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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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チリチキン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますがあまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・怪我などしている場合、救急箱をお貸しします。
―――もしもドヨウの日にここの近く、この辺りで一番大きい木のうろを通りかかることがあったら、行ってみるといいよ。あそこの料理は絶品だからね。

旅の吟遊詩人であるアルザスは随分前、とある大き目の街で出会い、その後しばらく共に旅をした同じく旅をしている旅の吟遊詩人にそう言われたことがある言葉を思い出していた。
話をしてくれた吟遊詩人は若い女でありながら一人で旅をしているというハーフリングで、アルザスの演奏と歌に乗っかるように小さな竪琴をかき鳴らして伴奏をいれ、幼い声を合わせて歌を歌った。
それが広場を通りかかる観客たちに受けて、随分と儲かったので、儲けを折半すると言う条件で旅を共にしたのである。
そうして半年ほど同じ道を歩いた後、冬の初めにアルザスが冬の旅は危険だと立ち寄った街に春まで留まることを選んだときに彼女は旅を続けると言って街を出て、アルザスと別れたときにこれまで旅に付き合ってくれたお礼にとそっと教えてもらったのが、七日に一度のドヨウの日に現れるという異世界食堂のことであった。
(まさかそんな与太話に、すがることになるとはなあ)
ずきずきと痛む足を引き釣りながら、苦笑する……生き延びるのには、そこに行くしかないと言う自分の状況の悪さに、笑うしかなかった。

自由気ままな吟遊詩人の一人旅と言うのは、常に死の危険と隣りあわせの旅である。
商人のように馬車と護衛を引き連れた隊商で行くか冒険者のように徒党を組めば問題ないような、ちょっとした怪我や魔物がそのまま死に繋がってしまう。
かと言って運良く街を出る隊商や冒険者が現れるまでずっと街に留まる、と言うわけにも行かない。
吟遊詩人の歌と言うのは生もののようなもので、歌える歌に目新しさが無くなるとがっくりと収入が減る。無論アルザスのようにそれなりに経験を積んだ吟遊詩人であれば色々な歌を知っているものだが、それでもちょっと長居をすればその日暮らしにすら事欠くような儲けになっていく。
そしてアルザスは旅に出て……落石にあって怪我をした。
その場で潰されて死ななかったのはまだ幸運だが、落ちて来た岩の破片が足に当たったのは最悪に近い。
一歩歩くごとに痛むが辛うじて歩けないわけではないし、街や村のある人里に転がり込んで一ヶ月も大人しくしてれば治る程度の傷だが、痛む足を抱えた状態ではたどり着くまでに水と食料が尽きるだろう。
そうなれば野垂れ死にである。

そんな、追い詰められたそのときにふと思い出したのが、かつて共に旅をした友人の言葉であった。
前に通りかかったときは残念ながら『ドヨウの日』ではなかったため、話にチラッと出ただけでそのまま次の街への旅を続けた。
そして幸いにも彼女に聞いたこの辺りで一番大きい木は痛む足でもたどり着ける程度には近場にあった。
(どの道痛みが多少なりとも引くまではまともに動けない。どうせなら、そこで休もう)
そう思い、肩に食い込む愛用の楽器を抱えながら、ゆっくり、ゆっくりとアルザスは歩みを進めたのである。

そうして何とかたどり着いた木には、確かに大人が一人すっぽり入れる程度の大きなうろがあった。
おまけにここを『利用』した旅人(恐らくは小柄でここを頻繁に訪れる用事があるハーフリングたちだろう)によって、うろの中に柔らかな草が敷き詰められていたり、石で小さなかまどが作られていたり、簡単な野営も出来る程度には整っている。
(よし、これで最低限休める)
木のうろの中でなら雨や風も多少防げるだろう。簡単な手当てもできる。
そんなことを考えながら木のうろに入ったアルザスは目を丸くする。
「なんだこれ? ……もしかしてこれがアイリの言ってた店への扉、か?」
木のうろの中には、黒い木の扉があったのだ。
良く磨かれていると思われる猫の絵が描かれた、場違いな扉。
間違いなく昔、共に旅をしたハーフリングの吟遊詩人から聞いた異世界食堂へと繋がる扉であろう。
「……よし」
少しだけ考えたあと、意を決して扉に手を掛ける。
思えば運良くドヨウの日にここにたどり着くことが出来たのだ。
ならば行くしかあるまい。
そう思い、扉を開く。

チリンチリンと軽やかな鈴の音が鳴り響くのを聞きながら、アルザスは異世界へと足を踏み入れた。

昼なのか夜なのかも良く分からない、明り取りの窓も無いのに明るい部屋。
扉をくぐった先には不思議な空間が広がっていた。
明らかに大陸を随分と歩き回ったアルザスも見たことが無いような服装をした異国の民や人間では無い、ラミアやオーガといった魔物までいる。
行儀良く席に着いた彼らの前には異世界の料理が乗せられた皿や飲み物が並んでいることに、怪我をしたまま、堅い干し肉を齧るくらいしかしていないアルザスがごくりと唾を飲む。
「あの……大丈夫ですか? 怪我、されてるようですが」
その不思議な空間に目を取られ、何も無い田舎町を飛び出して初めて都会に出たときのように店の中を見回していると、声を掛けられる。
黒髪の、異国風の顔立ちをした娘で、仕立ての良い服を着ている。
ここの給仕だろうかと考えながら、アルザスは言葉を返す。
「ええ。実は足を怪我していまして。少しの間でよいので、ここで休ませていただきたいのです……それと、出来れば水を一杯と一番安い料理をいただければ幸いです」
この非常事態に懐具合を気にしても仕方が無い気もするが、少しでも金は取っておいた方が良いと考え、アルザスはそんな言葉を口にする。
「……分かりました。それではこちらにどうぞ」
その言葉を受けて、給仕の娘はアルザスを入り口から一番近い席に案内する。
「それでは少しお待ちください……あ、そうだ。お客さん、辛いの大丈夫ですか?」
アルザスが席に腰を下ろしたのを確認した後、思いついたように給仕の娘が尋ねてくる。
「はい? ええ、それほど苦手ではありませんが……」
どんな料理が出てくるのかと思いながら、頷く。
辛い料理……香辛料を使うような高級な料理も港町などで少しだけ食べたことがある。
そのときの経験から、アルザスは頷いた。
「分かりました。それじゃあ少々お待ちください」
アルザスの言葉に頷いて、給仕の娘は踵を返して奥へと引っ込む。
「っつつ……参ったな。歩けたんだから折れてはいないと思うんだが」
椅子に座り、安堵すると痛みがぶり返してきた。
アルザスは服の裾を捲り上げ、傷の様子を確認する。
「……酷いな。随分と青くなってる」
石の当たったところが紫に変じているのに、ため息をつく。これでは歩くたびに痛むのも道理だ。
「霊薬の持ち合わせなんて無いんだがな……」
これまでの経験から、しばらくしたら腫れ上がり、歩くのも困難になりそうだ。
このまま戻ったら野垂れ死んでしまう。
そう思い、逗留を何とか頼めないか、そう考えていたときだった。
「酷い怪我ですね。もう大丈夫ですよ」
不意にそんな声を掛けられて何事かと思い目を上げたアルザスは思わず驚きの声を上げた。
「光の神の……高司祭さま!?」
金髪の美しい、若々しい女性。その豊かな胸元に黄金で出来た光の神の聖印が下がっていた。
神殿に仕える細工師によって作られる、神殿で正式に司祭の地位を得るにたる実力を持つと認められたものの証たる金、銀、銅で作られた聖印を下げるのは縛り首にされても文句を言えない重罪だ。
それを堂々と下げているということは、間違いなく目の前の女性は高司祭に違いない。
よくよく見れば卓の一つに三人ほど、正式な司祭である証である銀の聖印を下げた少女たちが驚いた顔でこちらを見ている。
恐らくはこの女性が彼女たちの上司なのだろう。
「はい……少し失礼しますね」
そんな視線を気にも留めず、さっと跪いた女性は、ひんやりとした手をアルザスの変色した脛に当てる。
「天を治め、我等を照らす光よ。彼の者にあなたの慈悲を。傷を癒し、明日を生きる力をお与えください」
言葉と共に淡い光がアルザスの光に流れ込み、痛みが引いていく。
「さあ、これでもう大丈夫ですよ」
その光が当てられていた時間はほんのわずかだったが、それでもアルザスの傷は完全に癒えていた。
「あ、ありがとうございます……」
アルザスも思わず呟くようにお礼を言う。
アルザスも旅の途中に立ち寄った街で、街に住んでいる正司祭や従司祭にささやかなお布施をしてちょっとした怪我を癒してもらったり、村の薬師に軽い怪我にしか効かない霊薬を譲ってもらったりしたことはあるが、高司祭直々の癒しで、これほどの怪我があっという間に治った経験は初めてだ。
「はい。それでは気をつけてくださいね」
普通であれば高司祭から高度な癒しを受ければ、金貨単位でのお布施を要求されると聞いたことがあるが、高司祭はそのようなことも無く、にっこりと微笑みかけると、そのまま席へと戻ってしまう。
「お待たせしました。お水と……あと、救急箱持ってきたんですけど……あれ?」
先ほどの給仕が水と、なにやら緑色の十字がかかれた箱を持ってきたあと、先ほどまで痛みに顔を歪めていたアルザスが平気な顔をしていることに首を傾げる。
「えっと、その……親切な高司祭様に治していただきました」
その不思議そうな顔に、何があったかを伝える。
「な、治して……そ、そうですか……やっぱ異世界ってファンタジーだわ」
そのアルザスの言葉に少しだけ引きつった笑顔を浮かべつつ、ことりと水差しと、氷と水が注がれた透き通った硝子の杯を置く。
「お料理の方はもう少しお待ちください。それではごゆっくりどうぞ」
それだけ言うと、また
「ふぅ……」
生きるか死ぬかの瀬戸際から予想外の展開で命を拾ったことによる安堵が今更ながらやってきたアルザスは大きくため息を吐いたあと、硝子の杯に注がれた水を見る。
(水は一杯だけ、と言ったんだが……)
もしかしたら、法外な金を要求されるのかもしれない。氷が大量に浮いた水を水差しごと持ってきたことに対して、そんな不安が頭をよぎる。
(いや、大丈夫だ。そんな店だったらマリナが勧めたりするはずも無い)
不安を振り払うようにひんやりと冷たい水を手に取り、口元に寄せて煽る。
かすかに爽やかな香を含んだ冷たい水が身体に染み渡る。
疲れと痛みに流した汗の分だけ、その水は余計に美味しく感じられる。
(これはいい……)
こうして実際に飲んでみると水差しで持ってきてもらえたのはむしろありがたく感じられる。
杯の中が空になるたびに水差しから水を注いで飲む。
そうしてアルザスの渇きが癒される頃には、水差しの水は半分ほどなくなっていた。
「……腹が減ったな」
痛みが消え、渇きが癒えると現金なもので今度は腹が減ってくる。
アルザスはそっと腹に手を当てる。
「お待たせしました。本日の日替わりをお持ちしました」
まさにその瞬間を狙っていたかのように先ほどの娘とは違う、金髪の魔族の給仕の娘が料理を運んでくる。
「パンとスープ、それとお水は何回お代わりしてもお代変わらないので、お気軽にお申し付けくださいね」
そんな、ちょっとありがたい言葉と共にまだ熱い料理が載った皿をコトリと置く。
「本日の日替わりは、チリチキン……鳥の肉を油で揚げた物にちょっと辛い味付けをしたものです」
じゅうじゅうと音を立てる料理にごくりと唾を飲んだアルザスに、にっこりと微笑みながら魔族の給仕が料理の説明をする。
「それではごゆっくりどうぞ」
そう言って魔族の給仕がいなくなると同時に、アルザスはいそいそと食べ始めた。

フォークを手に取り、目の前の料理を見つめる。
(これは……確かにいかにも辛そうだ。トガランを使っているのか)
一口分に切り分けられた淡い茶色の揚げ物には、たっぷりと真っ赤なソースがかけられていた。
肉の香ばしい香りと共に漂ってくるのは、そのソースからする香りは、トガランを思い出させる。
アルザスは前に立ち寄った港町で食べたスープを思い出す。
港で取れた魚をぶつ切りにして入れて野菜と共に煮込んだスープで、西の大陸から運ばれてきた刻んだトガランが入ったスープだった。
とても辛く、食べたその日は歌が上手く歌えなかったのを思い出す。
(しかしてこれは……)
とはいえまったく手を付けずに残すのも失礼だろう。
意を決してよく磨かれたナイフで気持ち小さく切りわけ、口に運ぶ。
「おおっ……これは」
思わず声が漏れる。
上に掛かったソースは確かに辛いが、決して辛すぎないものであった。
それにほんの少しだけ酸味と甘みを含んでいるし、なにやらうまみも含んでいるように感じる。
このソースが肉の味を引き立てて、食欲をそそる味であった。
そして、そのソースによって美味さを引き出されているのが、ソースによって味付けされた鳥の肉である。
少しかために、齧るとさくりと口の中で砕ける、香ばしい衣の奥に隠された鳥の肉はとても柔らかかった。
弾力のある皮が少し残された肉には沢山の肉汁が含まれており、噛み締めるとじゅわりとあふれ出す。
その肉汁が上にかけられた濃い目の味を含んだ辛いソースと口の中で混ざり合い、素晴らしい風味を生み出していた。
(確かにマリナが絶賛していたのも分かるな)
チリチキンを全体の半分ほどを次々と口に放り込んで、しゃきしゃきと歯ごたえの良い新鮮な葉野菜を食べながら、すぐに全て食べてしまうのは惜しいと考えたアルザスは代わりにパンとスープに手を伸ばす。
お湯を含ませて絞ったのか温かいぬので綺麗に手を拭ってから、素手でパンを掴む。
まだ温かいパンの熱が手に伝わり、ほんのりと掌を温めながら齧れば、柔らかで甘い焼きたてのパンの味がする。
(これは……腹はあまり膨れないけど、美味いな)
柔らかなパンをほくほくと食べ終えると、次はスープ。
茶色い、ほんのりと魚醤を思い出す味付けのスープには細く切ったしゃきしゃきとした白いものといかにも柔らかそうな黄色いものが入っている。
(これは、もしかして卵か……?)
しゃきしゃきと口の中で音を立てる野菜と共に正体の良く分からない黄色いものを食べたアルザスは、その柔らかな味から正体を察する。
恐らく溶いた卵を熱いスープの中に流しいれて作ったのであろう。
これもまた柔らかく、するすると喉を通っていく。
(さて、そろそろまた、チリチキンを……うん?)
一通り味わったところで少し冷めたチリチキンを食べてアルザスは気づく、先ほどと味わいが違うことに。
他のものを食べている間にチリチキンの上に掛けられたソースが衣に染み込んことにより衣のさくりとした食感は失われた代わりに、肉と調和する柔らかさを持っていた。
そして、噛み締めればチリチキンのソースに衣の中に含まれた油と肉汁が混ざり合い、ソースにまた違う味わいを与えていた。
(なるほど、これはこれで……美味い)
でてきたばかりの、歯ごたえのある衣と、しばらくたってからの、柔らかな衣、どちらが美味いのかと考えながら、アルザスはそっとフォークを置く。

満足したのだ。一皿の料理に。

(なるほど、マリナの言っていた、美味い料理を食わせる店と言うのはこういうものか)
そんなことを思いながら、アルザスは人生の不思議に思いを馳せる。
この店を訪れる前、死ぬのではないかと思っていたのに、今は死は完全に遠ざかり深く満足している。
(案外、この経験を生かしたら面白い歌になるかもな)
そんなことを思いながら、アルザスはしばしの間、ゆったりと休むのであった。
今日はここまで。
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