メイファンは一応とばかりに尋ねる。
目の前に置かれたのは、頭を落とし、ハラワタを抜いた小魚だった。
軽く焼いたのか、かすかに焦げ目がついていて、上からは細切りにしたおらにえが散らされている。
そして魚の近くには淡い黄色みを帯びた白い何かと、赤い何か、それから黒い何かが入った小さな器が並べられている、
「おう。一応自家製ってやつだ。とんがら……トガランとガレオが入ってる」
店主は軽くメインのオイルサーディンを説明したあと、となりに並べた調味料を指差す。
「それとこっちは味付け。マヨネーズとケチャップ、それから醤油な。どれも合う、メシやパンにも合うから、欲しけりゃ呼んでくれ」
それから最後に淡い黄色の酒が満たされた硝子瓶と整った形の硝子杯、ついでに氷が入った小さな桶を置く。
「それから最後に、梅酒な」
「ああ、ありがたいねえ」
その酒を見て、メイファンは自然と目を細める。
ウメシュ。この異世界の果実を漬け込んだ甘酸っぱい酒がメイファンは何よりも好物なのだ。
「そいじゃあ、ごゆっくり」
店主が軽く頭を下げて厨房に戻るのを横目で見ながら、メイファンは早速食べ始める。
「まあまずはこっちの料理の方から行くかね」
そんな言葉と共に箸を手に取り、魚に箸を伸ばす。
(まずは魚そのものの味だ)
そう考えながら軽く火が通されただけの魚の身と、まだ白い細切りのおらにえを箸でつまみ上げる。
その身は柔らかく崩れ、箸の上にちょこんと乗る。
(ほう。いい匂いだ。上質な油を使ってるみたいだね)
軽く炙られた油漬けからはかすかにがれおの香ばしい香りが漂ってくるだけで、油臭さがない。
その身からはかすかに油がにじみ出て溢れる程なのにも関わらずこれというのは、恐らくは油漬けに使われた油が臭みの無い、上質な油を使っている証拠である。
(うん。やっぱり旨そうだね)
そのことに期待を膨らませながら、そっとメイファンは口に運び……期待通りの味に深いシワを刻みながら笑う。
(ほう、こりゃまた……柔らかくてうまいね)
その魚はひどく柔らかく仕上げられていた。
元々ドワーフは魚を食うときには骨ごとバリバリ砕いて食うのが普通だが、この魚は、他種族だろうと骨を取り除く必要がない。
如何にも小骨が多そうな小魚にも関わらず、骨が引っかかる不快感を感じないのだ。
(骨を抜いて……いや、違うね。骨まで柔らかくなるように仕込んだのか! )
よくよく口で転がしてみて、メイファンはそのことに気づく。
骨がないのではない。骨が普通に食えるくらいまで柔らかくなるように煮込んでいるのだ。
(こりゃあたまんないねえ……これだけでも十分ご馳走だよ)
メイファンはその油漬けの旨みに顔をほころばせた。
味付けは塩ととがらん、それからがれお。
その塩気と辛さだけな分、この魚の脂の乗った旨みがよく味わえる。
噛むたびに柔らかな油漬けの中から魚の旨味を含んだ汁と、身にたっぷり含まれた油が溢れ出る。
そして、上に乗せられたおらにえ……あえて火を余り通さないことで辛みと食感を残したそれが柔らかな身にちょっとした歯ごたえを与えている。
一見すれば普段食べ慣れた小魚の料理だが、この手間ひまの掛かりっぷりはご馳走と言っても過言ではない。
(うちでも作れるかね。こっちは……無理かねえ)
大いに味わいながら、ふとそんなことを考えつつ、調味料に手を伸ばす。
塩気が強いしょうゆと、酸味が強いけちゃっぷ、そしてけちゃっぷより大分柔らかな酸味を持つ、まよねいず。
この三種類の調味料については、メイファンはよく知っている。
手際よくそれらで味を付け、油漬けを食う。
しょうゆを付けた油漬けは塩気のあるしょうゆできりりと引き締まり、如何にもメシに合いそうだ。
けちゃっぷの酸味は油漬けの油っ気とよく合って、食欲をそそる。
そしてまよねいず。この柔らかな酸味と油が油漬けの油は相性が良い。
どちらも油が強い食べ物だが、不思議と喧嘩せず、よく合っていた。
(ふう。さてと、ひとしきり味わったところで……)
そうして魚の油漬けで軽く腹をふくらませたところで、いよいよ酒に手を伸ばす。
硝子の杯に大きめの氷を入れたあと、ウメシュを瓶から注ぐ。
果物の匂いを含んだ、淡い黄色の酒が瓶から杯へと注ぎ込まれ、辺りにかすかに香りが漂う。
その匂いを嗅ぎながら、メイファンはそっと杯から酒を飲み……
「ちょいと!きとくれ! 」
驚いて大きな声で店主を呼ぶ。
何事かと駆けつけてきた店主に、メイファンは大声で尋ねる。
「なんだかこの酒、前まで出してたのより良くなっていないかい? 」
そう、そのウメシュはいつもの、前に飲んでいたものより随分と上質なものに変わっていた。
香りはより鮮烈になり、しっかりと甘みがつきつつも、酸味がくっきりと感じられる。
酒精は柔らかくなっていて、全体的にすっきりとした味になっていた。
「お、分かるのかい。いやはや驚いた。やっぱ分かる人には分かるもんなのか」
その言葉に、下戸ゆえに酒には余り詳しくない店主は驚きながらも納得する。
(この不況のご時世に酒場やろうなんて言うだけはあるんだな……あの男は)
つい先日新しく加わった店子のことを思う。
彼はあちこちの物件を見て回った末にこのねこやビルにたどり着き、店主がつまみを作って出前をしてくれると聞いて契約し、ビルの二階で退職金を使ってバーを始めた。
肝臓を壊し、酒が飲めなくなるまでは全国各地どころか世界各地を廻り、随分と酒を飲む仕事をしてきたという。
彼は、会社に入ってからの二十年を酒につぎ込んだ分だけ酒に詳しいと自称していた。
そして、医者に酒を止められ、飲めなくなってもせめて酒に関わりたい、愛読する漫画に出てくる酒場みたいに珍しくて美味い酒を飲んで喜ぶ人が見たいという動機で酒場を開いた。
どうやらその自称詳しいは本物だったらしい。
「ああ、ちょいと人から話を聞いてな。仕入先を変えてみたんだ。値段はあんまり変わらないけど、美味い酒があるって言うんでな」
「そうなのかい。いきなり味が良くなってるからびっくりしたよ」
店主から簡単に説明を聞き、メイファンは一応納得する。
(まったく、驚いたね。前出してたのでもアタシが仕込む酒よか美味かったってのに)
上には上があるものだと、思い知らされた。
五年ほど前、この店で見つけたウメシュの美味さに感心し、自分なりに考えて作ってみたウメシュ。
島で取れる果実を青いうちにもいで洗ってドワーフのいるところでは大抵作られている火酒に漬け込み、よその島から運ばれてきた黒砂糖をたっぷりと入れて半年ほども寝かせた酒。
男達にはやれ甘すぎる、やれ酒精が弱いといまいちの評価だったが、女や若い連中、それから島にドワーフ謹製の鍛冶品を仕入れに来る人間の商人には好評で、若い娘や奥さんが作り方を教えてくれとメイファンの元に来るようになり、鍛冶品のついでに買っていった商人からはもう少し高く買うから多めに作れないかと言われる位にはなったが、それでもこの店で出されるウメシュには及ばなかった。
(参ったね。もうちょっと頑張らないと、納得できる味にはなりそうもないよ)
そして今日、更に美味いウメシュを飲んでメイファンは密かに決意する。

もっと美味いウメシュを作ろう。自分が生きているうちに。
そんな決意を重ねながら。
「ちょいと!ウメシュをもう一瓶おくれよ! 」
メイファンは少しでも味を覚えようと杯を重ねるのであった。
今日はここまで。
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