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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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おでん

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが余り活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客も居ます。
・鍋単位でのご注文は少々お時間いただくことがございますので、あらかじめご了承ください。
深い山の奥の、白く染まった深い森。
分厚い氷に覆われ、人どころか獣一匹近寄らぬ泉のほとりには庵が建っていた。
小さな、されど屋根の高いその庵に住まう、巨躯と大きな角を持つ二人の(おうが)、タツジとオトラ。
東の山からようやく朝日が顔を出し、きらきらと雪の光を反射して輝いている刻限、全身を毛皮を縫い合わせた服で包んだ二人の鬼が庵から姿を現した。
「おおう。さみぃ。ほれ」
身体を刺す寒さにぶるりと身を一つ震わせて、鬼の夫婦の片割れであるタツジが膝をつく。
「ああ、悪いねえ」
その背中にがっしりと負ぶさったオトラをタツジは軽々と背負い上げ、歩き出した。

鬼の中でも特に強い部類に入るタツジとオトラの二人にとって、最も恐ろしい敵は森に住まう獣でも、時折二人と討伐せんと攻め寄せて返り討ちにあう侍衆でもない。
山から食い物が消えて獣も痩せて不味くなり、水すら凍りついた泉が凍り付いてくみ上げるのに難儀する冬の雪こそが、家族ほどの数で各地に散って暮らしている鬼にとって最も恐ろし

い敵である。
唯一人で山に暮らし、幾多の旅人や侍を退けてきた歴戦の鬼が、雪で道が閉ざされた冬の間に病に倒れ、春には物言わぬ屍になっている、と言う話も決して珍しくは無いのだ。

点々と足跡を残しながら二人が向かう先は、いつもの黒い扉。
「よし、降りろ」
「はいよ」
扉の三歩前でオトラを降ろし、タツジはかがんでそっと小さな取っ手を掴んで回す。

チリンチリンと鈴の音が響いて開けば、ふわりと料理の匂いと温かな空気が漏れ出し、二人はほう、と白い息を吐きながら身をかがめて扉をくぐる。
「あ、いらっしゃいませ」
「うわ。おっき……っと、い、いらっしゃいませ」
かがんで二人が扉をくぐると、慣れた調子で笑顔のアレッタと、二人を見上げて少し戸惑った様子の、見慣れぬ山国風の顔立ちをした黒髪の人間の娘が二人に挨拶をする。
「朝っぱらからすまないね。ちょいと温まらせてもらうよ」
夏来れば涼しく、冬来れば温かい。
よく分からないが、どの季節に来ても快適な異世界食堂は、来れば必ず旨いメシにありつけることもあって、ロクに外に出ることも出来ない冬の間のつかの間の楽しみであった。
「おう、いつもどおり、ろぉすとちきんと……いや、今日は酒はいいや。その分メシを食いてえ。コメの飯を頼む」
いつものように酒を飲もうと思ったが、隣を見てタツジは今日はメシだけにすることにした。
「それじゃあ、ちょいと長居させてもらうことにするけど、よろしくね」
最近、とみに丸くなったオトラが、身をかがめて給仕の二人と目を合わせにっこりと微笑んだ後、いつもの卓を囲んで二人はどっかりと床に腰を下ろす。
「はい。それではしばらくお待ちくださいね」
いつもの注文にいつものようにアレッタが厨房にメニューを伝えにいき、それを腹を空かせながらしばし待つ。
「お待たせしました。ローストチキンと、ライスです」
そうして待っていればアレッタが大きな皿いっぱいに盛られた焼いた鳥の肉と、握り飯にしたコメの飯を運んでくる。
「おう。すまねえな」
「ありがとね。では、食うとしようかね」
卓の上に置かれた大皿に頬を緩ませながら、二人は早速とばかりに皿の上の料理に手を伸ばす。
冬にも関わらずよく脂が乗った肉を骨ごと噛み千切り、まだ温かい握り飯を口に放り込む。
いつもならば濃い『しょうちゅう』と呼ばれる酒でで流し込むように食うのだが、程よく焼かれて抜けてもまだしっかりと残ったローストチキンの脂っ気はほんのりと塩が利いていて、

噛めば甘くなる握り飯ともよく合う。
タツジとオトラであわせて三人分のメシを食おうと思えば、酒よりもコメの飯の方が腹によく残るので、今回は酒は抜き。
そう決めて食ってみれば、これはこれで満足のいく内容であった。
(……そういやあ、前に魔術使いのジジイが言ってたな……)
暖かで過ごしやすい部屋の中で、温かい飯を食いながら、タツジはふと、この店で今日も異世界の金色の酒を飲む客の方を見て、前にその客から聞いた話を思い出す。

―――この店には、料理を『鍋ごと』買い上げて持ち帰る客がいる。

そんな話を。


ローストチキンの肉と飯を食い、すっかりと腹が膨れた後、タツジはアレッタを呼び『新たに注文』をした。
「……え? お料理をお鍋ごと、ですか?」
思わず聞き返したアレッタに、タツジは大きく頷いて答える。
「おう。ちゃんと金を払って、次来るときに鍋を持ってくれば出来るんだろ? だからな、なんか後であっため返して食えるような、旨いもんを鍋ごと頼む」
「えっと、分かりました。ちょっとマスターに確認してみます」
注文するタツジの真面目な顔から冗談で言っているわけではないと悟ったアレッタは、一旦厨房へ戻る。
そうして待っていると店主が出てきて、
「……今から新しく仕込むんで、大分お時間掛かりますが、それでもいいですか?」
「ああ。かまわねえぜ」
「ここはあったかいしね。ゆっくりと食休みさせてもらえんならありがたいよ」
店主の確認に、二人はしっかりと頷いて待つことを選ぶ。
「……分かりました。そんじゃあ、寒い時分ですし、ちょいとおでんでも仕込むとしましょうかね」
考えてみれば、ビーフシチュー以外で鍋ごとを注文されたことは初めてである店主は、少し考えてメニューを決める。
「おう。任せるぜ」
「急がなくてもいいからね。ゆっくり待たせてもらうから」
「はい。それじゃあしばらくお待ちくださいね」
二人の注文に頷いた店主は、厨房へ戻り、他の客の料理を作る傍らで、その料理を仕込む。
(多分帰ってすぐ食うわけじゃないだろうし、煮返すのを考えないとな……)
果たして喜んで貰えるだろうか。
そう考えながらも、店主は他の料理もこなしながら手を休めずに仕込んで行くのであった。


「それじゃあ、ありがとうございました」
「おう。また来らあ」
「それじゃあね」
アレッタと、新しく入った給仕に見送られ、チリンチリンと響く鈴の音を聞きながら、タツジとオトラは雪の積もる森へと戻ってきていた。
「うう、やっぱこっちは寒みいなあ」
「さっさと戻ろうじゃないか。このまま外に居たら凍えちまうよ」
既に日は高く昇り、朝よりは幾分寒さを和らいでいたが、それでもつい先ほどまで暖かな部屋の中にいたせいで余計に寒い。
そう感じながら、二人は家路を急ぐ。
「しっかしいい匂いだな」
「まったくだ。あすこの親父は味が染みるまでもうすこしかかるっつってたけど、今すぐ食いたいくらいだね」
オトラの抱いた、これで包んでおけば冷めにくく、味も染みこむと大きな布に包まれた鍋からはほのかによい香りが漂ってきていた。
「ちょいとここで食ってくか?」
「我慢おしよ。今は腹がいっぱいだよ。日が落ちたら食おうじゃないのさ」
そんな話をしながら足早に庵へと戻り、中に入る。
隙間風が入らぬように扉をしっかりと閉じて、中央の囲炉裏に種火と炭をくべて部屋を暖める。
「よし、そんじゃあ一寝入りすっか」
「そうだね。今日は朝っぱら早くから起きたから疲れたよ」
そんな会話を交わし、虎と熊の毛皮を縫い合わせて作った布団に包まって、日が落ちるまで昼寝をすることにする。
ほどなくして部屋の中に岩が鳴るようないびきが響き渡った。


夕刻。
起き出し、ついでにたらふく食ってきた飯がすっかり腹の中から消えていることに気づいた二人は、どちらからともなく、おでんを食おうと準備を始める。
包んでいた大きな布を外し、出てきた銀色の大きな鍋を倒れないように注意しながら囲炉裏の灰の上に置く。
それから赤くなった炭を周りにくべて、温め始める。
程なくして冷え切ったおでんの汁が温まり、辺りに良い匂いを漂わせ始める。
「おう、早く食おうぜ」
「まだだよ。ちゃあんと中がしっかりあったまるまで待ちな」
良い匂いを漂わせ始めたとたんに手を伸ばそうとするタツジを、箸と椀を用意しながらオトラが嗜める。
「ったく、まだかよ……」
タツジの方も口では文句を言いながらも、自然と頬が緩む。
これはうまい。
食う前から、それが分かった。
「さて、それじゃあ食おうじゃないのさ」
椀が準備でき、同時に鍋の中からくつくつと煮える音がし始めたのを確認し、オトラが鍋の蓋をとる。
ふわりと、ショーユと煮えた具の匂いが広がり、タツジの腹がぐるりと鳴る。
「お、おう! 早く食わせてくれよ!」
「あいよ」
本当に、獣や侍と戦ってるとき以外は子供みたいだと思いながら、オトラはくつくつと煮える具の中からいくつかを選んで椀によそう。
(この透き通った茶色いのはおおねだろ。こっちは茹でた卵。こっちは、なんかの肉の団子か……この灰色の奴のと穴の開いた奴はなんだろうね?)
異世界の料理らしく一部よく分からない具材が入ったものを次々と大きな椀に入れ、最後に店主から渡された黄色い辛子を椀のふちにつけてタツジに渡す。
「おう。じゃあ早速食うか!」
椀を片手で受け取ったタツジはさっそくとばかりに目に付いた肉団子箸を突き立てる。
熱々の肉団子を口に入れ、噛み潰せば、じゅわりと鶏肉の旨みを含んだ熱々の汁があふれ出す。
「あふぃ! ……けどうめえ!」
中から出た汁の熱さにほふほふと息を吐いて熱を逃がした後、大きく叫ぶ。
「本当だね……こりゃあったまるし、いい買い物をしたよ」
そんなタツジを見ながら、中に入れた具のダシがたっぷりと出たショーユ仕立ての汁を飲んだオトラがしみじみと言う。
おでんなる料理は、色々な具材を一時に煮込んだだけの料理のようだが、具には工夫を凝らしており、その具から出たダシが汁の中に溶け出してきて、極上の汁を作っていた。
「ああ、このおおねなんてのは美味いね。中まで美味い汁が染みこんでやがる」
生で齧れば辛く、煮込めば腹は膨れるがほのかに苦いだけで余り旨みは無いおおねが、このおでんの中では『化けて』いた。
極上の汁をたっぷりと吸っていて、口の中で柔らかく崩れる。
それに辛子とあわせればピリッと味が引き締まり、いくらでも食える味になった。
「汁が染みてるってんならこの灰色のもいいぞ。ぷるぷるしててうめえしな」
おおねより先に未知の、灰色の三角形に切られた謎の具を食べたタツジがオトラに言う。
その灰色の中にぷつぷつと黒いものが見える具は、なにやら変わった感触があった。
プルプルとしていて、柔らかいのに崩れず、歯で噛み千切るとぷつんと切れる。
くにゅくにゅした、変わった感触に、極上の美味い汁がしっかりとあふれ出る。
よく分からないが、美味いことだけはよく分かった。
「うん。これもいけるね……この穴が開いたやつもいけるよ」
竹の筒のような、穴のあいた材料がよく分からない具はどうやらダシを出すほうだったらしい。
汁に溶け出した分より濃い風味が、独特の感触と共に出てくる。
どうやら何かの肉のようだが、食べたことの無い味だが、美味い。
「おう、後はこの卵もいいな。あんまり数は入ってないようだが」
タツジが箸で卵を半分に割って口に運ぶ。
白身のプルプルとした風味と、中の、ぽろぽろと崩れる黄身の風味が、おでんの汁とよく合う。
特に椀の中にこぼれた黄身をおでんの汁に溶いて飲み干せば、先ほどまでの汁に卵の風味が加わってまた一味変わるのだ。
「……もう、我慢できねえ!」
タツジがごそごそと、冬の間に残り少なくなったオトラ手製の濁り酒を取り出し、おでんを肴に飲み始める。
「……まあ、確かにね。あたしにもおくれよ」
少しだけなら良かろうと、腹をさすりながらタツジと共に飲みだす。
おでんを肴に飲む酒は、美味く、残っていた酒とおでんはあっという間に二人の腹の中に消えてしまうのであった。
「ふう。あっという間だったな」
「そうだねえ。やっぱりあそこのメシは美味いよ」
汁の残り一滴まで飲み干して空になった鍋を置いたまま、二人はごろりと横になった。
「おう、大分でかくなったんじゃねえか?」
笑いながら、タツジはオトラの腹に手をのばし、優しく撫でる。
「馬鹿だねえ。まだまだ先だよ。お母ちゃんが言ってた。仕込んでから大体一年近くかかるってさ」
そんな夫に、オトラは昔のことを思い出して少しだけ笑うのであった。
今日はここまで
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