挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

111/119

宇治金時

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが余り活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・カキ氷は夏季限定メニューです。
青い虚空に浮かぶ小さな島で、イルゼガントは大きくあくびをした。
「……ああ、暇だ」
目の前にうつる、どこまでも続く青い空と、ゴーレムたちの手入れが行き届いた楽園を見て、ため息を吐く。
ここにはすべてがそろっていた。
イルゼガントが暮らす島は、食いきれぬほどに果物がたわわに実り、生活に必要なことは全て島内に配置されたゴーレムが行い、熱くもなく寒くもない、またイルゼガントを襲うような危険な生き物は何一ついない、空を飛ぶ島。
両親から口伝で託された大量の知識とその島こそが、イルゼガントが二百五十年の間に知った世界の全てであった。
両親の残した遺産でもあるここでただ一人暮らすイルゼガントにとっての問題はただ一つ。
やることが無い故の、暇であった。
「正直、研究にももう飽き飽きだしなあ」
寿命を迎え、衰弱していく両親に頼まれた、彼らが千年の時をかけた研究の継続。
両親が死んでからずっと好奇心の赴くままに色々と研究を重ねては見たが、それにも意味らしい意味は見出せず、最近は無為に過ごしていた。

イルゼガントは、もう二百年も前に眠るように死んだ両親によれば、エルフなる種族らしい。
この世界の全てを支配する権利を持ち、魔術を使いこなす種族で、かつて世界の覇者であったという。
だが、そのエルフは衰退した。両親が生まれてほんの百年ほどだった頃に、大病疫が発生したためである。

野蛮な竜の下僕どもが住まう暗黒の大陸か、それとも当時盛んに行き来されていたいずれかの異世界か。
とにかくどこからかやってきた病は、偉大なる知性を持つ世界の覇者たる種族、エルフを滅亡の危機に追い込むほどに蔓延した。
種の半分以上がたったの二十年で死に絶えるほどに危険な病。
他の者には決して真似できぬすばらしき魔術を使いこなす偉大なる魔術師が何人も死に、その魔術師の一族が研究し、口伝で受け継いできたいくつもの魔術が失われた。
その病に恐れを為し、己を知識と人格をそのまま残した死霊に変える魔術を使ったり、竜を神として崇める者たちに蛇蝎のごとく嫌われていた『生命を司る混沌の神』に祈り縋って生き残ろうとした者たちもいたが、そいつらも結局はエルフとは似ても似つかぬ存在に成り果てた、らしい。
生き延びたのは両親に言わせれば『森の奥底で非文明的な暮らしに逆戻りすることを選んだ野蛮な田舎者』ばかりで、それ以外の、文明的なエルフたちは殆どが死に絶えた、らしい。
「まあこうして空に逃れることを選んでくれたお陰で僕が生まれてこうして生きてられるというのは分かるが……」
イルゼガントは、両親によれば、文明的なエルフである。
病に冒されていない健康的な若いエルフであり、知性に優れた文明的なエルフであった二人は、己の研究施設を備えた陸地を島として空に飛ばし、他の全てと関わりを絶つことで生き延びた。
それからこの楽園で延々と自らの研究を進め……あるとき気づいたのだという。生れ落ちてから千年近いときが流れ、己の寿命が差し迫っていることに。

寿命を超越する逃げ道は全て塞がれ、今から新たな方法を発見する時間も無いことを知った両親が選んだのが、至極原始的な方法、すなわちイルゼガンドを産み落とし、研究を託す道だったのである。
「さて、今日は何をして過ごすか……」
知識は充分。されど両親ほどは研究に情熱を持たぬイルゼガントは日々を無為に過ごすようになった。
こんな日々が、あと七百年も続くということに恐怖すら覚えながら、とりあえず今日一日をどうして過ごすかと悩んでいたときであった。
「……うん。魔力の流れがおかしいな?」
ピクリと耳を震わせてイルゼガントは呟く。
生まれ育ったこの島のことは全て教えられた。二百年の間にこの地にあるゴーレムは全てイルゼガンドの手製のものとなり、島の内部について、知らぬことなど無い。そのはずだ。
だが今、イルゼガントこの地に己のものでない魔力の流れを感じ取っていた。
「まあいい。何か暇つぶしにでもなれば」
その魔力の流れは不安定で、一日もすれば消えてしまうことは察せられたから、イルゼガントはいそいそとそこに向かうことにする。
「ゴーレム。僕を目的の場所まで運べ」
その辺で作業に従事していたゴーレムに命じ、精神をつないで直接位置を伝える。
それだけでゴーレムはイルゼガントをそっと抱え上げ、目的の場所へと運ぶ。
地下にある島を浮かせるための魔術装置の真上、島の地表で最も魔力が強くなる場所であり、死んだ両親を埋めた場所。
そこに、異変があった。
「ほう、これは……転移魔法、それも異世界へとつながるものか」
まるでそこにあるのが当然だとでも言うように屹立する漆黒の扉を見て、その正体を察したイルゼガントの眼に、良い暇つぶしが出来たと楽しげな光が宿る。
「さて、行くとしようか」
危険があるかもしれない。
そんなことは微塵も考えずに、ただただ暇な日常を変える何かが現れたことに気を良くしたイルゼガントはひんやりとした真鍮製の扉に手をかけて、開く。

チリンチリンと鈴の音が響き、扉が開く。

イルゼガントは嬉々としてその扉をくぐった。
「ほほう。これは、見たことも無い場所に出たな」
まだ朝の早い時間。
太陽の光が一切差し込まぬつくりの暗い部屋の中を光の魔術で照らしたイルゼガントは、面白そうにあたりを見渡す。
無数の卓と椅子に、天井によく分からない魔術装置。卓の上には様々な材質不明の入れ物が並んでいる。
奥からはうっすらと光が漏れ、誰か人がいるようだ。
そして、向こうもまたイルゼガントの来訪に気づいたのだろう。奥からのっそりと姿を現す。
「うん。誰なんだね君は。耳も短いし、魔力もずいぶんと弱いみたいだし、随分と体毛が濃いが」
奥から現れた男に、イルゼガントは自らの感じた疑問を率直にたずねた。
二足歩行で、翼が生えてるわけでも角が生えてるわけでもないならエルフには違いないだろうが、記憶にある両親の姿とは随分とかけ離れた姿だった。
「私はここの店の主ですが……お客さんですかね?」
一方の店主は、まだアレッタすら来ていない時間に現れた人物に尋ねる。
「店? 確か金を対価に物品を提供する存在だったか?」
どうやら目の前の客は随分と世間知らずらしい。
店主は方をすくめ、答えを返す。
「ええまあ。ここは料理屋です。お金を貰って料理をお出ししています」
「ほう。料理か」
店主の答えにイルゼガントは興味を示す。
料理という存在は知っている。本来は食べられない食品を水で煮たり焼いたりすることで食えるようにしたものだ。
あの島には料理が必要な果実は実ってはいなかったが、知識としては一応持っている。
……父も母も食事は生きるのに必要な栄養が補給できればそれでいいというエルフだったので作れたりはしなかったが。
「では、その料理をくれ。出来れば珍しいものが良い」
「珍しいもの……実は今、まだ準備が出来てないんで、軽めのものでもいいですかね? デザートとか」
「ああ、構わんぞ。早く持ってきてくれ」
店主の問いかけに一つ頷き、どかりと適当な席に腰を下ろす。
「それじゃあ、ちょっと待っててくださいね」
店主もこの店で異世界の住人を相手にして十年以上だ。
イルゼガントの態度にも特に問題を感じることなく、奥へと向かい、出す料理……夏らしいものを準備し始めた。

それからほんの少しだけ時間がたった。
「ううむ。そう言えば料理というのは出来上がるまでに時間が掛かるのだったか……うん?」
店主が魔術を使うことなく天井にともした不思議な明かりをぼんやりと眺めて待っていると、チリンチリンと音がした。
「おはよ……あ、い、いらっしゃいませ」
そちらに目を向けると、そこには黒い角が生えた金色の髪の少女がいた。
彼女はいつものように挨拶をしようとして……既に客がいることに気づいて慌てて挨拶する。
「ほう。生命司る混沌の神に祈ったものの末裔か。これもまた初めてみた」
そんな少女の態度など気にも留めず、イルゼガントは思ったままに言葉を口にする。
「え……? せいめい……? こんとん……?」
どうやら地上では長い時間の間に地上では生命の混沌の神に関する知識は失われたらしく、少女はきょとんとしていた。
最もイルゼガントもそう詳しいわけではないが。
「お待たせしました。お料理をお持ちしました……おう、おはようさん。アレッタ。早く身体洗って、着替えてきてくれ。朝食は少し待っててくれな。お客さんが先だから」
「は、はい……それではごゆっくり」
アレッタと呼ばれた少女は一言そういうと、いそいそと奥の厨房へと入っていく。
「それと……お待たせしました。デザートをお持ちしました」
そう言いながらことりと、硝子の杯を置く。
「これはなんだい?」
これまた初めて見る料理に、イルゼガントが尋ねる。
「ええ、夏を代表するデザート、カキ氷の、宇治金時ですよ」
イルゼガントの問いににこやかに髭面を緩ませて店主が答えた。
「それじゃあごゆっくり」
店主が一言、そう告げると奥へと引っ込んでいく。
「ほう……これが、料理か」
もはや店主への興味は失っていたイルゼガントは、目の前の料理を観察する。

こんもりとした白いものが硝子の杯の上に大量に盛られている。
そして、その白いものの上には濃い草色をした汁が大量にかけられて白い山の上を草色に染め上げている。
その山の裾野には黒いとろりとした粒と、透き通るような白とはまた違う、柔らかな白を持つ丸いもの。
それがきれいに配置され、それ自体が山を模した模型のように見えた。
「ほう。これは、雪か?」
指を突っ込んで、その白いものが冷たいことに気づいて、イルゼガントはその正体を推定する。
あの島では絶対に降らないものだが、両親から習った魔術の中に、冷たい雪の吹雪を相手に叩きつけることで凍りつかせる魔術があった。
その試し撃ちのときに見たものに良く似ていた。
「しかしこの上の草色のものはなんだ? 薬草の煮汁に見えるが」
その上に掛かった、余り澄んでるとは言えない、濃い緑色は、島の内部で取れる薬草の煮出し汁……しかも壮絶な苦味を持っているものを思い起こさせる。
「本当に美味いのかこれは……」
その色合いに不安を覚えながらも薬の調合に使うような銀色の匙を手に取り、山に差し込む。
シャクリと音を立てて中腹あたりから一口分、緑色の汁がたっぷりと染み込んだ雪を掬い上げて、口に運ぶ。

苦い。そして……甘い。

口の中の熱ですっと溶ける雪は、苦味と甘み、両方を持っていた。
緑色の薬草を煮詰めたような苦味と、普段口にする果物よりも遥かに強い甘み。
更に薬草の匂いなのか、強く、爽やかな香りが口の中に広がる。
甘さと苦味、そして香り、三つが一体となって舌の上を通り、喉の奥へと落ちていく。
「……なんだこれは?」
その味を堪能した後、イルゼガントは目を見開いて再び観察する。
強烈な苦味を有していながら確かに美味い。
今度は無言で更に一口、今度は匙に山盛りに盛って口に運ぶ。
やはり広がるのは苦味と甘み。それが心地よい。
匙で雪を掬い、それを口に運ぶのが止まらない。
それは両親と同じく、食事など死なないためにするものと考えてきたイルゼガントが生まれてこの方、覚えたことの無い感覚。
気のせいか頭が冴え渡るような気すらしていた。
「……くぅ!?」
そうして食べ続けていると、謎の頭痛に襲われてイルゼガントは思わず頭を軽く抑える。
頭を直接貫くような痛み、幸い少しすればそれは引いたが、かなり強烈であった。
「これは……食べ過ぎると起こるのか?」
考えを習い性になってしまった独り言にしつつ、気を取り直して雪の山のそばに添えられた黒いものを見る。
「うん? ……これは、豆か」
確か薬草園にあった。火を通さないと食えないため、両親は薬としてならともかく料理しては食べようとはしなかったが。
どうやらこの豆は煮詰めたものらしく、半分溶けかかっていた。
それを少しだけ掬い、検分するように口に運ぶ。
「これは……甘いな」
こちらも甘いが、苦味は無い。触感も雪とは違い、くにゅりと柔らかい。
「それからこっちは……ほとんど味がしないな」
続いて白くて丸いものに口をつける。
豆のそばに添えられたそれは甘みが殆ど無い。柔らかく、弾力もある独特の触感だが、それだけだ。
豆のそばに置かれていたせいか、ほんのりと豆の味がする。
「これは一体どういう意味があるのだ……?」
イルゼガントは少しだけ考え……ふと思いついたことをやってみる。
豆と白いものを同時に、更にうっすらと溶け出した雪と共に一度に口に運んでみた。
「……おお」
その味に、自分の思い付きが正解であったことを、イルゼガントは悟った。
解けかけて、柔らかくなった、草色の汁が染み込んだ雪のシャリシャリした触感に、豆の甘さと白いものの弾力が加わるとまるで別ものとなる。
苦味が抑えられ、甘さが増し、更に口の中に長く残り、歯に白いものの弾力が返る。
「これが料理というものか……」
その風味に、イルゼガンドは両親がこれに興味を示さなかったことを残念に思いつつ、残った山をむさぼる。
何度も何度も痛みに頭を抱えながら。


太陽が中天に輝く前に、イルゼガントは元の島に戻った。
戻ると同時に役目を果たしたのか、扉が消え去る。
「ふう……」
イルゼガントは腹を抑えつつも、次にやることを決める。
「外の世界は、異世界は私が聞いてたものとは随分と様変わりしたようだ」
ならば、それを研究しよう。
そうしてようやく次の暇つぶしを見つけたイルゼガントは、意気揚々とこれからすることを考え始めるのであった。
今日はここまで。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ