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アップルパイ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・お子様だけでのご来店は出来るだけご遠慮ください。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

かつて強大な魔法の力で世界を手中に納めようとしたエルフ最後の都、森都。

その周囲は深い森に覆われている。


この森の始まりは千の年月を生きるエルフにとってすら遥か遠い時代。

七色の覇王同士の戦いにより、山は削り崩れ、湖は干上がり、森はすべて灰燼と帰した結果、どこまでも平らな荒野が続くようになった時代。

激しい戦いのあと唯一残ったこの森に多数のエルフが生きる糧を求めて集まったのが始まりといわれている。

万を越える年月、エルフたちに守り続けられた豊かな森であるそこは、同時に森と共に生きる道を知らぬものをたやすく殺す大樹海である。

中心たる森都には正しい道を知る……エルフがひそかに刻んだ魔法の道しるべを辿っても半月かかり、道を知らねば生涯たどりつけぬといわれるほどの、文字通りの意味で国にも匹敵する広さ。

その広さと、この大樹海に住み着いた無数の獣人や動植物、魔物が徘徊するそこは人間には入れば出られぬ『魔の森』と恐れられている。


だが、実際にそこに住み着き、森の恵みを受けて暮らすものにとって、この森は都と呼ぶに相応しい豊かさがある。

はるか旧き竜の時代よりあり続けた樹はそれそのものが強大な大地の魔力を有し、常識外れの豊かさを大地へと分け与える。

更には気が遠くなるほどの長い年月の間この森の覇者であるエルフたちが得意の魔法で豊かさを保ち続けるよう手を入れ続けている。


その豊かさが無数の生き物や魔物、元々が野生の暮らしを好む獣人たちを呼び集めた。

この大樹海はエルフたちの都であると同時に、東大陸最大の獣人たちの縄張りでもある。

彼等は敵に回すと厄介過ぎるエルフ(彼等を敵に回して生き延びた獣人部族は未だかつていない)には決して手を出さず、またエルフたちも逆らわなければ獣人たちをどうすることも無く放置している。

元々が豊かな森であるせいか獣人同士の諍いも滅多に起きず、獣人たちは森のあちこちに点在する集落で暮らしている。


リチとトト、2人の獣人の少女たちがそれを見つけたのは、とある秋の日のことであった。

「ねえ。トト。へんなの、あった」

つる草で編んだ背負い袋一杯にアザルを詰め込んだリチが一休みしようと2人がすっぽりと入れる大きさの樹の洞を覗き込み、言った。

「うん。へんなの、あったね。なんだろ?これ?」

どれどれと樹の洞を覗き込んだトトもそれを確認し、頷く。

長年、甘酸っぱくて美味しいアザルを実らせてきた大樹の樹の洞の中に、わけの分からない黒い板があった。


この時期、リチとトトたちの属する獣人部族は特に忙しい。

この豊かな森ですら食料が乏しくなり、酷く寒くなる季節である冬が目前に迫っている。

その寒い時期を生き延びるため、秋のこの時期はリチたちのような子供でも食料集めにかり出される。

獣人の中では器用ではあるが決して強いとはいえないリチたちの部族はそもそも戦いを好まない。

食料をめぐって争いを起こさないためには、早めに動く必要があった。


リチたちは全体的に小柄で、柔らかな茶色い毛で覆われた手足に、身長の半分ほどにも達するぴんと上を向いた大きな尻尾を持つ獣人種族である。

肉や魚は食べず、木の実や花の種、果物などを食べて暮らしている。

今集めた良く熟れたアザルのように日持ちしない果物は秋のうちに食べ、腐ることがほとんど無い木の実や花の種は集落の中心である、昔のエルフが残した遺跡に隠す。

そんな風に暮らしている。

「きのう、こんなの、なかった」

「うん。なかった」

リチの言葉に頷きながら、トトは板に触れる。

なにやら動物の絵が描かれた、つるつるしているが、間違いなく木で出来た扉。

集落の中心である遺跡の壁に少しだけ似ている。

「なんか、でっぱってる」

その扉に、遺跡に転がってる綺麗な石と同じ、金色のでっぱりがあることに気づき、トトは何気なくそれに手を掛ける。

「あ、これ、まわる」

ちょっと力を込めるとそのでっぱりはくるりと回り。


チリンチリン


鈴の音を響かせて、板が動く。

「「きゃうっ!?」」

いきなり大きな音がしたことに驚き、リチとトトが思わず樹の洞から飛び出す。

恐る恐る洞を覗き込んでみると、板があった場所に『穴』が空いていた。

「なんだろ?これ?」

「なんだろね?」

板があった場所に開いた、うすぼんやりと明るい穴。

リチとトトはそれを思わず覗き込み……

「「きゃうっ!?」」

バランスを崩してそちらのほうに倒れこむ。


その瞬間、2人の姿は掻き消え、同時に扉が閉まる。

2人の獣人の子供たちが『異世界食堂』の客となった瞬間であった。


「あ、いらっしゃい!……ませ?」

いつものように客を迎えたアレッタは、文字通り転がり込むように入ってきたうつぶせになった小さな影に2,3度まばたきをした。

腕と足、胸元など要所要所が毛皮で覆われただけで服を着ていない、身体の半分ほどもある大きな尻尾を持つ、アレッタの見知らぬ種族。

背中にはつる草で編まれた袋が背負われ、中から真っ赤なアザルが零れている。

それはいい。

ここ異世界食堂では人でも、魔族でもない種族が訪れるなんてことは日常茶飯事だ。

問題は。

「えっと、ここ、どこ?」

「わかんない。どこ?」

床にうつぶせになったまま話合いをしている新しく入ってきた客が、どうみても子供だということ。

「えっと、こういう場合どうすればいいんだろう……」

あの扉は、客が大人か子供かなんてこと、判別してはいないのだろう。

アレッタが良く知らぬ種族の、おまけに子供たちのみ。

どう扱ってよいか、ここに勤めて半年ほどしかないアレッタには分からなかった。

そんなときである。

「いらっしゃいませ。洋食のねこやへようこそ」

料理を運んできたついでなのだろう。

店主がすっと2人に手を貸して、立ち上がらせる。

「ありがとー!」

「ねえ、ここ、どこ?よーしょくのねこやってなに?」

「ああ、ここは、お前さんみたいにここに来た客にメシを出すところだよ」

立ち上がると同時に、トトが店主に尋ね、店主が子供に合わせた口調で朗らかに答える。

「めし?たべもの?」

「ああ……そうだな、お客さんがたならアップルパイなんてどうだい?

 初めてだし、ツケにしとくよ」

リチの言葉に頷きついでに勧める料理を決める。

2人の子供の背負った袋から零れたのは良く熟れた林檎。

つまり林檎なら食えるだろうと判断したのだ。

「あっぷるぱい?なにそれ、おいしいの?」

「うまいぞ。あま~い林檎……じゃねえやアザルがたっぷり入ってるからな」

「アザル!あまいの?」

「ちょうだいちょうだい!あっぷるぱい、ちょうだい!」

一方のリチとトトも甘いと聞き、食べたがる。

「よし。少し待っててな。ほれ、あそこ、あの辺りに座っててくれ」

「「うん!」」

店主に促され、2人の子供が卓の1つに座る。

足をぷらぷらさせながら、キョロキョロと物珍しげに店の中を見ている。

「……あの扉な、時々ああいう子供だけ連れてくることがあるんだよ」

一連のやりとりを終えた後、アレッタに店主が言う。

この店の客に聞いた話によれば扉は大抵変なところに唐突に現れる、らしい。

そういう時、その扉を見つけるのは遊びに来た子供、ということは結構多い。

また、大人ならば入るのに躊躇するような怪しげな扉でも子供はあっさりとくぐってしまう。

その結果、ああいう子供たちだけが来ることがあるのだ。

「まあそんなわけだから、今度から初めての客が子供だけで来ても驚かないようにな」

「はい。分かりました」

「おう。ならいいや」

素直に頷くアレッタに満足げに笑いかけながら、店主は奥の厨房へと戻る。

アレッタもそれに続く。新しい客に料理を出すために。


そして。

「お待たせしました!アップルパイです!」

リチとトトの前にとん、とそれが置かれる。

「これ、あざる?」

「赤くも白くもないよ?これ?」

目の前に置かれたそれに、2人は首を傾げる。

目の前のそれはアザルだという割りに、赤い皮も、白い果肉も見えない。

明るい土の色をして、光に照らされたそれは確かに美味しそうだが、アザルとは思えない。

「はい。これは中に煮たアザルを入れて焼いたお菓子で……甘酸っぱくて、美味しいんですよ」

アレッタは前に一度だけ食べさせてもらったアップルパイの味を思い出しながら2人に丁寧に説明する。

「そうなの?にてやくの?」

「……あ、ほんとだ。アザルのにおいするよこれ」

アレッタの言葉にリチは首をかしげ、トトは鼻を寄せてにおいを確かめる。

確かにそのアップルパイからはかすかにアザルの匂いがしていた。

「ねえねえはやくたべようよ!おいしそう!」

「うん。もってきてくれてありがとうね!つののはえたおねえちゃん!」

トトに促され、リチも目の前のアザルに集中する。

「はい。それじゃあごゆっくり、どうぞ」

そんな2人を微笑ましく思いながら、アレッタはそっと席を離れた。


2人は早速とばかりにアップルパイを手で掴んで持ち上げる。

「あ、だめ!?くずれちゃう!」

「なんかかたいのにぽろぽろだね。これ」

2人に出されたアップルパイという、もろい菓子であった。

2人が持ち上げただけで、外の皮が少し割れ、ポロポロと粉が落ちる。

とはいえ食べる分には支障は無い。

2人は大きめに口を開けてアップルパイにかぶりつき。


「「!!!!!!!!!??????」


尻尾をピンと立てて目を見開いた。

少しの間硬直し、その直後。


「「おいしい!」」


大きな声で美味だと宣言する。

それは2人の知る、どんな食べ物よりも美味しかった。

外の、ポロポロの皮はかぶりつくと簡単に口の中で崩れる。

その皮に塗られているのはアザルの汁を含んだ甘い蜜。

その味が香ばしい皮と交じり合い、パリパリと砕けた皮と共に甘く口に広がる。

だが、本番はその後だ。


その『アップルパイ』の中に入っている、甘いアザル。

2人の知る、どんなアザルよりも甘くて柔らかく、それでいてちょっぴりの酸っぱさはちゃんと残してあるそれが2人を魅了する。

香ばしい、甘くて堅めの皮と、甘酸っぱくてとろけるように柔らかな中身。

それが交じり合うとき、アップルパイは完成し、最高の味になる。


それから、2人は無言であった。

無言で、一生懸命にアップルパイを味わう。

少しずつ、こぼさぬ様慎重に齧りつく。

口の中の味を充分に堪能してから、飲み込む。


だが、そんな2人の努力にも関わらず、アップルパイはすぐになくなってしまう。

「「はぁ~」」

それを見て、満足と残念が半分ずつ宿ったため息を同時に吐き出す。

「おいしかったね」

「うん、おいしかった」

その言葉も、2人同時であった。


そして2人はいつもの、大樹の樹の洞に戻ってくる。

「おいしかったね」

「うん!またいこうね!」

あの後、2人はあそこが……異世界食堂がどんな場所なのかを聞かされた。

7日に1度開く、不思議な店。

そこには様々な場所から色々な客が訪れて、異世界の料理を食べに来るという話を。

「おかね、もってかないとね!」

「うん!そうだね!たくさんもってこうね!」

その料理を食べるには『おかね』なるものがいるらしい。

どんなものかと見せてもらったら、2人が住んでる集落に落ちてる、平たくて丸い石にそっくりだった。

なんでも昔、食べ物を入れておくための穴に沢山入っていたもので、食べられもしない役立たずなので集落のみんなで運び出して捨てたと聞いたことがある。

「でもあれ。しろっぽいいろだったよね?うちのきいろいけど、だいじょうぶかな?」

「だいじょうぶじゃない?いろいがいはそっくりだもん!あれ」

2人はそんな話をしながら集落に戻る。


2人は知らない。

2人の言う『おかね』がかつて遺跡で研究をしていたエルフが遺産として残した金貨と呼ばれるものであること。

それ1枚で、集落みんなの分のアップルパイを買ってお釣りが来ることを。


それから、エルフの森にあるとある獣人の集落で『アップルパイ』なる特別な食べ物の話が広まるのは、もう少し先の話である。

今日はここまで。

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