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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ハンバーグ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・ハンバーグの目玉焼きが不要な方はお申し付けください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
西大陸の東端に海の国と称される一つの国がある。
その国は沿岸にある都と、人間や獣人、魔族などが住む無数の小さな島々からなっている。
島々……海国諸島は島ごとに様々なものが住み、色々なものが取れるがそれぞれの島から得られる恵みの量は決して多くない。
それゆえに古くから島々で取れるものの交換……交易が頻繁に行われ、同時に海を渡る航海術が磨かれてきた。
その歴史は現在にも大きな影響を与え、西大陸の海国といえば、魔族との戦いを終えて平和になった東大陸との交易により大いに栄える貿易国家である。

そんな、無数にある島々には無論、知性ある生き物が住むのに適さず、人のいない島もある。
近くの島で親父からもらった小さな船を財産に独り立ちし、魚を取って干物を作り暮らしている若い漁師、ロウケイがアルテに先導されてやってきたのはそんな島のひとつであった。
「あのさ……」
「なに?」
まだ、昇ってからそう時間がたっていない朝日を受けて、遠慮がちに尋ねるロウケイに、振り向いたアルテ……
ほっそりとした身体に南方の砂の国の民のような褐色の肌と海色の髪と瞳、そして魚の下半身を持つ、南の海から来たという人魚まあめいどの少女は振り向いて、いまいち表情の動かぬ真顔で聞き返す。
「いや、そのさ……本当にここ? 」
その海のように澄んだ瞳に見つめられ、頬を赤らめながらロウケイはしどろもどろになる。
「そう……見つけたときは持ち合わせが無かったから、だめだった。ロウケイのお陰。感謝する」
そんなロウケイにアルテは重々しくうなづく。
その顔は自信に満ちていて、美しい。
女といえば地元の漁村のたくましい女しか知らぬロウケイにはいささか刺激が強すぎるほどに。

ロウケイがアルテと知り合ったのは、3日前の嵐の日のことである。
あの日、荒れる波にさらわれて船から放り出され、死に飲み込まれそうになっていたロウケイはアルテに助けられた。
嵐をものともしない人魚の泳ぎで沈んでいくロウケイを船のへりまで運び、水の神(本人が言うには青の神だそうだが)に祈りを捧げて波を止めて見せた。
その後、嵐がやんだ後は人が住む島まで運んでもらい、ロウケイは辛くも死から逃れた。
当然ロウケイは感謝したし、その美しさとやさしさ惚れたりもした。
自分にできる事ならどんなお礼でもする、そう言ったりもした。
……例えその礼として要求されたのが『銀貨10枚』という色々な意味で台無しな代物だったとしても、ロウケイにとってアルテは命の恩人であり、大切な人となっていたのだ。
その後、約束は約束としてアルテに銀貨10枚……駆け出しの漁師にはそこそこの金だが命の対価にはだいぶ安い金を渡した後、ロウケイは尋ねた。
一体何に使うのか、と。

ロウケイとてこの世界のこと全てを知っているわけではないが、人魚が人間のように金で買い物をするなんて話は聞いたことが無かった。
人魚に限らず、人の姿に近くとも魔物と呼ばれるような種族は普通、貨幣を『価値あるもの』と考えないのだ。
だが、この自称南の海から来た人魚は違った。
どうやら彼女の故郷では、人魚は『青の神を信じるもの』として人間たちとも普通に交流していたらしく、貨幣の価値もちゃんとわかっていた。
とはいっても修行の旅として出てきた北の海では、人魚は青の神を奉じず、また人間と交わろうともしないので普通に考えると使い道は無いらしい。
……ただ一つの用途を除いて。
そして、唯一つの用途に使うため、アルテはロウケイを案内していた。
「この先の森の中にある」
「そうなんだ……森の中? 」
アルテの言葉に、ロウケイは首をかしげ、水面の下に沈むアルテのヒレを見る。
ゆらゆらと水の中で揺れるそれは魚のような尾。
水中を泳ぐには最適だろうが、陸上を歩くのはいかにも向いていない。
「問題ない……ん」
そんなロウケイの疑問を察したアルテは青の神に祈る。
偉大なる六色の神を奉じる神官の、奥義とでもいうべき祈りによりアルテの脚が変じる。
魚のようなヒレが見る見るうちに人間のそれへと変じ……脛から下は蒼い鱗と鉄でも引き裂けそうな爪が生えた脚へと変わったのだ。
「ええっ!?」
「青の神に祈れば龍の脚が手に入る……翼とかはまだ無理だけど」
驚くロウケイに、少しだけ胸をはってアルテが言う。
優秀な青の神の神官でもあるアルテの、龍の脚を手に入れる祈り。
修行のため、陸の民との交流を行うために身に着けた技である。
「行こう。遅くなると、人が多くなる」
目の前の光景に驚いているロウケイを促しつつ、手を取って上陸する。
そして、やや強引にアルテは森の中を突き進み、その場所へとたどり着く。
「……ついた」
そしてアルテはその扉の前にたどり着く。
かつて、故郷で見出したのと同じ、黒い猫の絵が描かれた扉。
「行く」
ロウケイの手を取り、扉を開く。

チリンチリンと響く鈴の音を聞きながら、アルテとロウケイは扉をくぐった。
「いらっしゃい……おや、お久しぶりですねアルテさん」
朝の早い時間に訪れた客がここ最近見かけなかった少女であることと、その少女が見慣れぬ少年を連れていたことに少しだけ驚きながら尋ねる。
「久しぶり。注文、いい? 」
そんな店主に挨拶を返しつつマイペースなアルテは早速とばかりに注文してもよいか尋ねる。
「はい。大丈夫ですよ。いつもどおり……っと、そちらさんの分はどうしましょう? 」
アルテが頼む料理はいつも同じなのでその確認だけと考えつつ、店主は今日はいつもと違う連れがいることに気づく。
いつもの、アルテより若干年上であろう女性ではなく、日焼けした黒髪の少年。
この店では初めて見る客である。
「うん。デミグラスハンバーグ、ライスで2人分」
そんな店主の考えを知ってか知らずか、アルテはいつもの料理を注文する。
食べなれた海の魚ではなく、陸の獣の肉を焼いた、柔らかな料理。
竜の脚を手に入れる祈りを覚えた後同じ神官の先輩に『ご褒美』として連れて行ってもらえるようになってから、アルテはずっとこれの虜であった。
「はいよ。少々お待ちください」
注文を受け、店主は奥の厨房に引っ込む。
「さ、座ろう」
それを見届けた後、アルテは適当な席に座る。
「えっと、ここは……? 」
アルテに従い座りながら、ようやく事態に頭が追いついたロウケイはアルテに尋ねる。
先ほど、アルテの脚が竜の脚に変わったと思ったら、森の中に不自然な扉があり、そこをくぐった先は、なぞの部屋。
はっきり言ってわけがわからなかった。
「ここは、異世界食堂」
そんなロウケイに、アルテは淡々とその場所について教える。
「デミグラスハンバーグが食べられる場所」
……あくまで彼女にとっての認識だが。

それから待つことしばし。
「お待たせしました!デミグラスハンバーグをお持ちしました! 」
脚が出ている、ずいぶんとしっかりした仕立ての服を着た少女がアルテとロウケイの前にそれを置く。
鮮やかな色のかりゅうとや東大陸で食べられているというだんしゃく、小さな黄色い粒の野菜に彩られた黒い皿の中央に置かれた、平たく丸められ、上から赤黒い汁を掛けられ、上に焼いた卵がのせられた、肉。
ロウケイが普段余り口にすることは無い、陸の獣の肉を細かく刻み、まとめたものだろう。
熱せられた鉄の皿の上に置かれたそれはじゅうじゅうと音を立てている。
傍らに置かれているのは、いかにも上質であることをうかがわせる、器に盛られた純白の飯。
「へえ……」
その、肉が焼ける音と匂いに、ロウケイはごくりとつばを飲む。
「えっとこれ……」
尋ねようとしたところで、早速とばかりにアルテがナイフとフォークを手に『でみぐらすはんばぁぐ』とやらを食べているのを見て、ロウケイは色々聞くことをあきらめる。
「おいひい。たべればわきゃるはず」
もごもごと肉を咀嚼しながら、アルテはロウケイに大事なことを伝える。
「……うん、ありがとう」
その独特の間合いに慣れてきたロウケイは、己も食べ始めることにする。
「……あ、結構柔らかいんだね」
アルテに習い、使い慣れぬナイフとフォークを手にしたロウケイはまず肉を切り分ける。
よく磨かれた、金属製のナイフで切るくらいだから結構硬いのではと思っていたそれは予想以上に柔らかく、あっさりと切れる。
この柔らかさならば、おそらくロウケイが使い慣れた箸でも十分食べられるほどではと思えるほどだった。
「それじゃあ……」
それから、一口分に切った肉をフォークで口に運ぶ。
そしてかみ締め……
「……えっ!? 」
そのおいしさに驚いた。
普段食べなれぬ、陸の獣の肉。
その肉は獣くささの無い、上質な肉だった。
かみ締めるたびに、肉の中にたっぷりと含まれた肉汁が溢れ、口の中に広がる。
そしてその肉汁が上から掛けられた、甘酸っぱい風味を持つ汁と交じり合い……
(こ、これは……ご飯が欲しくなる!)
傍らに置かれた飯を手に取り、フォークでかっ込む。
(おお!これはすごいな!)
ほんのりと甘い、ねっとりとした米の淡い風味が、肉汁と汁の風味と出会うことで、すばらしい味になる。
はんばぁぐそれだけでも十分うまいが、米と一緒に食べるはんばぁぐはまた別格であった。
「……卵の黄身もあわせるといい」
その味に魅了され、盛大にハンバーグとライスを食べ進めるロウケイに、アルテが先達としてアドバイスする。
ロウケイがこっちを見たのを確認し、アルテは先輩から教わった食べ方を伝える。
そう、陸の獣の肉の味に、複雑な味のソース、それに火が通りきっていない卵の黄身の柔らかな味が加わり、更に味が高まるのだ。
「……本当だ。卵が加わるともっとおいしいや」
そんな言葉と共にアルテに向けられる、笑顔。
それはアルテに、不思議と満足感をもたらした。

それから、二人は大いに食べ、店を後にする。
「アルテが銀貨を欲しがったのは、あの店に行くためだったんだね」
海に戻る途中、ロウケイに尋ねられ、アルテはこくりと頷く。
「そう」
その答えを聞き、かすかに頬が熱くなるのを感じながら、ロウケイは先ほどから考えていた提案をする。
「それじゃあさ、また今度、時々でいいから僕と一緒に行かないか?そのときの御代は、僕が出すから 」
「いいの? 」
その提案に、アルテは少しだけ首をかしげながら、聞き返す。
「もちろんだよ」
そんなアルテに、精一杯の勇気を振り絞ったロウケイは、笑顔で答えた。
今日はここまで
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