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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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クリームソーダ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・クリームソーダのソーダはお好きなものをお選びください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
とある日、砂の国の片隅で、2人の男女が並んで歩いていた。
兄君(あにぎみ)はいささか奥手すぎると思うのだよ」
わずかな冷気を放って太陽の無慈悲な熱気から身を守る、魔法の外套を纏い、敬愛する兄と共に歩く砂の国の王女、ラナーは男のような言葉遣いで兄であるシャリーフに言った。
「そ、そうは言うがな。相手は東大陸の姫だぞ。
 それを故郷を離れて西大陸の砂の国へ嫁げというにはそれなりに準備がいる。
 だからこそまずは使者を立て、同盟と交易を求めて帝国へと向かわせたのではないか」
対するラナーの兄……砂の国では数少ない、己に対する歯に衣着せぬ鋭い物言いに快く思いながらも戸惑い、シャリーフはラナーに弁明する。
「そこではない。兄君自身のことだよ。兄君には彼女を口説き落とそうという気概が感じられない。
 まず国同士の繋がりを結び、その繋がりが本物であるという証として向こうの直系の姫君を娶る。
 なるほど、筋は通ってるし、こちらの本家の血筋に帝国の血を入れられると考えれば向こうとしても悪い話ではない。
 どの道、彼の麗しの君の病が癒えるまでは結婚だ何だという話にはならないだろうしね。
 しかしだね、兄君なら知っていようが、生憎と西大陸では有力な国、程度でしかない我が国と東大陸の覇者の片割れたる帝国では国力が違いすぎる。
 もし、麗しの君が否と言えば、多分その我侭は通ってしまう。
 だからこそ、彼女の病が癒える前に親しくなっておくべきなのさ」
同じ年頃の貴族の娘や後宮の世話役と違って知恵が回る兄との会話を楽しみながらラナーは諭すように言葉を紡ぐ。

王族同士、特に王太子と正妃の結婚は国の都合が最優先で、本人の意思などは関係ない。
しかし、その本人の意思というものを軽視すればその結婚はお互いの人生にとって不幸なものとなる。
だからこそ愛し愛されるよう努力せねばならないのだ。
今まで女に迫られたことは星の数ほどあれど、自分から言い寄ったことなど無いシャリーフにはその辺りが決定的に欠けている。
ラナーはそのことを見抜いていた。

ラナーは正室の子である兄シャリーフとは腹違い……元は宮廷で働くうちに王に見初められ、側室となった宮廷魔術師の血を引く姫である。
魔術を重視する砂の国は、魔力に優れ、充分な魔術の知識を持つものであれば男女の別なく栄達が可能な国でもある。
ラナーの母も下級貴族の出ながら頭2つは飛び出た優れた魔法の腕前と世渡りの才能を持っていたが故に宮廷に上がることを許され、やがて王の心を射止めてラナーを産んだという、立身出世を成し遂げた身である。

そんなラナーの母は娘であるラナーと次期王たるシャリーフに魔術の知識を教える宮廷教師を勤めたこともある。
その縁もあって男女の恋愛感情は微塵も無いが、血を分け、同じ師に学んだもの同士として2人の仲は良好であった。

「さて……おっと、ついたようだ」
さらに言葉を紡ごうとしたところで、目的の場所に着く。
何も無い砂の海にぽつりと浮かんだ猫の絵が描かれた、場違いな黒い扉。
炎天下の中に陽炎のように浮かぶそれこそが、2人が目指していた場所だ。
「では行くか」
「そうだね。昼の砂漠は、暑すぎる」
2人は示し合わせ、扉を開く。

チリンチリンと、涼やかな鈴の音が響き、涼しい風が漏れ出す。
「ふぅ……やはりこれはいいな」
その風に思わずラナーはため息をつきつつ、兄に伴われて扉をくぐる。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。お世話になりますわね」
扉の先にある、夜のように涼しい部屋の中で、店主に対しラナーは努めて女性的な喋りに変えて挨拶をする。
己の女性らしい丸みを帯びた体つきと、くっきりとした目鼻立ちの容貌は、女らしく振舞うことでよく映えることを、世渡りに長けたラナーは知っていた。
「さてと……お兄様、こちらが空いておりましてよ」
「あ、ああ……そ、そうだな」
流れるようにいつもの癖で隅の目立たない席に座ろうとした兄を止め、麗しの君が良く座る席の隣の卓に呼ぶ。
「ごめんなさいましね」
そのまま客の間を優雅に歩き、席に着く。
「いらっしゃいませ。これ、メニューです。それじゃあごゆっくりどうぞ」
「ええ、ありがとう」
異世界風の脚が見える装束を着た魔族の給仕から氷の浮いた冷たい水と湯を含ませた布、そしてメニューを受け取り、朗らかに礼を言う。
「……さて、麗しの君はまだのようだね」
その給仕が離れたのを見届けた後、ラナーはメニューから目を離さずに元の喋り方に戻してシャリーフに話しかける。
「ああ……そうだな」
それに答えるシャリーフも慣れたもので、2人はしばらくメニューの飲み物の項を開き眺める。
「さて、ラナー。決まったか? 」
「もう少し待ってくれたまえ……う~む」
大して悩むそぶりも見せず、いつもどおりのものを頼むことを決めたシャリーフに対し、ラナーは少し悩み考える。
といってもラナーもラナーで大体は決まっている。
この店を訪れるようになったラナーの好む飲み物。それこそが。
(さて、今日のクリームソーダは……どうするか)

クリームソーダ。
それこそがラナーが好む飲み物であり、デザート。
だが、これが毎回悩みの種である。

(タンサンは……ジンジャーエール、コーラ、オレンジ、グレープ……いや、やはりメロンソーダか)
メニューの一つ一つ、喉を刺すような独特の刺激があるタンサンなる分類に含まれるものを指差しながら考える。
この店ではクリームソーダを頼むとき、好きな飲み物とアイスの組み合わせを選ぶことが出来る。
それをどの組み合わせで行くか。
7日に1度訪れるたびにラナーを悩ませる問題である。
(今日は……ふむ。ソフトクリームで行こう)
少し悩み、選んだのはメロンソーダとソフトクリームの組み合わせ。
いくつかあるパターンの中でも特に登場することが多いお気に入りの組み合わせである。
「決まったぞ。兄君」
「そうか……すまない!注文を頼む! 」
妹が何を頼むか決まったのを受けてシャリーフが大きな声で給仕を呼ぶ。
「は~い!ご注文お決まりですか? 」
「ああ、俺はコーヒーフロートをアイスクリームで。カッファは甘みを強くしてくれ」
「私はクリームソーダをメロンソーダとソフトクリームで頂きますわ」
シャリーフとラナーはほぼ同時に注文を行う。
「はい!少々お待ちください!」
その注文に頷き、店主に注文を告げるべく、給仕が奥へと向かう。
そして、それからほどなくしてそれが届けられる。
「お待たせしました!コーヒーフロートとクリームソーダです」
トン、と軽い音を立てて置かれるのは、美しい硝子の杯に入れられた、飲み物。
(うむ。いつもながら美しい)
その透明な硝子の杯を宮殿の中庭を思わせる鮮やかな濃い緑と、塩のように白い純白の対比をラナーは美しいと思う。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
給仕がお決まりの言葉と共に他の客の注文をとりに行った言ったのを確認し、ラナーは早速とばかりにクリームソーダに取り掛かった。

(まず最初の一口はクリームで無くてはならない)
ラナーは己の定めた作法に従い、クリームソーダを食べはじめる。
まずはやわらかく、滑らかな山を作ったソフトクリームに匙を入れて掬い上げ、口に運ぶ。
(うん。やはりこのソフトクリームとやらは良いな)
口に含んだ瞬間広がる、冷たくて甘い香りと味に口に運んだラナーは満足げに笑みを深める。
以前、シャリーフから貰っていた『アイスクリーム』も多種多様で興味深く美味だが、ソフトクリームはその上を行く。
ソフトクリームにはアイスクリームには無い柔らかさと滑らかさがある。
酪のように滑らかで、甘く冷たいソフトクリーム。
滑らかで柔らかいが故に溶けやすいそれは、普通の氷より遥かに冷たく、溶けても水を残さぬ不思議な異世界の氷を使っても持ち帰ることが出来ないため、この店を訪れぬ限り食べることが出来ない。
それ故にアイスクリームは持ち帰ることにして、店で食べるクリームソーダにはソフトクリームを選ぶ。
それがラナーのいつもの選択であった。

(うむ、うむ……次はソーダだ)
ソフトクリームを一匙分堪能した後、ラナーはソーダを口にする。
ストローなる道具で杯の中の緑色のソーダを吸い上げる。
次に広がるのは、刺すような風味の、爽やかなソーダの甘み。
ソフトクリームとは違う、どこか果物の風味を感じさせる刺激的な甘みを堪能する。
(ああ、いつもどおり美味いな……この味の良さが分からぬとは、兄君も損な性分だな)
口の中でメロンソーダを転がしながら、向かいの席に座った。コーヒーフロートを堪能する兄を見る。
シャリーフはこの『タンサン』なるものが含まれた飲み物が苦手らしい。
いわく、口の中を刺されたような風味がどうしても好きになれぬと。
そんなわけで一度頼んで懲りてから二度と頼まず、初めてラナーがこの店を訪れたときに興味を引かれたクリームソーダを頼もうとしたときは、渋い顔をして止めたほどであった。
結果的にラナーにとってはこのタンサンは非常に美味であったので、シャリーフの警告は無駄となったわけだが。
(私に言わせればカッファの甘みと苦味が混じった風味のほうが違和感を感じるのだがな)
一方のラナーは砂の国では伝統的な飲み物であるカッファが苦手である。
どうにもあの苦味が好きになれないのだ。
それは異世界の『コーヒー』と呼ばれるカッファでも同じであり、ラナーは兄が好むコーヒーフロートを頼んだことは無い。
(さてと……そろそろ、行くか)
そして、ソフトクリームとメロンソーダを充分に堪能し終えた後で、ラナーはついに本格的にクリームソーダに取り掛かる。
匙でソフトクリームを一匙掬い、口に運び、その後すぐにストローでメロンソーダを飲む。
ソフトクリームの滑らかな甘さと、メロンソーダの刺激的な甘さ。
この2つが交じり合い、1つの調和を生み出す。
(うん。この味だ)
この味こそがクリームソーダの醍醐味。
ラナーはその味に満足しながら最後の締めに入る。
(やはり最後はこれだな)
そして、クリームソーダの貴重な味わいに手を掛ける。
メロンソーダの上にソフトクリームを浮かべるために敷かれた、細かな氷を匙で掬い上げ、口に運ぶ。
氷に付着したソフトクリームの味と、メロンソーダの味。
それに氷の食感が混じりあった、混沌の味。
(この3種類があって初めてクリームソーダは完成するのだ)
その味に大いに満足しながら、ラナーはクリームソーダを食べ終え、匙を置く。

それとほぼ同時にチリンチリンと音を立てて、扉が開く。
それと同時にコーヒフロートを食べながら入り口の扉を見ていたシャリーフの身体が一瞬強張ったのを見て、ラナーは誰が来たかを察する。
「いらっしゃいませ! 」
「ええ、こんにちは。アレッタさん」
高貴な気品を持ちながら下々の者にも丁寧に接する、低い物腰。
それを併せ持つシャリーフの思い人、帝国皇女アーデルハイドが店を訪れてラナーたちに気づく。
「ラナアさん。ご機嫌麗しゅう」
親しい、同年代の数少ない友人に対する笑顔を浮べ、アーデルハイドが挨拶を交わす。
「ええ。ご機嫌麗しゅう。ほら、兄君も」
「う、うむ……その、なんだ。元気そうで何よりだ」
それにラナーは柔らかな笑みで答え、兄を促す。
……とりあえず言葉を交わせるようになっただけ、進歩したといえるだろう。
「良ければ席をご一緒しませんか?帝国のお話、聞かせてくださいな」
「ええ、いいですよ。それじゃあ、失礼いたしますね」
この異世界食堂で出来た友人であるラナーの言葉に表情を明るくし、ごく自然にラナーの隣……必然的にシャリーフの向かい側に座ったアーデルハイドに、シャリーフの緊張は増す。
「今日はやっぱりチョコレイトパフェにしましょうか……」
「では私はコーラフロートを……兄様、よろしいですか? 」
「あ、ああ……好きにするといい。俺は身体が冷えたのでウインナーコーヒーでも頼むとしよう」
(まったく、普段の凛々しさを半分も出せれば、彼女を口説くのもたやすかろうに)
ガチガチに緊張する兄に内心苦笑する。

(まあ、多少なりとも会話を交わせるようになったのは、大いに進歩だと思うがね)
そんなことを考えながら、ラナーはアーデルハイド……未来の義姉候補と話を弾ませるのであった。
今日はここまで。
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