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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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オムライス

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・パーティー用の料理は完成まで少々お時間をいただきますので、
 あらかじめご了承ください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
湿地帯に住まう青尻尾一族の勇者、ガガンポは身を清めていた。
集落のすぐ側に作られた洗い場の綺麗な水を浴びて身体を洗い流していく。

泥の中に潜り、獲物を奇襲することに長けたリザードマンの身体は、普段泥が多くついている。
それを綺麗な湧き水がわき続ける洗い場の水で洗い流していく。
泥が落ちるにつれ、ガガンポの身体があらわになる。

普通のリザードマンより頭1つ分は大きい、鍛えぬかれ、よく筋肉が発達した肢体。
人間が振るう、なまくらな剣程度なら弾き返す僅かに青みを帯びた緑の堅い鱗が生えた皮には、あちこちに傷が刻まれている。
それは8歳と言う、男盛りの年であるガガンポが幾多の危険な戦いを生き残った猛者であることを表している。
清水で洗い流し終わった後の身体を、水草を乾燥させて作った布で身体を拭く。
鱗が陽光を反射して僅かにきらめく。
そのままガガンポ自身が一族を率いて仕留めたヒュドラの皮で作った、簡素なつくりの鎧を纏う。
武器は、持たない。
ネコヤの異界では、武器を使うことは禁じられている。

『こんなものか』

水面に己が姿を写しこみ、頷く。
ネコヤの異界に行く準備が整った。
時刻は丁度太陽が真上に来る頃、頃合いだった。

ネコヤの扉がある集落の広場へと向かう。

『長老。準備が出来た』
『うむ。行くが良い。勇者よ』

20年生きれば長生きとされるリザードマンの中にあってガガンポの3倍は生きているメスの長老が重々しく頷き、ガガンポを促す。

『ガガンポ!ギンカ石とドーカ石と皿持ってきた!』

生まれてから1年ほどの若い子供達が期待に目をキラキラさせながら、人間から湿地に住むワニの皮と交換で手に入れた丸くて平べったいギンカ石とドーカ石が入った袋、そして手入れが行き届いた大きな木の皿を持ってくる。

『うむ。ありがとう』

それを受け取り、いよいよガガンポは、異界へと赴くこととする。
長い時間をかけて湿地帯で取れる綺麗な石や花で飾り立てられた、異界に繋がる黒い扉が現れた祭壇に立つ。

この黒い扉がはじめて現れたのは、長老が生まれる前だと聞いている。
今は祭壇となっている場所に、唐突にその扉は現れた。
どこに繋がるかも分からぬ扉に飛び込むのを決めたのは、当時、最強と言われていた青尻尾一族の勇者ゲルパ。
彼は扉の向こう…『ネコヤの異界』で奇跡的な出会いを果たし、素晴らしき異界の食べ物を持ち帰った。
それから黒い扉が表れるたび、年に1度の祭りで決められた集落一の強さを持つ男が勇者としてネコヤの異界に赴いて、異界の食べ物を持ち帰るという風習が出来た。

『では、行って来る』

集落の女子供から期待の目を背中に受けながら、ガガンポは扉を開く。
チリンチリンと言う音を聞きながらガガンポは扉をくぐりネコヤの異界へと入った。

「いらっしゃい」
「ム。キタ」

異界の主…店主の言葉に頷き、ガガンポは言葉を返す。
この異界では魔法により、リザードマンの言葉は人間の言葉に…
正確には異界の言葉に自動で訳される。
そのお陰で、むしろ向こうの人間と話すよりも容易くガガンポは店主と話をすることができる。

「オムライス。オオモリ。オムレツ。3コ。モチカエリ」

どっかりと椅子に腰を下ろしながら、ガガンポは店主に木の皿を渡し、いつものように注文を口にする。
初めてこの地を訪れた勇者が、異界の主から聞き出した『チューモン』
これにより、ガガンポたちリザードマンは異界のご馳走を手に入れることができるのだ。

「はいよ。ちょっと待っててくださいね」

果たして店主は頷き、木の皿を抱えて店の奥へ行く。
それから、待つ間にガガンポは目だけを動かし、店の中を見る。

丁度昼時だけあり、店の中には何人かの人間やドワーフなどが席に座っている。
彼らこそガガンポと同じく扉を通って異界を訪れたガガンポと同じ世界の住人たち。
扉はガガンポたちの前にだけ現れたのではない事を知らせる光景。
彼らもまた、ガガンポたちとは違う、異界の食べ物を実に旨そうに食べている。
出身も種族もバラバラだが、目的は同じ。
そんな場所なので、店の中で喧嘩は起きたことはない。

「お待たせしました。オムレツの方はお帰りの時にお持ちしますんで」
『ム。マカセル』
そうしてガガンポはついに異界の料理と対面する。
色鮮やかな赤い線が引かれた黄色の、素晴らしき料理。
『オムライス』と呼ばれるそれにゴクリとガガンポの喉がなり、ガガンポはいそいそとピカピカ光る匙を手に取った。

『イタダキマス』

異界に伝わる、食前の祈りの言葉を口にし、そっと匙を運ぶ。
沈み込みそうなほどに柔らかな卵はあっさりと切れ、中からたっぷりと詰まった赤い具が姿を見せる。
人間が良く育てている麦に似た小さな粒で出来た、赤みを帯びたオレンジ色の具。
それとは対照的に色鮮やかな緑色の豆。塩漬けにした鳥の肉。
湿地帯では取れない異界の茸に細かく刻まれた異界の野菜。
リザードマンであるガガンポにとっては小さな匙の上に渾然と多数の食材が乗っているそれを口に運ぶ。

『ム』

初めて食べた日と同じ、美味が口の中に広がる。
まず、最初に来るのはもちろん、焼いた卵。
一体何をどうやっているのか、リザードマンたちがワニの卵で幾らやってみてもこうはならない絶妙の柔らかさ。
乳とバターの風味がして、わずかに甘い。
それが酸味が強い赤いものの味と合わさることで調和が生まれ、素晴らしい味となる。
この卵と赤いものだけでもちょっとしたご馳走だ。

だが、その後来る中の具がまた、旨い。
塩漬けの鳥の肉は塩気を含んだ肉汁を、異界の茸は豊富な旨みをたっぷりと帯びている。
細かく刻まれ、炒められた異界の野菜は甘みを帯び、それを複雑に味付けされたオレンジ色の粒がふわりと受け止める。
一口でも至福、だが、それで終わりではない。何しろオムライスはまだまだあるのだ。
慌しく、ガガンポの手に握られた匙が動き出す。
他の客の皿より一回り以上大きい皿に大盛りに盛られたオムライスが瞬く間に削られていく。

『ム。オカワリ』
「はいよ」

もう1度、同じものを頼んでおく。
初めてこれを食した日から2年。ガガンポは今までの勇者と同じく、この味のトリコとなっていた。

やがて、食事を終え、ガガンポは満足げに息をついた。
腹は満たされ、なんとも言えない幸福感が沸く。

『ゴチソウサマ』

異界に伝わる食後の祈りを口にし、ガガンポは店主が来るのを待つ。

「はい。おまちどう。持ち帰り用のパーティーオムレツ3つね」
『ム』

店主が3回に分けて運んできたガガンポが持参した木の皿。
その上には、それぞれの皿いっぱいに盛られた、大きな卵の料理が乗っている。
それが合計3つ。

『オカンジョウ』

それを見て頷き、ガガンポは持参した袋を開いて店主にギンカ石とドーカ石を見せる。
店主も心得たものでその中から幾つか…代金ピッタリとなる金額を取り出して頷き返す。

「まいどあり」

その言葉を合図に、ガガンポは袋の口を閉じ、腰に下げなおす。
ギンカ石とドーカ石は、ガガンポたちにとっては拾って投げれば武器になるだけマシなその辺の石ころ以下の価値しかない。
とはいえ昔の店主は日持ちする干し魚や刃物になる黒石、ワニの皮などよりギンカ石とドーカ石を欲しがったので、こうしてギンカ石とドーカ石と交換している。

『ジャ』

そう言うとガガンポは皿…店主が1度に1枚ずつしか運べなかった、料理が乗ったそれを軽々と持ち上げる。
右手で1枚、左手で1枚。そして尻尾でもう1枚。
計3枚の皿を軽々と持ち上げ、危なげない足取りで扉の方へ向かう。

「それでは、またのご来店を」
『ム』

気を利かせて扉を開いてくれた店主に頷きを返しながら、ガガンポは外へと出る。
たどり着くのは、いつもの祭壇。
祭壇の周りには、ガガンポの帰りを待ちわびていたリザードマンたちがじっとガガンポの方…祭壇を見つめていた。

『戻ったぞ。料理も、この通りだ』

ガガンポが言葉と共に、3枚の皿を持ち上げて見せる。
それを見たリザードマンたちから歓声が上がる。
すぐさま若い女達がガガンポに近寄り、皿を持っていく。
透明な皮で覆われたそれが長老の前に並べられ、皮を破らないよう慎重に剥いで行く。

皮を剥がれた瞬間、ふわりとあたりに漂う香りに、リザードマンたちは陶然とする。
リザードマンにとっては何より貴重な、黄色い卵料理。
それを見るリザードマンたちは…ゴクリと溜まった唾を飲み込んだ。

長老が良く磨かれた黒石のナイフで料理を切り分けていく。
出来うる限り均等に。皆の口に入るように。

1つ目の皿のオムレツから漏れるのは、細かく刻んだ肉と野菜のシンプルな炒め物。
2つ目の皿のオムレツから漏れるのは、白いチーズと燻製肉と野菜の炒め物。
3つ目の皿のオムレツから漏れるのは、白くて甘みを帯びたクリームと、小さなピンク色のシュライプ。

その光景に、リザードマンたちは悩む。
皆に行き渡らせるため、この場で食べられるのは、1つだけ。
果たしてどれを食べようか…全部食べられれば良いのに。
そんな気持ちを抱えながら、彼らは長老の許可を待つ。そして。

『食べて、よし』

重々しく、チーズ入りのオムレツを手に取った長老が許可を出すと同時に、リザードマンたちは先を争うように皿に殺到し、切り分けられたオムレツを手に取る。
掌よりも小さい、ほんの僅かなオムレツ。
だが、これこそはリザードマンが7日に1度しか食べられぬご馳走なのだ。

ただ1人、皿に近寄らず、それを見つめるのは、勇者であり、たっぷりとオムライスを口にしてきたガガンポ。
勇者の特権でオムライスを食べてきたガガンポには、オムレツは与えられない。
そのことを、ガガンポは少しだけ残念に思いながらも考える。
(次の祭りも、頑張らねばな)
その光景と、先ほど味わったオムライスの味を思い出しながら、ガガンポは決意する。
来年もまた、青尻尾一族の勇者であろうと。

腹いっぱいオムライスを食べられる、勇者の地位はいつだって大人気。
その地位を狙う若い男は幾らでもいる。
だが、まだ譲る気は無い。
ガガンポはまだまだ、オムライスを味わい足りていないのだから。
今日はここまで。
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