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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ミルクレープ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・ミルクレープのホールでの販売は、事前予約のみとさせていただきます。

以上のことに注意してお読みいただけると幸いです。
花の国の女王、ティアナ=シルバリオ16世は、幾人ものフェアリーの手を経て届けられた、この花の国の蜜と花粉を混ぜ合わされて作られたインクで書かれた小さな手紙を読み、どうしたものかと考えていた。
「蝙蝠の翼持つ黒い小人、か……」
手紙の差出人は、ティエリア……ティアナの妹であり、外界を旅する冒険者でもある少女からであった。

花の国に住まうフェアリーの中には、外界……人間たちの世界に旅立つ者がたまにいる。
自分の身を守るに足るだけの魔術の腕を持ち、好奇心旺盛なものの中には安定してはいるが、いささか刺激には欠けるこの国から出て己の好奇心を満たすために国を出るのである。
フェアリーの常として体力にこそ欠けるが優れた魔術の腕を持ち、決して侮ることのできない彼らの多くは人間の世界においては氏素性への拘りが薄い傭兵や冒険者を名乗り、人間やハーフエルフ、ドワーフたちと言った大きな種族と行動を共にする。
そして時に大きな冒険を成し遂げて十分な実力をつけて帰ってきたり、実力及ばず旅の空で屍を晒すことになるのだ。
「この手紙を助けて貰った。いずれ花の国を訪れると思うので客人としておもてなしをお願いします、か……」
妹が久方ぶりに寄越した手紙には、時世の挨拶やら旅の中で見聞きした様々な事柄に加えて女王への嘆願が記されていた。

なんでも外界では冒険者を名乗るティエリアが、様々な種族を集めて血を抜き取り、剥製にすることを趣味とする恐ろしいヴァンパイアと戦った際に、蝙蝠のような緑色の羽を持つ黒い小人たちに助けてもらったのだという。
彼らは一人の男に率いられていて同じような服を着た集団で、口から酸のブレスを吐き、素手で並の剣では皮一枚切ることも難しいヴァンパイアを易々と切り裂き、鞭のような尻尾でヴァンパイアを打ち据えた。
その力はティエリアの仲間の中で最も力が強いドワーフの戦士よりも強かった、らしい。
特に彼らを率いる、パウロと言う壮年の男の小人は別格で、ヴァンパイアが霧となって逃げだそうとした時に不思議な力で見上げるほどの大きさの竜へと姿を変じて、ブレスの一撃でチリ一つ残さず葬り去ったのだという。

危うく力及ばずに殺され、剥製にされるところであったティエリアたちは、九死に一生を得て大いに感謝した。
そして、命の恩人である彼らに、自分たちのような小さき民が住まう場所を知らぬかと尋ねられ、この花の国の場所を教えたのだという。
「……まあ、良かろう。会おう。向こうが礼を尽くすのであれば、こちらも礼を尽くすのが筋と言うものだ」
少し考えて、ティアナは妹の恩人に対する処遇を決める。
「……大臣。話は分かったな? この手紙によれば、空を鳥の如く翔ける彼らがこの地を訪れるのはもう少しだけ先……おそらくは次の次のドヨウの前には現れよう。歓待の準備をせよ」
「は。分かりました……しかしドヨウが関係あるのですかな?」
ティアナの言葉に大臣は首を傾げる。
この国において、ドヨウは重要な日だ。
だが、それを異邦の民を出迎えることに何の関係があるのか分からない。
「なに、我が妹が死すところだったのが無事に助かったのだ。これはつまり、祝うべきことだからな……ケーキを頼むこととする」
かの地を訪れるハーフエルフの魔術師に聞いたことがある。
あの地には『慶事のための特別な菓子』があると。

今となっては女王と言えども決して好き勝手には決められぬ、クレープの具。
前々から存在を知り気になっていた菓子を頼む機会にちょうどよい。
女王は密かに決意していたのである。

花の国の国境……花畑と原野の境目が良く見える、険しい岩山。
その上に、小さな小さな、竜の翼を持つ神官たちが降り立った。
「パウロ様、あれがティエリア嬢の言っていた花の国ではないかと」
己の妻でもある緑の神に仕える神官の言葉に、緑の神を奉じる大神官パウロは、その瞳を千里を見渡す竜のものへと変じて広大な花畑を確認した後、威厳を示し頷いた。
「分かった。まずは私が話をして来よう。其方らは待っておれ」
「分かりました。気を付けて」
妻に言葉を掛けて、翼を広げ、飛ぶ。
(さて、あそこに住まう者たちは、ティエリア嬢のように話が通じれば良いのだが)
心に不安がよぎる。
この北方には、蛮族が多すぎる。

パウロが住み慣れた遥か南の故郷を離れ、北方の大陸へと足を向けたのは、布教のためであった。
風の噂で、青の海を支配する青の神の命令を受けた大神官や神官が何人か北方の大陸……伝説によれば耳長き侵略者が住まう土地へと向かい、何かを探っているという。
水の中に住まう青の神を奉じる信徒であれば水中を泳ぐことで容易く行き来できる青の海は、水中では生きることすら難しい他の神を信じる信徒たちが越えるのは至難の技である。
海底深くに住まう青の神は正しい手順を踏んで相応の貢物をすれば他の神を信じる信徒であっても海を越えることを許してくれるが、
それでも海を荒れ狂わせる嵐や神を奉じる知性すらない怪物の類の危険は消えないのだ。
だからこそ、北方の大陸から来たという旅人の話を聞き、緑の神を奉じる信徒たちの話し合いで決まった北方の大陸に旅立つ宣教団となる信徒として、
森を縄張りとする緑の神の信徒たる種族の中でも熱心な信徒が多いパウロたちリリパットの神官が選ばれた。

リリパットはその小さな体躯故に大きな獣の類に目をつけられにくい上にその体躯の小ささゆえに多くの食料を必要としないことと、
小さな体躯でも他種族に負けぬ強さを得るため熱心な信徒が多く、翼を操るのに長けていること、そして何よりパウロと言う、
リリパットながら研鑽の果てに大神官にまで至ったものがいたためである。

かくてリリパットの信徒の中から竜の翼を操ることが出来る神官たちが選ばれ、パウロを長として北方の大陸まで宣教の旅に出たのである。
……そしてそれが、予想以上に困難であることを知るのに、そう時間はかからなかった。

死ぬ気で青の海を飛びきって大陸に渡り、必死にこちらの言葉を覚えたまでは良かった。
世事にも長け、並大抵の相手ならば容易く屠るパウロが居なければ越えるのは難しかっただろうが、
元々どんな危険があるかはわかっていたのこともあって幸い一人も死ぬことなく大陸まで至ることが出来た。
言葉についても、大陸各地に残っていた耳長き侵略者の言葉を基にした言語であったため、何とか覚えることも出来た。
だがその後の宣教の旅が予想外に困難であった。
この神の威光届かぬ蛮地では野蛮な暮らしをしている蛮族が多すぎたのである。

耳長き侵略者の住まう蛮地には、真の意味で神を信奉するするものはほとんどいない。

そもそもこの地において神と呼ばれる存在は、竜ではなく何故かあの弱々しい人間の姿をしていると伝えられている。
それ故に神の似姿たる竜の姿と力を得る術も伝わっておらず、それぞれの神の信徒たちはそれぞれの神が司る事象を操る独自の技が使えるのみであり、
信仰の強さでは大神官に匹敵する実力がある信徒(こちらでは高司祭と呼ばれている)でも肉体は酷く脆弱であった。
さらにその神ですら信じているのは人間やらハーフエルフやらドワーフと言った、両の手で数えられる程度に少ない種族しかおらず、
パウロのような、人目に触れることは滅多にない小さき種族が神官だなどと信じられぬと話を聞こうともしない。
(中には何を勘違いしたのか竜の翼持つ敬虔な信徒であるパウロたちを新種の種族だなんだなどと言って捕まえて見世物として売り払おうとした愚か者までいた)
皮肉なことにこの地では『魔族』と呼ばれる『万色の混沌』の信徒だけがパウロたちの故郷と変わらぬ信心を持ち、
帝国なる地に己らが支配する地域を持っていて大いに栄えているというありさまである。

そして、故郷においては赤の神の熱心な信徒が多く、各地に幾人もの大神官を有していたラミアや、緑の神を信奉する同胞が多くいた獣人たちやマンティコア、
いくつにも分かれた部族ごとに金や赤や黒、そしてパウロたちと同じ緑の神を信奉し、大陸中に集落を持っていたゴブリンやオーガ……
故郷では文化の違いはあれど決して話の分からぬ者たちではなかった連中がことごとく神を信じぬ蛮族で、神の教えを説こうとしてもまともに話が通じない。
異教徒相手と言えどもわきまえるべき道理と言うものを知らず、平気で人を害し、物を奪い、さりとて徒党を組むような知恵は無いため、この地の人間たちからは追われ、討伐される、頭の良いケダモノのような扱いであった。
特に許せぬのは他ならぬ黒の神直々の血の加護を賜って夜の闇に愛されし、黒の神の眷属でありながらこの地においての『黒の神』を意味する闇の神を信奉せぬ愚か者である。
他ならぬその力こそ、パウロ達信徒の多くがどれだけ望んでも手に入らぬ神の恩寵であろうに、闇の神など我らにとっては忌むべきもの、信じるに値せぬと言う世迷言に激怒したパウロは、仲間たちと共に黒の神の眷属を倒した。
(しかし、フェアリーか……)
そんな布教の旅路で出会ったのが、フェアリーである。
パウロたちの故郷では空を司る金の神か大地を司る緑の神のどちらかを信仰していた彼の種族はこの地においては、その昔は耳長き侵略者……この地でエルフと呼ばれるらしい民と親しい付き合いを持っていたらしい。
その末裔であるフェアリーたちは人間たちの奉じる神にはあまり馴染みを持たないが侵略者の技……魔術に長け、独自の文明を築いて豊かな土地を治めていると言う。

信仰を持たぬ、されど理性的な、パウロ達と同じ小身の種族。
たまたま黒の眷属を討伐した際に知り合ったそのフェアリーの娘が国元では種族を束ねる長の妹である、と聞き及びパウロの次の予定は決まった。
そして旅を続け、このフェアリーの支配する花園へと至ったのである。
(ここか……なるほど、強き緑の神の恩恵を感じる。豊かな地のようだなここは)
花園に降り立ってすぐ、緑の神の大神官でもあるパウロはそこにすさまじい量の大地の魔力が満ちていることを感じ取る。
故郷であったなら、すぐに奪い合いになるほど……大神官が長を務める聖地と呼ばれるのが当然であろう土地。
(となれば……やはりここがフェアリーの縄張りなのであろうな)
パウロの考えを裏付けるように、桃色の花が咲き乱れる花園に飛び込んですぐ、かの地の支配者たちが姿を見せた。
手に木の棒を持った、竜の翼ではなく、虫のような翅が生えたフェアリーたちと、この地を守るべくフェアリーに作られたのであろう、オーガのように巨大な、つる草で出来た巨人がパウロの眼前に現れる。
彼らの目には警戒の色が浮かんでいる。
「その姿、其方がティエリア様の手紙にあった、蝙蝠の翼持つ黒い小人に間違いはないか」
「いや、違う。この身に宿る翼は、緑の神より賜りし竜のものだ。間違えるな……だが、ティエリア嬢の紹介を得て仲間と共にこの地に参ったのは、確かに相違ない」
大神官として譲れぬ線を主張した後、懐からティエリアから貰った一筆を取り出し見せる。
「うむ……確かに確認しました。貴殿は今よりこの国の客人。女王、ティアナ陛下がお待ちです。案内いたします。お仲間の方々は?」
「うむ。今は外で待たせてある。呼んでくるので少し待て」
どうやらいきなりの攻撃はなさそうだ。
そう判断し、仲間の許へ取って返す。
(さて、今度の相手は少しは神の心を解する者たちであればよいが)
そんな不安を抱えながら、妻たちをはじめとした仲間たちに声を掛けに岩山へと戻るのであった。

ティエリアの命の恩人であり、ティアナ=シルバリオ16世の客人として、パウロ一行は花の国で熱烈に歓迎された。
幾人ものフェアリーたちから感謝の言葉が掛けられ、子供たちは無邪気にパウロ一行に近づいてきて己の背に生えたものとは違う翼を見て面白がる。
それは、故郷であれば大神官とその側近に向けるにはいささか不敬と言うべきものであったが、悪意や拒否の意思を感じさせるものではなかった。
(うむ、やはり豊かな、いい土地のようだな……飢えや戦傷で苦しむものもおらぬ)
不安げに手を求めてくる妻の手を握り返しながら、パウロは冷静にこの地を見る。
己らとそう変わらぬ背丈を持つ種族であるフェアリーの地は、豊かな場所であった。
土地には聖地と呼んでも差し支えないほどに魔力が満ち、季節に関係なく花が咲き乱れている。
話に聞いたところによるとこの地ではその花から取れる蜜や種を食うとのことなので食糧には困らないようだ。
また、ここ百年ほどは戦らしい戦も無かったということで、あからさまな戦の傷を抱えた民は誰一人としていない。
異教の大陸で出会ったものたちは、都に住まうほんの一部を除いてもっと貧しい暮らしをしていたので、ここの豊かさは他の地と比べても高いのだろう。
そんなことを考えながら飛んで行くと、巨大な、つる草と花が絡み合った建物らしきものと、その前に立つ、若草色の髪を持つ女性が見えた。
(なるほど……あれがこの地のフェアリーを束ねる長か)
一瞥し、その強大な魔力にパウロはその正体をすぐに察する。
あのティエリアと言う少女も目の前の女性に似た、豊富な魔力を持っていたが、大神官たる自分に匹敵するほどの魔力を持っている目の前の女性以外に、長はいないだろう。
「よくぞ参った。我が妹の恩人たちよ。我が名はティアナ=シルバリオ16世。この国を治めるものだ」
果たして、目の前の女性はそう名乗る。それに対し、パウロもまた敬意をこめて名乗り返す。
「本日は私共を快く受け入れて下さりありがとうございます。私は遥か南方の大陸より参りました、パウロと申します。非才なる身ではありますが、大地司る緑の神より大神官の地位を賜っております。お見知りおきを」
礼と言葉を尽くしたパウロの姿に、ティアナは目を細めて、気づいたことを言う。
「ほう。南方か……その装束と肌……なるほど、其方らはあの者たちと同郷か」
「あの者たち?」
不思議そうにパウロが問い返すとティアナは一つ頷いて言う。
「ああ、其方らのような服をまとい、其方らのような肌をし、そして其方に匹敵する強大な力の持ち主に心当たりがあるのでな」
「なんと。それは一体いずこで?」
もしや、自分の他にも大神官がこの地へと渡ってきているのか。そう考えたパウロはティアナに問う。
「ああ、異世界で見た」
「……は?」
そんなパウロの言葉に、返されたティアナの言葉に、パウロは一瞬呆けた顔をする。
「い、異世界……?」
「うむ、七日に一度、この地には異世界に通じる扉が現れるのだが、その地で見たぞ」
そして、更に言葉をつづける。
「興味があるならばちょうどよい。明日はちょうどこの地に異世界に繋がる扉が現れる日。我はそこで其方らの歓待の宴を催すつもりだ。付き合うがよい」
「……分かりました。しかし何故、異世界で宴を……?」
パウロの言葉に、ティアナは更に笑みを深め、言う。
「ああ、扉の向こうにあるのはな、異世界食堂と呼ばれる地……異世界の菓子を食わせる場所なのだ」
「……は?」
その言葉に、パウロは再び呆けた顔を見せるのであった。

そして翌日、チリンチリンと言う軽やかな音と共に異世界への扉が開く。
「いらっしゃいませ! ティアナ様。ご予約いただいたミルクレープ、用意できてますよ」
「うむ。予約から七日のうちに訪れるとは思っていたが、予想以上にぎりぎりであったからな、無駄にならずに良かった」
扉をくぐってすぐ姿を現した、珍妙な格好をした混沌の使徒が、ティアナと親しげに言葉を交わす。
「……此度はティアナ様のご厚意により招かれたのだ。私に恥をかかせるな」
突如現れた、忌むべき混沌の使徒に緊張と敵意を見せようとした部下たちを、素早く諫め、パウロは初めて訪れる異世界を見た。
(……強い火の気配とわずかだが闇の気配を感じる。まるで聖地だな……やはりか)
鋭く縦に割れた竜の瞳が、この異世界に満ちた神の力を捕らえ、そしてティアナが言っていたものを見つける。
(脚なしルシアと白のカタリーナ、か……)
大神官の中でも特に強い力を持ち、大陸中にその信仰の強さで知られた二人の大神官がいた。
ラミアの『夫』に選ばれた男を連れたルシアは料理を食べ終えた後らしく笑顔で人間の神官らしき少年と歓談し、
一人で訪れたらしいカタリーナは頼んだ料理が来るのをじっと待っている。
(なるほど、これでは騒ぎなど起こす気にもならんわ)
朝方、異世界では戦いは御法度だと聞かされたときにはどういうことなのかと思ったが、こうして実物を見れば得心もいく。
パウロが聞いた話では、十年ほど前にあの二人が戦った戦場は光と炎で焼き尽くされ、誰も住めぬ無人の野になり果てたと聞いている。
そんな者たちがここで戦ったら、ただではすむまい。
そして、傍らのティアナを初めとして、大神官に匹敵するかは分からぬが相当な実力を持っていそうな者たちの気配も感じる。
如何な大神官たるパウロとして、ここで騒ぎを起こせば命が無いことはよくわかった。
「それじゃあ、切り分けてきますので少々お待ちくださいね」
そう言って、混沌の信徒が奥の部屋へと姿を消す。
「こちらだ。パウロ殿」
「ああ……行くぞ」
ティアナに促され、パウロは側近の神官たちと共に、人間用にあつらえたのであろう巨大な卓へと降り立つ。
「今日のクレープはどうなっているのだ?」
「ああ、今日はパウロ殿を歓迎するため、特別に女王陛下が頼んだミルクレープなるクレープだと言うことだ」
「なんだそれは?」
「分からん。だが、慶事のための特別な菓子だという。なんでもヴィクトリア殿から話には聞いていたと言うが……」
パウロの耳がそんなフェアリーたちの会話をとらえる。
その様子は明らかな期待に満ちていて、華やいだ様子を感じさせた。
「パウロ様……」
「なに、歓迎すると言っているならば受けぬのも失礼にあたるであろう。お前たちも楽しむがよい」
パウロ達は北の大陸の作法も、まして異世界の作法にも詳しくない。
どんなものが出て来るのか、見当もつかなかった。
(恐らくは、甘い菓子なのであろうな)
昨日、フェアリーから出された食事は、花の蜜をかけた花の種で、かなり甘かった。
そこから考えると、フェアリーが好む御馳走は、甘いものになるのだろう。

そんなことを考えていると、この店の店主なのであろう人間の男が、その料理を持ってくる。
「お待たせしました。ご予約いただいていたミルクレープ、ホールをお持ちしました」
その言葉と共に、フェアリーたちはバッと、卓の真ん中から離れる。そしてぽっかりと空いた、平たい卓の上に、店主はそっとそれを置いた。
(なんだあれは? ずいぶんと巨大だが、卵焼きか?)
それがパウロが抱いた最初の感想であった。
こんもりと丸い、卵色をした巨大な山。
その上にはうっすらと何かが塗られ、天井から降り注ぐ白い光に照らされて輝きを帯びているように見えた。
「では切り分けて行きますね」
そっと置いた後、手にした銀色の巨大なナイフをそっと入れて、その山を切り分けて行く。
(いつもみたいにばらばらに切ったんじゃあ、美味そうに見えないからな……)
神経を注いで細長く切り分けて行く。
半分、四分の一、八分の一、十六分の一……これ以上切ると自立できなくなりそうなのでそこでやめて、アレッタが持ってきた小さな皿に乗せる。
「ほう……ミルクレープとやらはずいぶんと美しい作りの菓子なのだな」
「クレープの様々な果物に飾られた様も美しいが、こうしてきっちりと重ねられたミルクレープも負けず劣らず美しいな」
「あれはすべてクリームと皮なのか……果たしてどんな味がするのか」
小皿の上に乗せられた切り分けられたミルクレープに、フェアリーたちは口々に感想を口にする。
(なんだあれは……あれが菓子なのか?)
対するパウロたちは、自分たちが知る、もっと粗雑なつくりの菓子とはまるで違う、初めて見る異世界の菓子に、呆然とする。
山から外されたミルクレープの中身は、不思議なつくりとなっていた。
淡い黄色と、白。
二つの層が幾重にも折り重ねられていたのである。
きっちりと等分に重ねられた白と黄色の縞模様は歪みなく同じ幅で、食べるのがもったいないほどに美しかった。
「それじゃあごゆっくり」
まずは見た目を喜んでもらえたことをちょっとだけ嬉しく思いながら、店主は奥へと引っ込んでいく。
「では、頂くとするか……そちらの皿はお客人向けだ、手を出してはならぬぞ」
ティアナが威厳たっぷりにそう宣言すると、フェアリーたちはパウロ達のすぐ近くの皿から離れ、既にフェアリーたちが鈴なりに集まっている他の更に飛んで行く。
そして、女王からの許しを得たフェアリーたちは、一斉に『獲物』に集って、切り取っていく。
「パウロ様……」
「ティアナ殿のご厚意だ。有り難くいただいておこう」
その言葉を受けて、妻がそっと無傷のミルクレープに近づく。
幾重にも重なった層をなすミルクレープのその先端の上を手でちぎりとり、パウロへと恭しく差し出す。
「では、まずはパウロ様がお食べ下さいませ。でないと他の者たちも食べられませんわ」
「ああ、そうだな」
頷き、クリームで白く染まった褐色の手から、パウロはミルクレープを受け取る。
(ほう……この上に塗ってあるのは、果物を砂糖で煮たもののようだな)
大神官の常として鍛えられた鋭敏な嗅覚が、ミルクレープの上に塗られたそれの正体を教えた。
爽やかな、本来は酸味が強いのであろう果物を、他の種族から得た砂糖で煮たもの。
少量でも生きる力を得られ、保存も利くので、神官抜きでは野生の獣を狩るのも、巨大すぎる玉蜀黍を育てるのもおぼつかないリリパットたちの間ではよく食べられていた。
パウロも何の力もない子供の頃はよく食べたものであった。
そんなことを思いながら、手にしたミルクレープにかぶりつく。
「……美味いな。これは」
思わずそんな言葉が漏れた。
しっかりとした甘みの中に、ほのかな苦みと酸味が入ったジャムと、しっとりと柔らかな、卵色の皮、そして強すぎない甘さのクリーム。
ミルクレープの一番上の皮は、それらがすべて含まれて、口の中で混ざり合う。
とろりとしたジャムと、口の中で柔らかく溶けるクリーム。そしてその二つの間に挟まれた、口の中で崩れ落ちる皮。
その味がゆっくりと混ざり合い、広がるのである。
続いて、さらに一口かじる。
今度は、ジャムが無く、クリームと皮の部分だけの味がする。
しかしよくよく味わってみると、皮にジャムを含ませたのか一枚目よりは弱いがあの甘酸っぱい果物の味がする。
そして、クリームと皮の比率が変わったことで、クリームの味がより強く感じられる。
乳の味が強く、その分甘みが弱めに抑えられたクリームは、口の中の熱ですぐに溶けてなくなる。
そして後味にたっぷりとクリームの風味を残していくのだ。
(それにこの皮の部分も、良いな)
故郷で多くの種族に食べられていた、玉蜀黍の粉を水で溶いて焼くものを思い出させる、皮。
だがそれには故郷の、どちらかと言えば粗末な食べ物だとされていたものとは全然違う。
恐らくは水と粉以外にも、黄色さからすると卵を入れているのだろう。
それに、クリームとよく合うことからすると、乳も混ぜられているのかもしれない。
(これは、肉やマルメットと共に食っても、美味いかもしれんな)
そう思いながら、今は立派に菓子として成り立っているそれをよく味わう。

そして、小さく切った欠片は、あっという間にパウロの腹の中に消える。
そうしてパウロが堪能している間に、他の神官たちもミルクレープに群がり、食べ始めていた。
それは飢えた獣の群れに家畜を投げ込んだかのように荒々しく、パウロ達にとっては巨大と言ってもよい大きさのミルクレープはみるみるうちに小さくなっていく。
「待て待て、私とてまだ足りんぞ」
そんな様子に少しだけ慌てたようにパウロも皿に近づく。

かくて、フェアリーとパウロ達の友好の宴は皆が食いすぎとなるまで続くのであった。

飛ぶのが億劫なほど膨れた腹を抱えて、ティアナとパウロ達は、花の国へと戻ってきた。
「それで、喜んで頂けたかな? パウロ殿」
「それはもう。ありがとうございます、ティアナ様」
ティアナの笑顔の問いかけに、パウロもまた笑顔で答える。
「そうか……それは良かった。今後も、良き関係を続けられれば良いな」
ティアナはその答えに笑みを深める。

かの地を訪れるようになってから知った、この世界の広さ、その一端である、未知の地より訪れた異教の信徒。
彼らのことは未だよくわからないが、とにかくそう悪い連中でないことは確かであろう。
そう、知ることが出来ただけでも、良かった。ティアナはそう感じていた。
「は……もしよければ、この地に偉大なる緑の神の教えを広めることを許していただけないでしょうか? 無論、無理強いなどいたしませんので」
「よかろう。良ければこの大陸に教えを広める拠点に、この花の国を使うと良い。我らは其方らを歓迎するぞ。緑の神の神官殿」
だからこそ、パウロの申し出にも快く応じる。

こうして、小さな芽のような交流が始まったのである。
今日はここまで。
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