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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ホットケーキ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・ホットケーキの味付けはメープルシロップ、チョコレートソース、ストロベリージャムの中からお選びいただけます。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
とある深い森の奥。
そこに、名も無き小さな村がある。
村の住人はおよそ100人、揃いの草染めの服を着て、村の近くで取れる木の実や果実を糧に質素に暮らしている。

この村の住人は、リリパットと呼ばれる、人間の掌に乗れるサイズの小さき人々である。
リリパットは通常、同じ小人でも羽があって広い範囲を飛び回り、人間とも付き合いを持つことが多いフェアリーとは違い、ごく狭い範囲で村を作って暮らし、同じリリパット以外とは滅多に交渉を持たない。
この村のリリパットたちも他のリリパットたちと同じように、人間との交渉はほとんど無く、森の一軒屋に1人で暮らしている魔法使いの老婆に木の実を売るのとあと1つ程度の付合いしかない。
そんな彼らには、7日に1度のお楽しみの日がある。
普段ならば仕事に精を出す男たちも、家事に勤しむ女たちも、はしゃいで遊びまわっている子供たちも、みんな同じ場所に出かける。
出かける場所は異世界食堂。
彼らにとっての祭りとでも言うべき日である。


村から少し離れた、森の中にぽっかりと開いた小さな広場に、彼らは集っていた。
「よーし!かかったぞ! 」
村一番の木登り名人と言われている若い男が、つる草で作ったロープで金色のでっぱりが下に下りた状態で固定し、大人5人分ほど下に待機する男達に声を掛けた。
取っ掛かりの少ない『黒い壁』を昇るのは、中々に骨が折れる。
それでも何人かはこの『金色のでっぱり』まで昇れるが、やはりこういう時は大抵彼が昇ることが多い。
「よーし!みんな、引くぞ!せーの! 」
「「「「「おーえす、おーえす! 」」」」」
「とうちゃんがんばれー! 」
「もう少しよ!ガンバって! 」
村長の掛け声に合わせ、女子供の声援を受けて村の男達が一斉にロープを引く。

キィィィィ……

かすかな音を立てて黒い壁…遠くから見ると猫の絵が描かれた扉が開く。
この扉を開くのは、他の、はるかに巨大な種族と比べて非力な彼らにとっては結構大変だ。
こうして取っ手に結んだつる草のロープで、村の男達が頑張る必要がある。
「よし、あいたか……今のうちに通り抜けるぞ! 」
ある程度隙間が開いたところで、頃合いよしと見た村長の指示に従い、村の人々が次々と扉の隙間にもぐりこむ。
まずは老人や乳飲み子を抱えた女たち。
それから自分で歩ける程度には育った子供達。
そして最後に扉が閉じる前に男達。

全員が通り抜けた後、扉が閉じる。

そして、森の中の開けた広場はまた静けさを取り戻した。

森の広場とは違う色の明るい光に満ちた部屋。
その部屋の隅に彼らが入ると天から声が振ってくる。

―――いらっしゃい

大きな声で彼らに話しかけるのは、見上げるほど大きなこの店の店主。
店主は知っている。
扉がホンの僅か開いた後、ちょこまかと小人たちが入ってきたら、彼らが来店した証だと言うことを。
店主は一旦奥に引っ込み、それを持ってくる。
濡れ布巾を乗せた、料理を運ぶためのトレー。
それをそっと床スレスレまで持って行き、店主は言う。

―――お席にご案内しますので、こちらへ

彼ら村の民もなれたもので、次々にぴょんぴょんとトレーの上に乗る。

―――それじゃ行きますかね…よっと

村の民が半分ほど乗ったところで一旦小人が満載されたトレーを持ち上げ、店主は開いてる席に案内する。
「わああああ!すげええええ! 」
「わ!危ないよ!落ちちゃう! 」
「ほら、ちゃんと靴と手をお拭きよ。綺麗にしないと降りられないよ」

いきなり高い位置まで視界が開け、店主と同じように巨大な、様々な種族が料理を食べている様子に子供達ははしゃぎ、それを母親が嗜める。
そしてトレーの上に広げられた濡れ布巾で靴の裏と手をよく拭く。
そうこうしているうちにテーブルの上にそっとトレーが置かれ、靴の裏と手をよく拭いた村人たちはどんどんテーブルの上に降りる。

―――それじゃあ、残り連れてきますんで

乗っていた小人達が全員降りて高いテーブルの上でキョロキョロ辺りを見る村人に店主が一声掛けてまた店の入り口までトレーを持っていく。
待っていた残りの村人たちもトレーの上に乗り、そのままテーブルの上まで運ばれてくる。

―――ご注文はいつもどおりで?

テーブルの上と、店の入り口、2つを見比べて全員が運び終わったのを確認した店主が、リリパットに一応注文を聞く。
その確認に村人達は一斉に頷き、綺麗な服を着せられた村一番の美少女である村長の一人娘がそっと人の顔が描かれた大きな銀の板を掲げる。
リリパットが森の魔女に木の実を売って得た、普段は村の職人が切り出して銀食器や装飾品を作るのに使う、人間が作った大きな銀の板。
月に2度、これを渡すのが彼らと店主の間で交わされた約束である。

―――まいど。少々お待ち下さい。

それを店主は親指とひとさし指の2本の指で受け取ると、店主は奥の厨房へと向かう。
そして、彼ら小人が愛して止まぬそれを焼き、持ってくるのだ。

―――お待たせしました。ホットケーキです。

どんと、テーブルのど真ん中に置かれる、大きな大きなホットケーキ。
周りに並べられるのは、バケツほどの大きさの陶器の器一杯に満たされた、3種類の甘い蜜。
7日に1度のご馳走の登場に、思わず村人達は歓声を上げる。
これを食べるために、彼らは7日に1度は村の仕事も全部ほっぽり出して、ここを訪れている。

「おお、店主よ!すまないが、切り分けてくれ! 」
村長が大声で叫ぶように店主に言葉を伝える。
そうしないと小さきリリパットの声は店主まで届かないのだ。

―――はいよ。

店主は頷き、フォークでホットケーキの上に乗せたバターをのばし、ナイフで一口サイズ……村人たちにとっては充分な大きさに切っていく。
辺りに広がる、とろけたバターと絡んだホットケーキの甘い匂いに、村人たちはごくりと唾を飲む。

―――それじゃあごゆっくり。お代わりもすぐお持ちしますんで。

そして、全てのケーキを切り分けた店主が、村人達に声を掛けた瞬間。
彼らは歓声を上げながら、ホットケーキに殺到した。


さて、村人たちに切り分けられたホットケーキは、村人に平等に行き渡るよう、村で管理されている。
まず、最初に『ケーキを配る係』が皿の縁に近寄り、切り分けられたケーキを村人達に渡す。
勝手に持って行ったりすると大きいのの取り合いになって喧嘩をしたり、弱くて小さい子供が食べられなかったりしたのを避けるように長年掛けて考えた結果である。
……配る係が時折手についたバターを舐め取ったり、皿に落ちた小さなケーキ屑を食べたりしているのは、役得として黙認されている。

そうして受け取ったホットケーキをそのまま食べる者は少数派である。
大抵は甘い蜜が満たされたバケツの元に向かう。
「もっと掛けてよ!ケチ! 」
「ダメダメ!なくなっちゃうし、持ち帰る分もあるんだからね! 」
「あ、こら!茶色と黒の蜜を両方掛けようなんてずるいぞ! 」
「あ!ずるい!赤いのの実を食べてる! 」
「いいの。これ位は、ね」

それぞれ、自分が好む蜜が満たされたバケツの前に陣取る女の前に、並ぶ。
女は手馴れたもので、村から持ってきた蜜専用の刷毛でホットケーキに蜜を塗りたくっていく。

用意された蜜は3種類。茶色い、何処までも甘い『メープル』と黒くて少しだけ苦い『チョコレート』そして赤いベリーに砂糖を入れて煮込んで作ったどろりとしていて甘酸っぱい『ジャム』の3つ。
本来はホットケーキについてくる蜜はこのうちのどれか1つなのだが、それでどれを選ぶかで村が3つに分かれかけたことがあってから、リリパットたちは店主に頼み、全部を少しずつ用意してもらっている。
そうしてようやくリリパットたち全員の腹を満たせるだけのホットケーキになるのだ。
「よし!みんな行き渡ったね! 」
それを確認してからリリパットのおかみさんは持ってきた壷一杯にメープルを詰め込んでいく。
これもまた、蜜を塗る係の役得。余った分は村から持参した壷や瓶に入れて持ち帰っていいことになっている。
(無論、だからといって塗る蜜をケチったりしたら大変なことになってしまうが)
「ふふ、これでしばらくは美味しいパンが食べられるってもんだ! 」
リリパットのおかみさんはメープルで満たされて重くなった壷を嬉しそうに撫でさする。
この人間が作る蜜がまた絶品で、パンに塗るだけでいつものパンが美味しいご馳走となる。
目立つものはなにもない、名も無き小さな村の密かなご馳走である。

「それでは皆に行き渡ったな……? 」
村人全員が蜜が塗られたほかほかのホットケーキを手にしているか食べているのを確認し、村長が言う。

「では……恵みをもたらす大地の神に感謝し、頂くとしよう」

その言葉と共に、村長はホットケーキにかぶりつく。

口の中一杯に、暖かな甘みが広がる。
村長が選んだのは、シンプルに甘いメープル。
独特の風味があって、他のよりも甘い蜜がホットケーキの生地からじゅわりと染み出し、口の中に広がる。
「むむう……」
村長は唸り声を上げながら飲み込むと、大急ぎで村から持ってきたお茶を飲む。
まだほんのりと温かみを残した、甘みの無いお茶がホットケーキの甘さを洗い流していく。
「ふぅ……」
この後を引く甘さ!つい先ほど味わったはずの甘さがまた恋しくなり、村長は再びホットケーキにかぶりつく!
ほくほくと甘いホットケーキ。こればかりは何年食べても飽きが来ない幸福の味。
旅の途中であった多くのリリパットが店でこの味を味わってトリコになって新たに住み着き、村の人口があっという間に増えたのも分かるというものだ。

「お父様。そちらも少し分けてください……メープルも食べたいです」
綺麗な服を汚さないように気をつけながらジャム付のホットケーキを食べていた村長の1人娘が、そんな父親を見て、少し羨ましくなって口を尖らせる。
もちろん自分が一番好きなのはこの甘酸っぱくてお母様も大好きだったジャム味なのだが……目の前であんなに美味しそうに見せられたらたまらない。
「ああ、分かった分かった。お前のも少し貰うよ」
一方の村長もまた苦笑しながら、懐から抜いたダガーでホットケーキを切り分けて分け、代わりに少しだけホットケーキを貰う。
「……うむ、うまい」
ある意味では食べなれたその味に頷く。
……10年前に病で亡くした妻が大好きだったジャム味のホットケーキ。
それは甘酸っぱくて……少しだけ、しょっぱい。

よくよく見れば、リリパットたちはそれぞれが似たようなことをしていた。
家族で、恋人で、友人同士で。
それぞれ別の味がついたホットケーキを切り分けて、交換する。

他のリリパットより頭ふたつ大きい力自慢の武骨な鍛冶屋が一際小柄な妻に口許のチョコレートを拭われて真っ赤になっている。
子沢山で知られる家族の兄弟たちはそれぞれが貰ってきたケーキの蜜を全部混ぜるとどんな味になるかを試そうとして母親に叩かれている。
普段なにかというと言い争いをしている若い男と娘はジャムとチョコを一緒に食べると言う一点だけ気が合うので半分ずつ交換している。
先ほどまで蜜塗る係だった一家の主婦たちはぺちゃくちゃと喋りながらお互いの戦利品の交換の話し合いをしている。
3年前に住み着いた村に1人しかいない魔術師の老人は我関せずといった顔で髭を茶色く染めながらケーキをパクつき、同じく村に1人しかいない癒しの魔法を繰る大地の神の司祭である老婆は孫たちに囲まれて幸せそうに微笑んでいる。

このような交流もまた、リリパットたちにとっては見慣れた光景である。


「では店主、世話になったな! 」
全員がホットケーキをお代わりとしてもってきた分まで食べ終え、あれだけ大きなホットケーキの皿にケーキ屑1つ落ちていないことを確認して、村長は大声で店主に言う。

―――まいど。それじゃあまた乗ってください。

店主も慣れたもので、すっとトレーを差し出し、リリパットたちを乗せる。
そして、来る前よりホットケーキ一皿分だけ重くなったリリパットたちを運び、店の入り口付近でそっと降ろすのを繰り返す。

―――じゃあまたのご利用をお待ちしております。

そう言って店主はそっと、少しだけ扉を開けてやる。
「よし!皆揃っているな! 」
「はい! 」
それを確認し、リリパットたちは一斉に扉の外の広場に出て行く。
扉の入り口付近に溜まっていた彼らは瞬く間に外に出終えて、店からはリリパットの気配が消える。

「しっかし、毎回凄い人数だな」

彼らを見送り終えた店主がふと呟く。
以前……この店に来るようになったばかりのころは今の半分……否、1/3くらいしかいなかった気がする。
そもそも1回で運び切れなくなったのはいつの頃からだったか。
そんなことを考えながら店主はまた厨房に戻る。
「そのうち、羽が生えた小人とかも来るようになったりしてな」
ふと、そんなことを思いつく。
羽の生えた異世界の住人は見たことが有るし、小人もさっきのとおり大量に訪れるようになった。
しかしまだ、羽の生えた小人は見たことが無い。
「……まあ、無いか」
そもそも小人の体力だと、何人もいないと扉を開けることすら出来ないらしい。
ならば、あの村の小人以外が来ることも無いだろう。
そう思いなおし、仕事に戻る。

……店主はまだ知らない。後日、羽の生えた小人であるフェアリーの群れが常連になる日が来ることを。
今日はここまで。
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