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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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カレーライス

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・当店のカレーは中辛のポークカレーです。
 もっと辛いのが好みの場合はお申し付けください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
よく晴れたその日、自らが住まう家でアルフォンスは出かける準備をしていた。

太陽の下、粗末で不恰好なアルフォンス手製の木桶に溜めた水の水面に顔を映しながら長年愛用しているが未だ錆び一つ浮いていない、公王からの下賜品であるミスリルのソードブレイカーで髭を落とし、裾が擦り切れた一張羅に着替える。
西の大陸で見たものを参考に草の茎で自作したサンダルを5年ほど前から雨の日に履くと水が染み込む様になった穴の空いた革靴に履き替え、使い勝手が今ひとつ悪いので普段は壁の飾りにしているミスリルのレイピアを佩く。
そして折りを見て切ってはいるがそれでもぼうぼうに伸びた髪をつる草でくくる。
アルフォンスの準備は念入りだ。
何しろ出かける場所は特別な場所。
アルフォンスにとっては唯一の希望であり、命の恩人とでも言うべきものたちがいる場所。
……そして、恐らくは今日で訪れるのは最後になる場所。

そんな気持ちがあるだけに、アルフォンスはいつも以上に念入りに身支度を整える。

「……よし、こんなものだろう」

準備が整い、アルフォンスは壁に1つの傷をつける。
6本の縦棒を消すように横切る、横棒。
この簡素な証こそが、アルフォンスの『特別な日』をあらわす。
果たして何度この日を待ったか、分からない。
「では、行くか」
万感の思いを込め、いつもと同じように口にしたその言葉と共に、アルフォンスは自らの家を後にする。
かくして、アルフォンス以外に住むものがいない、壁中にびっしりと特別な日を知るための印が刻まれた洞窟に静寂がやってきた。

アルフォンスは歩きなれた道をすいすいと歩き、太陽が真上に昇りきる前にはそこに達する。
周囲を見渡せる、小高い丘。
その頂上にはまばらに生えた草と……黒い扉しか見えない。
アルフォンスは目前の目的地を目指して歩き続ける。
迷いなく、しっかりとした足取りで歩きながら、早くもあふれ出した唾をゴクリと飲む。
「ああ、7日ぶりだ……」
余りに長い期間1人でい続けたせいか習い性となってしまった独り言がポロリと漏れる。
腹もなっている。
全身が、それを待ち望んでいた。

そして、扉にたどり着いたアルフォンスは、躊躇せずに扉を開ける。
チリンチリンと、鈴の音を響かせながら扉が開く。
「いらっしゃい」
「店主!カレーだ!カレーライスをくれ! 」
店主の出迎えの言葉に重ねるように、食べたくて仕方がなかったご馳走の名を告げる。
それほどに、待ちきれなかった存在なのだ。
「はいよ。少々お待ちくださいね」
そんな、いつもどおりのアルフォンスに苦笑しながら、店主は奥の厨房に引っ込む。
それを見送った後、アルフォンスはこの店でのいつものアルフォンスの指定席にどっかと座る。
「ええいまだか。まだなのか」
空腹と期待でこらえきれず、座って数分もしないうちにそわそわと到着を待つ。
カレーライスこそアルフォンスにとっては魂の味。
これを食べるために生きていると言っても過言ではない存在。
それを待ち望む気持ちは誰より強い。
カレーライスを口にするまでは、周りの音など気にも留めない。
この店において最も期待するものこそが、カレーライスなのだから。
「お待たせしました。カレーライスです」
そして、5分の時を経てついにアルフォンスの前にそれが置かれる。

大きな皿に盛られた、カレーライス。
山盛りの白いライスとその上に掛けられた大きな具がごろごろと入った茶色のルー。
小さな壷に満たされた、真っ赤なフクジンヅケ。
口直しにたっぷりとレモン水が入った杯と水差し。
銀色に輝き光を反射する大きめの匙。
完璧に整えられた食卓。7日ぶりのご馳走。
アルフォンスが愛して止まぬ、香辛料をたっぷりと使った刺激的な香りがアルフォンスの鼻を通して今日、この日のために準備した朝から何も入れていない胃袋を直撃する。
「よ~し、よし……」
いつもどおりのそれに、満足げに頷きながら銀色に輝く匙を取る。
そっと目の前のカレーの山に匙を埋めて掬い上げる。
肉と野菜がたっぷりと入ったルーと、純白のライス。
その、小さなカレーライスそのものとなった匙をそっと口へと運び……咀嚼する。

辛い。
まず最初に感じるのは、辛み。
故郷の公国では貴重だった香辛料がこれでもかというほど使われ、絶妙のバランスで調合された辛みがアルフォンスを襲う。
初めて食べた時は思わずその辛さに面食らったものだが、このカレーと言うものを知り尽くしたアルフォンスはじっくりと堪能しながら咀嚼する。
すると、辛み以外の味が次々とはじけて混ざっていく。
白いライスの噛み締めると表れる独特の甘み。
じっくりと煮込んでとろけるように柔らかくなった大き目の角切りにされた豚肉には臭みが無く、脂が良く乗っている。
ソースにたっぷりと溶け込んだオラニエの旨みと、後から煮込み始め、原形をとどめたオラニエはカレーの味が良く染み込んで甘い。
オレンジ色のカリュートとアルフォンスが公国にいた頃はまだ知られていなかった野菜……他の客が言うにはダンシャクの実と言うらしい、もまたたっぷりとカレーを吸い込んで辛みがあって柔らかい。
それらが口の中で溶け合い、一つの味を作り出していく。
「うむ、うまい」
思えばこの店を愛用するうちに、店のほうは細々と、色々と変わったが、この素晴らしい味は変わらない。

最初の一口は味わい、次の一口はまだまだ味わいたくて口にし……その後は時折フクジンヅケやレモン水を挟み込みながら胃袋に放り込むように貪り食らう。
辛味の強いルーにアルフォンスの額からつぅ……と一筋の汗が流れる。
だが、手は止まらない、止められない。
匙ですくって、口に運ぶことを延々と繰り返す。

そう、これこそがカレーライス。

辛みと、複数の旨みが混じり合って圧倒的な美味となり、それが胃を満たしていく感覚。
その感覚が、アルフォンスがカレーライスを愛して止まぬ理由だ。
かつて、先代店主に伝え聞いた話によれば、カレーライスは異世界では最も人気のあるヨウショクの1つ、らしい。
それも頷ける味だ。
少なくとも普段食べているような、塩を振って焼いたり煮ただけの肉や魚、生のまま齧る木の実や果実などとは比べるのもおこがましい。

(思えば1,000回は食しているのだがな……まったく飽きる気配が無い)
口いっぱいにカレーをほおばりながら、そんな気持ちと共に初めてこの店を訪れたときのことを思い出す。
幸運なのか不運なのか1人で扉を見つけて初めてこの店にやってきたとき。
3日ばかりろくなものを口にしていなかったところで料理屋と聞き、金は有る、とにかく腹が減ってるから早く料理を出してくれと、しばらくは使うあての無い金貨を景気よく放り投げながら頼んだとき、先代店主はこういった。

『う~ん。とりあえずカレーならすぐに出せるけど、それでいいかい? 』

そして出会ったのがカレーライス。
齢35にして出会った未知の美味、それも空腹極まったときに出されたそれの辛さに食欲を刺激され、自分でも驚くほどの勢いでがっついたのは鮮やかに思い出せる。
それからこの店には1,000回は訪れている。
7日に1度を心待ちに6日間を生き延びながら、そして7日に1度の日にはひたすらにカレーを貪り食いながら。
「うむ。やはりカレーライスこそ至高。テリヤキだのオムライスだのは邪道よ……」
古い話を思い出し、そのときから一歩も変わっていない感想を漏らす。
そのことで議論したのは、何年前だったか。
他の者がどういおうと、ライスを最も美味しく食べられる料理はカレーライス。
それは決して揺るがぬ真実なのだ。

「ふぅ……」
そしてわずか10分後、皿の上の山盛りのカレーライスを食い尽くしたアルフォンスは満足げにカレー臭い息を吐く。
「よう、相変わらずの喰いっぷりだな」
それを見ていた知り合い……ロースカツがアルフォンスに話しかける。
「なに、腹が空いていただけだ。店主、お代わりを頼むぞ。無論、大盛りでだ」
いつものように澄ました顔で、オシボリで口許のルーを拭いながらお代わりを所望する。

「やれやれ。お前さんはひたすらにカレーか。よく飽きないものだ」
「飽きるものか。カレーの可能性は無限大だ。お前こそ、たまにはカツカレーにでもしてみたらどうだ?あれもまたうまいぞ。そのまま食うよりもな」
とりあえずの空腹が満たされ、アルフォンスに話しかけるロースカツに冗談めかして言葉を返す。
アルフォンスにとって、この店の料理は大きく分けて2種類。

カレーにあうものと、カレーにあわないものだ。

カツ、フライの類は大体カレーにあう。
特にロースカツとの組み合わせはかなり上位に来る。
そのことを知るだけに本気の言葉だったのだが。
「断る。ロースカツにもっとも合うのはソースとビール。そこは譲れんよ」
ロースカツは爺の魔術師という、この世で最も頑固な人種らしく首を振って拒否する。
「ふん。相変わらずか。それより、最近は何か面白いことはあったか?」
そのことにアルフォンスもそれほど追求せず、何気ない調子でロースカツに尋ねる。
「そうさな……」
そうして、アルフォンスはロースカツといつものように言葉を交わす。

店の中でのみできる、異国の民を含む他の人間との何気ない雑談。
これこそが、アルフォンスがこの場所を愛して止まぬもう1つの理由。
……普段住んでいるあの場所では、3日前まで何をどうやっても手に入れようが無かったものだった。
それを堪能する……2皿目のカレーをじっくりと味わいながら。

「店主、世話になったな。礼を言う」
やがて、2皿目の大盛りカレーを平らげたアルフォンスは席を立ち、店主に礼を告げる。
心からの言葉だ。
この店が無かったら、きっととっくの昔に命を落としていただろう。
そのことが分かっているが故の言葉だった。
「はい?……ありがとうございました。またどうぞ」
その言葉に、店主が少し驚きながらも言葉を返す。
アルフォンスは自分が店を継ぐ前、先代の頃からの常連であることは知っているが、その店主の記憶でも、礼を言われたのは初めてな気がする。
いつもならば料金は随分昔に金貨で先払い済みなのでそのまま立ち去るのだが。

「ああ、またそのうちに、な」
そしてアルフォンスはこれからを思って少し寂しくなりながら、店をあとにする。
……もう、次に来れるのはいつになるのやら、などと考えながら。

アルフォンスが店をあとにして2時間後。
遠ざかっていく長年住んでいた島を見ながら、アルフォンスはそっとため息をついた。
「将軍閣下。どうされましたか? 」
近くにいた貴族士官がアルフォンスに緊張しながら尋ねる。
20年近く前、西の大陸へ向かう商船の護衛を努めていた途中で起きたモンスター相手の海戦で船が沈んで行方不明になった伝説の将軍。
その男が航路から外れていたせいで訪れるものもいなかった絶海の孤島に流れ着き、ただ1人生き延びていたと知れた時は随分と驚いた。
並の人間ならとうの昔に絶望して自ら命を絶つか病や怪我で死ぬかしていただろう。

だが、彼は生き延びていた。
日に焼け、弱肉強食の理に従って島の猛獣どもを打ち倒して喰らい、人1人居らぬ島で20年もの間。
嵐にあい、航路から外れた軍船が傷んだ船の補修のために島に立ち寄り、半ば野人のような姿をしていたアルフォンスと出会ったのが3日前。
そして3日間の応急補修を終え、最後に長年親しんだ島を見て回っていたという将軍を最後に乗せ終えると島を離れた。
そして今、一行はこうして公国に向かっている。
「……考えてみれば7,000日もの間ただ待ち続けるのと、僅か7日待ち続けるのを1,000度繰り返すのではまるで意味が違うな」
ぽつりと、遠ざかる島を見ながらアルフォンスが呟く。
「はい?どういう意味ですか?」
「なに、ちょっとした独り言だよ」
意味が分からず、尋ね返した士官に苦笑しながら、アルフォンスは言葉を返す。
(……公国にも、あの扉はあるのだろうか?)
ふと、そんな疑問がよぎる。
あの扉は世界のあちこちに点在していると、他の客から聞いたことがある。
ならば愛すべき故郷たる公国にもあってもおかしくは無いのだろう。
(……探してみるか)
どの道、50も過ぎた今となっては退役するしかないし、当主の座もとうの昔に息子に移っていると聞いている。
公国に戻ったら自由となる時間は腐るほどあるはず。
アルフォンスはその使い道を考えることにする。
(確か……公国の騎士が客にいたな)
そしてごく最近、テリヤキの奴が連れてきた、カレーに乗せるとうまいエビフライ好きの騎士が公国式の軍装をしていたことを思い出し、アルフォンスは確信する。

公国のどこかにもきっと扉はある、探せば見つかる、と。
(帰ったらそれを探すか)
ぼんやりとアルフォンスは決意を固め、公国へと向かう軍船に揺られ続けるのであった。

……そして3ヵ月後。

アルフォンスはそこを訪れていた。
公国の都から、馬で3時間。
あたりに何もない荒野に、ぽつりと佇む崩れかけた小屋。
「やはり、あったか」
未だに抜け切らぬ独り言の癖で呟きながら、それを見る。
……場違いなほどに整った、見慣れた黒い扉がついた小屋を。

アルフォンスの格好は、以前とは違う。
レイピアとソードブレイカーはそのまま。
だが、着ている服には綻び一つ無く、真新しい靴は良く磨かれている。
髭は専門の職人の手で整えられて威厳をたたえ、髪は短く切りそろえられている。
それは、公国の元将軍である貴族として相応しい格好。
従者も護衛もいないのは、隠居した身の気楽さゆえである。
「意外に近くにあるものだ」
公国にたどり着くのに1ヶ月。
そこから旅のハーフリングから話を聞いたり、見覚えの有る『常連』たちの伝手を辿って調べをつけるのに2ヶ月かかった。
アルフォンスははやる気持ちを抑えながら、勢いよく扉を開く。
チリンチリンと扉の鈴が鳴り。
「いらっしゃい……あれ?アルフォンスさん、久しぶりですね」
「ああ、久しいな!だがまずはカレーだ!カレーライスを出せ!すぐにだ!
 もう3ヶ月もくっとらんのだ! 」
いつもの大声でカレーを所望する声が響いた。
今日はここまで。
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