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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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キノコスパ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・ご帰宅先は入った場所となりますのでご注意ください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
とある名も無き小さな町。
その外れにある森の中で薬師を営むアリサは7日間心待ちにしていたその日の朝、いつものように黒い扉を発見し、ふんわりと笑った。
「ああ、良かった……」
アリサの住まう森の一軒家の庭先、扱いの難しい薬草がところ狭しと植えられた薬草園に3年ほど前から現れるようになった、黒い扉。
それが現れるようになってからというもの、アリサはいつもその扉の先……異世界食堂を訪れる日を楽しみにしていた。
「さっそく準備しないと……」
それからアリサはいつも出かける時間までの間に出かける準備をする。
自家製の化粧と、孤児だった自分を拾って育ててくれた薬師の師匠が昔縫ってくれたドレス。
それから薬を売って得た金を少し。
「うん。これでよし。楽しみだなぁ」
7日に一度の楽しみの日に想いをはせつつ、浮かれた気分で薬作りをする。
……おかげでちょっと失敗して、無駄になった薬の元を捨てることになったが。

そして太陽が中天に昇る昼時。
アリサはいつものように扉をくぐる。

チリンチリンという扉の鈴の音を聞きながら扉を閉じて……その直後再び扉が開く音を聞く。
「ちわっす!こんちは。アリサ。元気にしてた? 」
「うん。こんにちわ。メイメイ。元気にしてたよ」
入ってきた少女……褐色の肌に大き目の白い山羊の角を持つ、黒髪の少女に笑顔で挨拶をする。
「そっか!良かった良かった。じゃあ、座ろっか」
「うん……」
昼時で忙しいのだろう。料理を運んだり、注文を聞いて回ってる給仕の少女をちらりと見てから、頷く。
そして2人連れ立ち、適当な席に座る。
「いらっしゃい」
それとほぼ同時に、他の客に料理を運んできたついでとばかりに水を持ってきた店主に話しかけられる。
「ご注文はいつものやつで? 」
注文を確認される。
ここ数年、この店に来たとき、2人の注文は大体いつも同じだ。
「はい。私にはワフーキノコスパを下さい」
「うん。私はキノコクリームスパ!あ、お箸つけてね」
「はいよ」
2人のいつもどおりの注文に店主は頷き、奥へと引っ込む。
「それで、そっちはどうだった? 」
「ん~?いつもどおりだよ。ずっと羊の世話してた。そっちは? 」
「私もいつもどおり。草と花の面倒を見て、森にキノコとか取りに行ってお薬作って……ね。
 あ、でもこの前来たお客さんが……」
それから2人の間で交わされるのは他愛の無い話。
……町外れで、師匠を流行病で亡くしてから、女1人で暮らしているアリサにはとても貴重な時間である。
「ん?どったの?給仕の娘の方なんか見て 」
「ううん。なんでもない」

目の前の友人に笑顔で答える。
この店は居心地が良いと、アリサは思う。
少なくとも彼女の故郷では、魔族が店の給仕をしているなんてことは有り得なかった。
優秀な薬師で、血のつながりのない人間の孤児を拾って育ててくれるほど優しかった彼女の師匠が、
その瞳と鱗を隠すためにいつも目深なフードと包帯で顔を隠さなければならない程度には、魔族は肩身の狭い思いをしていた。

「おう!酒だ!しょうちゅうをビンで3本追加頼まあ! 」「ろぉすとちきんと焼きおにぎりも頼むよ! 」
「それじゃあスコッチエッグの追加。お願いね」
「カルパッチョお替りちょうだい! 」「次はスモークサーモンの奴でお願いします」
「ム。オムライス。オカワリ」

……まあオーガだのラミアだのセイレーンだのリザードマンだのが行儀良く料理に舌鼓を打つこの店では今更という気もするが。

「お待たせしました。和風キノコスパと、クリームキノコスパです」
そんなことを考えながらメイメイとたわいの無い話をしていると、店主がお目当ての料理が出てくる。
「待ってました!うん。相変わらず美味しそう」
「そうね。じゃあ、頂きましょうか」
お目当ての品に2人はそれぞれ食べ始める。

アリサはフォークを手に、茶色いワフーキノコスパを。
メイメイは箸を手に、白いクリームキノコスパを。

(相変わらず凄いなあ。あんな棒で食べられるなんて)
箸で器用に白い騎士のソースが絡んだクリームキノコスパを美味しそうに食べるメイメイを見ながら、アリサもワフーキノコスパを食べ始める。
具は、燻製肉に、濃い緑の葉野菜(メイメイが言うには『オートリグサ』なる野菜らしい)、甘くなるまで炒めたオラニエに、キノコ。
このワフーキノコスパには2種類の茸が入っている。
味も食感も違う、2種類のキノコが多めに入ったそのキノコスパを、アリサはいっぺんで気に入ってしまった。
(まずは……やっぱりキノコよね)
フォークで麺と一緒にキノコを取る。
ワフーソースで全体的に茶色く染まった薄切りのものと、黒い頭を残したもの。
独特の塩気とバターの風味を感じさせる麺と共にそれを口に運ぶ。
(……うん。やっぱりこの料理の主役はキノコよね)
2つのキノコは相変わらず、抜群に美味しかった。
キノコ本来の味もさることながら、他の具材やソースの汁気をたっぷりと含んでいるのが素晴らしい。

脂っ気が強めの燻製肉の、肉と脂の旨みと、炒めたオラニエが持つ甘み。
麺を炒めるために使われた、バターの風味と香り。
そして何より、この料理の味付けに使われているワフーソース。

キノコを噛み締めるたびに、その旨みがキノコ本来の味と共に出てくる。
店主が言うには『シメジ』なるキノコと『マッシュルーム』なるキノコ。
どっちも薬草の類には詳しいアリサでも向こうでは聞いたことが無い異世界のキノコだが、味はどちらも抜群だ。
一緒に入ったオートリグサでもこの旨みは楽しめるが、やはりキノコから出るものの味は格別だ。
アリサは自然笑みを深めながら、麺と具材を黙々と口に運ぶ。
「「……ふう」」
そして、ある程度食べ進めたところで、一旦フォークを置く。
それと同時に、メイメイも箸で器用に食べ進めていたクリームキノコスパを食べる手を止める。
「じゃあいつもどおり……」
「交換、ね」
一旦水を飲んで口の中を洗ったあと、残ったキノコスパ……2人ともちょうど半分食べたものを交換する。
2人とも、女1人で暮らしてる身で、懐には余り余裕が無い。
だからこそ、1度で2種類の味を楽しめるこの方法をメイメイが提案したとき、アリサはすぐに賛同した。
(……うん。やっぱりこっちも捨てがたい、かな)
メイメイから受け取ったクリームキノコスパを食べながら考える。

クリームキノコスパに入っている材料は、ワフーキノコスパと同じ。
燻製肉に、オラニエ、オートリグサに2種類のキノコ。
だが、決定的に味付けが違う。

クリームキノコスパに使われているのは、騎士のソースである。
乳とバター、小麦粉で作られた、濃厚なソース。
ワフーソースより大分強いバターの風味と甘い香りが口に運ぶたびに鼻を通り抜け、その甘みが具材とよくあっている。
それは町で行われる様々な祭りの日に作られる騎士のソースよりもずっと美味しかった。

アリサの故郷では祭りの日などの特別な日に食べるものだが、メイメイの住んでいる場所では未だ作られていないらしい。
初めてこの店を見つけて食べたとき、その余りの美味しさに、思わず涙まで流したとメイメイは笑っていた。
(面白いものね。同じ世界に住んでいるはずなのに、全然食べてるものが違うなんて)
今まで聞いた話を思い出し、アリサはくすりと笑う。
メイメイが言うには、ワフーソースに近い味のものがメイメイの故郷にはあるらしい。
塩漬けの魚を発酵させて作る調味料で、彼女の故郷……海国ではそれなりに出回っている品だという。

東大陸に住むアリサは騎士のソースを知っていたが、ワフーソースは知らなかった。
西大陸に住むメイメイはワフーソースに近いものは知っていたが、騎士のソースを知らなかった。

そのことがアリサに文化の違い、というものを感じさせる。
(面白いわね。本当に……)
故郷の町外れの森の中では絶対に知りあうことが出来なかったであろうメイメイ。
それとであったことも含めて、アリサは神に感謝しながら、クリームキノコスパを食べ進めるのであった。

それから、2人はほぼ同時に食べ終えて金を払い、店を後にする。
「じゃあまた。7日後にね」
「そうね。7日後に」
別れが名残惜しくて、扉を同時にくぐりながら次の約束を交わす。

扉をくぐり、降り立つのは、見慣れた薬草園の一角。
隣には……誰もいない。
メイメイはメイメイで自分がくぐった扉のある場所……普段自分が世話している羊がいる牧場の一角に降り立っているのだろう。
「……やっぱりちょっと残念ね」
後ろで今日の役目を終えた扉が消えていくのを見ながらポツリと呟く。
7日に1度、あの食堂が開く日にのみ共に過ごせる……大事な友達。

魔族も人間も関係なく、気持ちの良い友人に7日に1度しか会えないことを残念に思いながら、アリサはいつもの薬草の調合に戻る。
……次の、美味しい料理を楽しい友人と共に食べる日を今から心待ちにしながら。
今日はここまで。
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