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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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マーボードーフ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・賄い料理についてはお客様にお出ししていないものもございますので、ご了承ください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
土曜日、異世界食堂になった洋食のねこやでは、土曜日にだけ出勤する従業員向けに賄いを出している。
朝は日本におけるごく普通の朝食で、大体はパンとスープに何か一品程度のことが多い。
昼はこの店の料理がどんなものかを覚えてもらうという目的も兼ねて、客に出すのと同じ料理を出すことにしている。

そして夜、客の入り具合次第で夕方から閉店後までばらつきが出るこの時間の賄い料理は、店主の気まぐれで何を出すかが変わる。
……気まぐれだけに、普段店では出さないような料理が出ることもよくある。
それは例えば店主が趣味で仕込んだ材料を使ったものだったり、よそ様からのもらい物を使った料理だったり様々である。

その日もまた、そんな日であった。

夜更け、最後の客にいつものようにビーフシチューを渡した後、店主は残った材料から何を作るかを決める。
残ったのは、豆腐と豚ひき肉、それにネギ。
(……うん。こりゃあ、あれだな)
その残った材料から作るメニューを決めた店主は早速とばかりに料理に取り掛かる。

手早くネギを刻み、豆腐を切る。
長年愛用している、手入れの行き届いた中華鍋に油を回し、投入した豚ひき肉を炒めつつ、手早く味付けを施していく。
その動きには無駄が無く、店主の振る鍋の中で材料が瞬く間に料理へと変わっていく。
(……案外、錆びないものだな。こういう腕は)
洋食屋の親父である店主は、一切手を止めずにそんなことを考え、苦笑する。
昔、店主は中華の料理人を目指していた。
今でこそ交通事故で早くに両親をなくした店主を親代わりに育ててくれたじいさん……
祖父の後を継ぎ、洋食屋として店をやりながら『向こうの連中』にも料理を出す仕事をしているわけだが、高校時代は毎日中華鍋を振っていたものだ。
そのせいか、こうして時々中華を作りたくなる。
洋食屋を名乗っているのと、高校時代に修行していた中華料理屋が今でも元気に営業しているため、客に作ることはせず、こうして賄いとしてたまに出す。
幸い店主の中華の腕はまだ衰えておらず、この店で賄いを食べている料理人やバイトからもかねがね好評である。

「……よし、こんなもんか」

出来上がった料理、赤く染まった豆腐をひとかけ小皿にとって軽く味見をして、頷く。
店主の好みよりは少し辛さが弱いが、食べさせる相手を考えればこれでいい。
手早く皿に盛り、飯をもった茶碗と共に盆に乗せる。
「おい。出来たぞ」
そんな言葉を掛けながら持って行く。
「はい!ありがとうございます!」
掃除を終えて手を洗い、卓についていた従業員、アレッタが弾んだ声で言葉を返しつつも、その瞳は、一心に店主が持ってきた料理に釘付けになっている。
料理を持った店主に注がれている腹を減らした若者特有の、今にもお腹のなる音が聞こえてきそうな期待感のこもった視線。
アレッタには尻尾は無いが、あったらぶんぶん振り回していただろう。
(……なんか、おあずけを食らった犬みたいだな)
そんなちょっと失礼なことを考えながら、アレッタの前に料理を並べる。
「えっと、今日の料理はこれ、なんですか? 」
目の前の、刻んだネギとトーフがたっぷり入った赤い料理の香りをかぎ、アレッタはちょっと不思議そうに尋ねる。
見たことがない料理ということは普段客に出していない、賄いでのみ出てくる類の料理なのだとは思う。
漂ってくる香辛料が入っていることを感じさせる独特の香りが空になった胃袋を刺激する。
……どんな料理かは見当がつかないが、今日の料理もまた、美味しそうではあった。
「おう、今日は麻婆豆腐だ」
店主が自分の分の麻婆豆腐と大盛りにメシを盛った茶碗、今日の残りの味噌汁を並べながら、料理の名を告げる。
「よし、食おうぜ。中華は熱いうちが華だ」
昔、修行していた店で言われた言葉でアレッタに食べるように促す。
「それじゃ、頂きます」
「はい!……魔族の神よ。今日もまた私に糧をもたらしていただきありがとうございます……」
店主とアレッタはそれぞれの流儀で律儀に神への祈りをすませ、匙を手に取るのであった。

目の前の、赤い料理に匙をそっと突っ込み、掬い上げる。
(えっと、今日の料理は『チューカ』料理なんだよね。マスターもそう言ってたし)
そんな風に考えながら、目の前でマーボードーフを食べる店主を見る。
異世界料理はどうも細かく種類が分けられているらしい。
アレッタの感覚ではどれも『異世界料理』なのだが、味付けの仕方などで変わるらしい。

考えてみればこの店の客も(人間じゃない種族も含めて)様々な場所から来ている。
アレッタが住む王国の民と、アレッタも名前だけは知っている帝国や公国の民では微妙に料理の好みが違うし、さらに王都でならたまに見かける西大陸の民は着ているものも全然違う。
更にこの店にたまに来る浅黒い肌の客たちは常連の老人曰く『どちらの大陸の民とも違うブンカを持つものたち』らしい謎の存在である。
……もっとも、アレッタから見れば自分をわざわざ法外な金額で雇ってくれている酔狂な異世界人である店主が一番謎の存在なので、余り気にしていないが。

どうも普段客に出しているのがヨーショク(実際この店の名前も『ヨーショクのネコ屋』だ)で、ミソのスープやカツドンなどが『ワショク』らしい。
そして『チューカ』は店主が月に1度作るかどうかという頻度で出てくる賄い料理で、辛い料理が多い。
……もっとも辛い料理の筆頭である『カレーライス』はヨーショクらしいので、いまいち分類には自信がもてないが。

とはいえ辛い可能性が高いのでまずは少しだけ取って、口に運ぶ。
(う……やっぱり辛い……けどおいしい!)
その味を確かめるように咀嚼する。
まず感じるのは、赤い見た目どおりの辛み。かっと口の中が熱くなる。
それとほぼ同時に肉の味を感じる。どうやら細かく刻んだ肉がたっぷり入っているらしい。
細かく刻んだ、脂の乗った豚肉は、大量の肉汁を出し、マーボードーフの汁に肉の味をつけている。
そしてそれらを包み込むように料理の中心に位置するのが、トーフ。
トーフ自体はほとんど味が無いが、だからこそ全体的に濃くて辛い味付けの汁とあっている。
また、非常に柔らかいトーフは口の中で溶けるように砕け、程よく辛さをおさえている。
(うん。これはライスにあいそう)
マーボードーフの中に少しだけ入ったネギの感触を楽しみながら、器に盛られたライスを掬い上げて、口に運ぶ。
トーフ込みでも濃い味付けのマーボードーフは、アレッタの予想通りライスとよく合う。
辛みと肉の味を含んだトーフと共によく噛めば、ライスから出た甘みがマーボードーフに加わり、更に美味しくなる。
これはライスと共に食べるのが前提の料理なのだろう。
店主が、マーボードーフを直接ライスの上に掛けて食べているのを見て、確信しつつマーボードーフとライスを同時に食べ進める。
(でもそうすると問題は……)
そうしていると、大盛りに盛ったライスがマーボードーフより先に尽きる。
「……俺はお代わりするが、アレッタ。お前さんはどうする? 」
と、それを見越していたかのように店主がアレッタに尋ねる。
「お願いします! 」
アレッタもその店主の申し出に、快く頷いた。

仕事を終え、洗い立ての身体を冬支度に買った古着のコートで包み、今日は王都で次の冒険の準備をしていたため異世界食堂には行けなかった雇い主から頼まれたメンチカツサンドと、このところ頻繁に来るようになった雇い主の妹から頼まれたクッキーの缶を入れた袋を提げながらアレッタは人気の無い夜道を歩く。
(冬なのに、なんだかちょっとあったかいな)
先程食べたマーボードーフと温かな湯を浴びたお陰か、冬なのに身体は温かい。
そのことにどこか満足感と幸福を覚えながら、アレッタは今の職場でもある雇い主の家へと急ぐのであった。
今日はここまで。
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