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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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カレーライスふたたび

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・全裸での入店はご遠慮ください

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
大地を揺るがす、音無き振動で『黒』は深い思考の海の底から引き戻された。

―――またか。

この空の果てに浮かぶ大地……月と呼ばれる、魔力に満ちていながら黒を除いて生きるものは何も無いこの場所は、孤独と静寂を好む黒には理想の場所であるが、時折空から大岩が降ってくるのは頂けない。
地上にいた頃とは違い、音も無く、唐突に空から降ってくる大岩は、時に凄まじい力を発揮する。
事実、一度、大岩が黒に直撃したときなど、魔力も帯びていないただの岩の塊でありながら黒の鱗を貫いて、黒に軽い傷を負わせたこともある。
それからは己の周りに護りの魔術を施すことで対策はしているものの、それでも近くに落ちてきた瞬間には大地が揺れる程度の衝撃が発生するのだ。

―――うん?

そして、振動が収まり再び思考の海に沈もうとした黒はそれに気づく。
太陽に照らされた真っ白な大地にぽつりと浮かぶ、黒い影。
恐らくは先程落ちてきた大岩の影響で歪んだ魔力の影響だろうか。
そこに、魔法の力がこもった何かが現れていた。

―――これは……エルフとか言う生き物が使った魔法?

現れたそれに近寄ることで、力こそ6柱の中では最弱だったがその扱いに関しては6柱の中では最も優れていた黒はその正体を見抜く。
かつて地上にいたころは黒たちと『あれ』との戦いに巻き込まれぬよう逃げ惑うだけだったが、1368年前には魔術の扱いを覚え、黒以外では唯一この地に降り立ったエルフとか言う酷く脆弱な生き物。
彼らが己の身体に掛けていた魔法と、根本の部分が似ている。
エルフとか言う生き物は黒と同じく弱い魔力しか持たない(無論、黒のそれと比べてしまえば桁違いに弱い魔力だが)分、その扱いには長けていたようなので、多分それを使ったのだろう。

―――これはエルフのいる場所に繋がっている。

その扉の向こう側を見透かして、黒はそれに気づく。
これは、異世界へと転移するものらしく、その扉の向こうにはエルフ(前に見たのより耳が短いが、些細な差だ)が何匹かいた。

―――行ってみる。準備、しないと。

ここ34684年続けてきたように、また1人で深い思考の海に沈み続けるのも悪くは無いが、たまには他の生き物を見に行くのも悪くない。
そう考えた黒は身体を震わせて己が身から漏れる力を意識して抑えこみつつ、雌型のエルフに似た姿へと己の姿を書き換える。

……かつて、この地に降り立ったエルフは、黒を見て即死した。
黒が無意識のうちに周囲にばら撒く『死を帯びた闇の力』に耐えられない程度の脆弱さしか持ち合わせていなかったがために。
扉の向こうのエルフとてそれは同じだろう。
そう考えたが故の処置である。

―――行く。

そして、己をエルフの姿へと変えた黒が、扉に手を掛ける。
チリンチリンと、魔力の波動を含んだ音が、本来音の無い世界である空の果てに響き渡る。
それを聞きながら、黒は扉の向こう側へと足を踏み入れた。


その日、公国の将軍アルフォンスは、店主からその話を聞き、大いに興味をそそられていた。
「……新たなカレーライス、だと?」
店主からつい先程聞かされた、大いに興味をそそられる言葉に、思わず聞き返す。
「ええまあ」
一方の店主もつい先程自分が言った言葉を後押しするように頷き返し、言葉を重ねる。
「いや、実はですね。前々から結構言われてたんですよ。豚肉は食べられないから、豚肉使わないカレー作ってくれって。
 それでどうせならって向こう風に作ってたんですけど、ようやく納得いくものが完成したんで、新しく追加しようと思いまして」
異世界食堂ではない、洋食のねこやとしての客は何も日本人だけとは限らない。
はるか遠い西の異国から訪れた、近くの企業で働く客のために作ったカレー。
普段のカレーと比べて異国風に辛く仕上げたそれは幸いにも異国の客にも、物珍しさから注文した日本人の客にも受けが良く、めでたくレギュラーメニューに加わった。
「ふむ、それで私にか」
店主から話を聞き、アルフォンスもまた納得する。
生憎と店主の住む異世界の事情には詳しくないが、店主がわざわざ向こう風なんて言い方をしていることからして、いつも食べているカレーライスとは別物に仕上がっているのだろう。
アルフォンスが未だ知らぬ、未知のカレー。
それはアルフォンスの好奇心を大いに刺激していた。
「無論、頂こう。すぐに用意を」
ならば何を悩むことがあろうか。
アルフォンスは即座に新たなカレーを注文する。
「まいどあり」
店主の方も分かっており、すぐさま応じて厨房へと戻る。
そして待つことわずか。
「お待たせしました。チキンカレーです」
店主がアルフォンスの前にそっと新作カレーとライス、それとレモン水と水差しを置く。
「それじゃあごゆっくり……と、いつものより大分辛くなってますんでそこは注意してくださいね」
いつもの挨拶と共に、店主は仕事へと戻り、あとにはアルフォンスと新しいカレーが残された。
「うむ、では頂くとするか」
それを見送り、アルフォンスは早速とばかりに銀色に輝く匙を取る。
(……ほう、確かにこれはいつものものとは大分違うな)
まずは目の前のカレーを観察する。
目の前に置かれたカレーは、一見するとスープのように見えた。
深めの皿に満たされたカレー色をしたスープ。
そのスープの中では肉厚の皮を剥がれた若鶏の肉がごろごろと泳いではいるものの、他の具材は見えない。
傍らにカレーライスをカレーライスたらしめる白いライスが置かれているが、いつもの大き目の平たい皿に盛られ、ライスの上からスープを掛けられたカレーとはまるで別物に見えた。
(それにしても……香りが強いな)
漂ってくるのは刺激的な香辛料をたっぷりと使った、カレーの香り。
それはいつものカレーと比べて幾分強く、腹の中を直撃する。
(まずは……スープのみと行くか)
わざわざ分けて出された以上、まずはスープのみで味わおうと、アルフォンスは匙を深い皿に沈め、肉と共に掬い上げ……食す。
「ぬう!?」
その瞬間、アルフォンスは思わず目を見開き、悶絶する。
アルフォンスを襲うのは、口の中に火がついたような猛烈な辛さ。
(い、いかん!これは、辛い!)
思わず傍らに置かれた水を取り、一息に飲み干す。
口の中についた火が爽やかな風味を持つレモン水で打ち消され、アルフォンスはほっと息を吐く。
「ふう……やはりカレーはライスと共にあり、だな」
改めてそのことを悟りながら、アルフォンスは匙でライスを一口分すくう。
そしてそれをそっとスープの中にくぐらせて……カレーの色に染まったそれを食べる。
(……おお。やはりか)
口の中に広がる味に、満足する。
先ほど襲った猛烈な辛みが、ライスを一緒に食すことで和らげられる。
それだけではなくライスを挟むことで先ほどは感じ取れなかった、カレースープの旨さにも改めて気づく。
一見するとスープ料理に見えたとしても、カレーとはライスと共にあってこそと言う事を改めて認識していた。
(なるほど……このカレーは野菜が入っていないのではなく、完全に溶かし込んでいるのだな)
新しいカレーには、鶏の肉と野菜の旨みが大量に含まれていた。
恐らくは、野菜を細かく刻み、なおかつ長い時間を掛けて煮込んだのであろう。
煮溶けた野菜はその旨みを全てスープの中に出し切り、完全にスープと一体化している。
そのことでいつものカレーのように具材の歯ごたえを楽しむことが出来ない代わりに、スープそのものの旨みを増していた。
(それにこの鶏の肉も……柔らかいな)
そして、スープの中で唯一形を残した具材である、鶏の肉。
一口よりやや大きめに切られたそれは、口の中に入れただけであっという間に崩れるほどに柔らかい。
皮を剥ぎ、また長時間煮込んで灰汁抜きをしつつスープの味を含ませることで生まれる、余計な脂が抜けてカレーの旨みが凝縮された肉。
それはまさにこのカレーが鶏肉のカレーであることを知らしめる、主役と呼ぶに相応しい風格を持っていた。
そこまで気づいてしまえば、アルフォンスには何の戸惑いも無い。
アルフォンスは瞬く間にカレーを平らげた。
「で、どうでしたか?ちょいと激辛風にしたもんで、向こうの人の口に合うかちょっと心配だったんですが……」
ちょうどその頃合いを見計らって、店主が感想を聞きに来る。
幸い『こっちの人間』には好評だったが、向こうの人間でこのカレーを食べたのはアルフォンスが始めてなので、感想が気になっていた。
「うむ。そうだな。これはいつものカレーよりはるかに辛くて別物だが……これはこれで美味い!店主、もう1皿貰おうか」
―――私もそれ。
そんな店主の確認に、アルフォンスは大いに好感を込めてお代わりを所望する。
「はい。じゃあ2皿で……ってうお!?」
その言葉に店主も快く応じ、違和感に気づいてそれに気づき……思わず驚きの声を上げた。

―――どうかした?

頭の中に直接響いてくるような声で『それ』は小首を傾げて店主に問う。
床に届きそうなほどに長い漆黒の髪に、透き通るように白い肌、月色の瞳と、尖った耳を持つ少女。
エルフ……なのだろう。
店主とて異世界の住人とは10年以上付き合っているのだ。
少女の特徴はエルフと呼ばれる客に酷似している。
ただひとつ、店主の知識から大きく外れた点があるとすれば。
「……あの、お客さん……その、服は?」
一糸纏わぬ生まれたままの姿であったことだろう。

―――服?

聞きなれぬ言葉に、黒は首を傾げながら辺りを観察し、事情を察する。

―――なるほど。

見れば他の住人は皆、身体を植物の糸や動物の毛皮で覆っている。
黒たちには無い風習だが、エルフ独特の文化という奴だろう。

―――分かった。すぐ用意する。

ここはエルフの巣である以上、その風習に従うべきだろう。
そう考え、黒はすぐさま『服』の用意をする。
自分を驚いた目で見ている、角の生えた雌型のエルフを見る。
黒の背格好からして、あれの服を真似るのが一番理に適っている。
そう結論付けた黒は、すぐさま服を作り出す。
この店の中を漂う小さな塵を魔力で作り変えて『服』へと変じさせたのだ。
その結果、それまで一糸纏わぬ姿であった黒は漆黒のウェイトレス服をまとった。

―――これでいい?
「……ぶっ!?」

漆黒のウェイトレス姿に変わった黒が、店主に尋ねる。
「え、あ、はい……凄えな魔法ってのも」
目の前で起きた『典型的な魔法』に驚きながらも、店主は頷いた。
虚空からドレスを出して早着替え。
向こうには魔法が本当にあることは知っていたが、こんな、慣れ親しんだ御伽噺に出てくるような魔法を見たのは今回が始めてであった。
「……うむ、流石はエルフ。このような魔法の使い手もいるものなのだな……」
同じく成り行き上様子を見守っていたアルフォンスも驚きながらも受け入れる。
元より魔法より剣を頼みに生き抜いてきた練達の剣士でもあるアルフォンスは、魔法には余り詳しくない。
それでも目の前で行われた魔法は並みの……否、人間の魔術師にはおよそ不可能な芸当だろうが、元々エルフは人間より優れた魔法の使い手揃いなのだ。
これぐらいできるものがいてもおかしくは無いだろう。
「店主。この娘さんにチキンカレーを。代金はワシの分につけておいてくれ」
珍しいものを見せてもらった礼代わりとばかりにアルフォンスが言う。
どの道この店のカレーの代金は数十年前に払い込み済みだ。
この少女に少々おごったところでそう、代わりは無い。
「はい。それじゃあすぐお出ししますんで、そちらにかけて少々お待ちを」
店主も同意見らしく、このちょっと変わった少女に出すカレーを取りに、厨房へと戻った。

そう、黒が使った魔法の異常性に気づいたのはただ1人、エルフ以上に魔法を極めた大賢者であり、驚きの余り飲んでいたビールを噴出したアルトリウスだけであったのも、仕方の無いことだろう。
(ば、馬鹿な……いや、まさか……)
目の前の出来事が夢ではないのかと思いながらも、天才的な頭脳で持ってアルトリウスは察した。
己でも、恐らくはどんなエルフでも出来ないであろう、短時間で、特殊な触媒すら使わぬ物質練成の魔法。
そんな芸当が出来そうな『常連』に1柱だけ心当たりがあった。
(……まさか、同類、か?)
その可能性に思い当たりながら、アルトリウスは静観することにする。
……恐らく自分程度では何も出来ないのを悟ったのである。


「おまたせしました。チキンカレーです」
あのあと店主は席についた黒にアルフォンスと同じ、チキンカレーを出し、仕事に戻る。
それをなんとなく見送った後、黒は先ほどずっと観察していたアルフォンスの食べ方を思い出しながら、白いものを匙で取り、汁に浸して食べる。

―――おいしい。

黒は生まれて始めて食べるそれに大いに舌と好奇心を刺激された。
肉や草花やその種を大量の水で熱した『チキンカレー』という名前らしい汁。
確か、黒が地上にいた頃は周囲の魔力を直接取り込むことが出来ない生き物のうち、それなりに知性を有していた生き物が似た様なものを作っていた気がする。

―――なるほど。赤が好んだのも分かる。

口に運ぶたびに火を通すことで柔らかくなった肉と、草花を使い、それらをただ食しただけでは決してありえぬ味に仕上げた汁。
その味の心地よさに、周囲の魔力を直接糧に出来る黒たちには必要の無い『食事』と言う行為を好んだ同胞を思い出す。
6柱のうち、火の力を強く宿し、6柱のうち最も好戦的であった同胞。
もう34684年ほど会っていないが、元気にやっているのだろうか。
そんなことを考えつつ食していると、汁が尽きる。

―――お代わり

空になった皿を差し出しつつ、先ほどから料理を運ぶ役目を果たしているらしき、角の生えたエルフの娘に意思を伝える。
「ひゃ!?……あ、はい。分かりました」
その意思を受け取ったエルフの娘が驚きつつもその言葉に頷く。
それからほんのわずか待ち。
「お待たせしました。チキンカレーです」
娘が運んできたチキンカレーを食す。

……黒は他の客が皆家路につく、店が終わりの時間を迎えるまで、その行為を100回ほど繰り返した。

黒がこの店に現れ、半日が過ぎようとしていた頃。
「なんじゃ?またえらく珍しいものがおるな」
ひたすらにチキンカレーを食べ続ける黒に声が掛けられる。

―――赤?

懐かしいその声に、黒は手を止めてそちらを見る。
そこには己と同じく、エルフらしき姿へと変じた、かつての同胞がいた。
「うむ。いかにも。どうやらその様子では相変わらずか」
数万年前に顔をあわせたきりとは思えぬほどに気質が変わらぬ黒に、赤の女王は苦笑する。
そう、確かにこいつはそんな奴だった。
6柱で最も賢く、同時に己の興味があること以外にはとことん無関心であった、闇の力を宿せし黒。
かつて、全ての生命の始まりたる『万色の混沌』を6柱がかりで滅した後、空の果てを己が領域と定めて地上より去った後は一切姿を見ていなかったが、どうやら何も変わらなかったらしい。
「かの地にも扉が現れたか……まあ良い」
苦笑し、真面目な顔をして赤の女王はかつての同胞……場合により、敵に尋ねる。
「お前に一つ聴きたいことがある」
―――なに?
赤の女王は黒の性質を知っている。
コレは、己の興味を引かぬものにはとことん無関心だが……己が興味を持ったものに対してはとことん執着する。
返答次第では、どちらの力が上かをきっちり分からせてやらねばなるまい。

そして、赤の女王がその質問を行う。
「この店で、最も美味な食べ物は、なんだ?」
―――チキンカレー。
赤の女王の質問に、即答する。
この強烈な風味はこの店の他の品では出せない。
故に、この店で最高の味は、チキンカレー。
黒にとっては自明のことであった。
「……良かろう。間違いだ」
その返答に赤の女王はわずかな安堵と大きな満足を覚えつつ、裁定を下す。
「おい店主!今後、この娘が食った分は全てわらわが払う。いいな?」
「へ!?いいんですか?いや、確かにあなたならば大丈夫でしょうけど」
赤の女王の言葉に店主は思わず確認をとった後、思い直す。

この娘は細い身体のどこに入っているのか……というより明らかに自分の体重を越えてそうな勢いでカレーを食べている。
当然金額もごく普通の洋食屋で個人が払う額としては異常な値段に達している。
だが、それでも金貨1枚には達しない程度なので、金貨2枚をぽんと出すこの常連ならば払えるだろうと思ったのだ。

「いやなに。この娘はわらわの古い友人でな、どうせカネなぞ持っておらん。だから、この程度の融通は利かせてもよかろう」
―――感謝する。
そう堂々と胸を張る赤の女王に、黒は感謝の意思を伝える。

かくて、異世界食堂に新たなメニューと共に1人の常連が加わった。
朝、開店と共に現れ、閉店と共に去っていく謎の少女。
その正体は、ただ1人を除いて誰も知らない。
今日はここまで
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