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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ライスバーガーふたたび

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連になる客もいます。
・ねこやでは新メニューの開発は怠りません
午前七時半。
ライスバーガーを食べ、ついでに焼きおにぎりをお土産にした、エルフの二人連れを見送り、店主はホッと息を抜いた。
(なんとかなったか)
朝早すぎる客に、まだ炊けていないご飯。おまけにねこやで出しているパン、バターロールは食べられない相手。
そんな相手をなんとか満足させることができたことに、店主は密かな満足感を覚える。
(とはいえ……ライスバーガーか)
客がいなくなった店で店主はちょっとだけ不満を覚えた。
あの、エルフの客が基本的に生臭物がダメだというのは、まあ仕方がない。
アレルギーや宗教、文化、そして何より好き嫌いやらの問題で特定の食材が食べられないという人は珍しくもないし、店をやってればそういう客に頼まれ、その食材を抜いて料理を作ることなど珍しくもない。
(キンピラバーガーもまずかあねえけど、やっぱライスバーガーは肉と合わせてこそだよなあ)
それゆえに、店主は少しだけ店主の個人的な好みでは、ライスバーガーは肉料理と合わせるのが一番美味いと思う。
無論、あのベジタリアンな客のために作った、キンピラかき揚げバーガーが不味いわけではない。
幼い頃からじいさんのメシを食って育ってきて、基本的に食べられない食材というものが無い店主にとって、最低限自分が美味いと思うものでなければ出さないのが、客に対する礼儀だと思う。
だが、同時にバリバリの人間にして中年のおっさんである店主には、ちょっと物足りないものだった。
(やばいな。そう考えたら食いたくなってきた)
軽く腹をなぜる。
文字通り朝飯前に仕事をして、腹が減っていた。
(作るか?朝から
「おはようございます。マスター」
「おうおはよう。今日もよろしくな。とりあえずメシ作るから、ちょっと待っててくれ」
チリンチリンと鈴の音と共にやってくるアレッタにいつもように挨拶を交わしつつ、思い直す。
(……ライスバーガーは晩飯だな)
アレッタの笑顔と共に店主の理性は思い直す。
肉とメシの塊とも言えるライスバーガーは朝から食べるには少し重い。
更に言えば、アレッタはどうもパン派……というよりアレッタが住んでいる地域では米は普段出回っていない(常連の侍っぽいじいさんによれば、西側にある大陸の方では米が主食らしいが)らしい。
アレッタは朝からご飯でも文句は言わないし、美味そうに食うが、やはりパンの方が反応が良い。
そう考えると、朝からライスバーガーはちょっとという気分になる。
(よし、暇を見て仕込んでおくか)
そこまで考えて、店主はいつものように朝食の準備に取り掛かるのであった。


そして、日もすっかり暮れて酒目当ての客たちも家路につき、あとはいつもの『最後の客』を待つだけという時間帯。
「よし、今のうちに晩飯にするか」
「はい! 」
密かに心待ちにしていた店主の言葉に、アレッタは心持ち強めに頷いた。
異世界食堂の『賄い』は、昼と夜は店の混み具合により時間帯が変わる。
昼前後に来る、性別や年齢どころか種族すらバラバラである、この店のメインとも言えるガッツリとした食事目当ての客。
昼過ぎ辺りから増える、煌びやかで手入れの行き届いたドレスを纏った貴族様や銀製、金製の聖印を下げた司祭様、それから知性を感じさせる魔術師様と言った、店主の友人でもあるという菓子職人が作り出す魅惑の菓子目当ての客。
そして日暮れあたりからどっと増える、美味いメシを肴に異世界の酒(アレッタは酒を余り美味しいとは思わないが、常連たちによれば異世界の酒はアレッタの世界の酒より遥かに強くて美味い、らしい)を求める、オーガやドワーフ、それから強い力を感じさせる戦士と言った飲みに来た客。

これらの客がそれぞれの都合に合わせて訪れるねこやでは忙しいときと忙しくないときの差が激しい。
特にハーフリングが複数来たときなど、日が暮れてもなお目も回るような忙しさだったりもする。
そんな事情もあって、従業員たるアレッタの賄いは、暇を見て時間帯が変わる。
朝から夜までしっかりと接客の仕事に励むアレッタは基本的に食事時には胃袋が空っぽになっているので、いつだろうと美味しく食べられるのだが。
「ちょっと待っててくれな。今作る。今日のは新作だ」
「はい! 」
そんな声と共に、厨房で何やら料理に取り掛かる店主を見て、アレッタは期待を膨らませる。
新作、つまりはアレッタにとって未知の料理になるのだが、不安はない。
店主が作る料理はいつも美味であることを知っているのだ。
それから、待つことしばし。
「よし、出来たぞ。今日はこいつだ」
上機嫌な店主が両手にひと皿ずつ同じ料理を乗せて運び、ことりとアレッタの前にその料理を置く。
「わあ……いい匂いですね……」
こくりと唾を飲みながら、アレッタが素直な感想を口にする。
その料理からは、温かで食欲をそそる香りが漂って来る。
白い皿の上には二つの茶色い物が乗っていた。
平たくてほんのり茶色に染まった、丸い何か。
その間には茶色い肉と緑色の野菜が挟まれたものとひらべったく伸ばしたハンバーグの二種類の具が挟まれており、それぞれから良い香りが漂ってくる。
(見た目は、ハンバーガーに似ているけど……)
その姿に、アレッタはとある料理を思い出す。
細かく刻んだ肉を焼き固めたハンバーグという肉料理をパンに挟む、ハンバーガーという料理。
最近余り見かけなくなった三人組の少年がよく注文していた料理で、アレッタも昼の賄いで食べたことがある。
じゅわりと溢れる、肉汁が酸味のある赤い野菜のソースとよく合って美味しい料理だ。
だが、目の前の料理は違う。
目の前の料理から漂う香りは、野菜のソースではなく、間違いなくショーユの匂い。
それに、その肉を挟む料理に使ってるパンとは色味が違う。
「おう、特製ライスバーガーだ。熱いうちが特にうまいから、早めにな」
アレッタの疑問に答えるように料理の名前をつげると店主もまたアレッタの向かいにどっかりと腰を下ろし、両の手を合わせて祈りの言葉を捧げる。
「いただきます」
そして、そう言うが早いかナイフもフォークも使わずに直に手でつかみ、豪快にかぶりついた。
「……うん。うまい」
予想通りの味に満足しながら店主は頷く。
こういうとき、食いたいものを作れる料理屋の親父は便利だなどと思いながら。
「えっと、魔族の神よ。糧をくださってありがとうございます! 」
満足げにライスバーガーを食う店主に我慢できなくなったアレッタもまた、いつもよりだいぶ手短に祈りを捧げたあと、ライスバーガーを食べ出す。
店主の多部方に習い、オシボリで綺麗に拭った手でもってライスバーガーを掴む。
そのまま鼻に近づけると、焼けた肉の香りと、ショーユの焦げた香りが混じりあった香りがして、アレッタの胃袋を苛む。

もう我慢でない。

アレッタもまた、豪快にかぶりついた。
(おいひい! )
ライスバーガーが噛み付いた瞬間、強烈な美味みが襲ってきた。
香ばしく、あまじょっぱくて包むような風味がある皮の部分と、それに包まれた肉の部分。
二つの味が口の中で混ざり合い、強烈な美味みになる。
肉には、強めに味がつけられていた。
脂の乗った肉に甘みと辛さ、そしてかすかにゴマの種をかけたことによる香ばしさ。
さらには噛み締めると苦味があるピーマンなる野菜の味。
そして、その肉の旨味をたっぷり吸った甘めのオラニエと、完全に生のままで瑞々しい葉野菜。
肉だけでは強すぎる味を皮と葉野菜、そして一緒に焼いた野菜でもって包み込むことで完成された味を与えていた。
(これは……そうだ、カルビドン! )
その味に、アレッタは記憶を辿り似た料理に気づく。
時折ふらりと訪れる高貴な貴族の姫君(アレッタには貴族の礼儀作法などは分からぬが、立ち振る舞いが庶民のそれとは明らかに違うことはわかっていた)が好んで食す、肉料理。
(ってことは、この皮の部分って、ライスなのかな)
あの、柔らかく白いライスの上に乗せた肉料理に似た味を、香ばしいショーユの風味を纏わせて焼き固めたライスで挟む。
普段ライスに馴染みがないアレッタにはこちらの方が食べやすく、美味しく感じられた。
(ってことは、もう一つはどうなんだろう……? )
みるみるうちにカルビドン風のライスバーガーを食べ終えたアレッタは、もうひとつの方を見て、考える。
こちらは、アレッタの知るハンバーガーにより近い。
チーズこそ挟まれてはいないものの、肉を丸い板状に固めて焼いたそれは間違いなくハンバーグだ。
そして、皮の部分は先ほどと同じくライスを焼き固めたもの。
思えばこの店に来る、ハンバーグを好む、足が蜥蜴のそれになっている魔族と人間の客は基本的にライスと共にハンバーグを食べていることが多い。
恐らくはハンバーグもライスと合うのだろう。
(だから多分これも……)
美味しいはず。
そんな期待とともにかぶりつく。
(あれ!?これ、ハンバーグだけど、ハンバーグじゃない!? )
だが、そうして予想していたが故にかぶりついたアレッタは混乱する。
ハンバーグだけど、ハンバーグじゃない。
そう、感じたのだ。

それは、確かにハンバーグ、なのだろう。
柔らかく、口の中でほぐれる食感は間違いなくハンバーグのそれで、それがライスで作った板とよくあっている。
更に隠し味なのかそのライスバーガーには生のオラニエの薄切りが挟まれており、新鮮な辛みがあって『テリヤキ』風に味付けされたハンバーグの甘いソースの味を引き立てている。
「おう、そっちは鶏肉に軟骨を混ぜて作ってみたんだ。ガキの頃食ったのがそんな感じでな」
不思議そうな顔をしているアレッタに、店主は笑いながら答えを教える。
普段、店で出している合いびき肉ではなく、鶏肉。
コリコリした食感を出すために加えた軟骨。
そしてテリヤキで味付けしたそれは、店主が子供の頃に食べた気がする味を再現したものだ。
「まあ、もし不味かったら……ってその心配はなさそうだな」
かえってきたアレッタからの無言の答え……すなわち最後までの完食に満足する。
(ああ、やっぱり俺、作って食ってもらうのも好きなんだな)
今更すぎる答えを改めて確認する。
そう、店主は料理を食うのも好きだが、作るのも、作って食べてもらうのも好きな男なのだ。
「で、どうだった? 」
アレッタが完食したのを確認し、店主が笑顔で問いかける。
「はい!すごく美味しかったです! 」
そう答えるアレッタの顔には、嘘がない。
お世辞でもなんでもなく、素直な感想を口にした。
「そっか、じゃあ店で出せそうかな? 」
「えっと……はい。これならお金出してでも食べたいって人はいると思います」
続く店主の問にも、少しだけ考えて、頷く。
これを出したとして、好き好んで食べそうな客に、何人か心当たりが思い至った。
「そっか。じゃあ加えてみるかね」
そんなアレッタの言葉に、店主は週明け、他のスタッフにも出してみることを決意する。
新メニューの追加は、ねこやにおいては日常茶飯事。
最初は賄い、次に日替わりで出して評判がよければ、通常メニューに加える。
それを繰り返すのも、ねこやの伝統である。

かくて、ねこやに新たなメニューが追加されるのは、もう少し先の話である。
今日はここまで
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