祭りの前は
9/3(Wed) 2003 13:36
九月になったというのに暑い日が続く。
高校生になって初めての夏休みは、とにかく部活部活で忙しい毎日だった。ほとんど休んだ気がしない。
学校は先月の28日から始まった。二学期というか、まぁそんなようなものになってからまだ一週間しか経っていないのだが、学校は今週末に開催される文化祭の準備でにぎわっている。
とは言ったものの、たかが普通の公立高校の文化祭なので、それほど度の越えた企画などはないだろう。もちろん人気のお笑い芸人なんかが登場するようなことはまずないだろう。
我が一年三組はごく一般的な思考を持った人間が大半を占めるようで、奇抜なコスプレ喫茶やら、自主制作の映画を上映するとかいった発想の持ち主はいなかったため、学級委員がなんとかひねり出した「お化け屋敷」という発案が、見事多数決を制した。それしか意見が出なかったのだから当然だが。
しかし、お化け屋敷は毎年男女のバスケ部が催す伝統になっていて、文化祭実行委員会でかなりのごたごたがあったらしく、お化け屋敷という単純なアイデアが、なぜか「仮装カフェ」という単純でないものに変化したのは夏休みに入るちょうど一週間ほど前のことだった。
仮装カフェというところが、いったい何をしてお客を楽しませる所なのか、俺には最近までまったく理解できなかったが、最近ちょっと楽しみ方が分かってきたかもしれない。
俺の目の前には今、二人の女吸血鬼。ヴァンパイアウーマンがいる。キャットウーマンみたいなものだ。
これがなかなかに高露出度なのである。
どうやら夏休み中に自分たちで作った衣装ということらしいのだが、このままコスプレ喫茶で(営業場所は知らないけどね)バイトしても大丈夫なくらいの完成度の高さで、初めて衣装を着こんだ女子を見たときの男どもの反応といったらなかった。もちろん、俺もその一人である。
今は五時限目。普段ならばわけのわからない異国語のためのノートをいそいそととっている時間なのだが、うちの担任の岡田が担任教師ということもあって、今週末に迫ったイベントの準備を合法的に(?)行っているというわけだ。
ちなみに今俺が来ているのは真黒なマントととんがり帽子。それから新聞紙を何枚もぐるぐる巻きにして長くして、スプレーで茶色に仕上げた不思議な杖を持っている。
どうやら魔法使いのつもりらしい。これもクラスの女子が持ってきた。自分たちの衣装に比べると手抜きに見えなくもないがまぁ良い。
実際に自分が仮装してみると、なかなかどうして、それなりに面白い。これだから最近はコスプレとかが流行っているのかもしれないな。
「どう、サイズとかは大丈夫っぽい?」
俺にこの謎の衣装を着させた張本人の川村が元気な声でそう言った。普段の古典の授業でもこのぐらい元気ならいいのにな。
「ああ、まぁ。」
俺はとりあえず気のない返事を返す。目を見て話すのは恥ずかしかったが、胸元や足元を見ると一層恥ずかしいので外を見ながらの会話になってしまう。
「うん。意外と似合ってんじゃん。ね?」
「あ、うん。」
川村の問いかけに答えたのはもう一人の女吸血鬼。じゃなかった、磯崎めぐみ。こっちのヴァンパイアはロングヘアーで、川村よりは胸元の露出は少ない。そして俺との接点も少ない。
「なぁ、結局仮想カフェってなにするんだ?」
自分の中でもほとんど答えの出ていた疑問ではあったが、確認の意味も込めて一応聞いてみる。
「そうねぇ、みんなでいろいろ仮装してお客さんをもてなすのよ。面白そうでしょ?」
はいはい。
そんなことは分かってはいたが、川村はもともとこんなにやる気があっただろうか。絶対になかった。
そもそもこいつがいきなりやる気を出し始めたのはせっかく学級委員がお化け屋敷という全く当たり障りのない催しを計画したのに、はかなくもそれが砕け散り、仮装カフェなる面白おかしい企画が浮上してきたあたりからだ。まったく女というものはつくづく都合のいい生き物だ。男もそれなりにご都合主義なのは認めるが、こればっかりは生理現象なので大目に見てほしい。
結局打ち合わせのための一時間はあっという間に過ぎ、ほとんど決定事項も知らされぬまま解散となった。次の時間は古典の授業なので寝るには最適だ。この後の部活のためにも体力を回復させなければ。長距離は当然だが体にこたえる。八時間程度の睡眠時間では到底足りない。もちろん進学を考えていれば三時間程度の授業では足りないのも然りだが。
あり、おり、はべり…。
折笠の抑揚のない声が俺の脳内を支配する。やがて俺は深いまどろみへと落ちて行った。 |