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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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モーニングふたたび

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・昇給は能力と勤務態度、勤続年数に応じて実施します。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
午後十時を少し回った頃、最後の掃除を終えると同時に異世界食堂の営業は終わりを告げる。
「おう、今日もお疲れさん。これ、今日の分な」
仕事上がりのシャワーを浴び、春先に奮発して買った自前の綺麗な古着に着替えたアレッタに、まずは賃金銀貨十二枚也と書かれた茶封筒を渡す。
「はい!ありがとうございます!……あれ?」
受け取った紙の袋がいつもより重いことに気づいたアレッタが不思議そうに首をかしげる。
その様子に店主は少し満足しながら、アレッタに真実を告げた。
「ああ、そうだ。言い忘れてたが……今日から賃金アップだ。日当で銀貨十二枚な」
「……ええっ!?いいんですか!?」
最初その言葉の意味を飲み込めずキョトンとしていたアレッタがようやくその意味を飲み込んで驚いた声を上げる。
今まで色々と言われて賃金を減らされたことはあるが、賃金が増えたことはない。
それがただでさえアレッタにとってはこれ以上は望めないであろう高賃金であるこの仕事で賃金が増えるとは思っても見なかった。
だが、どうやら店主は本気らしい。笑顔のまま言葉を続ける。
「おう、なんだかんだでもう一年続いてて、ちゃんと真面目に仕事してて、仕事の手際も良い。
 となりゃあちょっとくらい時給上げてもバチは当たらないだろ」
実際、店主から見ても、アレッタは良くやっていると思う。
客から聞いた注文を間違えることも無いし、一年勤めてて割った皿は両手の指で数えられる程度に収まっている。
最初は緊張からか接客もかたかったが、最近は慣れたのか色々な客が来るこの店のウェイトレスをそつなくこなしている。
(それに、給料安いっつってやめられても困るしな)
異世界のことはよくわからないが、高校生くらいに見えるアレッタは、今や土曜日の営業には無くてはならない存在である。
そんな彼女のバイト代は開店前から閉店後までの一日約十四時間拘束で時給七百円ちょい、というのは些か安すぎる。
そう思ったのも今回の賃金アップの理由である。
「そうですか。それなら、その、ありがとうございます」
店主の話を聞き、アレッタは深く感謝する。
まだ夢みたいな気がする。
ほんの一年前と比べれば、今は随分と恵まれている。
アレッタはそう感じていた。
「さてと、それと今日の分、用意しといたぜ」
気を取り直して、店主はアレッタに頼まれていたものを入れた袋を取り出す。
「はい、ありがとうございます!」
アレッタもそれで気を取り直し、早速もらった給金から銀貨を取り出して店主に渡し、袋を受け取る。

アレッタは、異世界の方での雇い主(異世界食堂の常連で、月に一、二度はメンチカツを食べに来るお嬢さんだ)からいくつか買い出しを頼まれているらしく、もらったバイト代をすぐに使って
最初に『就職祝い』として送ってから、毎週買っていくフライングパピーのクッキー缶。
今日は街の方にいるとかで来なかった、アレッタの雇い主の好物である、メンチカツサンド。
それと……
「あれ、これ、なんですか?」
アレッタは袋の中に見慣れない銀色の筒が入っているのを見てアレッタは首をかしげる。
ほんのりと温かいそれは、今まではついてなかったものだ。
「ああ、そいつは、おまけだ。店の残りもんで悪いけどな」
そんなアレッタに中身を告げる。
「そっちの入れ物は、今度来るときに洗って返してくれ、中身は……」
そう言いながら店主は告げる。
かつて、アレッタが最初に食べた異世界の料理の名を。


王都を中心に活動するトレジャーハンターであるサラが、台所から漂う、ほのかに甘い香りにハッと目を覚ましたとき、辺りはすっかり明るくなっていた。
「あ、そうか……昨日はアレッタが戻ってくる前に寝ちゃったのか……」
頬に残ったインクの跡を手で拭い、起きた拍子に床に落ちた寝ている間にアレッタがかけてくれたのだろう毛布を拾い上げつつ、トレジャーハンターらしい切り替えの速さで状況を把握する。
サラが普段使っている作業机の上には、普段の探索の時に使っている、常に淡い光を放つ魔法のランプと、何度も読み返してヘタレて来た手帳。
そして、サラが丁寧に書いた羊皮紙の束。
それが今のサラの仕事を如実に表していた。

あの日、異世界食堂で実に十年ぶりに再会した従兄弟のお兄ちゃんから預かった手帳。
その手帳には彼が十年かけてあちこちを放浪して集めた『南大陸』の情報が、真新しいインクで書かれていた。
そして、従兄弟が生きている証として伯母夫婦に渡したそれは今、依頼を受けたサラの元に戻ってきていた。

曰く、読めないので綺麗に清書して欲しい、と。

サラにも分からない話ではない。
トレジャーハンターにとって、情報は命の次に大事なものであり、当然それを守るために色々と対策を講じる。
そしてその対策で最も簡単なのが『汚くて自分以外には読み解けない字』なのだ。
無論、汚すぎると今度は自分でも読めなくなるので加減は必要だが、トレジャーハンターが己の手帳に残す字はえてして汚い。
サラとてこれでも大商人の娘に相応しい教育を受けた身として綺麗な字も書けるが、普段自分の手帳に書き記す文字は、意図的に素人には読めない程度には崩している。
そしてサラよりも経験豊富で腕前も上であろう従兄弟の字は、当然のように汚さもサラの上を行った。
おまけに曽祖父が好んで使っていた暗号まで組み合わせているとなると、ゴールド家のツテでも読み解けるのはサラくらいだろう。

そんな事情もあり、サラは『ウィリアムの呪い』を受けなかった伯母夫婦のため、従兄弟が残した情報を整理して清書する仕事を請け負った。
裕福な魔道具を扱う商人である伯母夫婦が提示した報酬は相当なものだったし、それにサラとしても従兄弟が残した『南大陸』の情報をじっくり検分する機会を得たのは有難い。
サラはその依頼を二つ返事で受け、ここ数十日は拠点に篭もりきりで手帳に詰まった情報を綺麗な字で整理しているのである。
「ああ、お腹すいたな……」
昨日は昼に堅くなった黒パンとチーズを水で流し込んだのが最後の食事だったことを思いだし、空腹感を思い出しつつ、部屋から出る。
台所ではアレッタが調理用の小さなストーブに火を入れ鍋をかき回していた。
手入れの行き届いた、見事な金髪と、小さな黒い角がゆらゆらと揺れている。
「あ、おはようございます!朝ごはん、すぐに出来ますんで、ちょっと待っててくださいね 」
台所の入口に立つサラに気づき、朗らかな笑顔でパンとチーズを焦がさぬように火で炙りながら、アレッタがサラに言う。
「うん。ありがとう。ところでその鍋のスープってもしかして……」
鍋から漂ってくる甘い香りに、ある種の期待を込めながら、サラが尋ねる。
「はい!実は昨日、マスターが持ってけって、コーンポタージュを分けてくださったんです!サラさんにもお出ししますね」
アレッタはその期待を裏切ることなく答えてみせた。

サラの家の小さな卓に、二人分の食事が並び、サラとアレッタは同時に卓につく。
普通、使用人は主人と一緒に食事を取ったりはしないのだが、サラはそのへんをあまり気にしない。
むしろ一人で食べるよりどうせなら一緒に食べたほうがよかろうということで、一緒に食べている。
「魔族の神よ……今日も糧を与えてくれてありがとうございます」
食事が始まる前、アレッタがいつものように食前の祈りを捧げる。
都に来て、魔族であることを隠していた時にはやっていなかったらしいが、こうして魔族であることを隠さなくなってからはちゃんと祈るようにしている、らしい。
(それにしても毎回祈りの聖句が違うのよね……)
アレッタは普段あまり魔族のようには見えないが、こうして食事の前の祈りだけは律儀に邪神に祈る。
と言っても専門の司祭の教育を受けたわけではないせいか、それとも邪神には他の神みたいな決まった聖句が存在しないのか、毎回祈りの言葉が微妙に違う。
なんだかんだ言ってもそこは魔族なんだなと思いつつ、サラは食事を始めた。
木の皿に盛られた、ストーブで炙られた黒パンを齧る。
(うん。やっぱり火が通ってるだけでもだいぶ違うわね)
焼いて堅くなった表面と香ばしい麦の香り。
パンは焼きたてが一番うまいが、こうして焼きなおすだけでもだいぶ違う。
ヘタクソが焼くと表面が真っ黒に焦げて苦いのだが、そんなことも無く、実家やあの食堂で食べる白パンほどではないにせよ結構おいしい。
素のままのパンを堪能したあとは、炙ったチーズを乗せて、一口。
濃厚なチーズの味わいが加わると、ただのパンでも十分旨い。
日持ちする堅パンとカチカチのチーズを少しずつ溶かして食べるのは、冒険の最中の定番である。
(本当はあの、ベリーの砂糖煮があれば良かったんだけど)
あの素晴らしくパンにあう、くどすぎる程甘いわけではない、甘酸っぱいベリーの砂糖煮を瞬く間に食べ尽くして久しい。
あれは美味だった。
普段、どうもアレッタを使いパシリ(ちゃんと金は渡しているみたいだが)して異世界の菓子を買わせているらしい妹に、姉の権限で半分中身(外の硝子瓶も金属の蓋が着いたなかなかの貴重品なのだが、流石にもらえなかった)を譲らせて、保存食にしていたが、パンに合い、茶にも合う砂糖煮はあっという間になくなった。
どうもあれは売り物ではないらしく、買えないのが残念なくらいの出来だった。
(さてと……)
気を取り直してパンをひとしきり堪能したあと、皿に盛られた黄色いスープ……コーンポタージュに手を伸ばす。
使ってる食器は安物の木の食器だが、それなりに洗練された動作で匙で掬ったスープを口元に寄せ、音を立てぬよう口の中へと運ぶ。
(ちょっと甘いのよね、これ)
口の中に広がるのは、ほのかな甘さ。
果物とは違う、乳と、異世界の果物のように甘い野菜で作ったスープが甘い温かさを生み出して、胃袋に落ちていく。
(うん……やっぱこれくらいの甘さなら十分美味しいわね)
実家にいた頃はあの頭と歯が痛くなりそうな甘さが苦手で、菓子の類はほとんど口にしなかったがこれくらいの、騎士のソース位の甘さならばむしろ好きな方だ。
それにこのスープは決して甘いだけではない。よくよく味わえば甘さ以外にもちゃんとした塩気があり、乳の滑らかな味わいがあり、オラニエの旨みがあり、あの店のミソスープ以外のスープに使われている複雑な味わいの下味が溶け込んでいる。
(っていうかこれ、どう考えてもタダで出すような代物じゃないわよね)
いつものようにメンチカツのついででは無く舌で転がして見て、素直にそう思いつつ、今度はスープに浸して味わう。
まだほんのり温かい黒パンがコーンポタージュを吸い込み、味わいを変える。
口の中に放り込めば柔らかく、噛み締めるたびにポタージュスープを零すご馳走となる。
(うん。美味しかった)
十分ポタージュスープを堪能し……ついでにアレッタが最後の一杯を物欲しげに見ているのを見て、サラは微笑んで匙を置く。
その様子にあからさまに安堵するアレッタに苦笑する。
このスープは美味しいが、この愛すべき使用人に多少譲るくらいはいいだろう。
それに……
「そうだ。あれ、買ってきてくれた?」
「はい!メンチカツサンドですね!買ってきましたよ。お昼にお出ししますね!」
お昼にはご馳走がまっているのだから。
今日はここまで
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