挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
10/119

お好み焼き

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・当店のお好み焼きは大阪風となっております。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
西にある大陸は東方にある大陸とはまた別の、独特の文明を持っている諸国。
その国の1つである山国近衛の地位にある侍、ソウエモンが異世界食堂に通うようになったのは、5年前のことである。

今から5年前、ひょんなことからソウエモンはとある旅小人(はぁふりんぐ)と親しくなった。
その旅小人は西の大陸をあちこち旅しては歌を作って詩を吟じ、道行く人々や小さな娯楽に飢えている村人相手に小銭を貰って旅をする、吟遊詩人であった。
そして、気が合い、屋敷に呼んでもてなしたソウエモンに、その小人がそっと教えたのだ。

この、山国の都に程近い場所にある、異世界の扉の場所を。
最初は半信半疑…否、疑の方がはるかに強かったが、ソウエモンは旅小人への義理で1度だけでもとその場所を、旅小人が指定した日に訪れた。

…そして、出くわしたのだ。異世界の食堂と…気に食わぬ客に。

夕暮れどき。
いつものように異世界食堂を訪れたソウエモンの背後でチリンチリンと音がした。
(…やれやれ。またかち合ったでござるか)
その気配の正体を察し、ため息を一つ吐きながら、向き直る。
「またおぬしでござるか。海国のうらなり陰陽師」
案の定その場にあるのは、見慣れた顔。
ロクに外に出ないのか、一向に日に焼ける様子の無い白い顔に今ひとつ年の分からぬ細面。
…ソウエモンが苦手としている、この店の常連。
「…おやおや。これは誰かと思えば剣しか能の無い山猿…
 失礼、山国の御武家様ではございませぬか」
どこか狐を思わせるその男、海国の陰陽師であるドウシュンはソウエモンに対し、細い目を更に細めてソウエモンに毒を返す。

その言の葉にムッとするが、この場…異界の飯屋で刀を抜くわけにも行かずに口で言い返す。
「ふん!相変わらず気に食わぬ男でござる。
 何故いつも拙者と同じ時間に来ようか」
「それはこちらの台詞でございます。
 わたくしもこれで宮廷陰陽師として忙しい身の上でございまして。
 そちらこそ、普段は宮中の警備程度なのですから、好きな時間にこられるでしょうに」
ソウエモンの言葉にドウシュンは肩を竦め、とげのある言葉で返す。
2人の間に流れるのは、険悪な空気。
場所を選ばず現れる『扉』が招く客には、時折『相性が悪い客』が混ざる。
エルフとドワーフ。騎士と魔術師。王国人と帝国人。そんな客だ。
そしてソウエモンとドウシュンはその見本とでも言うべき客だった。

海に面し、東方との交易に力を入れているがために安全な海の旅を行うため学問と陰陽術に力を入れている海国と国の大半を山に覆われ、魔物相手に民草を守りつつ山を切り開く必要から昔から武を尊ぶ気風が強い山国は、西の大陸でも屈指の仲の悪さで知られている。
お互い尊ぶものも違いすぎる上に国境をはさみにらみ合う隣国。
おまけに国の力もほぼ同等とあれば仲が悪くなるのも当然の話である。

海国の宮廷陰陽師であるドウシュンもまた、西の大陸を旅する旅小人からこの場所を聞きだしたらしく、7日に1度はほぼ確実に訪れる。
おまけに仕事柄、2人が異世界食堂を訪れる時刻も大体同じ日が落ちる寸前の夕暮れどき。
かくして、この店の常連2人は、よく同じような時間に訪れることになる。

…お互い仲が悪いのであればどちらかが訪れる時刻を半時もずらせば済む話なのだが、どちらも自分が譲ったら負けだと思っている。
故に、毎回こうしてかちあっていた。
「いらっしゃい。お二人さん、適当な席へどうぞ」
「…うむ。かたじけない」
「…はい。それではご厄介になりますよ」
店主の言葉に返事を返し、東方の民や異種族がちらほらと見える店内の奥にある、空いてる中では厨房に一番近いテーブルに2人はつく…
同じテーブルに。
一瞬睨みあうが、すぐに目をそらし、2人はメニューを見ずに店主を呼ぶ。
「店主、注文を頼むでござる」
「店主、注文をしてもよろしいでしょうか」
どの道、2人の注文は決まっている。
店に訪れるようになって5年、色々食べては見た。
どれも美味しく、それぞれに楽しめたが、結局はこれに落ち着いた。
「はいよ。注文はいつもどおりで?」
店主の問いかけに2人は頷き、注文をする。

「うむ。おこのみやきのぶたたまを頼むでござる。そぉすたっぷりで」
「はい。おこのみやきを頼みます。しぃふぅど。かつおぶし多めで」
2人がこの店で一番「そぅす」と「かつおぶし」を美味しく食べられると信じている料理を。

「分かりました。少々お待ちを」
店主が一声掛けて奥の厨房へと引っ込む。
「ふん。相変わらずしぃふぅどでござるか。海国なら喰い飽きた代物でござろうに」
「そちらこそ。猪肉など山国では珍しくもないでしょうに」
お互いの注文にひとしきりケチをつけたあとは、この店の名物であるレモン水を飲みながら世間話に興じる。

「…ほう。海国は帝国とも取引を増やすでござるか」
「…なるほど。どわぁふの刀鍛冶と来ましたか」
…無論、ただの世間話では無い。互いの国に対する情報収集も兼ねている。
隣国の情報。それは時に値千金にもなりうるもの。
互いに仲が悪いのにも関わらず、同じテーブルを囲むのには、互いにとって相手が有用であるからでもある。
かたや海国で宮廷に仕え、宮廷内の行事を取り仕切る関係から商人や貴族との繋がりも深い陰陽師。
かたや山国で幾多の武勲を挙げ、帝の近衛にまで上り詰めた下々の民とも繋がりの深い侍。
あまりにタイプの違う2人であるが故に、彼らの話は互いにとって非常に新鮮で、有用なものになっていた。

そして、そんな話は唐突に途切れる。
「はいよ。お待たせしました。お好み焼きです」
店主が2枚の皿を同時に持ってきて、それぞれの前に置かれたことで。
「おお。ようやく来たでござるか」
「ふぅ。待ちくたびれましたよ」
熱い鉄の皿に盛られたそれから立ち上る香ばしい匂いに、ソウエモンとドウシュンは思わず顔を綻ばせる。

お好み焼きはまだ熱い鉄の皿の上で、かすかにじゅうじゅうと音を立てていた。
小麦と淡い緑の玉菜を混ぜ合わせ、それに山芋などの様々な材料を加えて焼かれたお好み焼き。
その上にはたっぷりと真っ黒なそぉすと真っ白なまよねぃずが掛けられ、一見すると鉋で削られた木屑のようにしか見えぬものがひらひらと熱に煽られて踊る。
そしてその上にうっすら色づくように掛けられたのは、濃い緑の海草の粉。
それらが交じり合い、鉄の皿の熱さが加わって立ち上る匂いがソウエモンとドウシュンの胃袋を刺激する。

「うむ。では…頂きまする」
「それでは…いただきます」
空腹に耐えかねて箸を手に取り、ソウエモンはドウシュンとほぼ同時に早速食べ始める。

ふわりと、下ろしたての布団のように柔らかいおこのみやきを、箸で切っていく。
その、切った隙間から上に塗られたそぉすが皿の上に落ちて、かすかに焦げる匂いがする。
その焦げる匂いすら楽しみながら、ソウエモンは箸で持ち上げたおこのみやきを…頬張る。

熱い。

最初に感じるのは、その熱さ。焼き立てで、冷めぬように鉄の皿の上に置かれた代物だけあって、おこのみやきは、熱い。
「おやおや、相変わらず山国の御武家様は下品な食べ方をなさいますね」
同席しているドウシュンの言葉を聞き流し、慌ててほっ、ほっと口の中に溜まった熱気を逃がし、咀嚼する。

カリッと香ばしく焼かれた表面と、ふわりと柔らかい中身。

それをかみ締めると、口の中に渾然と様々な香りと味が広がった。

海草の粉からは、磯の香り。
一見すると鉋屑のようにしか見えぬ「かつおぶし」の魚の旨み。
猪肉に似ているが野の獣のような臭みが無い脂が乗った豚肉の柔らかな味。
油をたっぷり含んだ小麦の香ばしい味とそれに混ざったたまなの甘み、卵の豊かな味わいと時折感じる赤いものの辛み。

そして、それらを全て包み込む、甘くて辛くて酸っぱくて旨いそぉすの味と、それらを優しく包み込む、まよねぃずの味。
なんと豪華な味わいだろうか。
山海の味をこれほどの数一度に味わい、それらが全て調和して一つの美味を作る。
毎回、この味をたっぷりと味わいたいがために、ソウエモンは熱いのを覚悟で一気に頬ばっている。
この店で、何度目かに気まぐれに頼んだ後、この料理を見つけてからこのかた、毎回注文し食べているが、飽きる気配は一向に無い。
「食事くらい、もっと優雅になさればよいのに」
ドウシュンはといえば、小さな一口ほどの大きさまでおこのみやきを切り取り、ふぅふぅと念入りに冷まして、口へと運んでいる。
「…うん。相変わらず美味ですね。臭みがまるでない海の幸の処理も見事だがとくにこの「かつおぶし」が素晴らしい」
プリプリとした小さなしゅらいぷとくらぁこの旨みに頷きながら、感想を漏らす。
ドウシュンを魅了してやまぬ「かつおぶし」については、魚が材料だと言うことは分かるが、一体何をどうやったらこの形、味になるのかはさっぱり分からない。
もし、解き明かして海国でもつくれるようになったならば、海国の料理は更なる発展を遂げる。
そう考えて、ドウシュンは毎回、かつおぶしを直に味わえるおこのみやきを食べている。
…無論、とても美味であるから食べていることも否定しないのだが。

そしてしばし後、2人はおこのみやきを食べ終えて…
「店主、おかわりを頼むでござる!」
「店主、わたくしにもおかわりを」
2人同時に注文を出す。
「はいよ。お好み焼きですかね?味付けは?」
2人に尋ねる。毎回、返ってくる答えを知りながら。
「…拙者はしぃふぅどを1つ」
「…わたくしにはぶたたまを」
案の定、2人の似たもの同士の客は目を逸らしながら注文する。
相手が実に旨そうに食べるのを見て、自分も食べたくなる。
同席した場合の毎度の出来事であった。

「…ふぅ。結局またかちあったでござるか」
食事を終え、町の外れに戻ってきたソウエモンはソースの香を含んだため息を漏らす。
毎回毎回、あの気に食わぬ顔と出くわすのは、あの店のただ1つと言ってもいい難点だ。
「さて、明日からも頑張るとしようか」
そう呟いてソウエモンはまた、日常へと帰る。

7日後、また訪れる日を楽しみにしながら。
…また、あの男に出くわすことを予感しながら。
今日はここまで
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ