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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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チャーハン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・飲食店は清潔第一。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
日曜日。

店主にとっては週に一度の休みの日。
結婚しておらず、1人で気楽な生活をしている店主は普段、趣味と実益を兼ねてよその店に食事に行ったり、料理研究をするのに当てている。
だが、今日は珍しく店で過ごすことにしていた。
つい先ほど新しく雇った『従業員』の研修を行うことになったのだ。

彼女は今まで、飲食店の給仕はしたことがないという。
ならば色々教えねばならぬ。
そう思い、店主が最初に命じたこと。それは身体を清潔にすることであった。

そして待つこと約1時間。
「あ、あの……着替え、終わりました……」
おずおずと新たな従業員が姿を見せる。
その服装は店主が急遽買ってきた白い下着の上から半そでの白ブラウスと黒のベスト、黒い膝上丈のフレアスカートの上から黒猫のアップリケがついた白のエプロン。
足元は白いソックスに黒いスリッポン。

全体的にモノクロでまとめたねこやの制服が、赤いヘアゴムでまとめられた少し赤みがかった濃い金色の癖毛とよく調和している。
魔族の証たる漆黒の小さな巻き角もそれだけ見ると変わった髪飾りに見える。
新たな従業員。その姿は、中々に愛らしかった。
「ど、どうですか……? 」
成長不良で痩せ気味で小柄な身体を異世界風の装束で包みながら、従業員……異世界の魔族であるアレッタが少しだけ赤みを帯びた茶色い瞳を揺らしながら店主に尋ねる。
少し日に焼けた肌の頬に朱が走っているのは、気恥ずかしさからかまた別のものからなのか。
「うん。まあそんなもんだろ。靴のサイズは大丈夫か?それとちゃんと身体は洗ったか? 」
そんなアレッタの姿をよくよく見て観察し、一応の合格と見て良いだろうと判断して頷く。
「は、はい!靴もピッタリだし教わったとおりに洗いました! 」
緊張に身を硬くしながら、店主の問いにアレッタが答えた。

店主曰く、こと料理屋においては働く人間はその身を清潔に保たねばならない。
もしも病気や汚れを店に持ち込んでしまうと、店や客にまで汚れがうつり、迷惑がかかるためだ。
そして、王都で色々な意味でギリギリの生活をしていたアレッタは残念なことに清潔とは言いがたい状態だった。

そんなわけで、アレッタはまず、身体の洗い方を教わった。

無論、アレッタとてごく普通の身体の洗い方……水浴びの仕方くらいは知っている。
だが、ここは異世界であり、不可思議な魔法が数多く使われた場所である。
それを説明され、実際に使うのには、結構な時間が掛かっていた。

温かな湯の雨を降らせる装置が取り付けられた『シャワー室』なる小さな部屋の使い方と、そこに備え付けになっている身体や髪を洗うのに使う香油の種類。
(と言っても身体を洗った後は綺麗に湯ですすぐ必要があるとのことだったが)
湯の雨で濡れた髪を熱い風で乾かす魔道具の使い方。
今まで着ていた大分くたびれたアレッタの服は何でも洗濯を自動で行う魔道具があるらしいとのことで回収されている。
夕方までには洗い終わるとのことである。
そしてその間、アレッタは従業員用の『制服』に身を包み、店主に教えを請うことになったのである。

かくして、異世界食堂では初めての従業員であるアレッタの研修が始まった。
「じゃあ色々教えていこうと思うんだが……アレッタちゃんは文字とか読めるか? 」
「え!?……えっと、その、ごめんなさい……」
店主の確認にアレッタは申し訳無さそうに答える。
アレッタの故郷の村では、読み書きを教われるのはごく限られた一部の子供に限られていた。
残りの大多数の子供は子供といえども日々の暮らしに追われ、学をつける暇など無かった。
……アレッタがどちら側に属していたかは、言うまでも無い。

「そうか。まあ、それならしゃあないか」
アレッタの答えはある意味では予想通りの答えだったので、店主もそれほど気にせず先に進める。
「じゃあまずは……掃除からだ。食堂は食べかす一つ落ちてないところまで掃除する必要がある。
 それとせっかくだし、厨房ももう1回やるかな」
「はい!」
店主の言葉に素直に頷く。
「おう。いい返事だ」
その言葉に笑みを浮かべ、2人でやる初仕事が始まった。

「ふう……こんな感じかな」
汗だらけになりながら、アレッタは掃除を終えた。
手には卓の上を綺麗にするための布巾と、店主から預かった掃除用の特殊な薬品。
それを使うと汚れも簡単に落ち、掃除はかなり捗った。
「後は手を洗ってと……」
ごくりと唾を飲む。
店主から聞かされている。
これが終わったら……食事にすると。

「あの、掃除終わりました! 」
アレッタは厨房に元気よく報告に行く。
「おう、ご苦労さん。コイツを食ったら午後からは接客の仕方を教えるからな。
 ……まずはしっかり手を洗って来いよ。昼メシ食う前にな」
その言葉に、薪を使わずに炎を出す便利そうな魔法装置の前で重そうな鉄の黒い鍋を振るいながら店主が振り向いて言う。
「分かりました!ここで洗えばいいんですね」
アレッタは店主に教わったとおりに手洗い用の台に向かい、手をかざすだけで水が出る金属の管で手を洗う。
まずは手を濡らし、次に備え付けの緑色の薬品を手をこすり合わせて泡立て、爪の中や、指の間も念入りに洗う。
(すごいなあ……異世界って)
手を洗いながら、アレッタはこの『異世界食堂』の不思議さに思いを馳せた。

異世界。
あの、素晴らしい朝食のあと、アレッタは店主から真実を聞かされた。
ここは異世界食堂。
アレッタが住む世界とはまた別の『世界』にある食堂らしい。
ここは7日に1度、こちらの言葉で『ドヨウの日』になると、アレッタたちの世界に、入り口の扉を通じて繋がる。
そしてそこからはアレッタの世界の住人達がここに食事に来るという。
最初にそのことを聞かされたとき、アレッタは驚くと同時に不思議と納得もした。
あれだけ不思議なものが揃っていて、あんなに美味しい料理を出す異世界食堂。
まさに『異世界』の産物と言うしかない不思議なものだ。
(私も頑張らないと。こんないい仕事、多分二度と見つからないし)
報酬は銀貨10枚と破格だし、おまけに賄いまでついてくる。
それも賄いと言っても先ほどの様子を見るに腐りかけの野菜が少しだけ浮いたスープとか、かっちかちになった古い黒パン、なんてよくあるものでは無さそうだ。
(また、朝みたいなお料理なのかなあ……)
ごくりと唾を飲む。
今朝食べた、異世界食堂の料理。
あれは本当に美味しかった。
あれだけ美味しいものを食べたのは生まれて初めてかもしれない。
そう考えると飲み込んだばかりの唾がまたたまったので慌てて飲み込む。
「お~い。アレッタちゃん。メシにするから食堂のテーブルの適当なとこに座っててくれ」
「はい!」
ちょうど良いタイミングで掛けられた店主の声に答えるアレッタの声は心なしか先ほどより元気に満ちた声となっていた。

「わあ……」
目の前に置かれたその料理にアレッタは目を輝かせる。
当然、見覚えは無いしどんな料理なのか見当もつかないが……いかにも美味しそうな香ばしい香りを漂わせている。
その料理は、言うなれば『黄金』の色をしていた。
大き目の皿に丸く碗型に盛られた、小さな、白い粒に卵を纏わせた料理。
そこからは香ばしい香りが漂っており所々に細かく刻んだ肉と緑色の野菜が見える。
そして傍らには碗に注がれた茶色いスープと、氷入りの透明な杯に注がれた透き通った茶色のお茶。

「コイツがうちの賄いだ。米料理だが、大丈夫だよな? 」
そんなアレッタに、先に作ってちょっとだけ冷めてしまった同じ料理を置き、同じ卓に座りながら言う。
昨日の残りの冷や飯と、以前狩人だと言う異世界人の少年が持ち込んだ猪肉を使い、店主が『趣味』で仕込んだ、中々にうまいチャーシュー。
色々な意味で客には出せない代物だが、賄いとして出す分には問題ない。
「はい!……ところでこれ、なんて料理ですか? 」
目を輝かせながらアレッタが尋ねる。

「これはな、チャーハンってえんだ」
そんなアレッタに笑みを浮かべながら店主がその料理の名を告げる。
店主が自分で食べるためによく作る日曜日の定番料理。
高校の頃、修行と称して近所の中華料理屋で2年かけて厨房バイトで鍛え上げた鍋振り技術を駆使した、店主が密かに自信があるメニューでもある。
「ほれ。冷める前に食え。チャーハンは熱いうちが華だぞ」
そう言いながら店主は匙を手に取り、手を合わせる。
「いただきます」
そう言うとかなりの勢いで目の前のチャーハンを食べ始める。
「あ、えっと……魔の眷属を束ねし我等が神よ。私に今日を生きる糧を与えてくださったことに感謝いたします」
それに習い、手早く食前の祈りを済ませ、アレッタも食べ始める。

手に取った匙でこんもりと山になった料理を掬い上げ、口に運ぶ。
「……」
その後は、ひたすらに無言。無言で食べ進めて行く。
(こ、これ、おいしい!)
頭の中をよぎるのは、シンプルにその一言のみ。
熱々のチャーハンの熱をほふほふと逃がしながら、アレッタは休み無く食べ続ける。

今まで食べたことの無かった『コメ』なる食材を使った料理。
それは、未知でありながら、アレッタを魅了してやまぬ味がした。
香ばしい油と甘辛く味付けがされた、野の獣の風味が少しだけ残った肉と少し癖の強い野菜の旨みをたっぷりと吸い、素晴らしい味となった熱々のコメ。
それは口の中でパラリとほぐれ、舌の上で踊るように旨みを炸裂させ、噛み締めるとさらに旨みを吐き出す。
そして、その味を柔らかく包み込むのが卵。

肉、野菜、コメ、そして卵。
一匙、一匙が素晴らしい味の連続。
手が、止まらない。
ひたすらにチャーハンを食べ、時折スープを飲み、冷たい茶を飲む。
朝、あれだけ食べたにも関わらず空っぽになった胃袋が満たされていく。
店主ともどもひたすらに無言でチャーハンを掻き込んでいく昼の時間。
そこには静かな……だが確かに幸福な時間であった。

「ふう……ほんっとうに美味しかったです! 」
そして食べ終え、冷たいお茶を飲み終えると同時に、アレッタはシンプルにその感想を告げる。
異世界の料理の美味しさに感動すらしたがゆえの心からの言葉。
そこには嘘偽りなど微塵も無い。
「そうか。そう言ってもらえるとありがたいな」
店主とて若い娘にそんなことを言われれば悪い気はしない。
笑みを浮かべてアレッタに言う。
そして気を取り直して告げる。
「んじゃ、軽く休んだら午後の研修やるとするか。まずは……皿の片付け方からだ」
「はい!」
店主の言葉に、アレッタは快く答える。
アレッタの瞳には、やる気が満ち満ちていた。

そして夜。
「はぁ……美味しかった」
皿の片付け方や料理を乗せた皿の運び方、メニューなる本の渡し方に言葉遣い。
様々なことを店主から教わった後の……夕食。
メニューはもちろん店主自らが作った、細かく刻んだ肉がたっぷり入った赤いソースを掛けた麺料理。
「美味しかったなあ……あのミートソースって言うの」
その味の余韻に浸りながら、奥に行ってしまった店主を待つ。
なんと今日の『ケンシュウ』でもちゃんと賃金を払ってくれると聞いたときは驚いた。
仕事を教えてもらってお金まで貰う。
正直、何か騙されているんじゃないかと思うくらい良い話であった。
「おう、悪い悪い。待たせたな」
そして店主が布の袋を手に戻ってくる。
「い、いえ!ありがとうございます! 」
その瞬間、アレッタは思わず立ち上がり店主に深々と頭を下げる。
店主には感謝してもし足りない。
「まあ、そんなにかしこまらないでくれ。ほれ。今日の給料だ。
 確か3枚分は銅貨でよかったんだよな?」
「はい!何から何までありがとうございます! 」
アレッタの声は軽く、ずっしりと重い袋を受け取る。
懐も暖かく、お腹もいっぱい。
今、アレッタは満ち足りていた。
「それじゃあ、気をつけてな。また来週。6日後の朝に来てくれ」
「はい! 」
そして店主が見送る中、アレッタは扉をくぐるのであった。

そしてアレッタは王都のスラムへと戻ってきた。
バタンと閉じると同時に消えてしまった黒い扉。
(ああ、やっぱり異世界だったんだ……)
それを見て、改めてアレッタは不思議な経験をしたと実感する。
つい先ほどまでいたはずなのに夢のようにも思える。
だが、夢じゃない。その証拠がいくつもある。
服装は元々着ていた、だが洗濯されて汚れが落ちて清潔になった服。
とてもよく伸びて縮む不思議な髪をまとめあげている紐。
懐には銅貨が数十枚……今日の『ケンシュウ』でも約束どおり支払われた、銀貨10枚分の賃金。
あれが夢であったらどちらも無かったはずのものだ。
(あ、そうだ。色々気をつけないと……)
袋から銀貨を取り出して服や靴のあちこちに隠していく。
アレッタとて身一つで遥々同族がほとんどいない王都にやってきた身。
スラムでの暮らし方は身に着けていた。

そして、粗末な毛布を広げて寝る準備をしながら今日の出来事を思う。
(今日は本当に凄かったなあ……)
1日で3回もご馳走を食べ、アレッタが手にしたことが無いほどの大金を手に入れる。
昨日まで、空腹と貧乏にあえいでいたのが嘘みたいだ。
「明日から、頑張らないと……」
満ち足りた気分で疲れた身体を休めるべく、ぼろい毛布に包まる。

(明日になったらまた、他の仕事を探そう……できれば給仕以外で)
アレを体験してしまったらば、とてもじゃないがこちらの世界の普通の給仕は出来そうに無い。

多分、物凄くがっかりする。

そんなことを考えながら、アレッタはまどろみ……程なくして静かな寝息を立てはじめる。

―――彼女は知らない。
   この異世界食堂にはとある常連の手で無断で『財宝を守るための呪い』が施されていること。
   それにより『彼女』には『財宝』に何かあればすぐに分かるようになっていること。
   そして、自分が店主との契約により『財宝の一部』と見なされたことなど。

3日後、王国で未曾有の大事件が起こった。
並の竜の数倍に及ぶ城の如き真紅の巨躯を誇る、伝説の魔竜が王都の真上を横切ったのだ。
それが姿を見せるとき、それは国が滅ぶとき……魔竜自らが焼き滅ぼすとき。
そんな伝説を持つ恐怖の具現たる存在の登場に王や貴族、騎士や魔術師たちは右往左往し、一時パニックに陥った。
(そんななか、伝説の大賢者アルトリウスだけは冷静に『あやつは何もせんよ。ちょいと見にきただけだろうしな』と言っていつもどおりのままだったが)
幸い魔竜は王都に一切の攻撃を加えずにただ横切っただけであり、夜までには騒ぎも収まった。
そして王都は平時の喧騒を取り戻す。
“そのこと”に気づいたものなど、誰一人いなかった。

―――上空を横切った魔竜が、空を呆然と見上げる、いかにも弱そうな魔族の少女をちらりと見たことになど。
今日はここまで。
賄い仕様につき、普段お店では出せない料理がちらりと。
+注意+
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