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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ハムカツ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・パン、ライスとスープはお代わり自由ですので、お気軽にお申し付けください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
丸太で建てたボロ家の一角。
夫婦のための寝室で、エレンは一ヶ月ぶりに箪笥から出した晴れ着を着込み、出かける準備をしていた。
(よし、こんなもんかね。これ以上はどうしようもないし)
鏡なんてモノは無いのでこげ茶色の髪にしっかりと櫛を通し、服装に乱れが無いかだけ確認して、エレンはようやく納得した。

着込んでいるのはいつもの裾が擦り切れたボロ服ではない、普通ならば祭りのときや村の結婚式に呼ばれたときくらいしか着ない晴れ着。
耳元には本当にお金に困った時に売るように、と母親から言い含められて貰った、小指の爪の先ほどの小さな宝石がついたくすんだ銀のイヤリング。
商店で売ってるような高い化粧品は使えないのでせめて春のうちに花を煎じて自作した紅を口に差し、頬には軽く白粉をはたいている。

ここまでやっても今から行く場所……今年で30になるエレンより若く、美しく、高貴であろう女性が何人も訪れるその場所に行くには心もとない格好だが、貧しいきこりの妻であるエレンはこれ以上の品は持っていない。
エレンは自分を納得させ、寝室から出て行く。
「お待たせ。どうだい? 似合ってるかい?」
部屋の前で待っていた家族……エレンと同じくこげ茶色の髪を綺麗に整えて晴れ着を着込んだ夫と子供達に向かってしなを作ってみせる。

「おう。似合う似合う。じゃあ、さっさと行こうぜ。ガキどももすっかり待ちくたびれてらあ」
「そーだよ! かーちゃん早く行こうぜ!」
「あたしおなかすいたー! はやくいこーよ!」
が、現実は厳しい。
エレンの姿など何処吹く風でがっしりとして最近少し老けだしてきた夫のヘルマンが適当に誉め、2人の子供であるヘルマン似の男の子である11歳のカイとエレンに似た女の子である8歳のボナが待ちくたびれて騒ぎ出す。
「……はいはい分かってるよ。いいかいお前たち。 向こうではちゃんと大人しくしてんだよ」
折角着飾ったのにロクな誉め言葉一つない夫に少しだけ腹を立てながら、エレンはまだ幼い子供達を諭す。
「「は~い!」」
分かっているのかいないのか、2人は返事だけは元気良く返す。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
そしてヘルマンを促し、4人は出かけることにする。
……歩いて3分ほどの納屋の中へ。
「じゃあ、開けっぞ」
切り出した木を運ぶためのロバが一頭いるだけの納屋の中で、ヘルマンが他の3人に見守られながら納屋の中の扉……猫の絵が描かれた黒い扉を開く。

チリンチリンと音を立て、いつものように扉が開く。
「いらっしゃいませ。ヘルマンさん、エレンさん」
それを見て、かれこれ10年以上、2人がまだ結婚する前の恋人同士で、先代がまだ生きていた頃からの付き合いとなる店主が挨拶を返してくる。
「今日もいつもどおりで?」
店主はまず、メニューを尋ねる。
これでも店を継ぐ前からの付き合いでヘルマンにしてもエレンにしても異世界の文字を読めないことは既に知っているため、メニューを渡すことは無い。
それに何よりここ何年かヘルマンたち一家が頼むものは決まっている。
そんなわけで一応確認だけすることにしている。
「おう。いつもどおり、日替わり定食を4人前くれ……っと、ちなみに今日の日替わりはなんだい?」
店主の確認に頷きながら案の定ヘルマンがその料理を注文する。
日替わり定食。
来るたびに変わるメニューであり、他のメニューより大体銅貨2枚分くらい安い、特別メニューである。
「今日はハムカツですね。パンが合うと思いますよ」
ヘルマンの問いかけに店主は今日の日替わり定食について答える。
ライスとの相性も決して悪いとは思わないが、どちらかと言えば間違いなくパンの方が合うであろう料理である。
「そうか。じゃあ今日はパンだな。いつもどおりパンとスープを先にくれ」
一方のヘルマンも店主の説明に納得し、いつもどおりの注文を重ねる。
「はい。分かりました。そいじゃあちょいとお待ちを」
かくて席に着く前に注文を聞き終えた店主は奥の厨房へと戻っていく。
「じゃあ、座るとするか……」
それからヘルマンは若い貴族の娘から明らかに魔物とでも言うべき亜人まではば広い客層がいる店内を見渡し、開いている卓を見つける。
「おう、あそこが開いてるな。ほれ、行くぞ」
「ああ」「「は~い」」
ヘルマンに促されエレンたち一家は卓を囲み、椅子に座り、一息つく。
「なあかーちゃん! 俺アイス食いたい! アイス頼んでいい?」
「あたしこーらのみたい! くろくてしゅわしゅわするやつ!」
座るとほぼ同時に月に一度の贅沢にはしゃいだ子供達がダダを捏ねだす。
カイはこの店でしか食べられない冷たくて甘い菓子を、ボナは前にこの店に子供達だけで来てるらしいどっかの悪ガキから少しだけ飲ませてもらってから大好物になった飲み物を欲しがる。
「だめ、我慢しな。うちにはそんなに余裕はないんだよ。ねえ父ちゃん?」
だが、財布の紐を握るエレンの態度は硬い。
字も読めないし計算もできないが、財布の中身だけは銅貨1枚までしっかり把握しているエレンがヘルマンに同意を求める。
「なあ母ちゃん。俺もビール欲しいんだけど、頼んでもいいか?」
「……あんたね、こういう時は頷いておくれよ」
が、現実は非情である。
家計事情を知ってか知らずか、ヘルマンはヘルマンでエールに良く似た異世界の酒を欲しがる。
「あ、父ちゃんずりい! だったら俺もアイス食いたい!」
「あたしこーら! くろくてしゅわしゅわのやつ!」
「なあ、ダメか? 明日っから切り出す薪の量、少し増やすからよ」
父親と言う味方を得て、俄然活気付いた子供達とヘルマンがエレンに迫る。
そしてエレンはため息を1つついて、言う。
「……アイスかコーラか。せめてどっちかにしな。
 両方はダメだし、2人とも同じものにしときな。
 どうせ別のもん頼んだらお前らまたあっちも食べたいって騒ぎ出すだろうからね。
 それとビールは瓶で頼むよ。アタシも飲むからね?」
「おう!」
「「やったあー!」」
エレンの言葉に3人が嬉しそうに言葉を返す。
それから子供達はアイスとコーラ、どっちにするかをお互いに真剣に話しあって、コーラで統一することに決まったころ。
「お待たせしました!スープとパンをお持ちしました」
変わった形の黒い髪飾りを左右対称につけた、新しく雇われたのであろう若い娘の給仕がそっと4人の前に料理を置く。
「ああ、あんがとね。それと悪いんだけど、追加でビールを瓶で1本、コーラを2人分頼むよ」
「はい! ありがとうございます! それじゃあハムカツと一緒にお持ちしますね」
追加の注文を伝えると、娘は元気よく答え、また奥のほうへと行ってしまう。
「さ、頂くとしようじゃないか……ヘルマン、アタシの前でそれはないんじゃないかい?」
「お、おう?」
気を取り直し、食べ始めようとしたところで、給仕の娘の小さい尻を見ていたヘルマンを嗜めつつ、食べ始めることにする。
(ああ、いい匂いだ……)
パンとスープ。
異世界ではちゃんとした料理を頼むとタダで食べ放題となるこの2つはエレンの知るそれとはかけ離れた、ちょっとしたご馳走となっている。
なにしろ普段エレンが食べているものどころか祭りの時だけ振舞われる白パンよりうまい。
もっと昔、2人が結婚する前……ヘルマンが偶然扉を見つけてエレンを誘い始めた頃は身体がとろけそうなほど甘いデザートなんかも食べたが、今はパンとスープ目当てでこうして日替わりばかり頼むようになった。
それほどの逸品である。

白い皿の上に2個並べられた、焼き立てのように温めなおされて熱々のそれを手に取り、ちぎる。
濃い茶色の艶々した皮が裂けて現れるのはふりたての雪のように真っ白で柔らかなパン。
皿に添えてある四角いバターの塊を少しだけ切り取ってパンに塗りつけ、口へと運ぶ。
(……ああ、甘いね)
バターをたっぷりと塗ったパンの最初の一口。
薄くてパリパリした皮の部分と何処までも柔らかい白い中身に含まれるわずかに甘みを含んだパンの味が口の中に広がり、小麦とバターが交じり合ったパンの香りが鼻を通り抜ける。
その味が嬉しくて、次から次へとパンを口に運び、小さなパンはあっという間に胃袋の中に消える。
それから、スープにも手を伸ばす。
野菜と、細切れにした燻製肉が入った、淡い色のスープ。
それを匙で掬い上げて、口に運ぶ。
(ああ、やっぱたまんないわ。ここのメシは)
口の中に広がるのは、塩に、肉と野菜の味、それから他の、物凄く色々なものを含んだ味が広がる。
エレンでは逆立ちしても出せない、複雑で濃い、素晴らしい味。
異世界食堂のスープは来るたびに味が変わるが、どれもうまい。
今回も文句なしに美味であった。
そしてエレンはスープをおかずにパンを食べる。
パンをじっくり味わい、スープを飲む。
その繰り返し。
見ればヘルマンと子供たちも同じようにパンとスープを食べている。

―――ああ、今アタシたちは美味しいものを食べている。

そんな充実感と共に4人がパンとスープを食べ終えた頃。
「お待たせしました! お料理を持ってきました!」
先ほどの給仕が、店主の指示を受けたのか、気を利かせてパンとスープのお代わりと共に料理と飲み物を持ってくる。
「ああ、ありがとうよ」
それに感謝しながら、エレンたちはついに今日の一番のご馳走と対面した。

丸い円盤状の、小麦色の揚げ物が4枚と、淡い緑の葉野菜が山盛りになり、すみっこには赤い小さな実が3つと少しだけ黄色い白いマヨネーズが盛られた、一皿の料理。
今日の日替わり料理『ハムカツ』もまた、美味しそうな料理であった。
「っしゃ。今日もたっぷり食うぞ!」
いそいそと茶色い瓶から透明な杯に2人分のビールを注いでエレンに渡しながら、ヘルマンは青い瓶を取って中のソースをだぼだぼとかける。
「ほれ。母ちゃんも」
「ああ、ありがとうよ」
ヘルマンからビールとソースの瓶を受け取り、エレンも食べ始める。
まずはソースは少しだけ。ヘルマンは衣が真っ黒になるくらいたっぷり掛けるのが好みだが、エレンは控えめに掛ける。
その方が衣の歯ごたえがあって美味しいように思うのである。
そして、ぎざぎざがついたナイフでまん丸のハムカツを細長く切る。
その断面からのぞくのは、ピンク色の燻製肉と、乳色のチーズ。
(どうやら二種類あるみたいだね。チーズ入りとそうじゃないので)
そんなことを考えながら、まずはチーズが入っていない分、肉が厚めになっているものをフォークで刺す。
そして口許に運び、香ばしい油の匂いとソースの匂いを感じながら、かぶりつく。
「ん~!」
その味に思わず声が漏れる。
香ばしい音を立てて衣がちぎれ、続いて中に入っている、塩とハーブ、それから香辛料が少し使われた燻製肉の味がどっと口の中に広がる。
それが先ほど掛けた甘酸っぱいソースの味と混じり合うのがたまらない。
「うっめ~!」「おいし~!」
何もつけず、直にハムカツに齧り付いた子供たちも口々に歓声を上げる。
「……ぷっはあ~! やっぱビールと揚げ物の組み合わせは最高だな!」
ソースたっぷりのハムカツを肴にしたヘルマンは早速とばかりに1杯目のビールを飲み干し、ため息を吐いている。
4人が4人とも大満足するご馳走。
それこそが、今回の日替わり料理であるハムカツであった。
(ああ……チーズ入りのもうまい!これなら……)
エレンはチーズ入りのハムカツを口にし、抜群の相性の良さを誇る燻製肉と熱々でとろけたチーズ、そして冷えたビールと言う素晴らしい組み合わせを楽しみながら、次の算段を立てる。
そう、ハムカツに限らず、この店の揚げ物にはもう1つ、重要な食べ方がある。

まず、先ほど持って来てもらったパンにナイフを入れて、縦に切れ込みを入れる。
細長く切ったハムカツと葉野菜を切れ込みの隙間に詰め込み、止めとばかりにマヨネーズとソースを掛ける。
そして出来上がった『ハムカツサンド』をそのまま口に運ぶ。

(やっぱり! コイツがあるからこの店はやめらんない!)
口いっぱいにほお張りながら、エレンは内心で喜びの声を上げる。
表面の皮が香ばしい甘く柔らかなパンと、肉がしっかりと入った熱々の揚げ物、そして新鮮な葉野菜。
これらが交じり合うと、まるで別の料理であるかのように味が変わる。
そして、ただでさえ美味いパンが幾らでも食べられるようになる。
以前店主に教わった『揚げ物の美味い食べ方』
聞いてからというもの、日替わりが揚げ物である時は毎回この食べ方をしている。
これが外れだったことは、一度も無い。

見れば他の3人も、同じようにハムカツサンドを楽しんでいた。
ヘルマンはソースたっぷりのカツで。
カイはソースを掛けないで燻製肉だけのハムカツとマヨネーズのみ挟んで。
そしてボナは野菜の方をたっぷりと入れてチーズ入りのものだけをそれぞれに食べる。
一家4人。それぞれが『自分が一番美味しいと思う食べ方』は違う。
「くっあ~! このソースがたまんね~なおい!」
「やっぱ肉だよ肉!チーズ入りもうめえけどやっぱ肉がでかい方がいいよな!」
「おにいちゃん! だったらあたしの、チーズいりじゃないやつあげるからチーズはいってるやつちょうだい!」
もっとも、全員が大満足しているのは間違いないのだが。

そして、夜の分までハムカツをおかずにたらふくお代わりを重ねたパンとスープを食べ終えた頃。
「「「「ふう~」」」」
一家4人ははちきれそうなほどの満腹になったお腹を抱えて幸せそうに息を吐く。
「すいません。お勘定お願い」
そろそろ帰ろう。
そう考えたエレンは財布を取り出して店のものを呼ぶ。
「はいよ。少々お待ちくださいね」
そう言いながらやってきたのは、店主。
どうやらあの給仕の娘はまだ金勘定はできないらしい。
「それじゃあ、いつもどおりお願いね」
エレンはそっと店主に財布を渡す。
相手が普通の商人だったら誤魔化されかねないのでやらないが、長年のつきあいから異世界人の店主は絶対に金勘定を誤魔化さないと知っているが故の信頼である。
「はいよ」
店主も慣れたものでエレンに渡された財布から、店長は銀貨を1枚と銅貨を20枚……きっかり料金分だけ取り出してエレンに渡す。
「まいどあり。またどうぞ」
「ああ、またそのうちね……ほら、みんな行くよ」
大分軽くなった財布を懐にしまって3人を促し、4人は店を出る。
扉をくぐっていつもの納屋へと戻ってくる。
「今日のメシも美味かったね、父ちゃん」
「だな。あ~あ、次行けるのはまた来月くらいか……もっと俺に金がありゃあなあ」
「あたし、おとなになったらあそこにまいにちいけるくらいのおかねもちとけっこんする!」
「ば~か、どのみちあの店出てくるのは7日に1回だよ」
ガヤガヤと、今日の料理がいかに美味かったかを語り合いながら、母屋に戻る。
「じゃあアンタら、服が汚れちまう前にきがえな」
「「「は~い」」」
エレンの指示で、よそ行きの晴れ着からいつものボロ服に4人とも着替えだす。
「じゃあ俺はちょっくら薪取りに行ってくる。ほれ、カイお前もだ」
「おう」
「ボナ。アンタはこっちで母ちゃんと一緒に繕い物だよ。いいね」
「は~い」
着替えを終えて、いつもの仕事に精をだす。

かくてヘルマン一家の月に一度の贅沢は終わりを告げ、またいつもの日常を始める。
また、後で来る、特別な日に備えて、それを楽しみに待ちながら。
今日はここまで。
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