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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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カルパッチョ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・当店のカルパッチョは、マグロとポン酢を使ったものとなります。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
東西の大陸の間に広がる大海原『大陸海』は、東西を結ぶ唯一の航路であると同時に、多数の魔物が住まう危険地帯である。
大陸の南に広がる、強力な魔物たちがひしめく『青き帝王』の支配する魔境『龍神海』ほどではないが、それでも毎年、両の手の指を越える程度には二度と陸へとたどり着かぬ船が出るほどである。

セイレーンもまた、大陸海に点在する島々に住まう魔物の一種である。
セイレーンとは背中に鳥の翼を生やし、鳥のような脚を持つ、美しい少女の姿を持つ魔物である。
魔力の篭ったその歌は聞いたものを魅了し、海へと誘い船ごと沈めてきた危険な魔物。
そんな種族である。

そして、巣立ちの時期を迎えたセイレーンの少年アーリウスが『キマイラ殺しの島』に降り立つことになったのは、とある夏の日のことである。

発端は、同じ日に卵から孵った縁で親しくしているセイレーンの少女イリスの提案であった。
「ねぇアーリウス!巣立ちの場所なんだけどさ、キマイラ殺しの島に行ってみない? 」
「キマイラ殺しの島って……危ないからオババが近寄るなって言ってたところじゃないか! 」
イリスが言い出した場所が、アーリウスたちセイレーンに取って危険な存在が住まう島だと聞かされ、アーリウスは目をむいた。

オババ……セイレーンの中でも最も長く生きて最も多くの場所へと降り立ち、最も多くの知識を蓄えた長老によれば、あの島には『キマイラ殺し』が住んでいるという。

キマイラ殺し。元々の島の支配者であった強力な魔物であるキマイラをたった1人で倒して島を支配した恐るべき人間。
人間からは厄介者として扱われているセイレーンがキマイラ殺しと出会えば、きっと命が無いだろう。

元々、セイレーンと人間の仲は決して良好といえるものではない。
積極的に敵対しているわけではないが、人間、特に海の上を生活の場とする人間にとって、セイレーンは厄介な魔物と思われているのだ。

セイレーンはその歌声で船を沈め、海でおぼれた人間を食らう、美しい少女の姿をした魔物と恐れられているが、それは真実ではない。
確かに歌声には人間などの生き物を魅了する魔力が宿っているし、見た目も空を飛ぶために華奢で、男と女で体つきの差が少ないために人間から見ると少女のように見える。
もし、人間に敵意をもって襲われれば戦うためにそれらの力を使うこともあるだろう。
だが、人間は食べない。食べようとも思わない。

きっとセイレーンが火を通さぬ、新鮮な生の魚を好んで食べることからそんな話になったのだろうと、オババは言っていた。
人間にとって、火も通さない生の魚を食うのは、異常なのだ。

そんな事情もあってセイレーンはここ何百年かは余り人間と関わらないように暮らしている。
イリスの提案はそれに真っ向から反していた。
「大丈夫よ。だって考えても見てよ。キマイラ殺しが現れたのは、私たちが生まれる、ずっと前なんでしょ? 」
渋るアーリウスにイリスは自分の考えを語ってみせる。
「それは……そうだけど……」
「だったらそのキマイラ殺しが幾ら強くたって歳を取ったら弱くなっているだろうし、そもそももう病気かなんかで死んじゃったかも知れないでしょ?
 だったら、ちょっと下見するくらいはしてもいいんじゃない?キマイラくらい強い魔物が縄張りにするくらいならきっと良い島だろうし 」
イリスはさらに理屈を重ねる。
「まずは上から見て、ダメそうだったら飛んで逃げれば大丈夫よ。キマイラ殺しって人間なんでしょ?だったら空は飛べないと思うわ」
「う、うん。そう、だよね……」
「よし!決まり!そうと決まったら行きましょ! 」
かくてアーリウスはイリスに引っ張られるように飛び立つ。
向かう先はキマイラ殺しの島……数ヶ月前に、かつての住人が去った無人島である。

それから、太陽が中天に差し掛かる頃、2人はその島に舞い降りた。
「へぇ……ここがキマイラ殺しの島かぁ……結構よさそうな場所じゃない」
「キマイラ殺しは……どうやら居ないみたいだね。良かった」
島を空からぐるぐると見て回った2人は島に人間型の生き物……キマイラ殺しがどこにもいないことを確認すると島の中で唯一人の手が入っていることを感じさせる洞窟の前に降り立った。
「ここがキマイラ殺しの巣か……」
「どうやらここに住んでたのは間違いなさそうね」
キマイラ殺しが住んでいたらしきキマイラ殺しの巣は、住みかとして使うために手が入っていた。

明り取り用の穴の下には雨水をためるための大きな器が置かれ、石壁に沿うように不恰好な木製の棚が据付られている。
洞窟の片隅には乾かして作ったのであろう干草で寝床が作られ、そのすぐそばにはこの島に来たときに持ち込んだのであろう木箱が置かれている。

壁には恐らくここに来て何日目なのかを数えるためなのか線が刻まれている。
それは洞窟の壁を埋め尽くすほど大量に刻まれており、キマイラ殺しがここでいかに長く暮らしていたかを感じさせる。
(うん?なんだろ?なんだかこの線の刻み方、変な感じだ)
「あれ?なんだろ、これ? 」
その壁に刻まれた線が、6本の縦線を斜めの線で打ち消すように刻まれているのを不思議に思いながら眺めていると木箱を覗き込んでたイリスが何かを見つけ、声を上げ、それをアーリウスのところに持ってくる。
「ねえアーリウス、これ、なんだか分かる? 」
そう言いながらイリスが木箱から袋を取り出し、アーリウスに中身を見せる。

その中に詰まっていたのは、キラキラと輝く平たい石。
銀色のものが多くて、金色のものも少しだけ入っている。
「ああ、これは金貨と銀貨だよ。人間が色々なものと交換するときに使う奴」
オババから人間について教わり、人間についても詳しいアーリウスはすぐさまその正体を見破って言う。
「それから……これは人間の言葉で書かれた手紙みたいだね」
更にその袋の中には、丸めた割と新しい羊皮紙も一緒に入っていた。
「えっと、何々……」
アーリウスは文字が読めないイリスに読み聞かせるように、手紙を読み上げる。

『私の後にここを訪れるものがいたときのことを考え、これを残す。
 この地にたどりついた不運にして哀れなる漂流者よ。決して希望を捨てず生き延びよ。
 私はここで20年暮らした。7日に1度訪れる『ドヨウの日』を楽しみにして。
 この金は私から君への贈り物だ。7日に1度のドヨウの日、丘の上の扉に向かうときに使うといい。
 願わくば君に幸あらんことを。  アルフォンス=クロムウェル』

「……ドヨウの日? 」
聞きなれない言葉にアーリウスは首を傾げる。
人間の間にのみ伝わる何かだろうか?
7日に1度来るらしいが。
「丘の上の扉?丘の上には何も無かったよね? 」
もう1人のイリスも首を傾げる。
この島にたどり着いた後、キマイラ殺しを警戒して島中を空から見た。
だからこの手紙が指しているのであろう丘の場所は分かる。
だが、あの丘の上には扉どころか何も無かったはずだ。
「う~ん。多分これに出てくるアルフォンスってのがキマイラ殺しのことだと思うけど……」
不思議な手紙を手にしたまま、アーリウスはこれからどうするかを考える。
「で、どうするの?島にはとりあえず危険な魔物もキマイラ殺しも居ないみたいだけど? 」
「そうだなあ……ちょっとの間、ここに残ってみてもいいかな? 」
そして、考えをまとめた後、イリスの問いかけに答える。
「いいよ。元々は新しい巣を作る場所を探してきたんだし、この島は良さそうだし」
イリスも当然のように頷き、話がまとまる。

そして、2人がこの島に住み着く準備を整えて2日後『ドヨウの日』が訪れた。

何も無いはずの丘の上にぽつりと現れた黒い扉。
それを見つけたのは、この島に住み着いて3日目の朝のことだった。
「なんでこんなところにこんなものがあるんだろ?昨日までは無かったよね。これ」
アーリウスにこの扉のことを教え、一緒に見に来たイリスは首を傾げながら、言う。
昨日まで影も形も無かった、金色の取っ手がついて猫の絵が描かれた黒い扉が丘の上に姿を現していた。
「多分、今日が『ドヨウの日』で、これが手紙に出てきた扉なんだろうけど……」
これがあの手紙に記されていた扉なのだろう。恐らくは魔法の。
この先には何があるのかは手紙には書かれていなかったので何があるのかは分からない。
「とにかく入ってみようよ!面白そうだし 」
「う~ん……まあ、大丈夫か」
イリスの提案に少し考えて、アーリウスは扉をくぐることを決める。
とにかく、あの手紙が確かならばこの扉の先には楽しみにするような何かがあるはずだ。
少なくとも危険なものではないだろう。
「よし、開けるよ」
そこまで考えると、アーリウスは扉の取っ手に手をかけて、開けてくぐる。

チリンチリンと軽やかな鈴の音と共に扉が開き、太陽の光とは違う明るさに満ちた部屋へと出る。
「あ、おはようございます!お早いですね!それはそうと、ようこそ、ヨウショクのねこやへ! 」
人気がないその部屋で無数に並んだ卓の一つを布で拭いていた、小さな角の生えた少女がアーリウスたちに気づいて朗らかに挨拶をする。
その顔には魔物の一種であるセイレーンへの恐れなどは無く、心から歓迎しているように見えた。
「あ、ああ……えっとここは?」
「はい。ここはお店に来た方にお料理をお出しするお店です。お客さんみたいな、魔物のお客さんも多いんですよ」
アーリウスの問いかけに少女……アレッタは戸惑い無く答える。
セイレーンも彼女にとっては魔物の一種だが、オウガやラミア、フェアリーの群れやリザードマンなどが平気で訪ねて来て料理を食べていく店なので今更気にしない。
「そういうわけですので、何か食べていかれませんか? 」
その言葉にアーリウスとイリスの2人は顔を見合わせ、見詰め合ったあと、頷く。
「まあ、そういうことなら……ところで料理ってどういうのがあるんですか? 」
「料理は、ですね……色々ありますよ」
アーリウスが代表してアレッタに聞くと、アレッタは少し困ったように言う。
この店の料理はものすごく多く、アレッタはそのうちの半分も把握していない。
また、異世界の料理はいまいち説明が難しいものが多い。普段まるで付き合いの無い種族相手にはなおさら。
「色々って具体的には? 」
「え、えっと……あ、そ、そうだ!どんなものが食べたいか言って頂ければ、マスターに聞いてきます! 」
更に問い詰められ、困ったアレッタが提案する。
店主ならば当然、この店の料理はすべて把握している。時々、メニューに載っていない料理も作るくらいだ。
どんな要求でもきっと答えてしまうはずだ。
「えっと……じゃあ」
「私、新鮮な魚が良い!煮ても焼いてもいない、生の奴! 」
アーリウスが何かを答える前に、イリスが割り込んで、言う。
「えっ!?魚って生で食べられるんですか!?……あ、じゃ、じゃなくてマスターに聞いてきます」
イリスの発言に驚きながらもアレッタは頷き、昼ごろから増えるであろう客に向けての仕込みをしている店主の下へ向かう。
「ちょっとイリス。ダメだよ。人間は生の魚は食べないよ」
「え?そうなの?変なの。美味しいのに」
アーリウスの言葉に、イリスは首を傾げる。
イリスは特に何かを考えたわけではなく、ただ自分の好物を答えただけなのだ。
「もう……」
まあどの道無いと言われて終わりだろう。
そう考えてアーリウスはため息をつく。
人間が生の魚の料理なんて作るわけが無いということをアーリウスは知っていた。

……それが『自分の世界の常識』に過ぎないということに気づかぬまま。

それから少しして、アレッタが戻って来て、2人に尋ねる。
「あの……お客さんがた、カルパッチョって言う料理なら生の魚を使った料理になりますが、それでいいですか? 」
「え!?あるの!? 」
その言葉に驚いたのはアーリウスであった。
まさかあるとは思っていなかったのだ。
「うん!いいよ!早く持ってきてね! 」
アーリウスが何かを言う前にイリスが答えてしまう。
「はい!では少々お待ちください!そちらの席、拭き終っているのでお使いください」
その言葉にほっとしたように、アレッタは微笑み、奥の厨房へと注文を告げに行く。

それからしばし。
「お待たせしました」
席についた2人の前に、店主なのであろう人間の男がやってきてそっとそれを置く。
生の魚独特の、鮮やかな赤い色の生魚の薄切りの上に生のオラニエが乗せられた料理。
「マグロのカルパッチョです。それじゃあごゆっくり」
その料理の名前を聞きながら、アーリウスとイリスは目が釘付けになっていた。
生魚を使ったという未知の料理であるそれは、とても美味そうに見えた。

店主が去ると同時に、2人は早速とばかりに食べ始める。
先端が尖った、人間が食事に使うフォークで魚の切り身を突き刺し、持ち上げる。
これで魚が腐りかけだったら残念だが、幸いそんなことは無く、新鮮そのもの。
鮮やかな赤い色が2人の目に移り、2人は思わずごくりと唾を飲む。
そして……口に運ぶ。

「「美味しい!? 」」
その魚には、旨みが凝縮されていた。
噛み締めるたびに、旨みがあふれ出す。
それがこの料理の味付けに使われている汁の独特の塩気とまだ熟していない果物の酸味。
単品で食べると味が強すぎるオラニエの辛味と混ざり合い、調和する。

しょっぱくて、少し酸っぱくて、しゃきしゃきとして辛く……それらをすべて包み込む魚の旨みが口の中に広がる。
新鮮なだけでなく、血抜きや切り分けといった技術まで磨かれていることを感じる、魚の切り身。
それはただ魚を切っただけと言うには余りに洗練された……一つの料理と呼ぶに相応しい味であった。

もはや2人に言葉は無い。
2人はむさぼるようにカルパッチョを食べていく。
オラニエの辛味と上にかけられた汁の酸味、そして魚そのものが持つ旨み。
それが2人の手を一瞬も止めさせようとしない。
瞬く間に2人の皿は空になり。
「お客さん、お替りはどうです? 」
「「ちょうだい!! 」」
店主の問いかけに一も二も無く頷くのであった。

「「ふぅ~……」」
やがて、2人が手を止めたとき、2人の胃袋の中は、魚で一杯になっていた。
(キマイラ殺しが書いていたのは……ここのことだったのか)
そして、アーリウスは悟る。なぜキマイラ殺しが銀貨や金貨を残していったのかを。
ちらりと向かいの席に座ったイリスも見る……彼女もまた、非常に満足げだ。
かくてアーリウスは決意した。今後、あの島を本格的に自分たちの巣にしようと。
きっとイリスも反対はしないだろう。そんな確信と共に。
今日はここまで。
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