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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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カキフライ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・当店のカキフライは冬期限定メニューとなります。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
洋食のねこやでは、寒い季節になると春になるまでの間、それがメニューに加わる。

ねこやビルの3階にある店主の自宅兼事務所。
店主は店を継いだばかりの頃に買った年代物のパソコンを操作して、随分昔に取り込んだそれを印刷していた。
「よし。ちゃんと刷れているな」
プリンタから吐き出された紙を見て、店主はうんうんと頷く。

そこに書かれているのは、店主にとっては意味の分からない記号の羅列。
これがどうも英語でも、ましてや日本語でもない『サマナーク語』だとかいう異世界の文字らしい。
元を正せば先代が一番の古株の常連(今でも毎週必ず現れてはロースカツとビールを注文していく、自称『賢者』のじいさんである)に頼んで書いてもらったという紙にはこう書かれている。

『カキフライ始めました』

それは、ねこやにおいて、先代の時代から続く冬にのみ出す人気メニューが始まったことを知らせる合図。
今週の月曜日に日本語で書かれた同じ紙を貼り出したときには、待ってましたとばかりに、注文が多数舞い込んだ。
(あのちっこいじいさんたちは間違いなく頼むだろうから……)
そして店主はこれからの営業の算段をする。
今日もまた、忙しくなりそうだ。
そう思いながら。

その日の夕暮れ時。
砦での勤務を終えた公国の騎士ハインリヒはいつものように店に入り、エビフライを注文しようとして、それに気づいた。
「……なんだ?カキフライとは?」
入り口の扉から入ってすぐに目に付く場所に貼り出された、真新しい貼り紙。
恐らくは店のメニューと同じ人物が書いたのであろう達筆で書かれた貼り紙の文字に首を傾げる。
(うむ『フライ』ということはエビフライと同じく油で揚げた料理なのであろうが……)
カキなる食べ物は知らない。海辺の町の出身であるハインリヒにも聞き覚えが無い名だ。
(まあ良い。いつもどおり……)
エビフライを頼もう。そう考えたときだった。
チリンチリンと音を立てて、扉が開く。
「おう!来たぞ店主!」
「おおっと!邪魔じゃ!どけい!」
それと同時に、ハインリヒの腰の下辺りから騒々しい声がする。
「なんだ。またお前等かドワーフ」
ハインリヒはそんな2人組にため息をつきながら横に避ける。
背中に巨大な戦斧を背負った、ハインリヒの半分ほどの背丈しかないドワーフの2人組。
どうも毎回夕暮れ時に来て夜中まで酒と魚をかっくらうことを7日に1度の楽しみとしているものたちらしく、一日の任務を終えてから、夕刻に来ることが多いハインリヒとよく一緒になる。
ハインリヒも素晴らしい料理を前にして一々言い争う気など無い。
「おう!すまんの!」
「さて今日も……おおっ!」
ハインリヒが脇に避けたことで、それまで見えていなかった貼り紙が見えたのだろう。
ドワーフの片割れが大きな声を上げた。
「なんと!今日からはカキフライもあるんか!ひゃっほう!」
「なんじゃいギレム。カキフライちゅうんは?」
小躍りすらして喜ぶ片割れ(どうもギレムという名前らしい)に相方のドワーフが尋ねる。
「おう!カキフライちゅうんわな、毎年冬にだけ売り出される特別なフライじゃ!うまいぞ!」
(ほう。なるほど、冬のみの特別料理か)
相方のドワーフに大声で話しかける言葉に、ハインリヒも思わず耳を傾ける。
それだけ言うとガルドはすぐさま近場の席に陣取り、給仕の娘に大声で注文する。
「おう!カキフライを頼むぞい!とりあえず2皿!それとナマビールを2杯じゃ!」
「は、はい!ありがとうございます」
そしてその短い脚にはいささか高すぎる椅子に腰掛けて脚をぷらぷらさせながら、相方のドワーフを呼ぶ。
「ほれガルド!そんなところでボウと突っ立っておるでないわ!さっさと座らんかい!」
「お、おう!」
相方のドワーフ(どうもガルドという名前らしい)も友人の張り切りぶりに慌てて席に着く。
(……ふうむ)
そんな2人を見ていたハインリヒは、別の席に座る。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょう?」
店主に注文を伝えた後すぐに戻ってきた給仕の娘に、ハインリヒは言う。
「そうだな……カキフライとやらをくれ。つけあわせはパンで。
 それと帰るときに持ち帰りでエビカツサンドを」
あのドワーフの張り切りように、ハインリヒもまた興味が沸いていた。
カキフライという、未知の料理に。

それからしばしして。
「お待たせしました。カキフライです」
給仕の娘がそっとハインリヒの前にそれを置く。
「うむ。ご苦労」
ねぎらいの言葉を掛けた後、ハインリヒは目の前の皿に乗せられたそれを見る。
(ふむ。乗っているものはエビフライと一緒か……)
新鮮な薄緑の葉野菜に、真っ赤なプチトマトという野菜の実。
櫛切りにされたレモンという酸味が強い果実に、この店でしか味わえぬ魅惑の白き調味料、卵とマヨネーズが入ったタルタルソース。
エビフライとほぼ同じ構成の皿の上に、エビフライではないものがひっそりと置かれている。

楕円状の、茶色いフライが全部で6つ。
揚げたてらしく、じゅうじゅうとかすかに音がする。
(うむ。まずは……なにもつけずに食べてこそだな)
未知の食べ物ながらごくりと唾を飲みながら、手にしたフォークでさくりとカキフライを突く。
エビフライを始めとして、この店には『フライ』や『カツ』といった油で揚げた料理が多い。
一見すると同じように見えるそれらの料理は、どの調味料が合うかが微妙に違う。
肉ならばソース、海の幸ならばタルタルソースまたはショウユ。
ハインリヒの好みだとそうなるが、知り合いのメンチカツを好む女冒険者はほぼなんにでもソースを掛けるし、逆にたまにこの店で見かけるエルフはショウユでの味付けを好む。
ハーフリングならばそのときの気分で色々な食べ方を模索しだすことすらある。

そして今回のカキフライ。
タルタルソースがついてきたということは恐らくは海の幸の類なのであろう。
だが、それがどんな味かは知らない。
だからこそ最初は何もつけず、それそのものの味を見極めんとハインリヒは決めた。
フォークを刺した瞬間感じたのは、揚げたてのフライらしい軽い感触。
余り大きくないので、ナイフで切る必要はなさそうだ。
ハインリヒはそれをそっと口元に運び……かじりとる。
(……おお。これは貝の類か!熱いが……うまい!)
その瞬間口に広がるのは、カキにたっぷりと含まれた汁の味。
ほのかな苦味と共に広がる旨みが熱々の衣の軽くて香ばしい味とあわさって口の中を蹂躙する。
ハインリヒは思わずほふほふと息を吐き、熱を逃がす。
「うまい!うまいぞ!なんじゃいこれは!?」
「おう!これこそがカキフライじゃ!こいつを食わんと冬が始まらん!
 おい!もう1皿じゃ!それとウィスキーを瓶で!」
どうやらもう食い尽くしたらしく、別の卓から先程のドワーフたちが騒がしく追加注文をしているのを聞き流しながら、ハインリヒは2つめに取り掛かる。
(よし、次だ)
カキフライのかたわらにちょこんと置かれたレモンを取る。
この黄色い果実は普通に食べてもひたすらに酸味が強いだけでおいしくない。
だが、ハインリヒは既に知っている。
日々を剣を振ることで鍛えられた指が力いっぱいレモンを絞ることでレモンから潤沢な果汁が零れ、カキフライに降り注ぐ。
それを確認したあと、ハインリヒはおもむろにレモンを皿の傍らに置きなおし、カキフライにフォークを指す。
そして、カキフライを白いタルタルソースに軽く浸し、一口。
(うむ!やはりか!タルタルソースはカキフライにもあう!)
その味に大いに満足する。
カキの持つ海の香りと味に、香ばしい衣。
それにレモンの酸味とタルタルソースの味が加わると、カキフライは先程とは別の顔を見せる。
ハインリヒはその風味に大いに満足しながら次に取り掛かる……
瞬く間に皿の上から消えるカキフライ。
だが、まだだ。まだ足りない。
「娘。すまないがカキフライとエビフライを一皿ずつ頼む」
ハインリヒは流れるように、次の注文をするのであった。

「うむ。カキフライか。覚えたぞ」
それからしばしして、ハインリヒは扉の現れる森の中で満足げに腹をさすりながら戻ってくる。
結局エビフライとカキフライを1皿ずつ食した後、カキフライを更に1皿追加した。
「しかし参ったな。これでは次回も食いたくなってしまう」
そんなことを呟きながら、歩き出す。

エビフライが美味いのは相変わらずだが、今日食べたカキフライもまた、負けず劣らず美味であった。
エビフライに使っているシュライプとは違うカキフライの味を思い出し、ハインリヒは思わずごくりと唾を飲む。
(冬限定ということは、春になったら、また半年以上お預けということか)
そう思うと、食べなければ勿体無い気すらする。
とりあえず次のドヨウの日は間違いなくカキフライとエビフライの両方を頼むであろう。
そんな確信をするハインリヒ。
彼に新たな好物が加わった日の出来事であった。
今日はここまで。
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