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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ローストビーフ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・場合により相席となることがございますので、あらかじめご了承ください。
闇色の翼を広げ、天空より降り注ぐ黒の神の慈悲を浴びながら、黒の神に仕える神官にして眷属、ロロアは喜びを噛み締めていた。
(ついに私も、眷属になれたんだ)
天より注ぐ黒の神の死を孕んだ夜の光の心地よさは、今まで人間に過ぎなかったロロアには感じ取れなかった。
浴びることになんの疑問も感じていなかった白の神の象徴たる太陽の光が、あれほど忌まわしいものだとも気づかなかった。
今はまだ未熟ゆえに使いこなせぬが、己の中に偉大なる黒の神の代行者たる眷属の力が新たに宿っているのもまた、しっかりと感じ取っていた。
(ああ、果ての地に住まいし黒の神よ。感謝致します。私にその御力の一端を分け与えてくれたことを)
黒の神の眷属となるべく指で眷属になるための儀式を終えた証である二つの穴が穿たれた首筋を撫でながら、眷属の証として牙のように伸びた犬歯を見せて笑う。
その姿は黒の神の眷属に仕えるだけの脆弱な人間ではなく、黒の神の信徒であると同時に黒の眷属として、混沌や白の使徒たちと戦い、黒の神の信徒たちを導く者の端くれとなった自信に満ちあふれたものであった。

かつて、黒の神を含めた六柱の神が万色の混沌をこの世から消し去るべく行われた戦いではその激しさ故に幾度も大きな怪我を負った六柱の神の血が降り注いだ。そのとき、神の血を浴びてなお生き残った生き物が『眷属』となったと、神話には伝えられている。
眷属はその命の時間を永遠とし時に竜すら凌ぐ強大な力を有するが、種そのものを増やす能力を有さない。
男女で交わっても子が宿らなくなるのだ。
強い力を持ちながらも万色の混沌との戦いを終えた後、眷属と呼ばれ、それぞれの神の信徒を教え導くことになった彼らはこれ以上増えることができず、深い海の底に住まう青の神の眷属以外は他の神や混沌に仕える信徒との戦いやその後何処からかやってきた神を信じぬ耳長き侵略者相手の戦いによって徐々に数を減らして衰退し、いつしか南大陸の表舞台よりその姿を消した。
……白と黒、相反する二つの神の眷属を除いて。

白の神の眷属は、白の神が人間という種族を愛し、時折り信徒の前に降臨するが故に誕生する。
選び抜かれた赤子に白の神の血の一滴を分け与えることで生み出され、常人と同じ寿命しか持たぬ代わりにその力は竜へと変じた大神官すら容易く凌駕する偉大な白き眷属『白の子』が生み出されるのだ。
彼らは信徒たちを導く白の神の代理人として、同時に現世における最強の眷属として白の神の信徒をまとめあげている。

対する黒の神の眷属は、他の眷属には無い『黒の眷属を増やす能力』を有してたが故に、衰退を免れた。
黒の眷属は己に近しい種族に己の血を分け与えることで黒の眷属とすることができる……その数を増やすことができるのだ。
それが純粋な戦いの力においては他の神の眷属に一歩劣り、その身を黒竜の鱗で覆わねば太陽の光の下ではロクに戦えないという致命的な弱点を有する黒の眷属が長らく生き延び、万色の混沌との戦いの後、遥か彼方へ旅立って二度と姿を見せなくなったと伝えられる黒の神の代わりに黒の神を導く存在となった理由であった。

黒の神の信徒の中でも龍鱗を生やす祈りを使いこなし、時を重ねれば大神官となれるだけの才能を持つと目された人間の優秀な神官は、黒の眷属の仲間入りを果たすことが出来る。
黒の神の信徒たちはいずれ己か、己の子孫が眷属となれる日を信じて黒の眷属である大神官たちを中心としてまとまった神殿に仕え、黒の眷属に守られる代わりに労働力と、黒の眷属に活力を与えるための血を提供するのである。
「……ん? なんだか少しだけ、いい匂いがする」
眷属になるだけの才能ある黒の神の神官と認められ、偉大な大神官の儀式を受けて黒の眷属となったロロナの、人間を遥かに越える知覚能力が、何かを捉えた。
うっすらとだが、黒の神の力が集まっているのを感じ取ったのだ。
「こっちかな?」
バサリ、と翼をひとつならし、匂いを辿っていく。満月の明るさと、眷属ゆえに夜目の効くロロナは危なげなく目的の場所を見つけて降り立った。
「ん? これ……扉、かな?」
降り立った先には黒い、猫の絵が書かれた扉があった。
場違いにそびえ立った扉が月の光に照らせれて黒々と浮かび上がっていた。
「これ、少しだけど、黒の神の力を感じる……」
その扉の表面を撫でて、ロロナはそこに込められた黒の神の残滓を感じ取る。
(これ、もしかして、魔術かな?)
その扉には黒の神の力を感じるが、黒の神の祈りの力とは違う代物であるそれの正体を、ロロナは見出した。
この扉に宿るのは神への祈りを必要とせずに体内や物に宿る力を基として発現する力である魔術の力ではなかろうか?
神殿で習った知識によれば数千年前にこの大陸に来襲し、六柱の神の信徒どころか六柱の神共通の敵である混沌の信徒とすら敵対していたという神を信じぬ耳長き侵略者たちが用いた技術である魔術は、ロロナたちが住まう地では生来の魔力を持つ種族が本能的に使いこなすものを除けば使い手が極めて少ない。
己の奉じる神である万色の混沌の再臨のために手段を選ばぬ混沌の信徒や、力強き者こそが正義であるが故にその力の質を問わぬ赤の信徒、弱き種族である人間が主である故にその力の質を選べぬ白の信徒、耳長き侵略者との戦いの中でその技術を盗み取ることに成功した黒の眷属が今も何人か生き残っている黒の信徒の中で細々と使われている程度である。
(でもこれ、きっと大神官様が使った魔術だよね……多分)
扉に込められた魔術はその強さからして偉大な黒の力を宿した大神官が使ったと感じられる。
恐らく悪いものではないだろう。
そう感じ取ったロロナは意を決し、扉を開ける。

チリンチリンと鈴の音が響き、明るい部屋に出る。
(ここは……!?)
突如入り込んだ明るい部屋を物珍しげに見回していたロロナは、部屋の中を忙しそうに歩き回る混沌の信徒の女を見つけ、息を飲む。
黒の大神官が絡んだ神聖な場所に、混沌の信徒がいるなど、許されることではない。
ロロナは混沌の信徒を撃退せんと急いで龍の爪と尾を作り出そうとし……

―――ダメ。戦うのは許さない。

一瞬で脱力し、倒れ込みそうになる。
逆らうことなどできない、否、思いつきもしない、不思議な声だった。
(な、なに!? なんなの今の!?)
その声に驚きながらロロナは辺りを見回す。
「あの、お客様。どうかされましたか?」
そんなことをしている間に混沌の信徒でもある少女が近づいて来て、不思議そうに尋ねてくる。
「う、ううん!? 何でもないよ? その……あ」
もはや戦うつもりは無いロロナは誤魔化そうとして、部屋にいる二人の男女に気づいた。
「……うん?」
「あら」
向こうの二人も気づいたようだった。
ロロナと違い白い肌をして、手や脚を出さないデザインの奇妙な服を着た二人組。
だが、眷属に選ばれるべく真面目に修業を重ねてきたロロナには、その正体を察することが出来た。
「えっと、その……そこの人たちとお話ししたいんだけど、同じ卓についてもいいかな?」
「はい? 相席ですか……確認してきますので少々お待ちください」
ロロナの言葉に少しだけ不思議そうな顔をしながらも律儀に確認に行く混沌の信徒。
(あ、もしかしてあんまり悪い人じゃないのかな?)
その後ろ姿に、ロロナはそんな風に思う。
黒の神の神殿では混沌の信徒は全て見つけ次第抹殺せよと教わってきたが、目の前の少女は少なくとも即座に抹殺せねばならないほどの悪人には見えなかった。
「確認してきました。ロメロさんもジュリエッタさんも一緒でもいい、むしろ話を聞きたいそうなのでご案内しますね」
「うん。わかった」
にっこりと笑顔でそう言われれば逆らう気も起きず、ロロナは二人のいる卓へ移動する。
「やあ、良い夜だね……まさかここで同族に出会うとは思わなかったよ。僕はロメロだ」
「ジュリエッタと申します……もしかして、貴女もなり立てなのかしら?」
透き通った杯に血のような赤い酒を満たして飲んでいた二人が、手にしていた杯を卓に置いてロロナに挨拶をする。
「えっと、初めまして。ロロナって言います。黒の眷属になれたばかりですが、その、よろしく」
黒の眷属ではあるが、あまり神官であるようには見えない二人にどうしたものか考えながらロロナも挨拶を返した。
(男の人……ロメロさんは多分数百年は研鑽を重ねてるね)
恐らくロメロはかなり長生きしている黒の眷属だと察することが出来た。
そうなるとジュリエッタの方はその恋人だろうか?
そんなことを考えていると、ロメロが興味深そうにロロナに問う。
「ふむ、黒の眷属か……ロロナさんは、いったいどこに住んでいるんだい?」
「え? どこって……普通に黒の神の都ですが」
「黒、ですか? その、闇の神ではなく?」
「闇の神? いえ、闇は確かに黒の神の領域ですが、黒の神は黒の神です」
質問に答えていると、お互い不思議な雰囲気に包まれる。
ちゃんと答えているし、ロロナの知る限りでは常識的な答えのはずなのに目の前の二人は不思議そうな顔をしている。
しばらく悩んでいると、男の方が思い当たることがあったらしい、思いついたように目を上げて言う。
「これはもしかすると『吸血鬼の国』の子なのかも知れないな。まさか本当にいるとは思わなかったが」
ロメロの言葉に、ロロナとジュリエッタは共に不思議そうに聞き返す。
「え? ヴァンパイア? なんですかそれ?」
「まあ、吸血鬼に国があるんですの? そんな話、聞いたことも無いですが」
なおも不思議そうな顔をしている二人に苦笑しながら、ロメロは大昔に聞いた話をしてやることにする。
「これは僕より何百年も、多分千年以上長生きしてる先達から聞いた話なんだが、ずっと昔、エルフがあちこちを探索して蛮族や魔物を討伐して自分たちの土地としていたときに、世界のどこかで吸血鬼の国を見つけたことがあるらしい。
 そこでは吸血鬼が貴族として君臨してて、平民である人間を守る代わりに血を貰って統治しているという。
 そしてそこでは選ばれた強い人間が吸血鬼に変えられて貴族になるらしくて、たくさんの吸血鬼がいて、その吸血鬼たちは何故か昼でも強い力を発揮できたためエルフでも討伐出来なかったと聞いたことがある」
「……もしかして、黒の眷属のことをヴァンパイアと呼んでいるんでしょうか?」
ロメロの言葉に、決して頭は悪くないロロナはロメロの言葉からその意味を察する。
ここまでの話を統合して考えるに、ヴァンパイアの国というのは黒龍の鱗で体を覆って太陽の光を克服した黒の眷属が人間をまとめあげ、統治している黒の神の領域を指しているように思う。
となるとエルフというのが耳長き侵略者のことだろうか?
「ああ、そうだよ。僕たちは吸血鬼と呼ばれている……だけどロロナさんにとっては僕たちは黒の眷属なのだろうね。改めてよろしく」
「いくらここが異世界食堂だと言っても、まさか吸血鬼の国の吸血鬼さんとお会いできるとは思いませんでしたわ。改めてよろしくお願いしますね」
何はともあれ、敵ではない。
お互いそういう認識に至った二人は朗らかに尖った牙を見せて笑いながら言う。
「はい、よろしくお願いします。ところで、異世界食堂というのがここのことなんですか?」
ロロナもそれに合わせて尖った牙を見せて笑った後、気になっていたことを聞く。
「ああ、そうだよ。ここは異世界にある料理屋なんだ。色々と変わってるけど美味しい料理がある」
「本当は確か別の名前があったと思うのですが、皆さん異世界食堂と呼んでいますわ」
ロロナの問いかけに二人は答え、今まで酒を飲みながら食べていた料理をちらりと見る。
それに合わせて卓の上に並ぶ料理を改めてみたロロナは、少し首を傾げる。
「この生焼けの肉が、異世界の料理なんですか?」
二人が食べていた料理を見て、ロロナは正直な感想を口にする。
表面だけは良く焼いた肉の色をしているのに、中はピンク色の生肉にしか見えない、薄切りの肉。
下に野菜が敷いてあったり、上から何かの汁が掛けられているのを見るにちゃんとした料理のようでもあるが、やはり生焼けの肉に見えた。
「ええ、これはローストビーフと言う料理ですわ」
「赤い葡萄酒とこれはよくあうんだ。食べるのがメインならばビフテキが良いけれど、お酒をメインにするならこちらだね。よければ一緒にどうだい? 味の方は保証するよ」
だが目の前の二人はこの生焼けの肉が美味しい料理だと思っているようだ。
(まあ、悪い人たちでは無さそうだし……)
二人に勧められば、全く食べないのも失礼だろう。
ロロナは先ほど混沌の信徒が置いていったフォークを手にして、そっとローストビーフの皿に手を伸ばす。
先のとがったフォークに刺された薄切りの肉は意外なほど柔らかかった。
(けど、大丈夫かな……いや、もう人間じゃないんだし、大丈夫)
火が充分に通ってない肉など、腹を壊すのではないかという懸念が頭をよぎったが、意を決して、口に運ぶ。
「……ふわっ!?」
そして食べた瞬間、ロロナは目を見開いた。
生焼けでは無かった。一見生のように見えてもきちんと中まで火が通っていた。
表面は香ばしく、中は柔らかく。噛みしめれば塩と香辛料が刷り込まれて馴染んだ肉汁が広がり、生焼け肉のように噛み千切れないということも無くあっさりと噛み切れる。
焼いた肉とも、煮た肉とも違う。こんな風に料理をされた肉を、ロロナは知らなかった。
「どうだい? 驚いただろう? ただ焼いただけに見えても違うのが、ここの料理の面白いところだ」
その反応を見て満足げにロメロが言う。
初めてこの店で食べたビフテキもそうだったが、一見単純に見える料理ほど、工夫が凝らされていることが多いように感じる。
だからこそ、ロメロとジュリエッタはこの店を気に入っていた。
「さあ、どんどん食べてくださいな。なくなったらまた注文いたしますから」
ジュリエッタが笑顔でローストビーフを勧めるのを聞き、ロロナはそっと皿を自分の方に寄せて次々と肉を口に運ぶ。
火が通っているにも関わらず、肉汁をしっかりと残した柔らかな肉は噛めば噛むほど肉汁をあふれさせる。
その肉汁が、ツンと鼻に抜ける辛さを持つ緑色のものと、肉汁に酸味を少し含んだしょっぱい黒い汁を混ぜ込んだソースがよく合っていて、いくらでも食べられる気がする。
「さっきも言ったがこれはそのまま食べても良いが、葡萄酒と合わせるともっと美味だぞ。試してみるといい……
 ああ、アレッタ。すまないがローストビーフをもう一皿注文するよ。それと、パンも持ってきてくれ」
見た目とそう歳は変わらぬであろう少女であるロロナに、ロメロは硝子杯に注いだ赤い酒を渡す。
(……ん! このお酒も結構いける!)
勧められるままに飲んだ、酸味と渋みがある澄んだ赤色をした酒も中々に美味であった。
ロロナの知らない果物を基に作ったのであろうそれは、なるほど確かに肉の味とよく合っていた。
そうして酒を飲み、肉を喰らう。途中、ふわふわと柔らかくてほんのりと甘い『パン』なる食べ物を勧められて食べれば、それもまた、ローストビーフとよく合った。
(異世界食堂、良いところかも。ロメロさんたちもやさしいし)
満腹感と幸福感を感じながら、ロロナは思う。また今度、絶対来ようと。
そんなことを思いながら料理を食べるロロナの顔は自然とゆるむのであった。
今日はここまで。
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