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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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テリヤキバーガー

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・注文およびメニューのご相談はお気軽にどうぞ。ただし必ず答えられるとは限りません。
 ヒィィィ、と怨嗟の声を上げながら崩れていくレイスを油断することなく睨み付けながら、ようやく完全に消え去ったのを確認してタツゴロウは 息をひとつ吐いて、なめし革で愛刀を拭い、鞘に収めた。
「終わったか」
 レイスは普通であれば斬ることが出来ず、まだ駆け出しの冒険者や傭兵であれば束になっても敵わぬ、危険な魔物だが、タツゴロウはそれを一人で切り伏せられないようなやわな鍛え方をしていない。
「無事か? 若人たちよ」
 ほう、と一つ息を吐いたあと、まさにその、束になっても敵わぬであろう駆け出しの冒険者と思しき、三人の冒険者に声を掛ける。
「助かったぜじいさん! なんかあいつ全然斬れねえし、触られると体動かなくなるしで、危うく死ぬかと思った!」
 最初に元気な声を掛けてきたのは、余り上等とは言えない革鎧を着こんで鉈のような肉厚の剣を手にした、成人したての子供にしか見えぬ少年戦士であった。
「本当に助かりました。あの死霊術師がまさかレイスを召喚出来るほどの腕前とは思っていなくて、危うく全滅するところでした」
 続いて、長旅用に体をしっかりと包むような丈夫な縫われ方をした服できっちりと全身を覆い、魔術師らしく革装丁の本と大ぶりな杖を持った少年が礼を口にする。
「ご助力感謝いたします……それにしてもその御姿と言い、手にしておられる変わった形の剣と言い、魔力宿らぬ刃を通さぬレイスをたやすく切り伏せる腕前と言い、貴方はもしや……」
 礼を言いながらも、少しだけ探りを入れるような目を向けてくるのは、最初の少年より少しだけ年かさで、良い仕立ての布鎧の上から質の良い鋼を使っているのを伺わせる胸甲をまとい、手には鋼製ながら腕の良い鍛冶屋に特注させたと思われる剣を持った騎士風の少年。
 どうやら彼はタツゴロウが何者であるか察したらしい。
(察するにやんちゃ坊主上がりと剣技を学んだ貴族の出、それから魔術師見習いと言ったところか……うん?)
 如何にも駆け出しの冒険者だという風情の三人の少年にタツゴロウは以前どこかで会ったことがある、見覚えがあると気づき、首を傾げる。
「うむ。気にしなくてもよい。私は我が剣の腕で助けられる困った者がいれば出来る限りは助けるようにしておる……名乗りが遅れたな。私の名はタツゴロウ。旅の剣士よ」
「おお! やはり!」
 どこかで見たような、だが名前も知らぬ少年たちに名乗ると、一番身なりの良い少年が目を輝かせる。
 どうやら彼はタツゴロウの色々な逸話を知る者らしい。
(そういえばエビフライの奴も……おお、そうか)
 その姿に数年前に知り合った、店の常連である騎士を思い出すと同時に、タツゴロウはこの少年たちがどこで見たものであったかを思い出す。
「そうだ。お前たちは……異世界食堂に来ていた子供たちだろう?」
 タツゴロウの問いかけに三人は驚いたように目を見合わせてそれからこっちを見てくる。
「じいさ……じゃねえやタツゴロウさん! アンタ異世界食堂のこと、知ってるのか!?」
 どうやらこの三人は、最初に話しかけてきた少年がまとめ役らしい。
 その少年が驚いたようにタツゴロウに尋ねてくる。
「ジャック! 失礼だろう!? 相手は……」
「なに、気にするでない。私はただの傭兵。それ以上でも以下でもない」
 最初の少年……どうやら名はジャックと言うらしい、を諌める身なりの良い少年に言葉を返しながら、タツゴロウはそもそもの目的を思い出しながら、言う。
「今日はドヨウの日で、私はこれからあの店に行こうと思うのだが、お前たち、よければ一緒にどうだ? なに、金は心配するな。若人の分くらいは出してやる」
 その問いかけに三人は一斉にこちらを見て、頷く。
(なるほど、若い。息子、いや孫でもいればこんな感じだったのだろうか?)
 その様子に、若き日に故郷を飛び出してからずっと、妻も子もいたことがないタツゴロウは少しだけ胸を温かくするのであった。

 チリンチリンといつものように響く鈴の音は、タツゴロウに懐かしさを覚えさせた。
「いらっしゃいませ。……あれ? タツゴロウさん、ジャックくんたちと一緒、ですか?」
「うむ、少々巡りあいがあってな」
「おう! 久しぶりだな! アレッタの姉ちゃん!」
「お元気そうで何よりです」
「僕たちも冒険者になってからはずっと来てなかったからな、変わり無さそうで、何よりだ」
 すぐに出迎えてくるアレッタに、タツゴロウと少年たち(リーダーの戦士がジャック、魔術師の少年がケイン、最後の身なりの良い少年がテリーと言うらしい)はアレッタに朗らかに挨拶を交わす。
(思えばここしばらくはあまり訪れていなかったな)
 その様子に、タツゴロウもここに来るのは久方ぶりであることを思い出す。
 たまたま今日のように訪れるべきドヨウの日に扉の側を通りかかれば訪れる。
 そのように過ごしてきたがために、巡り合わせが悪ければ何か月も訪れないこともある。
 タツゴロウにとって異世界食堂とはそういう場所であった。
「そういうことでしたら、同じお席にご案内しますね」
 アレッタに言われ、四人は同じ席につく。
「……あれ? 新しく給仕が増えてら」
「本当だ。えっと、あれは人間かな?」
「そのようだな。あまり見かけぬ顔立ちだが、もしや噂に聞く西の大陸の民だろうか?」
 少し懐かしそうに、そして嬉しそうに久しぶりに訪れる異世界食堂を見渡し、今までとの違いに目を輝かせる少年たちに、タツゴロウは懐かしい気持ちを思い出す。
(ああ、そうだ。私も旅を始めたばかりの頃はこうであった)
 家督も継げず、肩身の狭い思いをしながら部屋住みでいることを疎い、旅の詩人から聞いた東に渡って魔族と戦ったという、闇の神殿が誇る魔王殺しの英雄のようになりたいと刀だけを手に故郷を出て、乏しい路銀をやりくりしつつ海まで旅をし、船員として雑用をすることに海の向こうまで船で旅をしてこの大陸にやってきたのはもう何十年も前だ。
 だが、それでも『初めての冒険』であった大陸を越える旅は、この歳になっても鮮やかに思い出せる。
(なるほ、彼らはよき冒険者になりそうだな……む?)
 その頃のことを懐かしく思いながら、メニューをパラパラとめくっていくと、今まで見たことがない、だが心惹かれる料理の名前を見つける。
「なんだこりゃ? テリヤキバーガー?」
「ハンバーガーに名前が似てるね。どんな料理だろ?」
「ここの料理は名前だけではどんな料理か分からんからな」
 同じ卓に座った少年たちもその料理に気づいたらしく、顔を見合わせている。
「ああ、そこの給仕よ。すまないが少し良いか?」
「はい? 何でしょうか?」
 分からないことがあれば、聞くのがよかろう。
 そう考えてタツゴロウは近くを通りかかった、新たに雇われたと思われる人間の給仕に尋ねる。
「この、テリヤキバーガーと言うのは、どんな料理なのだ? 名前から察するにテリヤキチキンに近い料理のように思うのだが」
 タツゴロウの問いかけに、異世界風の給仕の衣装に身を包みながらどこか故郷を思い出させる顔立ちの人間の給仕は少し考えてから、答える。
「テリヤキバーガーがどんな料理かについてですね。えっと、テリヤキバーガーはですね、この前新しく追加したメニューです。
 うちのお店だと確かお肉は牛と豚の合挽きで、そのパティを照り焼きチキンにも使ってる照り焼きっていう醤油を使った、ちょっと甘いソースを絡めて焼いてます。
 それにマヨネーズっていう、ちょっとだけ酸っぱいソースとキャベツを入れて、パンで挟んだ料理です。あ、あとうちのは生の玉ねぎスライスいれてる分ちょっとだけピリッと辛いですから、辛いの苦手な人は玉ねぎ抜きで注文お願いしてますね」
 どうやら新しく雇われた給仕は料理に詳しいらしく、タツゴロウの問いかけに人間の給仕はさらりと答えて見せる。
「ほう。中々に美味そうだな……ではそれを。それと飲み物はよく冷えた茶でも貰おうか」
「俺も俺も! なんか話聞いたら食いたくなってきた!」
「僕も同じものをお願いします。あ、それと飲み物はコーラで」
「僕にも同じものを」
 説明を聞いて俄然気になってきたタツゴロウが注文するのに被せるように、一緒に来た少年たちも同じものを注文する。
「はい。それじゃあ少々お待ちくださいね」
 給仕の娘は腰から下げていた板にさらさらと異世界のペンで何やら書き付けると厨房へと向かっていった。
(さて、どのようなものが出てくるのか……)
 その背中を見送りながら、タツゴロウは未知の料理がどのようなものか期待するのであった。

 料理が来るのを待つ間、タツゴロウは少年たちと和やかに言葉を交わす。
「タツゴロウさんってあのタツゴロウだったのか!」
粗末な装備だが戦いには一番慣れている様子の、やんちゃ坊主がそのまま大人になったような若者であるジャックは、タツゴロウが吟遊詩人の歌う歌の主役の定番であると聞き、目を輝かせた。
「ああ、吟遊詩人の歌など当てにならんがな。私がたった一人でトロールを十も二十も一人で切り伏せたと聞いたときには思わず『それは嘘だ』と叫びそうになったぞ」
 あのときは確か、切り捨てたのは全部で八体だったはずだ。
 旅すがらに自分のことを褒め称える歌を聴くだけでも気恥ずかしいのに、その功績まで誇張されていて、恥ずかしい思いをしたことは一度や二度ではないだけに、その答えには苦笑が混じった。
「しかし、神への祈りも、魔術の助けも借りずに剣だけでレイスを斬れるほどの剣士は剣神アレクサンデルかタツゴロウさんくらいだと言う噂は聞いてましたけど、本当だったんですね」
 他の二人より大分線が細く、その分理知的な光を目に宿した魔術師、ケインが腰元に下げた、鞘に納められた刀を興味深そうに見ながら言う。
「いや、そんなことは無いぞ。この剣はかつて、知り合いのエルフにこの世ならざるものを斬れるよう魔力を込めてもらったものでな、それのお蔭で精霊や幽霊の類でも切れるというだけだ。少々鍛錬を積んでコツさえ掴んでしまえばこの剣を使えばだれでも出来よう」
「なるほど」
 そんなケインにタツゴロウは真面目に種明かしをして返してやれば、その答えに満足そうにうなずいて返してくる。
「しかしまさかこの店の常連であったとは。気づきませんでした」
 最後の、身なりが他の二人よりも良い戦士と言うよりは騎士に近い少年、テリーは明るい店内を見渡しながら言う。
「うむ、私もまさかこの店の常連であったやんちゃ坊主どもが冒険者になって旅をしていようとは思わなんだ。思わぬところで思わぬ者と出会う。これだから旅暮らしは面白い」
 店で見かけた見ず知らずの客と、本来の世界で出会うという経験は、常連になって長いタツゴロウにとってもあまりない経験だ。
 だからこそ、その偶然の出会いには、面白みを感じていた。
「お待たせしました。テリヤキバーガー、お持ちしました」
 そうして話をしていると、先ほどの給仕が盆にテリヤキバーガーを乗せた皿と、茶やコーラを満たした硝子杯を持ってくる。
「うむ、ありがとう……さて、諸君。今日のところは私の奢りだ。冷めないうちにいただくとしよう」
 そのテリヤキバーガーから漂ってくる、テリヤキソースの香りに目を細めながら、タツゴロウは少年たちに言う。
 そのまま、料理に目が釘づけになっていた少年たちは無言でうなずき、食事の時間が訪れた。

 純白の皿の上に、付け合わせらしいフライドポテトと共に乗っているのがテリヤキバーガーと言うやつだろう。
 淡い茶色の香ばしい香りを漂わせている白い種が散らされたパンに挟まれているのは、たまなと似た異世界の野菜と、その上に掛けて挟まれた、少しだけ黄色みを帯びた白のソース。そしてメインである黒っぽい色合いをしたやや厚めの丸い肉。
 手が汚れぬように卓の上に置かれたものと同じ小さくて柔らかな紙が下に添えられ、
(この肉の味付けに使われておるのがテリヤキチキンと同じ、というわけか)
 皿の上の料理に手を伸ばし、テリヤキバーガーを手に取る。
 テリヤキバーガーにはしたたり落ちそうなほどのソースが掛けられており、甘味を含んだテリヤキの香りをタツゴロウの鼻まで漂ってくる。
 その香りを楽しみながら、手を汚さぬように添えられた紙で軽く包んだテリヤキバーガーに口を寄せ、一気にかぶりつく。
(おお、これは中々……)
 かぶりついて、最初に感じたのは種を散らしたパンの柔らかな甘み。表面をカリッと焼き上げられたパンは香ばしさと共に中の柔らかさを感じさせて、口の中に広がる。
 それから後を追うように、ザクリとした感触を感じる。新鮮なたまなとオラニエが歯に当たり、噛み千切られる。新鮮な異世界のたまなは苦みや青臭さはなく歯ごたえを楽しませ、生のまま薄切りにされたらしいオラニエは鮮烈な辛みを生み出す。
 その野菜の風味を引き立てているのが甘いテリヤキソースと柔らかな酸味を帯びた白いソースの風味。
(確かこれはマヨネーズと言ったか……)
 マヨネーズは一部の常連が特に好んでいる調味料であったはずだ。普段食べるテリヤキチキンには掛けられていないものなのであまり食べなれないが味ではあるが、テリヤキバーガーの中心である肉をうまく引き立てていた。
(やはりこの肉こそがテリヤキバーガーの主役か)
 そして、そのテリヤキバーガーの中心にあるものこそが肉である。
 少年たちが好んで食べていたハンバーガーと似ていると言っていたことから恐らくはハンバーガーと呼ばれる料理のそれなのであろう。一度細かく刻んだ肉を肉団子のように丸め固めて焼いている。
(この柔らかさは、中々よいな)
 一度細切れに刻んだ肉は柔らかく、肉汁も多い。時折歯に当たるのは、骨の柔らかい部分を砕いて入れたのだろうか。コリコリとして美味い。
(そしてテリヤキの味ともよく馴染んでおる)
 この肉汁が多い肉の焼き物が、甘くて、どちらかと言えば強い風味を持つテリヤキのソースに負けないことで、この料理は美味さを出していた。そしてそれを囲む香ばしいパンや新鮮な野菜と共に食うことで、テリヤキバーガーは完成された味を持っていた。
(うむ、これは美味かった……)
 瞬く間にテリヤキバーガーを食いつくし、付け合わせのまだ熱いポテトをかじり、良く冷えた茶を飲んでタツゴロウは思案する。
 テリヤキバーガーは、美味い。美味いが……
「これは、米と共に食ってみたいな」
 ポツリと、そんな言葉が漏れる。
 パンで食うのも美味いし、大陸を越えてからはパンを食ってきたので今更抵抗はないが、やはりテリヤキならば本道は米と共に食う方がタツゴロウの好みに合う。
「うん。テリヤキバーガーってのもうめーけど、俺はどっちかっつうといつものハンバーガーのが好きだな」
「そう?僕はこっちのテリヤキバーガーの方が美味しいと思うな。うん、こっちの方がハンバーガーより気に入った」
「このハンバーガーに使われている肉のみでも十分なご馳走だな。これだけで食べても十分に美味いと思う」
 タツゴロウとほぼ時を同じくして少年たちも食べ終えて口々に感想を言い合う。
(ああ、たまにはこういうのも良いな)
 そう思いながら、タツゴロウは次の注文をするべく、先ほどの給仕を呼ぶ。
(今度は、ライスで作ってくれと頼んでみようか、確かそんな料理が前に日替わりで出たと聞いたしな)
 少年たちがお代りを頼もうと準備しているのを横目に見ながら、タツゴロウは次の注文を思案するのであった。
今日はここまで。
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