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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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スイートポテトタルト

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・秋限定!スイートポテトのタルトは野菜の日からの販売。
 是非お試しください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
まだ早い時間、上の階にあるケーキショップ『フライングパピー』の店長がいつものように注文の品を持ってきたのは、異世界食堂の開店の準備をしている最中であった。
「よう。今日もせいが出るな」
「おう」
「あ!おはようございます!店長さん! 」
ケーキを乗せたワゴンを持ってきた店長に、店主とアレッタは挨拶を返す。
「うん。おはよう。ほれ、ケーキ持ってきてやったぞ。いつもの奴に、今日からの一品だ」
そういいながら店長はパウンドケーキやプリンといった定番に加えて『今日のスペシャルケーキ』を取り出す。
「わあ……おいしそうですね」
それを見たアレッタは思わずため息と共に感想を口にする。
今回アレッタが初めて見る、鮮やかな赤紫の皮と濃い黄金色の中身を持つそのケーキは見た目も美しく……
いかにも甘くて美味しそうだった。
「おう。美味いぞ。今年の初物使ってるからな」
アレッタの言葉に店長が笑う。
毎年『野菜の日』から年が変わるまでの期間限定のフライングパピー秋の定番メニュー。
常連から通年売ってくれと何度も言われながらも旬の季節のみに売ることにしている人気商品。
「今年もこいつの季節……スイートポテトのタルトの季節がやってきましたってね」
そう言いながら店長はタルトの一つを手に取り、アレッタに渡す。
「ほれ。あいつのおごりだ。食ってみてくれよ」
「え!?いいんですか!? 」
思わずそれを受け取ったアレッタは店主の方を見る。
「……1個だけだぞ」
「は、はい……じゃ、じゃあ……」
店主の許しを得て、アレッタはごくりと唾を飲み、それを頬張る。
(あ……これ……)
柔らかく、口の中で溶けるように崩れる焼き菓子の食感と共に広がる甘み。
この店の、アレッタの知るものよりもずっと甘い果物の甘みとも、この店でしか食べられぬクリームの甘さとも違う、不思議な甘み。
それが口を通って胃の中へと落ちていく。
口の中から消えたケーキの感触が惜しくてすぐに頬張り……たったの5回ですべて食べ終える。
「……うまいか? 」
「はい! 」
目を細めてアレッタの様子を見ていた店長の言葉に、アレッタは一も二も無く頷く。
「おう。そっか!良かった良かった」
その言葉に少しだけ安堵しながら店長は笑い、店主に言う。
「つうわけで今日から売るから、頼んだぜ。確かスイートポテトのタルトには、ファンがいるんだろ? 」
店長が店主に確認する。
前に店長は店主から聞かされたことがある。
毎年スイートポテトのタルトが売られる時期にだけ来る常連がいると。
「おう。なんとなく今日辺り来そうな気がする」
その店長の確認に店主は頷き返す。
毎年、秋口になると訪れる、スイートポテト目当ての常連客。

そろそろ訪ねてきそうだと、店主の長年の食堂経営で磨かれた勘が告げていた。

麓の町の日陰にわずかに残っていた雪が完全に溶け、春の兆しが見えてきたとあるドヨウの日。
「うむ。今日辺りがそろそろ頃合いであろう」
『金の神』に仕える神官、アントニオは悟り、重々しく頷いた。
「少し修行に出てくる。夜までには戻る」
妻と子供たちに簡単に用事を告げ、アントニオは修行のための場所へと向かう。
「……うむ」
かねてより修行の場として長年使い続けたその場所……人間が上るのはまず不可能である断崖絶壁を見上げる。
その崖は頂上が雲に覆われて見えぬほどの高さがあり、すべてを拒むようにそびえ立ってた。
だが、金の神に仕える神官の中でも特に優れたアントニオにはその高さはなんら問題とならない。
「では……行くとするか」
一言呟くとアントニオは早速準備をする。
簡素なつくりの上着を脱いで腰に巻き、濃い暗褐色の肌によく鍛えられた上半身をさらす。
それを晒しながら、アントニオは静かに目を閉じて手を合わせ……祈る。
祈りの対象は、自らが奉じている空と雷を司りし金の神。
この世で最も強き生物たる『竜』の姿をしている6柱の神の一つ。
その力を拝借するための祈りを集中と共に続け……
「ぬうん! 」
気合を込めた掛け声と共に発動する。
その祈りの力により、背中から神の持つものと同じ、金色の竜の翼が生えてくる。
「うむ……」
2,3度その翼をゆっくりと動かして身体になじませた後、アントニオは上を見上げ、飛ぶ。
見る見るうちに大地が小さくなり目の前を岩が流れていく。
「……ぬう」
そして飛んだ先、頂上に程近い地点で目的のもの……わずかに突き出た足場があるだけの場所の壁に場違いに取り付けられた黒い扉を見つけ、そこに降り立つ。
「さて、今日はもうあると良いが……」
呟きながら上着を再度着込み、扉を開ける。

チリンチリンという鈴の音と共に、扉が開く。
「店主、邪魔をするぞ……ぬ? 」
「あ、いらっしゃいませ! 」
扉をくぐり、漏れ出す赤の神の気配を感じながら、昨年の秋ごろまではいなかった給仕の娘に首を傾げる。
「……む、女。お前はなんだ? 」
「あ、はい!私はこのお店でお世話になっているアレッタと言います!よろしくお願いします! 」
山羊の角を持つことからかつて6柱の神により彼方へ追放された旧き混沌の神の信者なのであろうその娘は、北の民には見慣れぬ容貌であろうアントニオにも臆することなく、言葉をつむぐ。
どうやらアントニオが訪れなかった冬の間に雇われて、そのまま魔物すら客とするこの店の流儀に染まったのであろう。
「……そうか。己はアントニオという。よろしく頼む……ところで、スイートポテトはあるか? 」
そう結論付け、アントニオは名乗った後、お目当ての品を頼む。
「はい!ありますよ!今日からだそうです!では、ご注文はスイートポテトでよろしいですか? 」
その問いかけにアレッタは笑顔で答えアントニオはその答えに対し満足げに頷く。
「うむ。ではスイートポテトを……とりあえず5つ。それと飲み物はミルクだ」
「はい!かしこまりました!では、少々お待ちくださいませ! 」
注文を受け、アレッタが奥の厨房へと向かうのを見届けた後、アントニオはどっかりと空いた席に座る。
(……赤の神の聖地に、北の民、か……)
約半年ぶりに訪れる店の様子を伺いながら、店に満ちる神気とこの店を訪れるものたちに改めてこの場所の異常さを感じる。

この店には相も変わらず、6柱が1つ、炎を司ると言われる赤の神の気配に満ちていた。
アントニオがまだ若く、大陸のあちこちを旅していた頃に訪れた、赤の神の500年前の抜け殻が祭られた神殿が子供だましに思えるほどの強い気配。
(……やはり、この地を訪れてらっしゃるのか。赤の神が……料理を求めて)
もし、赤の神がこの地を訪れるのであれば目的はそれ以外は考えられぬ。
それは神すら魅了する料理。それがこの店にはあるということを示していた。
(だからこその、北の民か)
続いて、既にこの店を訪れている客を見る。
アントニオとは違う文化の中で生きるものたち。

3年ほど前に町を訪れた北の民を思い出す。
何年か前に耳長き侵略者の残した遺跡の力でこの大陸へと飛ばされた、トレジャーハンターだとか言う青年。
故郷へと帰る方法を探して大陸を旅しているというその男が言うには、北にある『青き神の海』の先には大陸があり、そこには多くの人々が住むのだという。
だからここは『南大陸』とでもいうべき場所である、と。

その話を聞いた町のものたちは随分と不思議がっていたが、アントニオにとっては今更驚くようなことではなかった。
……この不思議な店を訪れる客たちこそが『北の民』であろうと知り、納得したくらいである。

この店では、アントニオの住む大陸の民……先の青年の言葉を借りれば南大陸人はほとんど見かけない。
どうやらあの扉は南大陸では未だ余り見つかっていないようなのだ。
……最近、少しずつ増えてきてはいるようだが。

「あの、お待たせしました!スイートポテトのタルトとミルクです」
そんなことを考えていると、先の女が料理を運んでくる。
「おお!来たか……」
その言葉にアントニオは思考を打ち切って顔を綻ばせる。
赤紫の菓子の器に盛られた黄金色の甘いクマーラが乗った、半年振りのスイートポテト。
それこそが、6年前からアントニオが愛してやまぬ逸品である。
「それではごゆっくりどうぞ」
丁寧に礼をして下がる女を見送り、アントニオは早速とばかりにスイートポテトに取り掛かる。
ちょうど手でつまめるくらいの、アントニオにとっては小さめの器を手で持ち上げ……かじりつく。

口の中に広がるのはねっとりと甘い、クマーラの風味。
一度潰し形を整えて焼いたそれは滑らかに口の中に入り、口の中でほどけていく。
(ああ、今年も春が来たか……)
その味にアントニオは春の訪れを感じる。
クマーラは育てやすく保存も利くので一年を通してよく食卓にのぼるが、アントニオは余り好きではない。
ただ茹でたり焼いたりしただけのクマーラは水気が無くて口の中でボソボソするのだ。
その点、このスイートポテトは違う。
スイートポテトは口の中で甘く溶けて水気も充分に含んでいる。
味から察するに恐らくは乳やバターを練りこむことで足りない水気を補っているのであろう。
また、一度潰してから形を整えているのも良い。
一度潰され、再び練り固められたスイートポテトはきめ細やかで、口の中の水気を奪うことなく甘い味を返してくる。
(この美味いスイートポテトが向こうでも食えれば己もクマーラを苦手とは思わぬのにな)
そうも思うが、無いものは無いので仕方が無い。
せいぜいこの聖地で味わって行こうと、アントニオは次々とスイートポテトを口に放り込みよく冷えたミルクと共に飲み込む。
わずか2口でスイートポテトが1つ消え、瞬く間に最初に持ってこさせた分は空になる。
「女。スイートポテトのお代わりを頼む」
「は~い!少々お待ちください! 」
皿の上からスイートポテトが消えたところで追加を頼み、再び食べ続ける。
(うむ、やはり春はこれでなくてはな……)
腹が満たされるまでスイートポテトを食いながら、春の訪れを感じる。
それがアントニオのここ何年かの習慣であった。

それから、十分腹が満たされたところで金を払い、アントニオは再び崖の上へと戻ってくる。
「さてと……ふんぬ! 」
そして服を脱ぎ、気合と共に翼を生やして飛び立つ。
「次は7日後か……」
その場で羽ばたきながら扉があった場所を名残惜しそうに見た後、アントニオは飛び去る。
また来よう。そう、心に誓いながら。

毎年楽しみにしている、アントニオのひそかな春の楽しみ。
アントニオにとって、春はまだ始まったばかりである。
今日はここまで。
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