26-B -四死公-
アスモデス四死公のグレモリーは、奈樹の力を褒めていた。戦う気があるのかないのか、再び自身の髪を椅子のようにして座ってしまう。
不意打ちのようでいい気分がしなかったが、奈樹が素早く咎力を溜める。
グレモリー「んー……そうじゃないのよねぇ」
難しそうな表情を浮かべる。奈樹の手の咎力に氷が宿り、グレモリーへ発射される!
奈樹「アイシクル・バースト!」
無数の氷柱が飛んでゆき、壁に突き刺さる! 標的にしていたはずのグレモリーの姿は消えていた。
グレモリー「溜めすぎ…余計な力を入れすぎよ?」
瞬時に奈樹の背後に回り込んだグレモリー。後ろから奈樹の左肩に顎を置いた。それを見て、動こうとする蒼輝だったが……。
グレモリー「来ちゃダ・メッ。そこで見ていてね」
細い人差し指を真っ直ぐ立てて、蒼輝に停止するように合図する。
蒼輝「……!」
グレモリー「こういうこと初めてなんでしょう? 痛くしないから……。さぁ…力を抜いて…」
奈樹の背後から、左手で奈樹の左手首を持ち、上へ向けるように手の平を持つ。
奈樹「……」
グレモリー「ゆっくりでいいのよ…。手本を見せてあげる…」
右手で咎力を発生させる。それは薄い紙のような形で手の平に浮かび上がる。
奈樹「…!」
月花が氷鶴を作った時のことを思い出した。それを脳内にイメージして、真似をするように咎力の形成に挑戦した。
グレモリー「そう…とってもいいわよ…。力んじゃダメ…力を抜いて…リラックスよ」
奈樹「……」
グレモリー「まだ…力入ってる…」
奈樹「あっ…」
耳元で囁かれ、その吐息で体がブルっと震えて声が出てしまう。そして自然に力が抜ける。
グレモリー「そう…それくらいが最小限の咎力の具現化できる状態…。それじゃ次はコレ…」
グレモリーの髪が伸びながら動き出し、奈樹の身体にまとわりつく。
奈樹「…!」
グレモリー「怪我をさせたりしないわ…いい?」
奈樹「どうして…こんなことをするんですか…?」
グレモリー「……」
グレモリーは答えなかった。これだけの至近距離なのに、敵意が一切感じられない。ただただ疑問だけが湧き上がった。
蒼輝「……(勾玉…マテリア…。もうとっくに来てもいいはずだ…どうして来ないんだ…?)」
マテリアの召喚術。強い幻召獣を呼び出すには、長い時間が掛かり、多くの血を要する。その隙の多さから、勾玉が護衛にいる。
冥幽界に突入する前に立てた作戦。それは召喚で呼び出した強力な幻召獣で、アスモデス四死公とアスモデスを一網打尽にするものだった。
仮に全員を倒せずとも、多大なダメージを与えることができれば十分という考えの作戦だった。
だが、勾玉とマテリアは来なかった。それもそのはず…。二人は風魔に強襲され、封咎具によって咎力を封じられた状態。そして、この城の地下牢獄にいるのだから…。
そして……その頃、月花はキマイレスに追い詰められていた。
キマイレス「ほーう。今のも避けれるか」
月花「くっ…」
こめかみから血が流れていた。まるでロックオンしているかのように、逃げても逃げても的確に自身へ向いてくる。こめかみに銃口が当てられたことが二度、三度あった。ギリギリで回避しているものの、放たれた散弾にカスってしまい、ダメージを受けていた。
キマイレス「どこまで反応できるか……チキンレースでもしてみるか?」
月花「どういうことです……」
キマイレス「交互に攻撃し合うのさ。俺もそっちの攻撃をギリギリで避けてやる。それをひたすら繰り返し……当たった方の敗北だ」
正気とは思えない提案。まるでゲームを楽しもうとしているかのようだった。
月花「……(勾玉さん…マテリアちゃん…遅いな…。このままじゃジリ貧だ…この悪魔はまだ明らかに手を抜いている…。このままじゃ勝てない…)」
そしてその頃……バサラはゼパイルと戦っていた。
ゼパイル「甘ぇよ!」
手甲を付けた手でストレートのパンチを放つ! バサラは剣を交差させて、防御する! 勢い良く吹き飛ぶが、右手に持った楼黤宝刀・益荒男を突き刺してブレーキを掛けて止まる。
バサラ「…くっ…」
マリア「バサラ!」
マリアがバサラに駆け寄り、法術によって受けた傷を治療する。
ゼパイル「そうやって傷を治すだけ、痛みを何度も味わうことになる。やはり女…お前を啼かせてやりたい」
その狂気染みた視線にマリアが気が付いて、手が止まる。
ゼパイル「幾ら傷付けても、自身で傷を治療できる…そしてまた俺が啼かせる…。最高じゃねぇか…」
バサラ「女を痛めつけるか…いい趣味じゃないな……。男は女を守るもんサ…」
傷が治ったバサラは、マリアの前に立つ。
バサラ「益荒男は女を守り、手弱女は男を支える…」
ゼパイル「ハッ! 女は男の玩具だ! 男の前じゃ啼くことしかできねぇ生物なんだよ! 男の思うままに、されるがままにしとけばいい! そう思う奴がどれだけいると思っている? その考えこそ人間の悪魔に近しい姿!」
バサラ「そんな考え持ってないサ……。俺はマリアを……全ての女を傷付けたりしない」
ゼパイル「アスモデス様も紫闇とかいう女を手中にするために刻印を付けた……。それが悪魔のやり方だ。女に対する扱い、所有物という証だ。そして……多くの人間が同じように真似をしている」
マリア「バサラは貴方とは……悪魔とは違います!」
マリアはまた、距離を開けて構える。いつゼパイルが自分を狙ってきても対応できるようにするためだった。そして、考えていた。勾玉とマテリアのことを。作戦が実行されててもおかしくない時間だということを。
そして……レイとアシュの戦い。
アシュ「ふっ…なかなかやるな!」
ぶつかりあったレイとアシュは、一度大きく距離を取った。
レイ「君もね。悪魔は人とは身体能力が根本的に違うみたいだね」
レイの腕には冥増輪。その力でアシュと互角の状態だった。
アシュ「なかなか楽しませてくれる…しかし、私には敵わないようだな!」
レイ「それは……どうだろうね」
アシュはまだ本気を出していないことは、レイは理解していた。美意識が高く、自惚れているように思える悪魔。しかし、相手をリスペクトした正々堂々とした戦い方にはアシュなりの美学を感じ、レイはその姿勢に関心していた。
その頃……四死公の戦いを見ていたアスモデス。そして風魔。
アスモデス「……四死公はまだ任命して日が浅いせいか…好戦的なのはゼパイルだけと言ったところか…。仕方あるまい…他の者には余が力を貸してやるか…」
アスモデスは玉座に座りながら、空に向かって手を操作する。
それぞれ別の部屋に居る奈樹と蒼輝、月花、レイの所へ、一つ目の巨大な悪魔が降り立つ!
レイ「これは…!」
アシュ「ふっ…なるほど。考えたものだ。これで戦況は私が数倍有利と言うことか…」
レイ「……」
アシュは出現した悪魔を見上げていた。レイはどんな手が来てもいいように、集中力を研ぎ澄まして槍を構えた。
奈樹「なっ…!」
グレモリーの髪に縛られた状態。そこに現れた悪魔。油断させておいて拘束したのは罠だったと思った、その時…。
グレモリー「アスモデス…。余計な真似を…」
奈樹は耳元で発せられた声を確かに聞いた。四死公である者がアスモデスを厄介者のように言い放った言葉を。そして、グレモリーは、奈樹に絡ませていた髪をスルスルと解いてゆく。
グレモリー「いいトコロなの…邪魔よ…!」
奈樹を背に、グレモリーは悪魔と対峙する。
月花「くっ…増援だと…!」
キマイレス「…ほーう。これはこれは…一つ目悪魔のサイクロプスじゃないか。こんな所でなんの用だ?」
のんびりと歩いて、ポンッポンッと悪魔を叩く。
キマイレス「ん…? どうした? んん?」
徐々に力が強くなってるのか、バシバシと叩くキマイレス。サイクロプスは叩かれたことで敵と判断したのか、それとも何かの逆鱗に触れたのか、悪魔がキマイレスに襲いかかる!
月花「なっ…!?」
サイクロプスの拳は地面を殴っていた。キマイレスは捻りを加えたバック転で回避していた。背を向けて着地して、半回転して銃口を悪魔へと向ける。
キマイレス「悪魔掃除の時間だ」
アスモデス四死公のグレモリー、アシュ、キマイレスは、アスモデスが増援のつもりで放った悪魔と戦いを始めた。サイクロプスも十二分に強い悪魔だった。元々の階級は第九悪魔であったが、アスモデスの力によって階級以上の力を持っていた。
四死公が戦い始めたのは、ほぼ同時だった。そして最も早く倒した者は…。
アシュ「ふっ…外見通り美しくないな…。力尽きる瞬間さえも」
アシュのレイピア、百花繚乱によって切り裂かれたサイクロプスはバラバラになって倒壊した。
レイ「実力ナンバーワンというのは…あながち間違いでもないみたいだね」
アシュ「その通り! 私こそがナンバーワン!」
人差し指をピンと立てて、またしても器用な決めポーズを取る。
そして他の部屋……数発攻撃を防御はしたものの、キマイレスはサイクロプスを後一息といった状態にまで追い込んでいた。
キマイレス「なかなか手強かったが…これでフィニッシュだ」
クルリとジャンプして攻撃を回避したキマイレス。その巨大な頭部に散弾の連射を撃ち込むと、サイクロプスは力なく倒れた。
月花「強い…あんな巨大な悪魔を…この短時間で…」
その戦いを見ていた月花は…自分ではキマイレスに勝つ手段は無いことを見せつけられてしまったと感じていた。
グレモリー「ハァ…ハァ…」
何度も攻撃を喰らってしまい頭から血を流し、今にも倒れそうになっているグレモリー。戦いは互角で、どちらが勝ってもおかしくない状態だった。
グレモリー「なぜ…こんなサイクロプス如きに…。ワタクシのほうが力は上のはずなのに…。まさか…アスモデス…! ワタクシがこうすることを…対峙することを見越して…何か細工を……? うっ…」
目眩でよろける。何とか踏ん張るグレモリー。しかし、その隙を見逃さなかったサイクロプスは容赦なくグレモリーへ拳を放った!
グレモリー「しまっ……!」
奈樹「ライト・シールド!」
奈樹が光術で発生させた壁で受け止めた。
グレモリー「…!」
ビキッ…ビキッ…!
奈樹「…!」
壁にヒビが入り、瞬く間に壁が割れる! そのままの勢いで奈樹へ殴りかかる!
蒼輝「させるかよっ!」
奈樹の前に立ち、蒼輝が二本の剣を交差させて受け止めていた。
奈樹「蒼輝!」
グレモリーの危機を救った奈樹と蒼輝。敵であるはずの四死公の一人を守り、二人はサイクロプスと対峙した。