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ポトフ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・営業時間外のご来店の場合、注文を受けかねる場合がありますので、ご注意ください。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

どこかの誰かが建てたのであろう小屋の中に駆け込み、旅の冒険者であるアーノルドはほう、と息を吐いた。

「何とか、助かったか……ほら、エリー。もう大丈夫だよ」

「ほんとう?もう、大丈夫?」

背中に背負った、日が落ちてからの移動に不安げだった娘に一言声をかけておろしてやる。

日が落ちる前は木陰に幌布で充分凌げる程度だった雨は、日がすっかり落ちて、夜中になってからいきなり強さを増した。

幌布などなんの役にも立たない、横殴りの強い雨。

焚き火すらあっさり消えてしまう雨の勢いに、朝までいたら身体が冷え切ってしまうと判断したアーノルドは頼りないカンテラの灯りを頼りに、背中にまだ幼い娘を背負っての危険な夜中の移動を行った。

どうやらその判断は正しかったららしく、少しの間移動していくうちにアーノルドはこの小屋を見つけ、逃げ込んだのである。

「……エリー、すぐに着替えるんだ。雨に濡れてない新しい服にね」

「……うん。分かった」

エリーが濡れた服を脱いでいくのを確認し、自分もまた丈夫な皮鞄に納めた替えの服を出して着替える。

身体を濡れたままの服で軽く拭き、下布まで雨が染み込んで冷たい服から雨に濡れてない服に着替えると、ようやく人心地つき、アーノルドは逃げ込んだ小屋を改めて検分する余裕を得た。

「……うん。これなら雨の心配は無さそうだ」

どうやらここは、目的は不明だがどこぞの貴族が建てた代物のようだ。

この雨でも雨漏りしない程度にはしっかりとした造りになっていて、外からは相変わらず酷い雨音が響いているが雨漏りなども無い。

だが、一方で埃っぽい匂いが強い。

どうやらここ何年か、使われていなかったらしい。

と、なればあの酷い雨がやむまで滞在しても、文句を言うものもいないだろう。

「……さて、薪でもどこかに残っていればいいが」

暖炉はあるがその傍らに薪が残っていないことを残念に思いながら、アーノルドはエリーの手を引く。

「行こう。エリー、ちょっとこの中を探検だ」

「……うん」

着替えを終えたエリーがこくりと頷いて、アーノルドと手をつなぐ。

カンテラの灯りだけが頼りの心細い状況に、不安だったのだろう。

つないだ手は、ぎゅっと、固く握られている。

(……そういえば幽霊屋敷の可能性もあるな)

ふと、そのことに気づいて思わず懐に忍ばせた保険代わりの聖水を確認する。

この手の、何年も使われていない建物の中には『幽霊屋敷』と呼ばれるような場所がたまにある。

……幽霊屋敷に居座っているのがゴーストならば気持ち悪いのを我慢すれば数日くらいは平気だが、レイスだったら即逃げ出す必要があるだろう。

純粋な戦士で子連れの自分では、レイスは些か荷が重過ぎる。

「よし、行くぞ」

「うん」

エリーの手を握るアーノルドの手にも自然と力が篭る。

妻が魔物の襲来から命がけで守り抜き、ただ一人生き残った娘は、何があっても守らねばならない。

だからこそ、冒険者を廃業し、こうして何日も子連れで旅をする危険を冒してまで、故郷で武器屋を営む両親の元へ連れて行くことにしたのだから。

「よし、まずはここからだ」

小屋の中にある扉の中でもひときわ豪華な、真鍮製の取っ手がついた黒い扉に手を掛ける。

鍵がかかる造りになっているが、鍵はかかっていない。

アーノルドは思い切って扉を開く。


チリンチリンと音が響いて、扉が開く。

「うお!?」「きゃっ!?」

その瞬間、二人は昼間のように強烈な光に目をくらませる。

「おや、いらっしゃい。こんな時間に、どうしました? 」

「なんだか濡れてますけど、大丈夫ですか? 」

目がくらんだアーノルドに声がかけられる。

ちょっと驚いたような中年の男の声と、大分若い、女の声。

(……くっ、どうする!?)

まるで人気の無い小屋に突然現れた妙に明るい部屋と、見知らぬ人物の声。

味方と判断して、挨拶するか、敵と見て戦うか。

アーノルドは判断を求められる。

「お父さん……」

不安げに、ぎゅっとすそを掴まれて、身体極まったとき。

「そんなに濡れちゃあ随分寒かったでしょう……アレッタ、悪いがタオル取ってきてくれ」

「はい!少々お待ちくださいね」

その二人から温かな声を掛けられ、アーノルドは腰の剣に手をやったまま固まる。

よくよく見れば魔族であろう少女がパタパタと奥へと向かい去っていき、その場に残った男は立ち上がり、アーノルドとエリーに頭を軽く下げて、言う。

「いらっしゃい。洋食のねこやへ、ようこそ」

「ね、ネコヤ……? 」

聞きなれぬ言葉に首を傾げるアーノルドに、店主が重ねて言う。

「はい。そういう名前の、料理屋です。お客さんみたいな方からは『異世界食堂』なんて呼ばれてもいます。

 ……生憎と今日の営業時間はもう過ぎているんですが、お客さん、何やら事情がありそうだ。

 出せるものは賄いみたいなものになってしまいますが、もしよろしければ、食べて行きませんか? 」

そんな言葉を受けると共に、再びアーノルドの服の裾がきゅっとつままれる。


……きゅう、と言う可愛らしい腹の鳴き声と共に。



タオルとか言う、不思議と水を吸いやすい変わった織りの布で濡れたままだった髪と身体を拭い、席に着いた二人は辺りを物珍しげに辺りを見回していた。

「……なんだかすごいね、ここ」

「ああ」

生まれた街しか知らないエリーの言葉に、アーノルドは素直に頷く。

歴戦の冒険者として、あちこちを旅したアーノルドにとっても、不思議な場所だった。

良く磨かれた、手入れの行き届いた椅子と卓に、蜀台や暖炉と言った火の気配が全く無いのに昼間のように明るく、春のように暖かな部屋の中。

卓の上に並ぶ、整った形で中に様々なものが入った硝子の瓶や小さな陶器の壷。

アーノルドの目には先ほど入ってきた黒い扉……店主によればこの異世界とアーノルドたちの世界を繋ぐ扉が写っている。

(もしや、あの小屋そのものがそのために作られたのか……)

ふと、その可能性に気づく。

七日に一度しか現れぬという異世界の扉。

その存在を知っていた、恐らくはもうこの世にいない誰かが、異世界の扉を使うための場所としてあの小屋を建てさせた。

そんな想像がアーノルドの頭をよぎっていた。

「お待たせしました!ホットミルクをお持ちしました」

そんなことを考えていると、最初に頼んだものが届く。

アーノルドとエリーも良く知っている、温めた牛の乳。

大き目の陶器の杯に満たされた温めた乳の香りに、アーノルドとエリーの肩の力が抜ける。

「お料理の方は温めなおしているのでもう少しお待ちくださいとマスターが言っていました」

そういうとパタパタとアレッタと呼ばれていた少女が奥の厨房へと戻っていく。

「……ああ、温まるな」

「……うん、おいし」

早速とばかりに杯の取っ手を持ち、ホットミルクを飲んだアーノルドとエリーが同時にほう、と息を吐く。

ほのかに甘い、牛の乳の温かみが身体に染み込んで行き、冷え切っていた身体を温める。

飲みなれた新鮮な牛の乳に含まれたその温かさこそが、今の二人には何よりのご馳走だった。

二人は黙々と、ホットミルクを飲む。

飲むたびに身体が温められ、ついでに昼から冷たい保存食しか口にしていなかった腹が空いていく。

「……楽しみだな、どんな料理が来るのか」

「うん……」

アーノルドの呟きに、エリーも頷く。

ここの店主によれば材料が残っていないため、大したものは作れないとすまなそうに言って告げられた、異世界のスープ。

(代わりに、告げられた料理の値段は、アーノルドの懐にも優しい、随分と良心的な値段だった)

それがどんなものかは分からないが、この空腹ならば、どんなものでも美味しく食べられるだろう。


そして、二人がゆっくりとホットミルクを飲み終える頃、待望の料理が運ばれてくる。

「お待たせしました。ポトフです」

そう言って店主が二人の前にそれを置く。

「わあ……おいしそう」

深くて分厚いスープ皿に満たされているのは、大きめに切られた野菜と、太い腸詰めが泳ぐスープ。

そのすぐ隣には、銀色大ぶりな匙とまるで今焼いたかのように温かな香りを漂わせている子供の拳ほどのパンが2つ並んでいる。

「……いいんですか?なんだか想像していたものよりずっと豪華なんですが」

思わず唾をごくりと飲みながら、アーノルドは店主に確認する。

これが賄い料理には思えなかったのだ。

だが、店主は頷いて、言う。

「ええ、あまりもんの野菜とウィンナーでちょちょっと作ったものですんで。

 あ、それとうちはパンもスープもお代わり自由なんで、好きなだけ食べてってください。

 それじゃあ、ごゆっくり」

そう告げると、店主は一旦奥へと引っ込む。

そして、静かな店内にアーノルドとエリーだけが残された。

「……じゃあ、食べるか」

「うん……」

早速とばかりに、二人は、ポトフを食べ始めた。

(……こりゃまた随分と豪華なスープだな)

一匙掬い飲んでみて、アーノルドはスープが絶品であることにすぐ気づいた。

感じられるのは、ダンシャクやカリュートといった根野菜や、淡い緑の葉野菜、良い出汁が出て甘いオラニエ、そして肉厚な薄切りにされたキノコといった野菜と、ウィンナーから出たのであろう肉の味、そして仕上げに入れたのであろうバターが溶け込んだスープの味。

だが、不思議とこのスープには今、この中に入っていないような野菜や肉の味もかすかにする……気がする。

だが、アーノルドが密かに驚いたのは、それだけではない。

(まさか、香辛料入りとは……)

当然入っているであろう塩の味に紛れ込んでいたのは、紛れも無いピリリとした香辛料……胡椒の味であった。

西大陸から交易で入ってくるため、東大陸では貴重な品だ。

使われている量こそ子供のエリーでも美味しく食べられる程度(先ほどから温かなスープとパンに無言でがっついている)なので大した量では無いが、その胡椒の味が野菜と肉で渾然としたスープに一つ、すっきりとした風味を加えている。

(それにパンも……)

続いて、パンに手を伸ばして一口齧る。

普段食べているパンとは違う、柔らかでほのかに甘いパン。

パリッと焼かれた皮と、上等な綿の柔らかさを併せ持つそれは、アーノルドが知るどんなパンよりも柔らかい。

このパンだけでも充分ご馳走と言って差し支えない味であった。

「もっとちょうだい!パンと、ポトフ! 」

余計なことを考えず、一心不乱にポトフとパンを食べていたエリーが空になった皿を差し出し、アレッタを呼ぶ。

「はい!すぐにお持ちしますね」

そう言ってすぐに皿を回収し、次のパンとポトフを持ってくるアレッタを見て、アーノルドも少しの焦燥を感じつつ、食べ勧める。

ほとんど歯ごたえが無いほど煮込まれ、形を残しつつも柔らかな野菜は噛み締めるたびに吸い込んだスープを吐き出し、肉がぎっちりと詰まった腸詰めは口の中で皮が弾け、肉汁を吐き出す。

「すまない!俺もおかわりだ! 」

最後に柔らかなパンに残ったスープをしっかりと吸わせて頬張りながら、お代わりを要求する。

親子二人の、食の競演は夜もすっかり遅くなるまで続いた。



翌朝、すっかりと晴れ上がった空を見上げながら、アーノルドとエリーは再び旅を続けることになった。

「おいしかったね……きょうのも」

「ああ……」

つい先ほど食べた、卵とパンの朝食を思い出し、思わずアーノルドは同意する。


結局、昨日は特別に暖かな店の隅を借りて、二人は眠った。

そして、店主が用意した『モーニング』を食べて、再び旅立ったのだ。

「また、きたいね……」

「ああ、いつかな」

エリーの言葉に、アーノルドも頷く。

故郷の町もここまで来ればあと四、五日でたどり着く。

そうすれば、旅は終わりで、親子二人で、妻の分までささやかに生きる日々が始まるだろう。

(この子が大きくなったら、また、行ってみるのもいいかも知れないな……)

妻の忘れ形見であるエリーと手を繋ぎながら、そんなことを思う。

今度は昼間に、ちゃんと客として、あの店を訪れる。


そんな考えを抱えたアーノルドはエリーの足にあわせてゆっくりと歩く。

しっかりと、前を見据えながら。

今日はここまで。

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