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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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バースデーケーキ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・宴会の際には事前にご予約ください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
その日、エレンたち一家は特に気合いを入れてめかしこんでいた。
「ねえおかあさん。はやくいこうよ」
「ダメだよ。今日はアンタの日なんだからね。ちゃあんとおめかししないと」
今日の宴の主役……特別に綺麗な服を着せ、念入りに髪を編みこまれている9歳になったボナが我慢できないとばかりに口を尖らせるのを、エレンが一蹴する。
いつもは新年のお祭りで行われる『子供たちの祝福』の宴。
いつ死ぬか分からぬ、危険な幼子の時期を抜け『一人前の子供』として、親の手伝いや家事を教わる歳になったことを表すこの儀式は、15で迎える成人の時ほどではないがそれなりに盛大に行われる。
正式なお祝いが間近に迫ったこの時期を前に、エレンたちは異世界食堂で家族だけでお祝いをすることにした。

エレンは今までに5人の子を産んだが、9歳になり、子供たちの祝宴を迎えられたのはカイとボナの2人しかいない。
最初の子は生まれついて病弱な女の子で、5歳の冬を越すことが出来なかった。
2番目の子は丈夫な身体の男の子だからと油断していたら、7歳のある日、木から落ちてあっさりと死んでしまった。
5番目の子は、何で死んだか未だに良く分からない。
エレンが寝るまではエレンの乳をたっぷり吸ってすやすやと寝ていたのに、朝起きたら冷たくなっていた。
そうして、ヘルマンとエレンの夫婦のところに残ったのが、カイとボナの2人だけだった。

だからこそ、3年前、彼らにとって3人目の子供であるカイが無事に9歳を迎えたときには盛大にお祝いをすることにした。
あの食堂で、エレンは一家のなけなしの蓄えから両の手の指の数に等しい枚数の銀貨を支払い『特別なお祝い』を頼んだのだ。
そんな2人の求めに店主は見事に応えてみせた。
4人掛けの卓の上に並べられた数々のご馳走。
酒や甘い飲み物はいくら飲んでも値段が一緒。
そして最後に出てきた、舌が溶けるかと思うほど甘くて柔らかな菓子。
支払った銀貨に相応しい、否、それをはるかに越えるご馳走だった。
……余りに凄かったせいで、当時まだ6歳だったボナが3年後の今日まできっちり覚えており、『おにいちゃんとおなじおいわい』を求めたのも無理からぬほどに。

かくしてボナの9歳のお祝いは、ねこやで前祝をすることになり、こうしてエレンが腕によりをかけておめかしをさせているのである。
「えへへ……たのしみだなあ。きっとすっごいおりょうりがでて、あの『けーき』もたべられるんだもん」
エレンに髪をいじくられながら、ボナはこれからのことを考えて自然に顔を綻ばせる。
まだ9歳のボナは色気よりも食い気の方がずっと強い。
3年前、あの日に食べた料理はどれも美味しかったが、なかでもたった1度だけ食べたあのお菓子のことは未だに忘れられない。
あの、びっくりするほど大きくてとろけるように甘いお菓子。
3年経った今でも今でも時々あの甘い菓子をたっぷり食べる夢を見る。

普段、あそこで見かけるきらきらの服を着たおかあさんが言うには『住む世界が違う人たち』が食べているものよりずっとすごいそれを食べられる。
そう考えるだけで、新年の本番のお祭りよりもわくわくする。
「ねえおかあさん!じゅんび、まだあ!?」
だからもう、髪をきれいにして編みこむとかどうでもいい。
ボナは一刻も早くあの場所に駆けつけたかった。
そんな気持ちを込めて、ボナは半ば癇癪を起こすようにエレンに尋ねる。
「……ほれ。終わり。うん、綺麗になった。我ながら惚れ惚れするねえ」
ボナの苦情に苦笑しながら、ようやく納得行く形に髪を編み終えたエレンが頷く。
貴重な売り物の薪を使って沸かしたぬるま湯で汚れひとつ無いところまで丹念に洗い、入念に編みこまれた髪。
それは子供たちの宴のために1年掛けて縫い上げた新品の服とあいまって町場に住んでいるお嬢さんか森に住むという妖精の娘のように可憐な姿であった。
「おおっ!ようやく終わったか!よし、行こう!」
「おせーよ!早く行こうぜ!かあちゃん!」
が、そんなエレンの感慨にヘルマンとカイはどうでもいいとばかりに行くことを促す。
男衆2人は2人で切羽詰っていた。
なにしろ今日はご馳走が待っているということで、朝は水を軽く飲んだだけで済ませているのである。
もはや腹の中は空っぽで、我慢は限界に達していた。
「おかあさん!はやくいこうよお!あたしもおなかへった! 」
そして幼いボナもまたどちらかといえば2人の味方である。
「……はいはい。分かった分かりましたよ。とっとと行きますかね」
相変わらず過ぎる家族に孤立無援となったエレンはため息をつき、お祝いの席へと向かうことにした。

ちょうど太陽が真上に差し掛かる頃、エレンたちは納屋にある小屋をくぐる。
チリンチリンと鈴がなるのを聞きながら扉をくぐる。
「いらっしゃいませ!ようこそ、お待ちしてました!こちらのお席へどうぞ! 」
扉をくぐると同時に、アレッタが盛大に出迎え、席へと案内する。
『パーティー用』に準備された、予約席。
そこに置かれた、アレッタには読めないが店主曰く『予約席』と書かれているらしい置物を回収しつつ、4人を席に座らせる。
「温かいお料理は今からお持ちします!それと、お飲み物は何になさいますか? 」
「よし、まずはビール……いや、あれだ!蒸留酒だ!ウィスキーってのをくれ! 」
「ああ、あたしはワインをお願いするよ」
「俺、コーラ! 」
「あたしも! 」
今日の飲み物は何をどれだけ飲んでも値段は一緒。
そういう約束になっているので4人はここぞとばかり、普段なら自重する酒や甘い飲み物を頼む。
「はい!分かりました!少々お待ちください!それと、お料理も今からお持ちしますね」
そんな4人に朗らかに笑顔を向けながら、アレッタは奥の厨房に向かう。
「マスター!エレンさんたちがいらっしゃいました! 」
「おう。分かった」
アレッタの報告に、店主も頷き、動き出す。
いつもどおりのいつもの客への料理に加えて、この時期の定番料理を中心にまとめたパーティー料理の数々。
冷たい料理は冷たいままに、温かい料理は温かい状態で出すために待っていたそれらの最後の仕上げに取り掛かる。
(さてと、喜んでもらえりゃいいけどな)
それら、エレンたちに出す料理の最後の仕上げをしながらちらりと冷蔵庫を見る。
異世界食堂としてのねこやでは実に3年ぶりに注文された、普段は出していないデザート。
だが、そのケーキを作っているフライングパピーにとっての、否、ほとんどのケーキ屋にとっての定番メニュー。
出すタイミングはしっかり見計らわなければならない。

そして、卓の上に店主とアレッタ、2人の手で次々と出来上がった料理が並べられる。
「来たか……! 」「さすがに豪華だねえ……」「すげえ! 」「わあ! 」
豪華な料理の数々に4人は思わずごくりと唾を飲む。
丸々と太った鶏を丸ごと1羽分焼き上げられた、ローストチキン。
酢が入った茶色いソースで味付けされ、上から薄切りにして揚げて砕いたダンシャクの実が散らされた、真冬には似つかわしくない生の野菜。
ほのかに甘い香りを漂わせている、コーンとかいう黄色い粒の野菜を使った乳入りのポタージュスープ。
1人1本分ずつ並べられた、まだかすかに油の爆ぜる音を立てている揚げたてのエビフライにホタテとかいう貝のフライ。
ほのかに酸味がある真っ赤なソースが掛けられた、燻製肉とチーズを詰め込んだ淡い黄色のオムレツ。
大き目の皿に盛られた、マヨネーズで味付けがされた卵と魚の油漬けとキューレ、潰したダンシャクの実に小さく刻んだ野菜が挟まれた小さめのサンドイッチ。
卓の上にところ狭しと並べられた料理の数々は、エレン一家の胃袋をわしづかみにし、ついでに目を釘付けにする。
よくよく見れば別の卓で食事をしていた他の客まで何人か、エレン一家の卓に並んだ料理の数々思わず見てしまうほどであった。
「それじゃあ、ケーキは最後にお持ちしますんで……ごゆっくり、楽しんでいってください」
そんなエレンたちの様子を見て取ったか、店主が一言そう言い添えると同時に。
一家4人は一斉に思い思いの料理に手を伸ばしだした。

宴用の料理はどれも美味であった。
脂の抜けた皮と、肉汁をたっぷり含み、甘酸っぱいソースと腹の中に詰め込まれたハーブの香りを漂わせたメインの鶏の丸焼き。
酸味のあるソースと塩気が利いたダンシャクの実のお陰でどんどんと食べ進められる、新鮮そのものの生の野菜。
香りどおりの甘みがあり、身体を温める黄色いコーン入りのスープ。
普段は余り縁が無い、独特の旨みをたっぷりと含んだ、皿の真ん中に添えられたタルタルソースとの相性が抜群な海の幸のフライ。
しっかり火を通しつつも柔らかく口の中で崩れるオムレツ。
上質な薄い白パンの柔らかさとマヨネーズの酸味で彩られた、様々な具材の味が楽しめるサンドイッチ。
それらと共に楽しめる、いくらでも飲める美味しい酒と甘い飲み物。

並べ立てられたご馳走を彼らは黙々と食べていく。
4人とも言葉を発さず、無言。
……無言になるほど、美味なのである。
(おいしい……けど、がまん、しないと)
そんな中、ボナは少しずつ色々な料理を食べ、どんどんと食べたくなる衝動に必死に抗っていた。
もちろん、ご馳走は食べたい。だが、おさえねばならない。
ボナは知っている。
この後、最後に出てくるものこそが、ボナが3年間待っていたものであることを。
この機会を逃したら、次はそれこそ兄が成人するときくらいまで待たねばならぬだろう。
最高の料理を、最高の腹具合で。
それは3年前、ものすごく美味しいのに一切れの半分しか食べられず、兄に残りを奪われる羽目になったボナの固い決意であった。

そして、ついにそのときが訪れる。
「すみません!そろそろケーキをお持ちしてもいいですか? 」
卓の上の料理があらかた片付いた頃を見計らって、アレッタが尋ねてくる。
「そうだね……はい。お願いします」
(きた!)
母の言葉に、ボナが反応する。
「それじゃあ、少々お待ちください」
そう言って手早く空になった皿を重ねて持ち上げ、奥にそれを取りに行くアレッタを見送る。
(まだかな、まだかな……)
そわそわと落ち着かない。
それほどに待ち望んでいたもの。
それこそが。

「お待たせしました。バースデーケーキです」
お祝いのときにのみ食べられることが許されるという、ボナにとっては夢にまで見た菓子であった。

アレッタが両手で持ち上げるほどの大きさがある、異世界食堂では『予約』が必要な特別製の菓子。
「……あら。あれはまた随分と大きいですね」
「あの、ヴィクトリア様、あんなケエキ、このお店にあったんですか? 」
「……いや、私も初めて見る。大きさだけなら持ち帰り用のホールケーキと同じ。けど、あそこまで飾りが多いものは、見たことが無い」

「セレスティーヌ様……あれは」
「分かりません。ですが、また随分とおいしそ……いえ、美しいケーキですね」
「なんていうか、凄いですね。あの人形とか板とか、もしかして食べられるんですかね?」
「……可能性は高いと思う。ケーキの飾りは大体食べられるし、おいしい」
近くの卓から、声が聞こえる。
ボナがちらりと見てみると、そこにいたのは、普段からこのお店のお菓子を食べている客。
おかあさんがいつも言ってる『すむせかいがちがうひとたち』
彼らの視線を一心に集めながら、ボナたちもまたバースデーケーキに釘付けになる。

それは、菓子でありながら一つの芸術品のようにも見えた。
丸い筒状の土台を飾るのは、白いクリームと赤いベリー。
クリームは全面を真っ白に覆うと同時に複雑な模様を描き、うっすらと雪が積もったように白い粉が掛けられた赤いベリーは純白のケーキの中で鮮やかに映える。
その中央には茶色い模様が書かれた1枚の板と、4つの人形が置かれている。
「わあああああ」
「良かったなお嬢ちゃん。こいつは、お前さんのためのケーキだぞ」
思わず感嘆の声を上げるボナを微笑ましく思いながら、ケーキを運んできた店主がケーキ用のナイフを手にエレンに尋ねる。
「切り分けは私がやりましょうか? 」
「いえ、あたしがやります。すいませんが、ナイフを貸してもらえますか? 」
店主の申し入れに首を振り、エレンは店主の手からナイフを受け取る。
(……さてと)
正直、ちょっと勿体無く思いながらもエレンはナイフを入れて、ケーキを切り分ける。
ちょうどケーキの中央に置かれた板(前にそれを食べたカイが言うには凄く甘くてうめえらしい)を端に寄せる。
4つ並んだ人形はちょうど1人1つずついきわたるように。
……そして1つだけ、板が乗った部分は他よりも大分大きく。
エレンが切り分けて行く様子をじっと見詰めていた3人が、その、ひときわ大きく切られたケーキに釘付けになる。
「かあちゃん!俺これがいい!」
「待て!こういうのはまず父ちゃんから選ぶもんだって……」
「お待ちよ。あんた等、大事なことを忘れてないかい? 」
散々飲み食いしたくせにその一番大きいのを食べようとする食い意地の張った男どもを手で制し、エレンは尋ねる。
「今日のお祝いの主役はボナだ。選ぶのはボナからだよ。さ、どれがいい? 」
微笑みながら、ボナに尋ねる。
答えは、言うまでも無かった。

「やた!ケーキ、ケーキ! 」
ボナの前に置かれた、大きなケーキ。
それに喜びの声を上げながら、ボナは早速取り掛かる。
「じゃあまず、これ! 」
まず食べるのは、茶色い模様が書かれた真っ白な板。
3年前は、兄であるカイが独り占めしたため食べられなかったもの。
兄が言うにはびっくりするほど甘くて美味い板。
この店のおじさんが言うにはこれにはボナの誕生を祝う言葉が書かれているらしいが、今のボナにとってそれは重要ではない。
「ほおお!あまい!なにこれ!? 」
その味は予想以上だった。
齧った瞬間。パリッと弾ける板。
ほんのりミルクの味がするそれはボナが今まで食べたことが無いほど甘く、口の中で溶けていく。
その感触と味に夢中になり、ボナはカイが羨ましそうに見ている前で瞬く間に板を食べつくす。
「あ、なくなっちゃった……」
そのことを少しだけ残念に思いつつ、すぐに思い直す。
(でも、まだケーキがまるまるのこってる!)
そう、まだ主役が残っているのだ。

ボナは3年前に食べた味を無意識に思い出しながら小さなフォークでケーキを切り取る。
大事に食べるために、大きなケーキを小さく切り取り、口へと運ぶ。
口に放り込む寸前、こくりと1回唾を飲み……食べる。
(ああ……おいひい……)
その瞬間、口に広がるのは鮮やかな思い出。
3年越しに、夢にまで見たそれの味が確かに口に広がる。
つるりと口の中に広がるのはミルクの味がする白いクリームに、ふかふかと柔らかくて甘い黄色い土台の味。
土台の間にクリームと共に挟まれていた果物のシロップ漬けは噛むたびにクリームとは違う甘みを含んだ果汁があふれ出す。
そして、甘さの中に酸味も残った、真っ赤なベリー。
これらが組み合わさることで、ケーキはボナに夢を魅せる。

どこまでも甘いケーキの、甘い夢。
その夢の中で、ボナは文字通りの意味で夢中でケーキを頬張る。
それはボナが3年間待ち焦がれた、至福の瞬間であった。

やがて、夢の時間は終わりを告げる。
「……あ、なくなっちゃった……」
最後に、砂糖が降られた真っ赤なベリーと、サクサクしたお菓子人形を食べ終えたボナが、空になった皿を見て悲しげに言う。
あれほど大きかったはずのケーキが、あっという間になくなってしまった。
後に残ったのは、おなかがいっぱいと言う感覚と寂しさのみ。
(もっとあればいいのに……)
そんなことを思いながら、お腹をさすりつつ、ボナはふと顔を上げて、同じ卓を囲む、家族を見る。
「……ふう、食った食った」
「う~、もう食えねえ……」
「やっぱりここの料理は最高だね」
家族はみんな、笑顔だった。
きれいな服を着て、美味しい料理を食べたのだ。
満足しきった笑顔以外、ありうるはずも無かった。
「よし、もう少しゆっくりしたら、帰るか……」
「そうだね。もう腹がはちきれそうだよ」
「うわあ……食いすぎてくるし……あ、姉ちゃんコーラもう1杯おくれよ! 」
笑顔で言葉を交し合う、愛すべき家族。
「うん。ほんとうに、よかった……わたしもコーラちょうだい」
その様子に、ボナも自然と笑顔になり、人生最高の1日がゆっくりと過ぎて行くのであった。
今日はここまで。
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