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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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プリンアラモード

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・生菓子はお早めにお召し上がり下さい。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
公国には1人の姫がいる。
名を、ヴィクトリア。
現公王の姉であり、今年で36歳になる彼女は、未だ未婚を貫いており、生涯を独身で貫き通すのはほぼ間違い無い、と言われている。
その理由は、ヴィクトリアが生まれついて持っていたある特徴に有る。

ヴィクトリアは……ハーフエルフなのだ。

取替え子。人間の種を受けたはずの人間の腹から通常エルフと人間の混血としてしか生まれてこないとされる『ハーフエルフ』が生まれてくるという、異常な現象。
一説には人間同士の子でも千年の間に混ざりこんだエルフやハーフエルフの血がまれに強く出ることありそうなると言われているが、真相は未だ謎である。

その種族故に取替え子には普通の幸せと言うものは期待できない。
何しろハーフエルフはエルフ譲りの強い魔力と人間譲りの生命力、そして数百年の寿命を持ち、齢100を越えるまでは10代半ばの若々しい姿を保ち続けるという、人間の常識が通用しない存在である。
それはエルフの社会ではもとより人間の社会において異物としかならず、生まれに関係なく取替え子は通常の社会からははじき出される。
世俗との関係を絶って神に仕えるか、長い寿命と文字通りの意味で人間離れした魔力を生かして魔術師になるか、実力だけが全ての傭兵や冒険者にでもなるか、各地にポツリポツリと存在するハーフエルフの村に移住するか……とにかく、まともな道は歩めない。

そのなかで、ヴィクトリアが選んだのは、魔術師の道であった。
彼女は齢25を数えた頃、10年の歳月が一切己の姿を変えなかったことで公国の姫であっても所詮人間とは違う人生しか歩めぬことを悟った彼女は、その強い魔力を生かしたいと先の公王、すなわち自らの父親に訴え、魔術の道へと歩みを進めた。

そして分かった。彼女は天才である、と。

魔術教師の腕を上回るのにかかった時間はわずか3ヶ月。
現役の中では公国一の魔術師たる当時の宮廷魔術師長より魔術に長けるのにはわずか1年。
ついには実力を認められて10年前に王国きっての大魔術師であり邪神殺しの英雄の1人である大賢者アルトリウスに弟子入りし、8年の研鑽を経て魔術の奥義に達したほどである。

2年前、師匠であるアルトリウスに自らの道を歩むよう言われ公国に戻った。
そして宮廷魔術師以上の権限と豊富な研究資金を与えられ『公国の魔女姫』の異名のもとに公国の自室で魔術の研究に邁進し続けている。
だが、そんな彼女にも研究を休むときはある。

……具体的に、7日に1度ほどは。

ヴィクトリア以外、誰も入れぬよう封印した、彼女の自室……通称『実験室』
彼女は1人そこに篭り、伝手を辿って手に入れた、今より優れた魔術文明を持っていたという古代のエルフが残したグリモワールを読んでいた。
(……まだ、早い)
少しだけいらつきながらじっとそれを待つ。
ちらちらとヴィクトリアが向ける視線の先にあるのは、複雑な紋様の魔法陣。
正確な知識と優れた魔力の制御能力があって初めて作り出すことが出来る召喚の魔法陣の中でも特に難易度が高い『異世界への入り口』を呼び寄せる代物。
使いこなすのは例え純粋なエルフであっても容易ではなく、今現在はこの世界全土を見渡してもこの公国と、彼女の師匠アルトリウスが作った2つしか存在しないであろう貴重な陣。
とある存在を召喚するためだけに組まれたその魔法陣は現在も発動しており、それを呼び寄せていた。

猫の絵が描かれた、黒い扉を。

昼をしばし過ぎた頃、ヴィクトリアは扉の前に立っていた。
(ようやく終わった……)
弟が自分のことを何かと気にしてくれるのはありがたい。
つい先ほども弟の家族と一同に介しての会食が行われた。
公式の場ではなく私的な集いに誘ってくれたことも自身の尖った耳の問題で人前に出ることを余り好まない自分に配慮してくれたのは分かる。

だが、何故よりによって今日なのだ。
今日は朝から行く気だっただけに水をさされたと言う気持ちが強い。
無論、弟にはその存在を知らせていないのでそう思うこと自体理不尽なのはわかってはいるのだが。

チリンチリンとエルフの遺産がヴィクトリアの来訪を告げる音を聞き流しながら、扉をくぐる。
「いらっしゃいませ」
「……うん。来た」
ここ8年の付き合いになる店主に言葉少なく挨拶を交わし、適当な席に座る。
「どうぞ。お冷とメニューです」
店主が持ってきたメニューを受け取り、迷い無くデザートの項を開く。
(今日はデザートだけでいい……)
ここでの食事は、静かに真剣に挑むべきもの。
そう考える彼女はメニューに入り込み、他に干渉しようとはしない。

そう、ヴィクトリアは一切気にしない。
例え何ヶ月か前から病気で療養しているはずの帝国の姫がパフェをつまんでいようと。
例え彼女と同じハーフエルフを含んだ光の神殿の使徒たちが菓子を食べながらお喋りに興じていようと。
例え己の師匠が昼前からロースカツを肴にビールを飲んでいようと。
例え20年前にクラーケン相手に船ごと相討ちになって死んだと言うことになってるはずの母国の元将軍が凄い勢いでカレーライスを食べていようと。

異世界食堂を訪れたヴィクトリアの目的は、唯一つ。美味しい料理のみ。
そして彼女は決断を下す。

「プリンアラモードを」
彼女が愛してやまぬ、異世界の菓子のみを頼む。
「はい。かしこまりました。少々お待ちください」
そうして厨房へと戻っていった店主を見送り、ヴィクトリアは待つ時間をメニューを眺めながらの思考に費やす。
(……やはり、私の字)
目的のものを頼み終えた後も、ヴィクトリアはメニューを眺める。
美しい、柔らかなサマナーク語で書かれた、デザートのメニュー。
それは細々とした文字の癖まで完璧に再現された『自分の文字』だった。
(一枚しか渡していないはずなのに……)
それと、更に昔、彼女の師アルトリウスが書いたと言う、通常メニューの文字を眺めながら、彼女は思考する。
『異世界』は相当に技術が発達した世界である。
この、余り広いとは言えない店の内部を眺めるだけでもそれは分かる。
この店では8年前から驚くことばかり遭遇しているのだから。

今からざっと8年前、ヴィクトリアがアルトリウスに弟子入りしてから2年がたった頃、彼女はこの『異世界食堂』の存在を知った。
アルトリウスの供としてアルトリウス自ら呼び寄せた扉をくぐり、この場所を訪れる機会を得た。
「いらっしゃい。お嬢ちゃんがメニューを書いてくれるのかい? 」
あの頃、今より大分若々しい姿だった、ヴィクトリアとそう年は変わらないであろう店主に聞かれ、ヴィクトリアはこくりと頷いた。

師匠から話は聞いていた。
「じゃあ、頼んだぞ。私は甘い菓子は余り好きでは無くてな」
何でもこの店は今度、伝手ができたとかで甘い菓子を大量にメニューに追加することにしたと言う。
だが、異世界の住人である店主は異世界語しか読み書きできず、ヴィクトリアの世界の言葉は一切読み書きできない。

そこで、アルトリウスは自らの新しい弟子……
人一倍甘い菓子を好むヴィクトリアに、実際に食べた料理の名前をサマナーク語で書き取ることを命じた。
「じゃあ、頼むよ。ほい、これボールペンと紙な。それと……」
気楽な様子でヴィクトリアに、インク壷も先を削る必要も無い便利な異世界の筆と、白くて薄くて丈夫な紙を渡した店主は一旦奥に引っ込み、それを持ってくる。
「まずはこいつからだ。確か、そっちの爺さんの話じゃあ卵の菓子が好きだって話だったよな? 」
彼女が初めて食べることになった異世界の菓子、それこそが……

「お待たせしました。プリンアラモードです」
ヴィクトリアの前に、8年前食べたのと同じ、魅惑の菓子が置かれる。
細い足と大き目の器を持つ、硝子の杯。
その中心には茶色いソースがとろりとかかった、黄色い物体。
ヴィクトリアはちろりとピンク色の唇を舐め、いそいそと匙を手に取った。
(……お楽しみは、最後)
そんなことを考えながら、ヴィクトリアはまず周りから攻めていく。

ふわりと甘い、白い乳を使ったクリームを掬い上げて、文字通りの意味でとろけるような儚さを楽しむ。
店主が言うには兎を模したものだという真っ赤な皮を半分残したアザルの、シャリシャリとした食感と爽やかな甘酸っぱさを楽しむ。
橙色のミケーネのシロップ漬けの、アザルとはまた違う甘さを楽しむ。
腐りやすいので公国では滅多に出回らぬ南方の甘い果実に良く似た果実を楽しむ。
杯の傍らにちょこんと置かれた、アイスクリームの冷たい甘さを楽しむ。

どれも甘みがあり、美味しい。美味しいのだが……本命には叶わない。
(……そろそろ、行く)
ちろりと唇を舌で再度舐め、ヴィクトリアはついに本命へと攻め入る。

プリンアラモードの主役、プリン。

これこそが、この店の全てのデザートを制覇したヴィクトリアが最初に食べたデザートであり、今なお彼女の中では不動の一位であり続ける、異世界の菓子。
銀色に輝く匙をそっと茶色いソースに覆われた、卵色をしたプリンに押し当てる。
それに対し、プリンはぷるりと震え……中に匙を潜り込ませる。
そのまま掬い上げ、プリンをすくいあげる。
銀の匙の上に築かれた、茶色と卵色の丘。
それをそっと口に運び、舌の上へと乗せる。

舌の上に広がるのは、この菓子だけが持つ滑らかな食感、茶色いソースの少しだけ苦味を含んだはっきりとした甘さ、そしてプリン自体が持つ、濃厚な卵と乳の風味。
ソースの味をプリン本体が柔らかく受け止め、プリンの味をソースが引き締める。
この、圧倒的な組み合わせ。
口の中でとけていくそれに、ヴィクトリアは魅了され続けている。
(……これこそが、至高の組み合わせ)

今、このときだけは自分がハーフエルフであることを感謝する。
もし、普通に人間として生まれていれば、魔術師の道には入らず、必然的にこの店にたどり着くことも無かっただろう。
動物から出来る食物全般を苦手とするエルフであったなら、店にたどり着くことはあってもこの最高の味にはたどり着けなかっただろう。
だが、ヴィクトリアはハーフエルフの魔術師。
だからこそ、ここにいたることが出来た。
ヴィクトリアは、この出会いを無駄にする気は無かったし、それを手に入れるための努力も惜しまない。

公国の自室に築いた『異世界食堂の扉』を召喚する魔法陣こそ、その象徴なのだ。

ヴィクトリアは一匙、一匙を味わって食べていく。
慎重に、少しでも長くこのプリンを味わうために。

だが、終わりは訪れる。
コトリと、ヴィクトリアは匙を置く。
目の前の器は、既に空だ。
満足げにため息を吐き出す。
今日は、1杯だけにしておこう。
胃袋と相談してそう決めた。

「……店主。お会計を。それと……」
「はい。いつものですね」
勝手知ったる2人の仲という奴で、店主は頷くと、店の奥の冷蔵庫からそれを取り出す。
「どうぞ。生菓子ですので出来れば今日中にお召し上がり下さい」
そう言って店主が羽の生えた子犬が書かれた、四角い箱を手渡す。
中に入っているのは氷よりも長い時間溶けない、不思議な物体と硝子の瓶に詰め込まれた、カスタードプリンが4つ。
上の階の幼馴染謹製のプリンをヴィクトリアは毎回『お土産』として持ち帰っていた。
「分かっている」
ヴィクトリアも毎回聞かされるその言葉に頷く。嘘であるが。
彼女はこの大好物を1日で食べつくして後の6日を焦燥とともに送るような真似はしない。
……無論、腐りやすいということに対しての対策もバッチリなのである。

「ではまた」
「はい。いつでもどうぞ」
店主の言葉に送られながら、ヴィクトリアは店の扉を開き、いつもの自室に戻ってくる。

「……さてと」
戻ってきてからのヴィクトリアの行動は迅速である。
研究室を出て普通のメイドが出入りすることが出来る寝室へと向かい、枕元に置いてある箱を手に取る。
一見すると宝石がちりばめられた、公国の姫に相応しい宝石箱のように見えるそれ。
開けると漏れ出すのは、ひんやりとした冷気。
その冷気を受けながら、ヴィクトリアは4つしかない貴重な黄色の宝石を中に納めていく。

腐敗を防止する保存の魔法と、冬の昼間ほどの冷気が詰め込まれた魔法を宿した宝石箱。
何とかしてプリンを長い期間楽しみたいと考えたヴィクトリアがそれだけのために自力で開発した逸品である。

「……っふふ」
プリンを納め、パタリと蓋を閉じるとともに、ヴィクトリアは微笑む。
これでまた、2日に1度はプリンが楽しめる。
そう思えばこその、普段は無表情で知られる公国の魔女姫の貴重な笑顔。
ヴィクトリアはそれをその喜びをあらわすために使った。
今日はここまで。
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