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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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シーフードピラフ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・お客様は皆様平等に扱わせていただきます。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
帝国出身の雇われ従者、アルフレッドは1人の美しい少女を伴い、帝都の市街区を歩いていた。
「……本当なんでしょうね?」
今の彼の主人……遥か西の大陸にあるという砂漠の国からやってきたゆるく波打った黒髪に小麦色の肌を持つ貴族の娘、アイーシャが再びアルフレッドに尋ねる。
「ええ。本当ですよ」
その問いかけにアルフレッドは頷く。
アルフレッドには秘策があった。
二言目には帝国にいるのは嫌だ、砂の国に帰りたいという、主人を喜ばせるための。

帝国の首都、帝都は若い都である。
何しろ帝都が栄え始めたのが賢帝ヴィルヘイムがこの国を『帝国』と称するようになってから……未だ50年ほどしか経っていないのだ。

かつて、帝国と同じ名を持つ国があった。
東大陸屈指の大国たる王国や人間にとって最初の国である古王国の流れを汲む公国ほどではないものの、それなりに栄えた国だったらしい。
だが、その帝国と同じ名を持つ国……旧帝国はあっさりと滅んだ。余りに場所と運が悪かったがために。

邪神戦争末期、幾多の人間と魔族の戦いを経て旧帝都の近辺は戦場のど真ん中、最前線となってしまった。
その戦いは凄まじく、いくつもの街や村が戦いに巻き込まれて滅んだといわれている。
そしてあるとき、魔族を力でもってまとめていた魔族の指導者『魔王』の1人が人間の都を欲し……全軍を挙げて旧帝都に攻め寄せた。
何しろ相手は邪神戦争の時代、一騎当千の化け物ぞろいと恐れられていた頃の魔族である。
ひとたまりも無く旧帝都は陥落し、旧帝都にいた王族たちはただ2人、4人の英雄に救われるという類まれなる幸運により落ち延びることに成功した姫と、幼子であった姫の息子を残して全員落命した。

そのとき生き残った姫こそが帝母アーデルハイド、そして幼子こそが後の賢帝ヴィルヘイムであり、帝国の歴史はそこから始まった。

帝国はヴィルヘイムがダンシャクの実を発見して普及させるまで、長らく多くの民たちが貧しい暮らしをしていた国である。
それ故にまだまだ金持ちは少なく、高級な店も少ない。
また、東大陸の中原に位置する都であり、海も遠い。
それ故に……
「正直信じられないのだけれど。海の幸を使った米料理を出す料理屋があるなんて」
アイーシャが欲する料理には非常に縁遠い地であった。

アイーシャは西の大陸にある、砂の国の産まれである。
西の大陸では一般的な作物である米と、海辺の港町であった砂の国の街に住むなかで慣れ親しんだ海の幸。
どちらも東大陸で、内陸部にある帝都ではまず手に入らない。
ましてやアイーシャの欲するような料理ともなれば金に糸目をつけず、魔術師の力を借りて特別に運ばせでもしない限り、食卓に並ぶことは無い代物だ。
アルフレッドはその料理に心当たりがあるというが、アイーシャには正直信じられない話であった。
「大体この辺りには店なんて無いじゃない。まったく……」
おまけに場所もアルフレッドの話が胡散臭いものであることを示していた。
そう、今2人が歩いているのは主に外国から来た貴族たちが住むための屋敷が立ち並ぶ一角。
貴族の身なれば出入りの商人に必要なものを運ばせるのが普通であることもあって様々な商店が立ち並ぶことは無い場所だ。
常識で考えればそもそも料理屋どころか店自体があるわけが無い。
「それがですね。あるって分かったんですよ。最近なんですけど」
だが、そんなアイーシャの反応にアルフレッドは苦笑しながら答える。
今から『7日前』、このあたりにくることはまず無い種族であるハーフリングを見かけ、好奇心に駆られて尋ねたことで、アルフレッドは知った。
この帝都では唯一、この地域に現れる『店』のことを。
「ほら、つきましたよ」
そう言いながらアルフレッドが指差したのは、どこぞの貴族が住んでいるのであろう屋敷と屋敷の間の狭い路地。
「……なんであんなところに扉があるのよ? 」
普通ならまずあることすら気づかないであろう細い路地をふさぐように立てられた黒い扉にアイーシャは首を傾げる。
「ええと、そういうものらしいです。あの扉は」
7日前の自分と同じ反応に苦笑しながら、ハーフリングから聞いた話しをアイーシャにも話す。
「あそここそが、7日に1度だけ開く、異世界の料理屋……異世界食堂に通じる扉だそうです」
あの日食べた、アイーシャが欲していたものそのままな美味な料理を思い出しながら。

チリンチリンと音を立てて扉が開く。
「ようこそ!ヨーショクのネコヤへ! 」
その音に半ば反射的に振り返り、短いスカートをはいた給仕の少女が2人に言葉を掛ける。
「……魔族が給仕なの?この店」
その給仕の頭から小さな角が生えているのを見つけ、アイーシャはアルフレッドに尋ねる。
帝都には魔族が多く住みついており、見かけることも多いが、仮にも貴族が利用するような店で働いていることはまずない。
「みたいですね。と言ってもこれぐらいで驚いてちゃダメらしいですよ。
 今はいないですけどここは魔物でもお客にするらしいですから」
そんなアイーシャに諭すようにアルフレッドは言葉をつむぐ。
「魔物を!?嘘でしょそんなこと……」
あるわけない、と言う前にチリンチリンと音を立てて扉が開く。
「ム。ジャマ。ドケ」
「ひぃ!? 」
思わず後ろを振り返ったアイーシャは、後ろに立っていた客……筋肉が膨れ上がったリザードマンの巨体に悲鳴を上げる。
「す、すいません。すぐどきますんで」
「ム」
慌てて硬直するアイーシャを引っ張ってどかすと、リザードマンは一つ頷いて空いている席にどっかりと腰を下ろし、給仕に料理を頼んでいる。
給仕の少女の方は慣れているのか笑顔を崩さず、素直にリザードマンの注文を聞いていた。
「なななななんなのよこの店、おかしいんじゃない!? 」
突然の出来事に涙目になりながらアイーシャがアルフレッドに抗議する。
「確かに、この前来た時は夕方だったんで気づきませんでしたが、これはちょっと……」
再び扉が開いて入って来たのが、小さなフェアリーの群れであることに気づいて驚きながらも、アルフレッドが苦笑する。
初めてこの店を訪れたときに聞いた話は幾らなんでも法螺だろうと思っていた。
ここに導いたのが冗談の類を愛する種族であるハーフリングだったこともあって。
「まあとりあえず座りましょう……えっと、ここ、いいですか? 」
店の中を見て、非常に美しい、どこかで会ったことがあるような気がする帝国人らしき少女とアイーシャと同じ、砂の国の貴族らしき少女が他愛の無い話に花を咲かせている卓の隣の卓が空いているのを見て取り、同じ卓で話に加わらず、所在なさげにしていた男性に聞く。
「……ああ、好きにするといい」
小麦色の肌と、手入れの行き届いたつややかな黒髪、あちこちに金糸を使った異国風の服をきていることからして、砂の国の貴族なのであろう男が興味なさげに頷く。
「そうですか。ありがとうございます……ささっ、お嬢様。こちらへ」
許可が下りたのを幸いとばかりにアルフレッドはアイーシャを促し、席へと座らせる。
「……本当に、大丈夫なんでしょうね?このお店? 」
もう色んなことに驚き疲れたアイーシャが、アルフレッドに尋ねる。
……隣の卓の砂の国の『兄妹』にそこはかとなく見覚えがあるのは、きっと偶然だと自分に言い聞かせながら。
「すみません。注文いいですか? 」
アイーシャが席についたのを確認し、アルフレッドは給仕の少女を呼ぶ。
「はい!えっと、何にされますか? 」
「えっと、シーフードピラフを2皿お願いします。それとカッファ……じゃないやコーヒーを食後に」
手早く注文……この前来た時と同じで、なおかつアイーシャが前々から食べたがっていた『海の幸を使った米料理』を頼む。
「はい!ありがとうございます。少々お待ちください」
給仕の少女もそれを承諾し、早速とばかりに店主に注文を伝えに行く。

それからしばし。
「お待たせしました。シーフードピラフです」
奥で注文を受けた、この店の店主なのであろう中年の男が皿に盛られたそれをことりとアイーシャとアルフレッドの前に置く。
丸まった赤いシュライプと、皮を剥き、格子状に包丁で切れ目が入れられた白いクラーコに貝の剥き身、そして細かく刻んだ野菜が混ぜ込まれた白く透き通った米料理。
バターの香りがアイーシャの鼻をくすぐり、アイーシャは思わずごくりと唾を飲む。
「それじゃあごゆっくり」
店主はそれだけ言うとまた奥に戻ってしまう。
そして、2人の前にはバターの香りを漂わせるシーフードピラフだけが残された。
「……見た目はまあまあね」
ごくりと唾を一つ飲んだ後、澄ました顔でアイーシャがそう言った瞬間、腹がそれに答えるようにきゅるりと声を上げて、アイーシャは思わず赤面する。
「ささっ。冷めないうちにどうぞお召し上がりください」
その音を華麗に聞き流し、アルフレッドがアイーシャに促す。
「わ、分かってるわよ! 」
思わず声を荒げながらも、アイーシャは銀色の匙を手に取る。
そして具材と米を掬い上げ……口に運ぶ。
(あ、美味しい……)
口に入れた瞬間、どこか懐かしく、予想以上の美味にポロリと涙が毀れた。
柔らかに炊き上げられた、バターの香りを纏った米。
帝国では貴重な香辛料がしっかりと味付けに使われ、海の幸の旨みをたっぷり吸ったそれが、口の中でほどけていく。
米そのものの質もかなり良いらしく、噛み締めるたびに次の一口がほしくなる味だ。

上に乗った具の味も良い。
どれも海から運ばれてきたものとは思えぬほど新鮮で、臭みがまるで無い。
程よい弾力を持った小さいシュライプに、食べやすくするために、格子状の切り目が刻まれたクラーコ。
美味なスープをたっぷりと中に含んでいる、アイーシャの知らぬ貝。
よくよく味わってみれば、細かく刻んだ野菜も多数使われているらしく、鮮やかな橙色と黄色、緑の野菜が見え隠れする。
そしてその野菜から染み出たスープも米に吸われる事で、米そのものの味を引き上げていた。

気がつけば、シーフードピラフは皿の上から消えていた。
残っているのは、お腹の中の満足感。
お腹の中から湧き上がってくるシーフードピラフの温かさを吐き出すように、アイーシャはほう、と息を吐いた。
「どうでしたか?お嬢様。お気に召していただけましたか? 」
「そうね……まあまあ、かしら」
アルフレッドの笑みにハッと気づき、アイーシャは取り繕って言う。
……口元に米粒を一つつけながら。
「良かった。お気に召していただけたようで何よりです」
そんな主人が大いに満足したことを確認した後、アルフレッドもシーフードピラフに手をつける。

美味かった。前に食べたときと同じく。
(お嬢様にも食べてもらえてよかったな……)
どうやらこの料理は異国の主人にとってもとても美味しい料理だったようだ。
普段食が細い方である彼女にしては驚くほどの速さで、ピラフを平らげていた。
(……うん? )
そして食べ進めて行こうとしたところで、気づく。
アイーシャがじっとアルフレッドが食べているピラフを見ているのを。
「……あの、すいません。これと同じものをもう1皿お願いします」
「はい。ありがとうございます」
給仕の少女を呼びつけて、追加で料理を頼む。
「……!? べ、別に私はいらないわよ!?1皿で充分だもの」
そのことに思わずといった感じで言葉を荒げてアイーシャが反論する。
「ええ。分かっています。ですが私は男なものでこれ1皿では足りませんので追加を。
 ……とはいえもう1皿というのは多すぎるので、お嬢様にも手伝ってもらえませんか? 」
そんなお嬢様を微笑ましく思いながら、アルフレッドは提案する。
「……!しょ、しょうがないわね!いいわよ! 」
ぱあっと笑みをこぼしながら、アイーシャが頷く。
(やれやれ。面倒なご主人様だ……そこがまた、可愛らしいのだが)
そんなアイーシャに苦笑しながら、アルフレッドはピラフを食べ進めるのであった。

外に出た瞬間、先程まであった扉は幻のように消えてしまった。
「本当に、不思議な店ね」
「まあ、異世界らしいですから」
そんな会話を交わしながら、そっと扉のあった場所から離れる。
「また今度、一緒に行きませんか?お嬢様」
歩きながら、お嬢様にそんな提案をする。
「そうね。まあ……3日に1回くらいなら付き合って上げてもいいわよ? 」
それにアイーシャは嬉しそうにしながらも平静を装って、言う。
「いや、あのお店は7日に1度しか現れないらしいのですが……」
「ええっ!?そうなの!? 」
そう言った瞬間の、アイーシャが浮べた悲しそうな顔を見ながら。
(うん。また7日後は必ず行こう)
アルフレッドはひそかに次の予定を立てるのであった。
今日はここまで。
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