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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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かきあげそば

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・今年の営業は今日で最後となります。来年もよろしくお願いします。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
午後10時。
一通り片づけを終えた店主は、ちょっぴりの開放感を感じながら呟いた。
「やれやれ。どうやら今年も無事に終わったか」
異世界食堂ではない『ねこや』は昨今の飲食店には珍しく年末年始、ゴールデンウィーク、お盆は休みである。
近所のオフィス街や高校、大学が軒並み休みになる年末年始には来なくなるので、店を開けても大赤字確定なのである。
これはこの商店街にあるどの店も大体同じで、初詣帰りの客向けに元旦の夜中3時までは毎年営業している蕎麦屋の『竹林庵』以外は軒並み正月休みに入ってしまう。
「今年はまあいい時期に土曜日だったな」
だが、異世界食堂には厳密には正月休みは存在しない。
異世界にも新年を祝う風習はあるようだが、それは日本のそれのように一切の仕事を休んで、なんてことにはなってないらしい。
異世界の人々は土曜日が大晦日だろうが元旦だろうが一切気にせずやってくる。
むしろ新年を祝うという名目で、いつもより多く注文を出すことすら珍しくない。
そうなると普段、土曜日用に多めに仕込みを行っているのを手伝う、他の料理人が一切いないので1人で前日から下ごしらえをすることになったりして、まるっきり休みが潰れてしまうのだ。
そう考えると、ちょうど仕事納めの時期が土曜日の今年と、正月休み明けが土曜日である来年は中々悪くない。

……なぜか今週は甥と姪の双子やら友人の貴族の娘やら3人の弟子の1人やらお付きの世話係やら花の国やらが誕生日を迎えるとかでバースデーケーキの注文が何個か入った。
(上の階の幼馴染は『クリスマス終わったこの時期にこんだけバースデーケーキが売れるのは初めてだ』などと笑っていた)
さらには新年のお祝い用にとオードブルの注文も多かった。
そして、今年の食べ収めとばかりに来た客たちの食欲も旺盛で、いつもより多く注文が入った。
そんなわけで今年最後の異世界食堂は随分とドタバタした一日になった。

だが、それもついさっきいつもどおりビーフシチューを鍋ごと渡したことで終わった。
最後の片付けを終えてしまえば、最後に残る仕事はひとつ。
「さてと、そろそろ取り掛かりますかね」
そう呟くと、今年の締めに用意したそれを取り出す。

昼のうちに、竹林庵の八代目に無理を言って届けてもらった生の蕎麦と蕎麦つゆを取り出す。
鍋にたっぷりと湯を沸かしている間に、具を作る。
今日の営業で余らせておいた、エビにホタテと野菜を細かく刻んで衣を纏わせる。
(衣は分厚く、つゆで溶けないように、だったな)
昔、おやっさんに教わったそば屋の天ぷらコツを思い出しながら普段やる場合より大分分厚く衣をつけつつ、油に落とす。
ばらけないよう、慎重に揚がるのを見届けて、揚がったそれをバットに並べて少し冷ます。
(おし、後は……)
すっかり沸騰したお湯に、蕎麦を投下。
茹で上がるまでの間に鍋でつゆを温め、事前に温めておいた器に入れる。
それから念入りに湯きりした蕎麦を汁に入れて最後にそっと油を切ったかき揚げを片側だけ軽く煮てから乗せれば。
「よし、ねこや特製かき揚げそばの出来上がり、ってな」
出来上がったそれを満足げに見る。
いつもより少しだけ早い年越しそば。
そばづくりは専門外だが、麺とつゆは両方その道のプロが作ったものだけに中々に美味そうだ。
「さてと、持って行ってやるか」
料理づくりは嫌いではないが、それでも今日から約1週間もの間休みと思えばやはり気分が高揚する。
店主は少しだけいつもより軽い足取りで、食堂に向かうのであった。

食堂では仕事を終え、シャワーを浴び終えたアレッタがゆったりとくつろいでいた。
「ふぅ……」
漏れ出すため息に混じるのは、疲れと安堵。
今日は目が回りそうなほど忙しかった。
客たちは皆、迫る新年を楽しみにし、注文も多く入った。
店主は一日中厨房に篭りきりで料理を仕上げ、アレッタも注文を聞いて店主が作った料理を運び続けた。
が、それも先ほど終わった。今日はもう店主の賄いを食べて、帰るだけだ。
「今年も終わりかぁ……」
思えば去年の今頃は大変だった。
王都の冬の寒さに震え、すきっ腹を抱えていつ凍死するかと怯えながら暮らしていた気がする。
「……魔族の神よ。貴方の慈悲に感謝いたします」
それから1年。アレッタは今、こうしていられる己の幸運に感謝の祈りを捧げる。
魔族の神……人間が言うには邪神はアレッタが生まれる50年位前に人間の英雄に倒されたという。
そのせいで神の加護を失った魔族は大きく力を減じて、人間に負けたとも。
実感は無い。アレッタが生まれた頃には魔族は食うや食わずの貧乏暮らしをするか、一攫千金を夢見て命を賭けるかのどっちかしかなかった。
アレッタとて得た加護が戦いに有用なものであったなら、後者を選んでいたと思う。

アレッタに与えられた加護の証……小さな山羊の角は信仰の力を宿す。
もっと強くて大きな角という加護を得ていたなら魔族の神に仕える神官になれたはず。
そう、アレッタよりはるかに大きな角が3本生えていた故郷の村の神官には言われた。

きっとそのお陰だろう。神様はアレッタのことをちゃんと見ていて、幸運を運んでくれたのだ。
そう思うようになってから、アレッタは前よりもちゃんと魔族の神に祈りを捧げるようになった。
「おーい、アレッタ。出来たぞ」
「はい! 」
ほら、今も加護があった。
ちょうど空腹を満たす素晴らしい料理が到着した。
そのことに少しだけアレッタはくすりと笑い、返事を返す。
「なんだ?なんか良い事でもあったか? 」
「はい。少しだけ」
不思議そうな顔をする店主に笑いかける。
見たことは無いが、きっと魔族の神は店主みたいな姿なんだろうなどと、益体も無いことを考えながら。

そして、アレッタの前に今日の晩餐がそっと置かれる。
「えっと、今日は何ですか?」
目の前に置かれたものを見てアレッタは店主に尋ねる。
大き目の器に満たされた茶色い汁に灰色の麺が浮かぶ麺料理だ。
そしてその上にどんと置かれた、大きい卵色の揚げ物。
異世界食堂で出しているパスタと呼ばれる麺料理やが近いが、どうも違う気がする。
「いんや、こいつはな、かき揚げそばだ」
「カキアゲソバ? 」
「おう、竹林さんとこのな。おやっさんが打ったそばはうまいぞ」
そう言いながら店主も席へと座り、一緒に持ってきた箸を手に取る。
「それじゃあ……いただきます」
その箸を持ったまま手を合わせ、食前の祈りを捧げる店主に促されたように、アレッタも最近使いこなせるようになった箸を手に取る。
「私たちを見守る魔族の神よ……今日もまた、糧を与えてくださったことに感謝いたします」
いつもより少しだけ念入りに祈りを捧げる。
「……よし。食うか」
「はい! 」
そうしてともすると父子ほど年の離れた2人は笑いあい、さっそくとばかりに今年最後の異世界食堂での料理を食べ始めた。

見慣れぬ料理(もっとも異世界食堂の料理はだいたいそうだが)アレッタは少しの間、店主の方を見る。
(えっと、ソバはまず麺からなのかな)
店主が器に箸を指しこみ、麺を持ち上げてすすりこんでいるのを見て、アレッタもその真似をする。
最近使いこなせるようになってきた2本の棒である箸で麺を挟み込み、軽く持ち上げて、音をたててすすりこむ。
(うん……この前のとは違うけど、美味しい! )
食べると広がるのは、ソバと、汁の香り。
ショウユと、旨み(店主が言うにはコンブなる草や魚の干物から出たダシというものの味らしい)が強くアレッタの口の中に広がる。
以前食べたタンメンとはまた違う、多分ワフー風味の味。
「ふぅ……やっぱおやっさんとこのそばはうまいな」
一口食べた店主もなにやら納得している。
(次は……これ、カキアゲ、かな)
ごくりと唾を飲み、カキアゲソバのメイン……カキアゲに箸を伸ばす。
小さく刻んだエビやイカといった、アレッタは生まれて一度も見たことが無い海の幸と、くし切りにしたオラニエを衣でまとめたカキアゲ。
見慣れた、店でいつも出している普通のフライとは違い茶色では無く淡い黄色のカキアゲは、スープの上で独特の存在感を放っている。
スープを吸って柔らかくなったカキアゲを、少しだけ切り取る。
そして口に運び……思わずほう、と息を漏らす。

食べた瞬間広がったのは、揚げ物らしい軽い触感とそのカキアゲから漏れ出した、カキアゲが吸った汁。
それらが旨みが強い海の幸とオラニエで出来たカキアゲの味を引き立てる。
きっとこれは汁を吸わせていない上半分で揚げ物の触感を、吸わせた下半分で汁を含んだカキアゲの味を楽しませようという意図なのだろう。
(やっぱりマスターはすごいなあ)
ただ美味しいだけでなく、様々な工夫を凝らす店主に、アレッタは改めて目の前でどんどんとソバを食べていく店主への尊敬を新たにする。
そして同時に感謝する。
異世界人で、すごい料理人である店主。
そんな人に拾われて、こうしていられることに。
「ん?どうした?口に合わなかったか? 」
そんなことを考えていたら箸が止まっていたらしく、店主が少しだけ心配そうに尋ねる。
「いいえ。とっても美味しいですよ」
そんな店主に軽やかに返して、アレッタは再び箸を進める。
次は麺を食べようか、カキアゲを上の方だけ食べてみようか……
そんなことを考えながら。

「ふう。ごちそうさん、と」
それから少しして店主が箸をおく。
「おいしかったですね」
それから少しだけ遅れて、アレッタもまた箸をおく。
両者とも、器の中には汁一滴残っていない。
アレッタが言うとおり、素晴らしい味であった。
「ああ。たまにはソバもいいもんだな」
にっこり笑うアレッタにつられるように店主も笑顔になる。
そして、今年最後の異世界食堂の夜はゆっくりと更けていくのであった。
今日はここまで。
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