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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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クリームシチュー

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・料理のレシピについてはお答えしかねますので、ご了承ください

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
ハーフエルフの魔法戦士、メリッサはチリンチリンという、いつもの鈴の音を聞きながら、ふと思った。
(あ、そういえばこれを聞くのも今日が最後になるのか)
メリッサが苦楽を共にした冒険者のパーティーが冒険の末、この店を見つけて10年になる。
その10年は、今年60歳になったメリッサにとっては瞬くような年月であったが、他の『人間』である仲間たちには充分に長い時間であったらしい。
(ここを見つけたばかりの頃は楽しかったのにな……)
まだ仲間たちが集まったばかりの駆け出しの頃、とうの昔に財宝なんて奪いつくされた枯れた遺跡だと知らずに挑んだ、根城にしていた街からそう遠くないところにあった遺跡。
遺跡に住み着いていた野生の獣や弱い亜人のモンスターを苦労しながら蹴散らし、ようやくたどり着いた最深部にあったのが『扉』だった。
7日に一度のドヨウの日にだけ開く、魔法の扉……異世界食堂の扉。

そこは異世界にあるという料理屋で、メリッサたちが見たことも、聞いたことも、そしてもちろん食べたことも無いほど美味しい料理を出す店で、いっぺんにとりこになった。
場所柄、毎回通うことは出来なかったが、いつも何かあったときはここに来ていた気がする。

仕事が成功して、懐が潤ったとき。
数ヶ月に及ぶ冒険を終えて無事根城まで戻ってきたとき。
仲間が死んで、弔いを終えたとき。
その後に入った新たな仲間にパーティーの秘密を教えたとき。

……そして、リーダーの戦士と仲間の魔法使いが結婚することになり、それを機にパーティーを解散することが決まったとき。

7日前、メリッサのパーティーは解散することが決まり、別れの宴が催された。
仲間たちは結婚して故郷に帰ったり、これを機に引退し、これまでの冒険者生活で溜めた金で商売を始めることにしたり、どこか別のパーティーに参加することにしたりと様々に自分の道を選び、散ることになった。
それは魔法戦士でもあるメリッサも例外ではなく、メリッサは10年ぶりに故郷に……エルフの森が近い、人間の町へと帰ることにした。
恐らくはまるで変わらぬであろう母に会うために。

メリッサは、ハーフエルフ……
それも今どきは珍しい『人間の父』と『エルフの母』を持つ、チェンジリングではないハーフエルフである。
父は若い頃、恐ろしい力を持つ魔族相手に槍1本で挑み、いくつもの修羅場をくぐり抜けた歴戦の傭兵であったらしい。
そして好奇心に駆られて森を出てすぐ魔族に捕まり、奴隷にされかけた母を偶然助けたことが縁で知り合い、行動を共にし……やがて夫婦となった。
若い頃はあのアレクサンデルにも負けないくらいの美丈夫で、結婚するまでは色々な女性に言い寄られ、母も随分やきもきさせられたと笑っていた。
……メリッサが10歳のときに死んだ、禿げ上がった頭と真っ白な髭の老人からは想像も出来ないほどに。
メリッサは遅くに出来た末の娘であった。
父以外の男には決して抱かれないと決めている母は、最後の娘となるメリッサを随分と可愛がってくれた。
実家の宿屋仕事の傍ら教えてもらった母親仕込みの魔術と、50歳ほど年上の一番上の兄から教えてもらった父が得意としていた槍術は冒険でも随分と役に立った。
そして、メリッサが齢50を迎えた頃、外の世界を見たいと冒険者を志したときは、笑って送り出してくれた。

だからこそ、パーティーが解散すると決まったとき、メリッサは真っ先に故郷に帰ると決めた。
故郷に帰って、父親が興し、今は母親が切り盛りしている宿屋を手伝うと決めたのだ。
本当は、あの最後の宴の翌日には旅立つつもりだった。
にもかかわらずこちらにあと7日間留まったのは、店主からの言葉があったからだ。

そう、別れの宴のときに父親を思い出させるこの店の店主に、これからのことを告げたときだった。

―――そっか故郷に帰るのか……だったらお前さん、故郷に帰るの1週間、じゃねえや7日間だけ遅らせてもらえないか?
   餞別代りに普段は出してない、特別メニュー作ってやるよ。

どこか50年前に死に別れた父親を思い出させる、白髪の老人は笑いながらそういった。
異世界食堂の特別メニュー。
それが気になり、メリッサはあと7日間だけ根城としていた街に留まり、そして今日、異世界食堂を訪れたのだ。
「よう。来たな。いらっしゃい」
相変わらず、ポツポツとしか人気が無い店内で、店主がメリッサを迎える。
「ええ。今日はお招き頂きありがとう」
それに落ち着いた口調で返し、いつもの席へと座る。
「それで、今日は何を食べさせてくれるの? 」
メリッサの問いかけに店主はさらに笑みを深めて、言う。
「おう。今日はな……クリームシチューだ。最初っから肉抜きのな」
「へぇ……なるほどクリームシチュー、作ってくれたんだ」
その言葉にメリッサは納得する。特別メニューだといっていた意味も含めて。

クリームシチューの肉抜き。
それが良くメリッサの頼んでいた注文である。
エルフの母親に育てられたハーフエルフであるメリッサは、肉や魚、乳や卵を余り好まない。
食べられないわけではないが、独特の匂いがあって苦手だった。
逆に言えば、それでも好物になるくらい、この店の良く煮込まれたクリームシチューは、美味であった。
だからこその肉抜きで、店主はその注文を受けるたびに、肉の代わりに野菜を多く入れたクリームシチューを出してくれていた。
「もちろん普通のじゃねえ。色々特別だ」
そんなメリッサの表情を見て、店主は笑みを深めて言う。
「つうわけでちょいと待っててくれ」
そういうと店主は奥に引っ込み、すっかり出来上がっていたそれを取ってくる。
「おまたせ。ねこや特製エルフ豆のクリームシチューだ」
そう言ってコトリと深い皿に盛られた白いスープ。
「今日は餞別ってことで俺のおごりだ。じゃんじゃん食ってくれ」
「ええ。ありがとう」
店主に、メリッサは微笑みで返す。
「んじゃま、ごゆっくり……っと、いらっしゃい」
「ヌ。キタ」
チリンチリンという音と共に入ってきた常連のリザードマンの客に応対するべく行ってしまった店主を見送り、メリッサは銀の匙を手にする。

(……やっぱりお肉は入れてないのね)
そのシチューの具を軽く確認してみる。
秋に良く取れる肉厚のキノコに、鮮やかな橙色のカリュート、透き通るまで炒められたオラニエに、後から入れられたのであろう鮮やかな緑を残したオオトリグサ。
そこには確かに肉は無く、彩り鮮やかな野菜たちが白いとろりとした汁の中で漂い、良い匂いを漂わせている。
(あれ?このシチュー……匂いが違う?お肉が入っていない、特別製だからかしら)
ふと、メリッサはそのことに気づく。
いつもと、ほんの少しだけ、匂いが違う。
肉の匂いがしないのは当然だが、乳の匂いもしない。
(まあ食べてみれば分かるわね)
そう思い、掬い上げ口に運ぶ。
(……うん。美味しい)
口の中に広がる、ほのかに甘みを帯びた柔らかな味に、メリッサの顔がほころぶ。
よく煮込まれ、灰汁抜きもしっかりされた野菜の数々。
どれも歯を立てるととろけるように崩れるほどに柔らかく、汁をしっかりと吸っている。
乳の風味が美味い具合に野菜の持つえぐみを消し、野菜の持つ風味が乳の味に風味を追加する。
それに、キノコ。
旨みをたっぷりと含んだキノコは故郷に近いエルフの森で取れたのとまったく同じ味で酷く懐かしい。
様々な野菜とキノコの味を存分に含んだ、ミルクの汁。
一口含むごとに味わい深い豊かな味わいがメリッサを笑顔にしていた。
「おう。うまいか?」
「ええ、とても。おかわり、いいかしら?」
店主の問いかけにも笑顔で頷き、聞き返す。
こんなに美味しい料理を、ただの1杯で終わらせるなんてもったいない。
「もちろんだ。お前さんのためにたっぷり仕込んだからな。
 いくらでも食ってってくれ」
そんな、孫と同じくらいの歳に見える若い娘に対して店主も思わず笑みを浮べて返すのであった。

「……ふぅ。美味しかったわ。ありがとう」
そして、都合3杯食べた後、ため息と共にメリッサは匙を置く。
「おう。美味そうに食べてくれてなによりだ。こっちこそ長年ご贔屓にしてくれて、ありがとうな」
「……そういえばこれ、どうやって作ったの?乳の味はするのに、匂いは全然しなかったけれど」
これでお別れ。
そう思ったらメリッサはそれを尋ねていた。
このシチューを食べている間感じたこと。
それは……クリームシチューを作るには絶対に欠かせないはずの乳の味はしても、乳の匂いはしないという不思議。
その秘密は今聞かなければ、2度と知る機会が無いのではないかと考えたのだ。
「ああ……まずな、こいつは、全部お前さんの世界で採れるものだけで作ったんだ。野菜だけじゃなくて、ソースも全部な」
メリッサの問いかけに店主が快く種明かしをする。
出入りの商人から最愛の妻や孫に食べさせるために買い取っている異世界で取れる食材。
それだけを用いて店主はこのクリームシチューを作った。
……この世界ならではの技法まで駆使して。
「そんで、俺等の世界にはな、獣から取らない乳ってのもある……というか作れる。
 エルフって奴は生臭物が苦手なんだろ?だから、今日のシチューは生臭物は一切抜きで作ってみたんだ。
 ま、こっち風にいやあ精進シチューってところだな」
向こうではエルフが育てているという豆。それは、こちらの世界にも良く似たものがある。
それで気になった店主が試してみたら、案の定ほぼ同じものが作れた。
だからこそ、店主は長年の常連との別れに出す料理として、これを選んだのだ。
「まあ、作り方は……自分で探してみてくれよ。生憎うちは料理のレシピは客には教えないことにしてるからな」
どうやって作ったか。その秘密をあえて店主は教えない。
大事な商売物である料理のレシピを教えるなんてことは日本人だろうと異世界人だろうとどんな客に対してもしていないし、なにより。
「ま、あんたならできるだろ。それが俺からの餞別だ」
異世界食堂が始まって間もない頃から贔屓にしてくれたこの客ならば、きっと自分で答えを見つけ出すだろうから。
「……そう。ありがとう。本当に美味しかったわ」
そんな店主の考えを見抜いたメリッサは微笑んで言う。
このシチューはメリッサにとっては今までで一番美味しかったし、何より故郷に持ち帰る土産としても最高の一品だ。
「それじゃあ、もう会えないと思うけど、元気で」
「ああ、元気でな。また、こっちに来ることがあったら歓迎するよ」
そして店主は長年の常連に別れを告げる。
恐らくはそれが、2人の交わす最後の言葉になると、なんとなく予想しながらも。

―――そして、あの『特別なクリームシチュー』を食べてから18年の歳月が過ぎ去った。

今日もメリッサが料理人を務める宿屋は大盛況だった。

「ふう。すっかり寒くなったな。メリッサ、エルフ豆のクリームシチューをくれ」
「うん……やっぱ美味しいわこれ」
「うん。これだな。前に人間が作ったクリームシチューを食べたけど、生臭くて食べられたものじゃなかったな」
「まあメリッサのこれは特別製だからな」
「……これ、もしかしてトーフ?」
「すみません!エルフ豆のシチュー、おかわりをくださいな!」

余り広いとはいえぬ店内で、口々に注文を口にする客たちの半数以上は、エルフ。
メリッサの実家の宿屋。
昼間は食堂、夜は酒場も兼任しているその店には、この店でしか食べられない、特別なメニューがある。

エルフ豆のクリームシチュー。
それは、肉や魚、卵に乳も食べられないエルフでも美味しく食べられる、不思議なシチュー。
この辺りに住むエルフで食べたことの無い者はいないというくらいに評判の料理。

最後に異世界食堂を訪れた日から8年かけて、メリッサは真実にたどり着いた。
あの日、店主が何気なく言った『エルフ豆の』クリームシチューという言葉。
そこに感じた違和感……シチューの具にエルフ豆が入っていなかったことに気づき、そこから気づいた。
水を吸わせたエルフ豆を砕いて煮込むことでエルフ豆から牛の乳に似たものが作れる。
そのことを知ったメリッサはあの日食べた味を参考にエルフ豆のクリームシチューを完成させた。
最初は生粋のエルフである母に食べてもらい、次に母の知り合いであるエルフ、次にさらにその知り合いの……

やがてその噂は東大陸のあちこちに住むエルフたちに伝わり、メリッサのシチューを目当てに、よその森からわざわざ来るエルフもいるくらいには評判をとり、宿屋は随分と繁盛している。
「はいはい。少し待っててくださいね。もうすぐ、新しい鍋で作ってる分ができますから!」
数十人前は同時に作れる大鍋をかき回しつつ、同じくハーフエルフの兄や姉たちが次の仕込みに入ったのを見てメリッサは大声を張り上げる。
毎日続く、目の回りそうなくらい忙しい日々。

だがそれは同時に、充実した日々でもあった。
今日はここまで。
ちなみに炒める際にはバターの代わりにエルフ豆油を使ったみたいです。
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