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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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チョココロネ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・2月14日まで、ベーカリーキムラではチョコ関連の菓子パンセール中です。
土曜日の朝は始発の電車で駅まで来て、歩いてねこやに出勤し、朝食をご相伴に預かる。
それが早希の一か月前からの日課である。
(もう一か月、かあ……)
歩きながら、早希はちょっと懐かしく思う。
成人式を終えてようやくバイトのお許しが出て、叔父の経営する料理屋で働かせてもらうために面接に行き、そして店の秘密を知って一か月が過ぎていた。
(やっぱ変わってるよね。うちの店)
洋食のねこやの正面玄関は、土曜日だけ『異世界』に繋がり、そこから来る客を迎える『異世界食堂』になる。
それが三十年前から続く洋食のねこやの秘密。
そのことを知ってるのは早希以外では経営者である叔父さんに、早希にとって曾祖母に当たる暦おばあちゃん、それから古くから商店街で付き合いがある他の店のオーナーくらいで、従業員にも秘密にしているらしい。
(田中さん辺りは薄々何かあるんだなって気づいてるみたいだけど……)
先代が生きてた頃から働いているという古株の料理人(早希にとってはプロとしての料理の基礎を教えてくれる先生でもある)は、坊ちゃんも先代と一緒で、昔っから土曜日だけは店に近寄らないで欲しそうだから、早希ちゃんも気をつけな。と言っていた。
……早希の場合、土曜日に働くためにこそ雇われたようなものなのだが。
「まあ、いっか。ちゃんと頑張らないとね……あれ?」
そうして考えながら歩いてすぐ、店のあるビルの裏口にたどり着いた早希は、そこに誰かいることに気づいた。
そこにいたのは、ちょっと何か未練があるというように店の裏口に立ちすくむ早希より年下の、多分高校生くらいの少年。少年の方も早希に気づいたのだろう。ぺこりを頭を下げる。
「あ、ども。おはようございます」
そう言って頭を下げる少年は、店の名前らしきものが胸元にプリントされたエプロンをつけている。
「どうも、おはようございます。えっと、ベーカリーキムラ……あ、もしかしてねこやに何かご用ですか?」
確か商店街にあるパン屋で、ねこやのパンの仕入先だったと思い出し、早希は尋ねる。
「あ、いや、仕事ってわけじゃなくて、ただ……」
歯切れ悪く言いよどむ少年は、よく見ればベーカリーキムラと書かれた紙袋を大事そうに抱きかかえていた。
「……あ、そだ。お姉さん、確かねこやで新しく働き始めたって人でしょ?」
それから少し考えて、少年は何かに気づいたかのように頭を上げて紙袋を差し出してくる。
「これ、いつも土曜にねこやで働いてる日本語めっちゃ上手い金髪の外人の子に電話で頼まれたんすけど、その、届けて貰えないっすか」
「あ、うん。いいよ」
嘘だな。そう思いながら、早希はほほえましく思いながら受け取る。
ねこやで働いてる外人の子……生粋の異世界人であるアレッタは電話を自分で掛けられない。それどころかそういうものがあることすら知らないかも知れない。
ただまあ、そういう少年の頬がほんのり赤くなっているのを見れば、どういう思いでついた嘘かぐらいは簡単に察せた。
「そっか。良かった。じゃあ伝えといてください。今度のも自信作だから、食べたら感想聞かせて欲しいって。じゃあ俺、朝の仕込みの手伝いがあるんで!」
ぱあ、と明るい顔をした後、少年はその場の気恥ずかしさから逃げ出すように駆けだした。
「……若いねえ」
その背中を見送りながら、早希は思わずポツリとそんな言葉を零した。

それから早希は裏口のエレベータを使ってねこやの中に降り立つ。
「おう。おはよう」
「おはようございます。サキさん」
店内では朝の仕込みをひと段落させた店主と店に来てシャワーを浴び終えて着替えたアレッタが早希を出迎える。
「うん。おはようございます……あとアレッタちゃん。これ、キムラさんところの少年からのプレゼント」
そう言いながら先ほど少年から渡された紙袋をアレッタに渡す。
「え? ショータさんからのプレゼント、ですか?」
その言葉に不思議そうにアレッタは紙袋の中を覗きこむ。
中には角のような螺旋を描く、甘い匂いを放つパンが入っていた。
「ほう、こりゃあチョココロネだな……ああ、そういやキムラさん、今年こそフライングパピーに勝つんだっつって張り切ってたような……」
同じようにアレッタの袋の中身を覗き込んだ店主が中のパンが甘いパンの定番中の定番であることに気づいて、それから今日が何の日だったかを思い出す。
「……普通は逆なんだけどね」
早希は先ほどの少年の様子を思い出して、ちょっと笑う。
パンとはいえチョコレートを男が女の子に渡すのでは、逆である。
「まあ、じゃあアレッタ。そいつはお前が朝飯の時にでも食ってやってやれ。あそこのチョココロネは美味いからな」
「はい。それじゃあ、いただきますね」
店主の言葉に、アレッタは頷いて嬉しそうに微笑んだ。


朝の仕込みがひと段落して、少し気の早い客が来るまでの時間帯は、ねこやの休憩時間である。
その時間帯にねこやの面々は朝食を食べる。
今日のメニューはサキが作ったピザトーストと言う色々な具材を乗せて焼いたパンと生野菜の盛り合わせに、店主が仕込んだコーンポタージュを少しだけ分けたもの。
それに加え、アレッタだけには特別な一品として、朝、早希が受け取ったチョココロネと言うパンがついていた。
「あ、あの……私だけこれを頂いてもいいのでしょうか?」
アレッタが困ったような顔をして二人に聞いてくる。
主人たる店主とその姪御であらせられるサキの二人より良いものを食べるのは気が引けるらしい。
「いや、気にすんな。そいつはアレッタにっつって木村さんとこの将太が渡してきた奴なんだし、美味しく食べてやるのが筋ってもんだろ」
「そうそう。それに私らは食べたくなったら自分で買ってこれるんだし、それはアレッタちゃんが食べて」
そんなアレッタに、二人は笑いながら答える。
「そ、それじゃあ……私たちを魔族の神よ。今日も貴方の与えてくださった糧を頂戴します」
「おう。そんじゃ、いただきます、と」
「いただきます」
そういわれては気にしすぎるのもかえって失礼だろう。
アレッタは祈りを捧げて食事をすることにする。

まず最初に、店主特製のコーンポタージュスープにそっと匙を沈めて淡い黄色のスープを掬い上げる。
初めてこの店に忍び込んだときに食べた、ほんのり甘くて野菜の味がするこのスープのことがアレッタは大好きである。
(ん……おいし)
暖かい、果物とは違う甘さが口の中にいつも通り広がって、ほっとする。
この店のスープはどれも美味しいが、甘みがあるこのスープがやっぱり一番美味しいと、アレッタは思う。
スープを半分ほど味わったところで、今度はフォークを手に取って生野菜の盛り合わせ……店主曰く、サラダと言う料理に手を伸ばす。
新鮮な生の野菜に、酸味を含んだ複雑な味がする汁で味付けをされた野菜は、それだけで立派に料理と呼べるだけの味がする。
(これ、どういうお野菜なのかな?)
毎回このサラダを食べるたびに、野菜そのものがアレッタが知っているものとは質が違うことをアレッタは不思議に思う。汁のお蔭で味がよくなっているのも確かだが、異世界の野菜はどれもえぐみや苦みが薄く、代わりに甘みや酸味など、美味しく食べられるような味が強い。そのため、生で食べても十分に美味しいと感じられる。
それがアレッタには不思議だ。異世界には何か特別な種があったり、育て方が違ったりするのだろうか?
そんなことを考えつつも手は止まらず、シャクシャクと音を立てながら赤い野菜や薄い緑の葉野菜、薄切りにされてて少しだけある辛みと苦みが他の野菜を引き立てる生オラニエを口に運んでいく。
(あとは……)
一通り食べた後、今度はメインのピザトーストに手を伸ばす。
異世界のショクパンと呼ばれる薄切りにしたパンの上に具材を乗せて焼いたこの料理は、名前の通り店で出しているピザと言う料理に似ている。
まずは客に出す料理の前に賄からということで店主の姪らしい、サキが作ったメインの料理にさっそくとばかりにかぶりつく。
薄切りのパンの上にオラニエや薄く切った腸詰、緑色でちょっと苦い野菜とチーズが乗せられ、少し焦げ目がつく位まで焼かれたパンを直接手で持ち上げてかぶりつく。
ザクリとした食感と共に焼かれて表面が堅くなったパンと、溶けたチーズの柔らかい感触、甘酸っぱいケチャップの風味が口の中で一つになる。
火が通りきらないオラニエの鮮烈な辛みと、緑色の野菜の苦み、それから薄切りにした腸詰の肉汁がさらに混ざり合い、美味しい。
(マスターの一族は、みんな優秀な料理人なのでしょうか?)
その味に、アレッタは思わずほう、と息を吐きながら思う。
サキはこの前成人したばかりだというから、見た目どおりアレッタより少し年下なのだろう。
にも拘らず、店主ほどではないにせよ、普通の大人の料理人よりも料理の腕が良い。
この前来た、店主の祖母だという人はどうなのかは分からないが、少なくともサキは知識や技術から見ても店主の血族として才能があり、同時に料理人として、しっかりと修業を積んでいるようだ。
そんなことを考えながら、ピザトーストを食べ終え、サラダを食べ終え、コーンポタージュを飲み終えて、いよいよ最後に残った角のように見えるパンを食べることにする。
(これもきっと美味しいんだよね?)
ショータから前に貰った、ツナマヨコーンパンは美味しかった。今回のチョココロネも同じく美味しいんだろうか?
そう思いつつ、角の根元に張られた透明な何か(店主によれば中のクリームがこぼれないようにするためのもので、食べられないらしい)を剥がす。
角のようになったそのパンの中には暗い茶色の何かがたくさん入れられている、それを零さないようにまずは一口かじりつく。
「え!? 甘い!?」
その味に、アレッタは驚いて声を上げる。
パンが、甘い。正確にはパンの中に詰まったクリームが甘くて、パンそのものは全然甘みがない。
予想とは違うその味に、アレッタは驚いていた。
(あ、そっか! チョコって確か、ケーキとかに入ってる甘いやつだ!)
それから一拍遅れて、甘さの中にほんのちょっぴり苦みがあることに気づいて、同時にそのことに気づく。
チョコと言うものは、よく上の階のお菓子に使われているものだ。
どうやらこのパンは、そのチョコを中に詰めたパンらしい。
「え? チョココロネが甘いって……当たり前じゃない?」
「ああ、そういや菓子パンは食べさせたことが無かったな。確かよそではあんま作らないって聞いたことがある」
続いて帰ってきた反応に、アレッタは一人赤面しつつチョココロネを食べ進める。
角のように焼かれた、甘くない普通のパンに、しっとりとしていて甘いクリーム。
それがクリームの甘さをうまく中和していて、どんどん食べられる。
角のような形は細長いパンをぐるぐると巻いて作った形のようで、引っ張るとその形にほぐれる。
それを伸ばしながら食べていくと、最後にクリームの入っていない角の先端部分が残る。
他の部分よりちょっとだけ固いそれを口に放り込んでしまえば、チョココロネはすっかりと無くなってしまった。
(美味しかった……)
ちょっとだけ残念で、でもとても満足できる味に、アレッタは思わず笑み崩れる。
「……叔父さんがアレッタちゃんを雇った理由、ちょっとだけ分かった気がする」
そうして満足していると、サキがぽつりとそんなことを言う。
「え?」
サキの気になる言葉にアレッタは思わず聞き返す。
「アレッタちゃん、本当に美味しそうに食べるもんね。やっぱそういう風に食べてもらえると、料理した方としてはすっごくうれしいし」
「……まあ、そうだな。それもある」
笑いながら言うサキに一つ頷いて答える店主。
それを見て、アレッタは気恥ずかしさから赤面し、ちょっとだけ俯くのであった。
今日はここまで
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