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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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カツサンド

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・カツサンドはホットサンドにするかそのままで食べるかお選びください。
死の都の片隅で、骨が折れ激痛が走る足を抱えながら、グスタフは来たことを後悔していた。
(くそぅ……俺には、早すぎたってのか……)
十七のときに、冷や飯食いだった実家を家出同然で飛び出し、一攫千金を夢見て冒険者となり、五年。
自分もいくつも修羅場をくぐり、実力をつけた。今こそ、この食うや食わずの貧乏暮らしから抜け出すために死の都に挑む。
そう決意してグスタフは旅立った。

死の都。

それはグスタフのような冒険者にとって憧れと畏怖、希望と欲望に恐怖と絶望が混じる、混沌の場所である。
ここには無数の財宝と、万を越えるアンデッドがひしめいているのだ。

伝説によれば、死の都は人間にとって最初の国である古王国の首都である。
この大陸全土を支配下に置き、エルフの遺産たる魔術具を自在に操っていた古王国は、今あるどんな国よりも栄えていたという。
人々は豊かな実りを享受し、幸福に暮らしていた、と言われている。
だがある時、死を恐れた古王国最後の王が禁断の秘術に手を出したとき、古王国は終わった。
死を超越するために邪悪なるリッチと化した王は、この都の住人すべてを殺し、アンデッドへと変えたのだ。
そして都全土に死したものは必ずアンデッドと化す呪いを掛け、アンデッドしかいない都の王として永遠に君臨するようになったのだ。

その邪悪なるリッチと化した古王国最後の王や、その王に従う死してなお忠実な家臣たち。
最後の王を討伐せしめんと乗り込んだ光の神に仕えていた司祭たちの、生者を邪悪なる死の呪いで浄化しようとする成れの果てに、
古王国の秘宝を狙って入り込んで全滅し、デュラハンの群れとなったというとある国の騎士団。
そして、財宝をかすめ取ろうとして失敗した無数の冒険者たちや迷い込んだまま二度と出ることが叶わなくなった魔物の骸。
そんな新たな死者を飲み込みながら今なお大きくなり続ける死の都に、グスタフは入り込み……今や死を待つ存在となり果てた。
(せめて癒しの薬でも買う金がありゃあなあ)
己の貧乏と、それ故に命運が尽きようとしていることに泣きそうになりながらため息をつく。
死者除けの聖水やアンデッドと戦うのに有効な武器は一応用意したし、それに深くまで入り込む気もなく、入り口近辺……大したアンデッドもおらず、そこそこ腕の立つ冒険者なら十分に生きて帰れるといわれる場所で、探索するつもりだった。
問題は、この都がすでに何百年も前に滅んだ都であるがために、あちこちが老朽化していたことだった。
慎重に探索しようと家屋に足を踏み入れた瞬間、床が崩れてグスタフは下に落ちて足をくじいた。
恐らく折れているのであろう痛みを感じる足では、天井にぽっかり空いた穴を昇るのは無理だし、走るどころか歩くことすら一苦労だ。
ここから一番近い、自分のような死の都目当ての冒険者が集まる街までおよそ半日。どう考えてもたどり着く前に死ぬ。
(こりゃあ、俺も終わりか……)
観念して、目を閉じる。
動けないのでは、せめて体力を回復するために休むくらいしかできることもない。
……その先に待っているのが飢えや乾きによる死だったとしても、自分を見つけてくれる他の冒険者が現れるのを信じて少しでも生き延びる努力はすべきだろう。

そうして結界の中にこもってどの程度時間が過ぎ去っただろうか。
「おーい、そこの冒険者っぽいやつ」
グスタフは突然聞こえてきた声にびくりと身体を震わせる。
(やべえ……やべえよ……)
聞こえてきたのは、妙に透き通った、風が通り抜けるような、生者では出せない声。
この死の都では昼間でも獣の遠吠えのようにどこからともなく聞こえてくる、死者の怨嗟の声に似た声だ。
本当は見たくない、だが見ないわけにはいかない。
グスタフはゆっくりと目を開ける。
果たしてグスタフの目の前には、アンデッドがいた。
ただでさえ暗かった地下の部屋は、日が落ちてすっかり真っ暗になっていた。
ほんの少し先すら見えないはずの真っ暗な部屋の中で妙にくっきりと見える白い男がグスタフをのぞき込んでいた。
「ひぃ……!」
そいつの目の部分が、眼球のない真っ暗な穴のようで、その奥に真っ赤な光がともっていることに気づいて、グスタフは悲鳴を上げる。
レイス。
熟練の冒険者でも容易く呪い殺す、グスタフでは手も足も出ない危険なアンデッドがグスタフの目の前にいた。
「まあ慌てるな。何も殺すつもりはない。今のところはな」
その男は妙に余裕を感じさせる口調で、グスタフに話しかける。
「まずはお前を助けてやろうと思う……少しで良い。歩けるか?」
レイスの問いかけに逆らったらどうなるか分からないとグスタフは必死でこくこくと頷く。
今は襲い掛かってくる様子はないが、相手は何を考えてるか分からぬアンデッドである。次の瞬間突然襲い掛かってくることも十分ありえる。
「よし、着いてこい」
「わ、分かった……」
そう言ってふわりと動き出したレイスをグスタフは装備とカンテラを抱え、痛む足を引きずりながら追うことになった。

幸い、目的の場所はそれほど遠くはなかった。
「まずこれが元俺の身体な。死因はお前と大体同じ。多分だが聖水飲んだり結界の中にいたお陰でこうしてお前とまともに喋れるようになったんだと思う」
そう言いながら見ればなるほど、足が変な方向に曲がったと思われる、冒険者らしい装備をした、茶色くなった白骨が転がっている。
その体の下にはアンデッド除けの結界らしきものが敷かれ、さらには乾きに耐えかねたのか聖水を入れていたのであろう瓶が転がっている。
「だがまあ結局助けは来なくて、死んだわけだ。もう何年前になるかな。この薄暗い地下にずっといるから、どれくらいたったのかよく分からん」
なんでもないことのように言いながらそっと奥を指さす。
「んで、俺が死んだあと、ある時から七日に一度、あの扉が現れるようになったんだ」
その指先に視線を向け、グスタフはこの埃っぽくてカビ臭い地下には似つかわしくない黒い扉を見つける。
「異世界料理のねこや? ……まさか、食い物屋、なのか?」
そこに書かれた文字から、グスタフはいささか信じがたい結論を見つける。
「ああ、そっちの看板は最近増えたもんだ……つまり中には人がいる」
そのグスタフの推論にレイスも頷く。
「ああ、生憎と生身を失った俺じゃあ扉を開けられん。気になって仕方がないからちょいと、見てきてくれ」
「……分かった」
どうせ、何もしなければのたれ死にだ。
生き残るために少しでも悪あがきをするのが、冒険者と言うもの。
グスタフは覚悟を決めて扉を開ける。

チリンチリンと響いたアラームの音にそういえば罠があるかの確認もしていなかったなと思いながら、グスタフは不自然に明るい部屋に足を踏み入れた。

その客がやってきたのは、最後の客を見送り、緩んだ空気が流れたときであった。
踏み込んできたのは、あちこち汚れた格好をした、若い男。
その男は店に入ってくると、その場で崩れ落ち、足が痛むのかうめき声をあげた。
「きゃあ!?」
「な、なんなの!?」
「おい、落ち着け」
明らかな異常事態。
だが、店主は慣れたもので男に近づく。

異世界に開く扉は、時々こういった、何かの災難に見舞われた客がやってくる。
最初は偶然かとも思ったが、どうやら、そうでも無かったと気づいたのは、最近のことである。
何しろこれまで向こうの人間には読めない日本語の看板しか出してなかったため、向こうの、異世界食堂の存在を知らない客からは場所を選ばず現れることもあって明らかに怪しい扉に見えるらしい。
そしてそんな扉をくぐるのは、好奇心が強いか、扉の先に罠があったとしても扉をくぐらないよりはマシと判断した場合であることが多いらしい。

店主はしゃがみ込んで、状態を確認する。
「こりゃあ折れてるな……アレッタ。奥の薬箱から傷薬取ってきてくれ」
近づき、男の右足が腫れあがってズボンがパンパンになっているのを見て、店主はアレッタに薬を持ってくるように頼む。
「はい!」
「え? いや骨折って傷薬でどうにかなるもんじゃないでしょ!?」
すぐに頷いてアレッタが出ていくのを呆然と見送り、叔父の言葉に早希は混乱しながら聞き返す。

傷薬と聞いて、ピンと来るものはある。
この店の救急箱に入ってる、ねこやの七不思議のひとつに数えられている謎の傷薬のことだろう。
入れ物は市販の香水入れのそれだが後で店主が中身を入れてるらしい正体不明の薬はやけどに打ち身、捻挫、切り傷……
どんな傷にもひと吹きスプレーしておけばあっという間に痛みが引くすごい傷薬で、一体どこで買ってるのかと、バイト仲間と話したこともある。
「ああ、言ってなかったか。うちの傷薬はあっちの世界のだからものすごく効く……めちゃくちゃ高いんだけどな」
そんな早希たちの話題を知ってか知らずか、店主はあっさりとその正体を口にする。
先代が切れるたびに異世界の食材と共に出入りの商人から買い上げていた傷薬。
あっちの世界では金貨単位の値段になるだけあって店主はそれが骨折どころか下半身麻痺でも治るとんでもない代物であることも知っていた。
「マスター! お薬、持ってきました!」
そんな話をしているうちにアレッタが持ってきた薬を受け取り、店主は男に声をかける。
「おう。ありがとな……お客さん、ちょいと沁みると思うけど、我慢してくださいよ」
しゃがみ込んでズボンをまくり上げ、どす黒く変色した足に、キャップを外した薬をぶちまける。
「ぐ、ぐあああ!?」
突然足に掛けられた薬が沁みたのか、男は悲鳴を上げ……
「痛みが……消えた!?」
バッと顔を上げる。
「よかった。取りあえず大丈夫そうですね」
そんな男に店主は笑みを向けて言う。
「ところでお客さん、うちは一応料理屋でしてね……もしよろしければ、何か食べていきませんか? 生憎と用意できるものはちょいと限られてしまいますが」
その言葉を聞いた瞬間。
足の痛みに気を取られてずっと何も食べていなかった男は、声の代わりに腹の音で答えた。


(一体どうしてこうなったのか……)
ふかふかの座り心地のよい椅子に座りながら、グスタフはぼんやりと考え込んでいた。
熱くも寒くもない、真夜中のはずなのに妙に明るい部屋。
高価な氷が入った水の中で氷が溶けてカランと音を立てる。
足の痛みは既になく、奥からはかすかに料理を準備する音が聞こえてきて、胃袋が唸る。

ついさっきまで、自分は死を待ち、死におびえていたはずだ。
そんなことを思い、透明なガラスの杯に注がれた水を飲む。
(ああ、美味いな。これ……)
ほんのりと、グスタフの知らぬ果実の香りをまとった、冬の井戸水のように冷え切った水が、乾いた体に染み渡り、身体を冷やす。
一息に飲み干して代わりに息を吐けば、生きてる実感が今更ながらに沸いた。
「お待たせしました。お料理をお持ちしました」
そうしてくつろいだ気分になったところで、金色の髪をした魔族の少女が、純白の皿を運んで声を掛けてくる。
皿の上に盛られているのは、何やら黒と茶色の中間のようなものが挟まれた白いもの。
「えっと、なんなんだこいつは?」
グスタフの問いに少女は笑みを浮かべて答える。
「はい。これは、カツサンドです! とってもおいしいですよ……それでは、ごゆっくりどうぞ。あ、それとお水のお代わりお持ちしますね」
そう言うと少女は厨房の方へと戻る。
「か、カツサンド……? まあ、腹減ってるし、食っておくか」
それを見送った後、グスタフは目の前の料理に手を付けることにしたのであった。

水で濡らし、固く絞ったらしい布で汚れた手を拭い、グスタフは目の前の料理を見る。
(一体どんな料理なんだ……)
出てくるまで短かったことから、おそらくは作り置きだったのであろうそれからは香ばしい香りが漂ってくる。
火であぶったのか、軽い焦げ目がついた茶色いそれには、おそらくは切り分けられた肉料理らしきものが挟まれている。
(まあ、毒は無いだろうし……)
殺すつもりならわざわざ高価なポーションを施すような真似をするはずがない。
そう思い、グスタフは目の前の料理を食べるために手に取る。
「……こりゃあ、白パンか?」
手に取り、グスタフはそれがパンであること、それも高価な白パンであることに気づいた。
表面は小麦色に染まっているが、その隙間から見える部分は、上質な布のように白い。
更に手に持った感触では表面こそ焼かれて固くなっているものの、中は意外なほどに柔らかく、指をやんわりと押し返してくる。
そしてパンに挟まれているのは、真っ黒な衣がついた、灰色の肉。白く透き通った脂の部分がすこし付いた肉は、昨日から携帯食くらいしか口にしていないグスタフには、とても美味そうに見えた。
(こりゃあ思ったより期待できそうだ……)
こんなわけのわからん料理屋で出されるメシがどんなものなのかと思っていたがこれなら美味いだろうと思い、口に運ぶ。
大きく口を開けて、四角いパンを口に入れて、かぶりつく。
「おお!」
その瞬間、その味が期待以上だったことにグスタフは喜びを覚えた。
表面はカリカリに焼かれていながら中は柔らかな薄いパンからはほんのりとした甘さと上質な小麦の味がする。
それを越えるとその先にあるのは、黒い衣。
どうやら帝国風料理のように衣をつけて油で揚げたものに、たっぷりと味付けをしみこませたらしいそれは、噛みしめるとギュッと味付けがあふれてくる。
酸味と甘み、それからほんの少しのツンとする辛味が含まれた衣の強烈な味は、そのすぐ下にある肉から漏れる肉汁と脂の味で薄まり、ちょうどよい塩梅となるのだ。

一口食べてしまえば、後は早かった。
まるで飢えた犬が久方ぶりにありついた餌にがっつくようにグスタフはカツサンドを口に放り込んで食っていく。
そして、給仕の少女がお代わりの水を運んでくるころには、皿の上からはすっかりとカツサンドは消えてしまっていた。

店主の、薬の分は困ってたみたいだから使っただけなのでお金はいらない。料理の代金も今回の分はツケで良い。
という言葉にありがたく感謝しつつグスタフは扉をくぐり……自分が死の都にいたことを思い出した。
「よぉ。どうやらあの扉の向こうにはいいものがあったみたいだな」
自分をあそこに誘ったレイスの姿に思わずグスタフは後ろを振り返り、先ほどまであった扉が影も形もなくなっていることに気が付いた。
「正直助かるかどうかは分からんかったが、助かったんなら、一つ頼まれちゃあくれないか?」
にやりと笑みを浮かべながら、レイスはグスタフに言う。
「な、なんだ……?」
断れば、今度こそこのレイスは自分に牙をむくだろう。
そんな確信と共にグスタフは望みを問う。
「なぁに、そう難しいこっちゃない」
そう言ってレイスは自分の残骸を見やる。
「俺の持ってる短剣と、手帳。そいつを王都まで届けてほしい。俺は親父や兄貴ほど優れたトレジャーハンターにゃあなれなかった。
 けど、死んだことくらいは教えといてやらないと、無駄に心配するだろうからな。頼む」
そう言うとすぅっと、姿を消した。
「……やるしか、ねえな」
姿こそ消えたが、まだじっと見る視線のようなものを感じ、先ほどカツサンドを入れた胃袋が軽く痛むのを感じつつ、グスタフは死体を漁り、レイスが言っていたボロボロの手帳と、さび付いた短剣を荷物に加える。

ここから王都までだとひと月はかかるし、骨の様子からして多分あいつが死んだのは何十年も前だ。
恐らく親父も兄貴とやらも生きてはいないだろう。
だが、子孫くらいは生き残ってるかもしれない。
……せめて努力はしないと、とり殺されそうだ。
そう思い、グスタフは初めての死の都の探索が生きているだけでも幸運だと思うことにして、都を去る。

……手がかりがないかと短剣を磨いた結果出てきた名前が「ジュリアス=ゴールド」であり、それを王都に届けることでちょっとした報酬を手にするのはもう少し先の話である。
今日はここまで。
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